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奇妙な占い屋

 頬に感じる微かな光で目が覚めた。目を瞑ったまま、布団の中で大きく伸びをする。あーよく寝た。本当によく寝た。気持ちよかったあ。

 起き上がって、はてと目を瞬いた。

 床で寝ているはずの男がいない。そんなに早起きのイメージはなかったが、もしかしたらものすごく実際は早起きなのかもしれない。ランニングでもして爽やかな汗を流しているかもしれない。うわっ気持ち悪。もちろんあたしの想像のクラウドは、昨日、一昨日と見た馬上の爽やか笑顔を貼り付けていた。

 変な想像をして目が覚めてしまったので、顔でも洗うかと宿を出た。朝日は静かに村を照らし始めている。井戸の水は冷たく、気持ちがよかった。

 ……と、どこからか話し声が聞こえる。男たちの声だ。なんとなく気になって、音源を探りながら歩く。声は木造の厩から聞こえてくるようだ。ぼろぼろの厩の、壁の隙間からそっと覗いた。


「いやいや、さっきのは何かの間違いだ」

「お前の運も今回限りだ。次、次」


 そしてじゃらじゃらという音に、骨牌をかき混ぜる手。


(カードしてんのか)


 賭け事だ。鹿の骨を薄く切り出したカードを使い、表面に刻んだマークを揃えて役を作る。旅人の間ではわりとメジャーなゲームで、あたしも何度かしたことがあるけど、運が悪いのか要領が悪いのか、勝てたことは片手で数えるほどしかない。……カードの配り方と枚数があたしの知っているものと違う。地方ルールでもあるんだろうか。

 あたしはより大きな隙間を探して覗き込んだ……ところで、


(何やってんだろ)


 と我に返った。強くないなりにこういうのが好きだから、つい。ポーカーフェイスって憧れるんだよね。

 顔を離そうとしたところで声がした。


「今回で最後ね。もう眠い」


 あたしが覗いているところから見えないが、この声は。


(あいつ、なんでこんなとこに)


 カードの束が場に置かれ、男の手がそのうちのひとつを取っていった。間違いない、あたしの(一方的な)同行人だ。


「お前何言ってんだ。俺はまだ勝ってねえぞ」

「あんたが勝つときっていつさ。大体さ、油が尽きるまでって言ってたのに、もう何回注ぎ足した?もう灯りがいらないくらい明るくなってるし」

「違ぇねえ。前から言ってるが、お前は顔に出すぎなんだよ」

「言っとけ。今は眠くて表情なんて変わらねえよ」


 もしかしてこいつら、夜通しカードしてたのか。

 あたしの視界には、場札とそれを囲む五人分の男たちの足、それと一人の男の手札が見えていた。場札と手札をあわせて役を作り、より強い役の方が勝ち。手札を見せ合う前に賭け金を提示して、のるか降りるか決めるのである。

 あたしから見える男はやたら体毛が濃かった。無骨な手のうちにカードを収め、扇状に広げて内容を吟味しているらしい。……もう一枚揃えば強力な役になるが、どうだろうか……。

 勝負が始まると皆無言になった。ただ眠いだけかもしれない。

 毛むくじゃらの手があたしの視界から外れた。山札からカードを取ったらしい。戻ってきた手に増えていたカードを見て、あたしは目を疑う。

 ……役が揃った!

 いかさまか強運か、どちらにしてもこの男の勝ちはほぼ確定だ。なんといっても全ての役のうちで二番目に強い役なのである。

 食い入るように見ているうちに、ゲームは進んでいく。見慣れた腕が場にカードを出して、山札の方へ消えていった。あの枚数では、まともな役はできていないだろう。いくら賭けるつもりなのか、そもそも勝っているのだろうか?


「お前、賭けるだろ?最後なんだ」

 クラウドの横にいた男の手が、ずいっと硬貨の山を押しだした。

「ちょっと、何勝手にやってんの」

 クラウドの声がしてその金が下げられる。ちょっと、それあんたの金?めちゃくちゃ勝ってるじゃない?

