九.だってこれー。きーくんのだしー
<Side手嶋>
「っ手嶋センパイ!」姫川はドリンクやタオルを、一つのカートに入れて持ってきた。
「もう一人の、――木村というやつはどうした?」
そう聞くと姫川は少し俯いて俺たちにこう言った。
「な、なんかね『私が一番可愛いんだから、ドリンクとかはアンタがしなさいよ。私応援してるから』って、どっかに行ったんです。…私、怖くて―――先輩だし逆らえなくて」
と、俯いている顔から、涙が一筋流れる。
「涼先輩はそんなこと、しないっすよ!」
光定の氷室と五十嵐は、騒ぐ如月の後ろで怪訝そうな顔をしていた。しかし、実際にここでドリンクを配っているのは姫川だ。
「なんかあったら、オレらに言うんやで、ええな?」
伯蓮の山城が姫川にそう声をかけると
「は、はい。ありがとうございます」と言って、ニコっと笑い次のコートに向かった。
<Side end>
「一二〇本!!」
センターラインから、利き腕の右に力を溜めて放つ。タク程ではないが、綺麗にループを描いたボールは、ゴールに吸い込まれ……ず、私は慌ててリバを取って、ゴールを決めた。やっぱ、一人、つまんないッス~。先輩たちとやっていた分、つまらなさが際立つ。一二〇本中三三本しか入んなかった。タクみたいに決まんないスね…。これでもだいぶ精度は上がってきてるんだけど
―――――Pi pi pi pi pi pi pi
おっと、アラートが鳴った。シャワーを浴びる時間も考えてるから、ちょっと早めにセットしたんだった。急ごっ。ゴールネットを揺らしたボールをキャッチして、私は自室に走った。
再度、ドリンクをマリっちと作り、私は先程使ったと思われるタオルを洗濯機にぶち込む。バスケ部のもあるから量が多すぎるんスよ。マリっちはバスケ部の方に持って行ってる。ドリンクとか置いてきたら、タオル干すの手伝ってくれるんス。
晩御飯はカレーとサラダでいいか。明日の朝は…んーと、和食にしよう。味噌汁とご飯、お浸しに…焼き魚でいっか。メニューを考えてたら、洗濯機が止まり、洗ったものを籠に、もう一つある使用後の山を洗濯機に入れて、私は外に出た。
「んーっ!外が晴れてよかったっス!……さて、干すか」
もしマリっちが持ってもいいように、第二弾の洗濯物は、今私が持っている物よりも量は少なくしている。これを干したら夕食作んないと。別に、光定以外のテニス部はどうなってもいいけど、バスケ部は、あのリューセーが怖いので手を抜けないのだ。……抜く気はないけどね。
テキパキ干してると、私の予想通り、第二弾の洗濯物を持って、マリッチが現れた。慌てて駆け寄り私が籠を貰う。どうでもいい話を笑い交じりでしながらさっさと干していく。私が洗濯機を回してから三〇分で全てが干し終わったのでキッチンに向かった。
「じゃあ、マリっちはそのまま切っててね」「うん」
キッチンに置いといたエプロン(中学時代から使っている、桜凛のジャージと同じ紺色のモノ)を身に着けて、マリっちに料理を教える。ん、いい感じにやってくれている。
なんでマリっち料理できないんだろ、って思っていた回答が出たっス。色々な物の使い方やら、下ごしらえやらが分かんなかったんだね……。お肉を軽く焼きながら、マリっちにお米を研いでもらおうとした。ら、
「ちょ、マリっち!!小学生でもそうはしないっスよ」
うん。洗剤でお米洗ったら、おなか壊すっスよ。そう言うと、シュンとするマリっち。かわいいけどね、ちょっとしっかりしてほしい。
てんやわんやしながらも、なんとか料理をし終えて、カレーとサラダ。それと低カロリーのドレッシングも作った自分は、褒められると思う。マリっちから「りーくんはここで食べてよ。皆に会いたくないでしょ」と言われたので、配膳とかはお任せした。ここで食べてから、外のコート片づけてこよう。ナイター設備がないから、やる人はいないはずだからね。マリっち、カートあるけどお皿運ばせてごめんね。(片付けの時)
<Side勝>
「あれ?涼は?」オレは食堂についてすぐ、光定のメンバーに聞いた。
「あ、りーくんなら、外のコートにいるよ?」
先週の買出しに行った日に涼の中学時代の友達である女の子がそういう。
「…杉原さんだっけ?」「うん。赤沢君だよね?覚えてくれてありがと」「こちらこそ」
にっこり笑う杉原さん。彼女がいる、という事は被った部活はどうやらバスケ部のようだ。それにしても……
「なんでりーくんって呼ぶか聞いてもいい?」
高尾先輩が先に口を開いた。やはり考えることは皆同じらしい。
「先輩、ですよね?」「僕は高三だからね」
杉原さんは、敬語を使うべきか、迷っていたようだ。……大輝も見習えばいいのに。
「りーくんは、皆さんみたいにかっこいいバスケ部のマネだから、って色々な人から絡まれていた私を助けてくれたんです。その時、大概が部活の時間帯でした。だから、Tシャツにハーパンだったので、男の子だと思って、りーくんって呼んでたんです。実際は女の子だった、って分かった頃には定着していて…」
