暴走馬車の車窓から
「結論から言うと、ジェーンちゃんとマリーちゃんの言った通りの賞金がかかってた」
「んなこたあわかってんのよ」
鹿肉のローストがなかなかにうまい。旅の性質上基本的にはどんな食べ物でも文句言わずに食べるけど、本来あたしはグルメなのだ。ほら、育ちがいいから。
あたしたちは通りに面した食堂で夕食をとっていた。通り側の壁は解放されていて、道行く人びとを眺めながら食事することができる。……といって、ただ単に狭い店舗をごまかすために、通りにまではみ出しているだけだ。別段珍しい形式ではない。
「礼緋、髪は赤毛で背中の中程までの長さ、目は赤味の茶色、若干つり目、歳はハイティーン。……あと顔の特徴がいくつか。でもこれは手配書にそこまで詳しいかちょっとわかんない」
「なんでよ」
「……俺、字、あんまり読めないからね。手っ取り早く兵士の人にお話だけ聞いてきた」
この国の識字率は……まあ、50%と言ったところか。字が読めない輩もそれなりにいるから、兵士に聞いてもそんなに怪しまれないだろう。あたし?ほら、育ちがいいから。
「理由は、とある高貴な方の殺害、極悪人だから生死不問。賞金をかけたのは、その方のご遺族。……だってさ」
「とある高貴な方の殺害ぃ?」
誰だそいつ。人殺しをしたことないなんてとてもとても言えないけど、そんなやんごとないお方を手にかけたことはない…………、
「あ」
思い出すのは荒野の先にあった町。
死んだ妹と、生き残ったはずの姉。彼女らの住む屋敷はかなり大きかった……。
「……いやいや、あのときにはもう手配は回ってた。やっぱり心当たりないわ」
「ふうん、じゃあ、でっち上げかなあ」
「そうねえ……」
あ、このポトフもなかなか。田舎だからか、料金はそんなに高くないのに、野菜くずとかじゃなくてちゃんとした塊の野菜が入っている。おいしい食べ物はあまりないという話だったけど、なかなか堅実ではないか。この食堂があたりだったのか?
「で、その手配されてからまだひと月程度だから、そんなに知れてるわけじゃないけど、俺みたいに直接聞きにくる奴とかは条件で探すから、女で、生死不問っていうのはなかなか楽そうに思えてそれ持っていく奴が多いみたい」
それ、というのは手配書の写しだろう。詰所では、捕まえた賞金首の検分と、賞金首情報のやり取りをすることができる。めぼしい賞金首を見つけたら、写しをもらってそれをあてにするのだ。くわしい外見情報なんか間違って覚えちゃったら目も当てられないからね。
「まあそうね。屈強な脱走兵、とかよりは女の方がいいわよね……。女一人に生死不問ってのも大げさな話だけど、貴族のお偉いがたならどんなヒステリー起こすかも分かんないし」
しかし依頼主のことはもう少し分からなかったのかと思ったら、ちゃんと調べていたらしい。
「首はどこに持っていけばいいって聞いたら、近くの町の詰所でいいって言われたから、ちょっとごねてみた」
「ごねたって?」
「どこで首を手に入れるかわからない、近場の町と言っても方角が違えば距離も変わってくる。どうせ貴族サマかその召使いサマが首実検なさるんだろうから、近くの町まで届ければ時間がかからずに済むだろう、生活がかかっているんだからスムーズに金を手に入れたいんだ、って感じに」
「ふーん」
「そしたら、またえらい待たされてさあ。まあ、近くに人はいたから、しゃべり相手には困らないけど」
あたしが話の相手をしないからあんまり普段は感じないが、この男はかなりのおしゃべりであるらしい。情報収集の基本ではあるし、この男なりの処世術なんだろうけど、多分に性格的なものもあるに違いない。
「で、どうだったの?」
「サンドラの町だって。兵士は首を預かったらそこに届けるように指示されているらしい」
サンドラ。北の方の町だ。ここからは割と近い。
「サンドラ……サンドラかあ」
「何かあるの?」
別に何もない。ただあたしは、目の前のこの男にも言っていないが(あからさまなので気がついている可能性はある)、東に向かっているのだ。できるだけ一直線に向かうようにしている。北の町では、戻りはしないものの、ちょっとした寄り道になってしまう。
「……まあ、行ってみないとどうしようもないかしらね。ここからサンドラへは、二週間くらいだっけ?」
「あ、それなんだけど、明日の昼出発の乗り合い馬車に空きがあったから、とりあえず話を預かってきた。護衛兼ねたら二割引でいいって」