「なんだよ。のるんだろ?」

「んー……」


 のるな!絶対負ける!


「賭けるなら、全額だよな?な?」

「お前が全額賭けるなら、俺ものっちゃおうかなー」


 周りの男たちはクラウドを余計な言葉で煽る。強い役を作った男は、笑いながらあたしから見えない方の腕を動かした。


「お前がのらなくたって、俺は全額賭けるぜ」


 おおっと男たちがどよめいた。


「お前、いつになく強気だな」

「どうせはったりだろ?」

「うっせえな、どうすんだよ」


 男はいらだった声を出して、他の男を促す。男の自信満々な様子に、場を囲んだ男たちはためらっている様子だ。しかし、そのうち一人が数枚の硬貨を差し出した。


「お前はどうすんだ?」

「うーん……」

 クラウドの声。


 のるな!のるなのるな!

 あたしは必死に念じたが、その声が通じるわけもなく、クラウドの手が伸び、金が押しだされる。こら!

 ……と、その手はそのまま硬貨を包み、すっと引き戻された。


「降りまーす」


 全額賭けた男のときとはまた違ったどよめき。

「お前、何言ってんだ」

「勝ち逃げする気か!」

「別に賭けて終わりにしなきゃいけない法はないじゃん。もう眠いし、お金稼いだし。終わり終わり」


 さっさと立ち上がる気配、そして足音の後に扉の開く音がして、クラウドはその場を去ったようだった。

 ぽかんとした様子の男たち。しかしやがて、全額を賭けた男がぽつりと問う。


「……で、お前らはどうすんだ?」

「…………わかったよ賭けりゃいいんだろ!?」


 やけになった男たちが次々と金を叩き付けたところまで見て壁から身を離した。壁の向こうから悲喜交々の声が聞こえてくるのを聞きながら、宿へと戻る。気がつくと隣をクラウドが歩いていた。


「さっきの奴、役見えてた?」


 目が合った瞬間彼は問うてくる。あたしは先ほどの男の役を教えてやった。


「……あぶねー。普通にのるとこだった」

 クラウドは歩きながら頭を抱えた。

「あたしのこと気づいてたんだ」

「あんだけ殺気放たれたら気づくよ。助かった」

 殺気なんて出してた自覚はないが、それが男の散財を防いだなら結果オーライといったところか。


「なんたってあんた、あんなところでカードしてたわけ」

「いやあ、現金は持ってないでもなかったけど、換金できそうなものは全部なくしちゃったし、ちょっと稼ごうかなと思って。そんで、はい」


 すっと差し出された手には、数枚の硬貨。あたしはきょとんとそれらを見下ろした。


「……なに、これ」

「宿泊費ー。俺もベッドで寝させてね」


 あくびまじりにそう言って男はすたすたと宿に向かって歩いて行く。あたしは慌ててその背を追いかけた。


「ちょっと。宿代なら折半したじゃない」

「じゃあ、迷惑料でいいや。とりあえず寝させて」

 部屋に戻ったクラウドは、宣言通り本当に布団に潜り込み、あっという間に寝息をたて始めた。あたしはそれを呆然と見下ろす。


「……そんなに床で寝るのいやだったわけ?」


 まあ確かに、きっかり半分に宿代を分けた上であたしがベッドを占領したのは悪かった、かもしれない。馬を御してくれていた男になんのねぎらいもなかったのも悪かったかもしれない。渡された硬貨は、この一番安い部屋なら一人で泊まれるくらいの金額だった。こんなものを渡されて、どうしろっていうのか。ちょっと考えて、あたしは思考を放棄した。


(もらえるもんはもらっとこ)


 それでもこの男をおいてさっさと旅立つことに罪悪感を覚える程度には、この金は効果があったのかもしれない。




 男にベッドは使われてしまっているし、そもそももう眠くはない。あたしは軽く身支度をして、朝食をとりにいくことにした。

 宿に食堂はあったけれど、もともと貴族向けなのもあってびっくりするほどの値段設定だったから、宿をとったときに断っている。そこまで小さくない村だから、食堂の一つや二つあるだろう。

