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第三話 進路相談

 月日は流れる。

 だるような暑さ。じりじりとその身を焼き付くさんとする眩しい日差し。俺は九歳になり、ソフィは七歳になっていた。無事入学を遂げたエミー姉さんも、これから卒業までの折り返し、といったところだった。

 順風満帆。スヴァルトリヒ家の未来はある程度約束されたに等しかった。……俺が仕掛けていなければ、という但し書きが添えられるが。


「却下に決まってんだろ」


 対面の席で頭を抱えてそう言うのは、俺と同じく灰色寄りのアッシュブロンドのベリーショートに、威厳溢れる口髭を湛えた中年の男。

 ――ジークヴェルト・ラウム・フォン・スヴァルトリヒ。俺の父にあたる人物であり、子爵であり、子爵でありながらヴァーグナー帝国軍魔導総裁という立場にある若手実力派貴族だ。

 魔導総裁でありながら、白兵戦をもこなす軍切っての化け物中の化け物。どの派閥にも属さず、己の信じるもののみを貫くと言ったその姿勢は、当然の如く各方面の有力貴族から疎まれている。又、公私の切り替えが出来ていると言えば出来ているのだが、公から私に移った際の粗野な口調は到底貴族と呼ばれる立場を理解しているとは言い難く、"スヴァルトリッヘンの猛獣"などといったあまり名誉とは言えない異名を囁かれていたりもする。それでも十分貴族としてもやっていけるのは、純粋に父の戦闘能力が破格であることに加え、この国"唯一の空間魔法使い"であることから、緊急時に編成される王の臨時側近であるという事実が何よりその地位を絶対的なものにしていると言える。これで王と親密な間柄だというのだから、いかな大物貴族と言えど手を出すのは不可能というものだろう。この国では王という存在が絶対なのだ。


「これから昇爵の件で忙しくなるんだ。お前もわかってんだろ? いや、確かにだ。確かにお前は有能だよ。我が家の嫡男として誇らしい素質を持っていると言える」


「いやほら、なら問題はないはず」


「無理を言うなよ……。いくら見聞を広めるったって、たかだか九歳のガキが世界を回れるとか本気で思ってんのか?」


 俺の要求はこうだった。

 どうせ一五歳の成人を機に、当主補佐を経て当主に仕立てられるんだから、それまでは俺の好きなように世界を回らせろ、と。

 いや勿論、理解している。どこの世界にそんなことを要求、そしてそれを認める貴族がいるのだろうかと。普通の生まれであれば出稼ぎなりと相応の理由を添えられるのだが、貴族の家に生まれると毎回この件で色々と頭を悩まされるのだ。前世の一つでは半ば強引に家を出て、関係に軋轢を生じさせてしまった経験もある。しかし、これは俺の旅が趣味の一つであるということを置いても、"快適な生活"を送る上では必要なことなのだ。

 幸い、最前世では戦争などの不安な要素とは程遠い国に転生したから良かったものの、今回の場合は同じく最前世風に言って剣と魔法のファンタジーとかいう、聞こえはいいが物騒な世界なのだ。いくら周辺国とは仲が良好とは言え、"アイツラ"が調子に乗る環境である。火事を起こしそうな火種は排除しておくに限るというもの。

 故に、俺はここで引くわけにはいかない。非常に心苦しいが、父にはどこの世界にいるとも知れない稀有な貴族の一人になって貰うしかないだろう。俺の快適な生活を確保するため、そして"アイツ"を回収する体の良い言い訳の材料とするため。


「なら見方を変えてみよう」


「あん?」


「父さんはそんな才能のある俺に、貴族としてにしろ軍人としてにしろ、跡を継いで欲しいと考えている」


「自分で才能があるとか言うなっつの……ったく。まぁ、否定はしないがね。……そうだな、エミーを当主にするという選択も取れるようお堅い学校に入れてみたが、本命としてはお前に継がせることを考えている」


「やっぱりか。となると俺は、軍人として……というか、戦闘技術を磨けるような……まぁ、そうだな。父さんが魔導総裁ってことで魔法関連の教育施設で研鑽ってわけだ。マナー云々はその気になればなんとかなるしな」