「話が早いわね」
「まあね。別に長く滞在する意味もないだろ?」
そう言われればその通りだ。馬車の同乗者さえごまかせれば、乗っている間は安全だし、何より早く着く。護衛ったって一般人の乗り合い便じゃ金目のものも見込めないから盗賊もそうそう狙ってこないし、楽な仕事になるだろう。
「どうする?受ける?」
「受けるわ。さっさとサンドラにでも何でも行って、大手ぶって町を歩けるようになりたいわよ」
言いながらあたしはちっとも減らないクラウドの皿を眺めていた。
「いる?」
「くれるんならもらうわ」
そっちのソテーも気になっていたので、願ったり叶ったりだ。こいつ、案外食が細いな。
「あと……あの黒い奴のことも聞いてみた」
「……!」
あたしは思わず身を乗り出して、「何か分かった?」と聞いた。
「んー、なんか最近隣国から怪しい出入りがあるからって、貴族サマから手配されてきたんだとさ。誰もフードを脱いだ姿を見たことなくて、兵士たちの間でも気味悪がられてるみたい。実際奴が何をしているのかも、よくわかんないらしいよ」
「うーん……」
でも、貴族の息がかかった奴ではあるのか……。
あたしは町の中で奴と遭遇したときのことを話した。天使のことは伏せて、いきなり現れて襲われかけたとだけ。
「なんだ、じゃあやっぱり認識はされてたんだ。……あいつがあの二人のお師匠様かあ……」
「なんか、詐欺っぽいわよね」
おしかけ弟子と言っていたが、あの姉妹、なんか騙されてるんじゃないのか?
一通り食べ終わると、クラウドは馬車の話を受けてくると言ってまたふらふら歩いて行った。なんかいつになく働いてるな、あいつ。ちょっと気味が悪い。
あたしはもう変な奴に絡まれたくなかったので、さっさと宿に戻ってごろごろしていた。山を越えるまでずっと野宿だったから、ベッドが嬉しい。ここ、なかなかいい町じゃないか。ご飯も満足だったし、シーツもきれいだ。それともあたしってば、見る目あんのかなー……。
ふふふーと笑いながら、あたしは幸せな眠りに落ちていく。
「……探しましたよ、礼緋さあん」
まどろみから覚めて最初に聞こえたのはそんな恨みがましい声だった。
「……は?」
辺りはすっかり暗いし、静か。もう夜更けだろうか。ぼんやりとふたつの人影。あれあたし、部屋の鍵かけなかったっけ……。
「聞いてますか!?」
起き上がって眺めると、ジェーンとマリー、魔術姉妹だった。
「どうしてここに?」
「どうしてって、あなたが私の旅券奪うから、私もう一度作り直して来たんですよ!作るのに半日かかって、入るのにもまた時間かかって……」
で、こんな夜になったと。
ばか正直に作り直したのか。ジェーンという人物はもう町に入っているんだから、偽名で作ったのか、それともそんなところまでチェックされないのだろうか。
「そんなことしなくたって、待てば返してあげたのに」
すると姉妹は声を揃えて言う。
「嘘です!」
うーん、まあ忘れてたけど。
「門で時間食ったって、門番はあんたたちのお師匠様じゃなかったの」
「お師匠様に会ったんですか!?」
途端食いついてきた。会ってないのか。奴一人だと思っていたけど、もしかしたら交代制なんだろうか?
疑問を浮かべるあたしをよそに、姉妹はお互いの顔を見て頷き合う。
「お姉ちゃん」
「うん、やっぱり礼緋さんを追っていればお師匠様に会えるんだわ」
「……何、あたしはお師匠様をつり上げるためのえさ?」
だから本気で狙っていないとでも?……いや、あれが本気に思えるけど……。
「ていうか、あんたたち、本当にあの黒い奴の弟子なの?」
「黒い奴……ですか……?」
首を傾げた。彼女らの前ではフードを被っていないのかもしれない。
「ほら、なんか、気持ち悪い口調の奴」
「ああ、そうです、お師匠様です」
そこで得心の入ったように彼女たちは頷く。それでいいのか。
「ともあれ、あなたについていけばお師匠様に会えることはわかったんですから、これからもお命、狙わせてもらいます」
びしりと指を突き立てる。こら、人を指差すな。あたしはため息を吐いて、彼女らに向き直った。
「あのねえ、あんたたち、今大変なことをしてるのよ、わかってる?」
「……なんですか?」
無邪気に首を傾げればいいと思っているんじゃないだろうな。
「安 眠 妨 害」
翌朝、寝ぼけた頭で、気絶したままの姉妹の身ぐるみをはがし、良さそうな装備をしっかりとちょうだいする。ついでに旅券ももう一回もらっといて……あ、偽名で作り直してる。らっきー。