 先ほどの厩の方から、男が数人あくびまじりに歩いてきた。こいつらまだやってたのか。おそらくあのゲームでは勝ったであろう毛むくじゃらの男が悔しそうな顔をしていた。あのあと負けたのか。あれは単なる運だったらしい。

 あたしの出身地の方は、あまり外食をしない習慣だったから、大きな町でも驚くほど食堂が少なかった。あっても観光向けで、あまり安価なものではない。その点このあたりは朝から皆外に出て食堂で食事をとるので、外の人間でも安くて美味しい朝食にありつけた。


 腹を満たして、いくらか買い物をする。いったん宿に戻ると、男は身動き一つせずにまだ寝ていた。着替えを取り出して、公衆洗濯場に向かう。


「あら旅人さん?」


 さっそく話し好きのおばさんが話しかけてきた。あたしは服を踏みつける足をちょっと止めて、おばさんに軽く会釈した。


「ええ、ちょっと迷ってしまって。昨日の夜着いたんです。村があって助かりました」


 あたしの猫かぶりは、はっきり言って相当うまい。何度か主張してるけど、あたしってもともと育ちはいいんだからね。礼儀正しいあたしの返しに、おばさんは満足したようだ。


「そうそう、そうやって来る人、結構いるのよ。あの宿、高いでしょう?そういう人たち足元に見てるのよね」

 やっぱりそうか。でもまあ高いなりにいい宿だったから許す。

「でも、最近物騒ですからね。野宿よりも、多少のお金を払って泊まった方がよっぽどいいですよ」

 困ったように笑うと、おばさんはいっそう鼻の穴を膨らませた。

「そうそうそうそう、物騒よねえ。賞金首なんて、昔はいなかったわよ」

「賞金首、ですか。この村にも出たんですか?」

「いいええ、まさか!でもこの近くのカームの町、わかる?」

 背筋がひやりとするけれど、表情だけは変えずにあたしは頷く。

「ええ、わたしと連れは、これからカームに行くところなんです」


「あらあら!やめたほうがいいんじゃない?カームでね、街道の定期便が襲われて、馬車が奪われたんですって!」


 おおっと。

「え、そうなんですか?」

「そうなのよお。一週間くらい前のことだそうよ」

「犯人はまだ捕まっていないんですか?」

「ええ、そうなの。噂によると、とんでもなくごつい女と、ひょろ長い男の二人組ですって。おまけに魔術も使うそうよ」


 そういえば、ジェーンとマリーのこと忘れてた。犯人が四人じゃなくて二人組になってるってことは、あいつらうまく逃げやがったな。ていうか、誰がごつい女だ。内心毒づきながら、あたしは驚いたように眉を上げてみせる。


「魔術、ですか?わたし、魔術師なんて実際に見たことありませんよ」

「あらそーお?この村にもいるのよ」

「えっ」

 おっといけない、素の声が。

「そうそう。あそこの道をちょっと行って、あの大きい屋根のところを右に曲がればすぐよ。薬屋と兼任してるの」

「へえ、そうなんですか」


 今まで魔術師なんて全く縁がなかったのに、一度出会うと芋づる式に現れるなあ。このあたりは魔術師の産出地なんだろうか。


「そうよ!行って見てもらいなさい!あそこの占いはよく当たるのよ!旅の結果もわかるわよ」

「いえ、それは……」


 あたしは笑って手を振った。なんだか変な方向に話が進み始めたようだ。


「いいえ、遠慮することないわ。あそこは旅人だからって高い料金取ったりしないもの。本当に当たるのよ!案内してあげるからいらっしゃい!」

「いえ、まだ洗濯が……」

「いつまで洗ってるの。そんなのずっと踏んでたら、むしろ傷んじゃうわよ!」


 おばさんの勢いを振り切れず、あたしはずるずると引きずられてその魔術師の家に行くことになってしまった。




 連れてこられたのは、見た目には普通の薬屋だった。通り沿いの壁に大きな窓が開いていて、カウンターのようになっている。乾燥させた草がいくつもぶらさがって、微かにそれらの匂いがした。