苦笑をこぼす杉原さん。まあ、涼の性格上よく分かる気がする。たまに、オレも涼の事を、男友達のように感じることがあるから。
……それにしても、姫川さんが涼に押し付けられたって言っていたけど、俺にはそうは思えない。それ程長い間涼と一緒にいた訳じゃないけど、合宿前の仕事ぶりを見てきた。杉原さんに会ってから、ドリンクの配分を教えてもらったからと言って、ドリンクの味を変えたりして、オレ達の事を色々考えてくれている事も知っている。今日もその味だったし、晩御飯もカレーだし。姫川さんは何を考えているのかな。杉原さんは失礼するねと言って、バスケ部の方に向かっていき、オレ達は食事を再開した。
<Side end>
<Side 麻里>
私が入口に近づくと、七宝メンバーが既に集まってきていた。
「おい、マリ。今日の晩飯なんだよ」「今日はカレーとサラダだよ」
葉誠メンバーも集合しだしたようで、
「お、いいな。カレー好きなんだ。滝沢。早食いし「ないで下さい」うおっ!!んだよ、悠弥」
越前君はユウ君文句を言いだした。あーあ、竜王君に怒られても知らないからね。
「左側にある方が、バスケ部の分だから、間違えないようね」
先輩とかのメンバーはいいけど、翔と越前君は何するか分かんないんだよね。葉誠二人の口論というよりは、越前君が一方的にユウ君に絡んでいるのだけど。
「煩いぞ。他に迷惑をかけるなと言わなかったか?」
という、竜王君の一言で静かになった。流石だね……。
そのあと、皆大人しく席に着き、明日の打ち合わせをしながら食べていると
「ねー、このカレーってさー、きー君が作ったのと同じ味なんだけどー。まあ、ドレッシングもだけどさー」
つー君の一言で場が固まった。……なんでこんなに味覚発達してるんだろうこの子。逆に凄いんだけど、ここでは必要ないよ!?
「あ、あの。それ私が作ったんですけど、お味はいかがですか?」
先ほどまで、仕事を全くしてなかった、テニス部のマネージャーの子がやってきてそう言った。怪訝そうな顔で竜王君はそれを聞いた後、私に顔を向ける。
「本当か?杉原」
「ううん。その子、今初めてみた。私とテニス部の二年のマネージャーさんで作ったから。ついでにプチお料理教室もしてくれたんだよ!!」
りーくんは優しいから、料理が苦手な私に、手取り足取り教えてくれたもん。ちょっと、女の子としてショックだけどね……。
「で、でも」「悪いが余所でやってくれ。僕達は僕達を長年支えてくれた麻里を信じる」
流石、竜王君だ。きっぱりと、余所に行けというなんて。少し離れたところにいる各学校の監督さんたちも、うわぁという顔をしている。その子はテニス部の方に帰って行った。初めからしなければいいのに。
「ところで杉原。どうやったらお前とテニス部のマネージャーで木村の味が作れるんだ?おかしいだろ」
拓馬君鋭い。いっつも気づいて無い癖に何でこういう時だけ気付くかな。
「し、知らないよ。私後片付けしなくちゃ」
私は急いでキッチンに向かった。後ろでは、臨君が苦笑してたなんて知らずに。
<Side end>
<Side 悠弥>
「あれは龍と何か関係があるな」
「そうですね。竜王君がいるのに、杉原さんがあんなに慌てるなんて、おかしいですし」
ボクたち、海王中メンバーは、杉原さんが慌ててキッチンに向かった後、集まって話してます。
「小田。本当にあのカレー、木村の作った味だったか?」
「ちょ、たっくん。たまたま一緒ってこともあるでしょー。も~。これだからたっくんは」
加賀君は小田君に再度確認してるのを、鈴村君どれだけ笑ってるんですか。息できてます? 彼はいつも以上に笑っている気がする。加賀君はうっとうしそうに「煩いっ」と叫んでます。そんな中こそっと近づいてきた越前君がボクに尋ねてきました。
「なあ、悠弥。なんでカレーで判断できんだよ?」
ボクは小さく溜息をついて答えました。なんでこんな事も知らないんでしょうか。帰国子女だからって、それでいいとは誰も言いません。常識を頭に入れてください。
「越前君、キミは馬鹿ですか………と、馬鹿でしたね。カレーは各家庭によって味付けが少しずつ異なるんです。だから、似る事があったら、少しおかしいんです」
「そ、そうなのか……」
納得したようですが少しへこんでます。なんででしょうか?それを滝沢君が慰めてます。見ていて、少しイラッとしますね。
「まあいいだろう。明日の夕食は少し早めにしようか。その時にもう一人のマネージャーが龍なら………わかっているだろうね?」「「「「おう(ハイ)」」」」
杉原さんには悪いですが、ヒミツです。皆さんは、明日の打ち合わせを少しして、解散しました。柄にもなく、明日が少し楽しみです。まあ、練習中は他の事を考える余裕なんて、全くないんですけどね。ボクたちは、明日に備えて笑って解散した。
<Side end>