「一応、今お前の目の前にいるのは父親とはいえ子爵家当主であり、魔導軍の総裁なんだがな……その気になるのは陛下の御前でだけ、ってのは話にならんぞ?」


「その点抜かりはないさ。それにこうも気安く接するのは身内だけって決めている。息子なりの愛情表現だと思って受け取ってくれ」


「……ったく。誰に似たんだかな」


 父は鼻の下を無意味に掻くと、俺から視線を逸らす。何が琴線に触れたのかは定かではないが、どうやら照れているようだ。

 あまり長時間見ていても気持ちの良いものでもないので、それを見なかったことにして続ける。


「で、続きだけど。そんな学校に入学して、卒業した頃に一五歳となる俺は、そのまま当主補佐なり軍なりに身を寄せるわけだ」


「そうだな」


すなわち、一五歳になったら働き始めるわけだ」


「そう――、ちょっと待て。お前それは何か? 五年制じゃない教育施設を選び、それまでの間に件の要求を、ってか? ……残念だがな、何と言おうとそんな要求は呑めないし、お前に通わせるとこは五年――」


 瞬間、父は口をつぐむ。俺が人差し指を挙げて制止を掛けたからだ。


「ノンノンノン。違うね、そうじゃない。俺の狙いは飛び級だよ」


 そう、事も無げに告げる。対する父は胡散臭そうな……それでいて、「もしかしたら」といったような二面を同居させる微妙な表情をしており、こちらの言葉を待った。


「飛び級に飛び級を重ねればさっさと解放されるし、その実力は公然のものとなり、スヴァルトリヒ家としても鼻が高い。外に出てやっていくということも、卒業することによって戦闘力が保証されるだろうしな。そこまですればただのお気楽な放浪貴族とかいう烙印は押されない……という寸法ですぜ旦那」


「誰が旦那だ、誰が。……まぁ、お前の言うその計画が実現すればこちらとしても問題はない。だがな、いくらお前でもそうそう上手くいくとは思えないぞ?」


「と、言うと?」


 単に俺の実力が足りないであろうと見越して、というだけではない何か、含みを感じる物言いに俺はそう問い返す。


「お前が通う教育施設はな、実はもう決めてあるんだよ」


「つまりそこだと、俺でも荷が重いと?」


「そういうことだな。なんせ、帝都ヴァーゲル……いや。ヴァーグナー帝国で最も優秀な魔導士を多く排出し続けていると言われる、その名も――」


「国立ヴァーゲル魔導士養成学校。確か父さんの母校だっけ?」


「……先に言うなよ。まぁ、そういうわけだ。いくら我が家の秘蔵刀たるお前でも、国有数の教育施設では飛び級なんざ考えてる暇もねぇだろ?」


 父はそう悪戯っぽくも男臭い笑みを浮かべる。この顔から判断するに、どうやら色々あったらしい。父も、俺と同じような……とまでは言えないが、何か他にやりたいことでもあったのだろうか。だからこそ、ここまでの地位に上り詰めるに足る手腕を持ち合わせていたりするのだろうか。

 ……いや、よそう。誰にも詮索されたくないことはある。必要ならば倫理も何もかもを踏みにじってでも情報を手にすることを優先するが、これはそれに当てはまらない。

 そうだな。……そうだ。ここで父にある程度、俺の力を示しておいた方が動き易くなるだろう。


「……何よりそうした方が面白い」


「あん?」


「いや、何でも。あ、それと父さん。別にそこでも飛び級は可能だよ」


「そりゃ流石に俺でも卒業間近にしてようやく……って、待て待て。お前は人の話を聞いてたのか?」


「もちろん」


「じゃあその自信はなんだってんだ? お前、……いや、そうだな。どこまで魔法を使えるようになった?」


 軽く考える素振りをして、父はそう問いを投げ掛けてきた。客観的に見て、今の俺は荒唐無稽な話をしている夢見がちな子供のそれだ。しかし、流石に現実を見れない歳でもないし、気でも狂ったかと見た方が自然な流れだ。しかし、父さんはそれをしなかった。それはそんな子供を持ってしまったという現実から逃げるものではないことはその目を見れば理解できた。この人は、「何かがある」と確信しているのだ。

 その確信を正面から肯定すべく、俺は説明しながら"それ"をした。


「そうですね。このように――空間を跨いで茶器を用意して、このように――水を出し、このように――加熱し、茶を用意するくらいは出来ますね」


 俺はこの日、これまでで最も驚いた顔の父を目にすることとなった。

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