 あからさまに引いているあたしの態度にも構わず、おばさんは大声で店に向かって呼びかける。


「ばあさーん、ばあさーん!」


 ついでにカウンターに置いてあるベルを鳴らしてから、あたしを見た。


「これで来るから。大丈夫よ、変なこと聞かれないし、薬を売りつけられたりしないわ」


 そう言ってさっさと歩き去ってしまった。その背中は『いいことしたなあ』という満足感でいっぱいである。

 ……あたしはげんなりしながらカウンターを眺めた。その奥は暗くなって見えない。元来あたしは、占いなんて信じていないのだ。あたしの人生をあたし以外の人間に判断されるなんてまっぴらごめんだし、もし、あたしの過去と未来を本当にすっかり見通せる人間がいたなら、恐ろしさに口をつぐんじゃうんじゃないかしら。結局占い師なんて人種はただのエンターテイナーだと思っている。この占い師だってそうだろう、魔術師ってのもはったりかもね。

 それでもこうも大声で呼びつけられて、逃げるわけにもいかない。クラウドからもらった金もあることだし、どぶに捨てるよりはましと思って占われてやるか。せいぜいいいこと言ってくれ。

 そうしてしばらく待っているうちに、カウンターの向こうから声が聞こえてくることに気がついた。


「何か言いましたー?」


 あたしは手をついて中を覗き込む。中は異様なほど暗く、薬草の匂いがより強く鼻をついた。その中で微かに動く人影が見えた、気がした。


「……占いですか?」


 あたしは眉を寄せた。

 あのおばさんは、確かに『ばあさん』と呼びかけたはずだ。なのにこの声は驚くほど若い。若い、女の声だ。まだ少女といってもいいくらいの。

 声は笑ったようだ。


「歳なんて、いくらでもごまかせるのです。私は魔術師ですから」


 ……確かに、マリーという少女は、本当は幼いながら大人の姿に化けることもできた。


「……あんたが魔術師ってことは、確かみたいね」

 しかしそれで信頼感が高まるかと言えばそれは別問題で、むしろ魔術師にいい思い出がないあたしには警戒の念が強まる。

 それに、この声……これと似た声を、どこかで聞いたような……。


「それで、占いですか?」

「……占いみたいね。おせっかいなおばさんが、あたしの旅路を占ってもらえってさ」

「あなたの旅路?」

 今度ははっきりと魔術師は笑った。鈴を鳴らすような、という形容がぴったりの笑い声だった。


「……何よ」


「あなたの旅路の結末なんて、知れたこと。あなたは戦い、生きて、それでも死なない」


「……戦い?」

「失うだけ失って、それでも死なない。本来ならば、終わっているのです」

「何を言っているの?」

「あの子は、選ぶ。あなたを失うことより、あなたが失うことを選ぶ」

「あの子?」


 歌うように魔術師は言う。


「あなたは失われないけれど、あなたは失う。あなたが望まないままに。あのお方が望むままに」

「…………」

「あなたがするべきことは、何もないわ。ただあの方に従って、戦い続けなさい。そして失いなさい。もう終わってしまっているあなたにできることは、ただそれだけ。あなたの存在価値は、ただそれだけ」


 す、と暗がりから腕が伸びてきた。白い、細腕。声の印象通りの、若い女の腕。


「銅貨10枚、くださる?」

「…………!!」


 あたしは息をのむと、硬貨を掴んでカウンターの奥に投げ入れ、その場から走って逃げた。

 女の笑い声がまだ聞こえる気がした。


毎回サブタイトルに困ります。あと、コメディにしたいんです。本当です。

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