途中目が覚めそうだったのでもう一度落としておく。幸せそうに眠ること。
最後にきれいにベッドに寝かせて、隣室のクラウドを叩き起こし、二人で宿を出た。やー、質素ながら清潔。こんないい宿にただで泊まれるなんて、本当にあたし見る目あるかもしれない。
遅めの朝食を兼ねた昼食をゆっくりとってから、待合所に向かった。
あたしたちの馬車は一頭立てのようだ。ちょっと心もとない。
「まあ、安いし。ちょっとぎゅうぎゅうで、進みも遅いけど」
サンドラへの定期便は少ないらしい。サンドラは一応観光都市のはずだけど、カームから観光ならもう少し近くて便利なところがあるから、そっちを経由していくのが一般的なのだろう。
同乗者は家族連れと、旅人が一人。どちらもサンドラまで行くわけではないらしく、家族はサンドラの手前の村まで、旅人にいたっては出発して最初の村で降りるという。軽く会釈して、あたしたちは先に乗り込んだ。家族連れは屋根の上に荷物を載せ始めている。
「なかなかきれいな馬車ね。手入れがいいんだ」
御者に声をかけると、まだ若いらしい彼は嬉しそうに言った。
「もう数年使ってますけどね。貧乏性なもんで」
へえと返事を返そうとしたとき。
「礼緋さん!!」
げ、もう追いかけてきた。
ジェーンとマリーは、しかもずいぶんご立腹のようである。
あたしを指差してなんか言っているけど、遠くてあんまり聞こえない。仕方ない、巻き込んじゃアレだし、出て行ってやるかと腰を上げた、しかし。
「行きますよ!!」
二人そろって突き出された手からは、今まで見たことない大きさの火球。
……が迫ってくるにつれて、それはさらに予想以上のサイズに育っていく!
なんつうもん出してんだ、あのばか娘ども!!
このまま馬車に直撃したら、全員丸焦げに決まっている。
あたしは御者を振り返って声の限り叫んだ。
「出て、出て、さっさと出てえええ!!!」
けしかけられた御者は泡を食って馬にむちを振るう。突然の追い立てに馬は立ち上がり、いきなり走り出した。
きちんと荷造りの終わっていない馬車からばらばらと荷物が転げ落ちる……どころか、人間がごろごろと転げ落ちていく。あたしは必死に馬車に掴まりながらも、呆然と見送ることしか出来ない。
「あ……ああ……」
しかし人の少なくなった馬車に火球はどんどん迫ってくる。馬の全速力よ!?どうなってんの!?
馬車の屋根を乗り越えて、御者の背後に飛び降りる。
御者はあまりのスピードに白目になりかけていた。
「大丈夫、落ちても死なないわよ……!多分!」
御者を蹴落として、ぐいと手綱を引いた。馬車は急転回、右へ!
猛スピードの火球は、そのまま木にぶつかって、ごおと燃えさかった。
このままだと山火事必至。でも馬車はそのまま遠ざかってしまう。駆けつけたらしい姉妹の「どーするんですか、これ!?」と喚く声が聞こえた気がするが、どうしようもない、お前らがやったことだろ、なんとかしろ!
あたしはとにかく、この暴走馬車を止めなくては!
「く、クラウド、これどう止めるの!」
後ろからの返事はない。もしかしてあいつ、落ちた?
「役立たずうう!!」
御者を蹴落としはしたけど、自分が落ちる勇気はない。え、これどうすんのどうすんの、ちょっと涙でそう。
「……ごめんねえ、役立たずで」
横から手が伸びて、手綱を奪われる。そのまま彼は馬本体に飛び乗って、ぎゅっと手綱を引いた。
馬が悲鳴を上げる。うわ、ごめんなさい。
がたがたと衝撃。舌を噛みそうで、慌てて口を閉じたけど案の定噛んだ。痛い。
……ずっと続くかと思った衝撃が止んで、あたしはいつの間にか閉じていた目を開けた。
クラウドが、ようやく止まった馬からゆっくりと降りるところだった。
「あ、あんた、落ちたんじゃなかったの」
いったん落ちたら戻ってくるのは不可能だろう。指摘すると彼は苦笑した。
「いやあ、情けないことに最初の段階で頭打って気絶してたみたい。よく落ちずに済んだよね」
くそっ、この役立たず。落ちれば良かったのに。
「……で、どうしようか?」
言われてあたしははっと状況を把握した。
落ちていった乗客。
山火事。
……そして、ここには無人の馬車と馬。
どっからどう見ても馬車強奪犯だ。
「ついでにね、門も通り過ぎちゃったんだよね」
……関所強行突破。
「正真正銘の悪人になっちゃったねえ」
クラウドがため息を吐いた。