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ゆめおち②

 あたしはぱちりと目を開けた。


「……なんか、ものすごく悪い夢を見ていた気がするわ」


 その証拠に心臓がばくばく言っている。すっと引いた血の気が少しずつ戻って行くような感覚がして、あたしはしばらくじっとしたまま呼吸が整うのを待った。

 その間に周囲の観察。どこかの宿みたいだ。具体的に知っている場所ではないものの、よく見慣れたものばかり目に入ることにほっとする……なんで? 全く見慣れないものに囲まれたことがあるわけじゃなし。そりゃ地方によって形式が違うことはあるけど、そんな変なものはそうそうないし……。


「あ、ようやく目が覚めたね、礼緋チャン!」


 あたしはその声に思わず息をのんだ。


「……どうしたの?」

「ち、近寄らないで!」

「え、なんで?」


 ……なんでだろう? よくわからないけど、こいつを見てると今すぐ離れたくなるような……かと思えば今すぐ撃ち殺したくなるような……。


「ねえ礼緋チャン、そろそろ寝ぼけてないでさ、今日はハロウィーンだよ!」


 あたしの様子は完璧にスルーしてクラウドはあたしに笑いかける。ってか、はろうぃーん?


「何それ」

「あ、聞いてない? この町の風習らしくってさ」


 なんでも、この町では昔物乞いが死んだ後に化けて出たことがあるなんて眉唾な話があって、その忌まわしい記憶を塗り替えるためだとか、化けた物乞いの気を安らげるためだとか理由は諸説あるけど、とりあえず自分たちも化け物の格好をするお祭りが開かれるようになったらしい。


「で、お化けの格好をして『施しをくれなければお前を祟る』なんて言うのが……」

「ちょっと待ちなさいよ、なんか違うんじゃないそれ」

「なにが?」


 なにがって……、違ったわよね? 言う台詞、そんなんじゃないわよね? もっとかわいらしかったような……。


「え、俺が聞いたのはこれだけどな。ていうか礼緋チャン知ってたの?」

「え?」


 ………知らないわ。知らないはずよ。なによそのお祭り。でもなんだか、強烈な違和感があるのよ。『祟る』じゃないはずで……。


「これを飾っとくんだってさ」


 そう言ってクラウドが取り出したのは、中身がくりぬかれたかぼちゃ……に、まるで殴ったみたいに乱暴に穴が空けられているものだった。


「怖い!」

「そりゃあ怖いよー。祟られるんだよ?」


 クラウドはけらけらと笑ったけど、そうじゃないのよ。そんな怖いものじゃないはずなのよ。でもなんであたしはそれを知ってるの……。


『夢だから、ですよ』


「ああっ!」


 あたしは頭を抱えて叫んだ。クラウドが変な目であたしを見てるけど知ったことか。そんなことより思い出したのだ、あたしがさっきまで見ていた悪夢を。


「確かに頭のおかしい奴だとは思ってたけど、あそこまでとは思ってなかったわよ」

「は? 何が?」


 いけないいけない、あれは夢の話よね。ってこれも夢か。


「あんた、学校って覚えてる?」

「がっこう? それってオカネモチのカタガタがいくところでしょ?」


 それくらい知ってる、とクラウドは胸を張った。全然自慢にはなってないけど、それくらいの知識しかないってことはこいつはさっきの夢のクラウドとは違うってことでいいのかしら。


「ハロウィーンの話続けて良い? 実はそのときお化けにチョコレートをあげると……」


「クラウドさーん!」


 ばーん、と戸を開けて茶色い塊が飛び込んできた。そいつはごろごろと転がり、そのままクラウドに激突する。クラウドは突然のことだったからか不様に体当たりを喰らいたたらを踏んだ。


「クラウドさん、わたしにお菓子ください!」


 身体を伸ばしクラウドの足にすがりつくそいつは茶色い……犬?


「犬にしてはちっこくない。毛も長いし」

「こういうのこそ、お金持ちの道楽よ。愛玩用に小さく御しやすく掛け合わせてんの」

 見下ろしながら話しているけど、さっきの声聞き覚えあるわね。


「冷静に判断しないでくださいよお。それにわたしは愛玩用じゃなくて狩猟用です」


 この間抜けそうなしゃべり方にも覚えがあるのよ。まじまじと観察してみるけど、大きめな瞳と短い手足、ふさふさの毛……どこを見てもただの犬。見覚えなんてない……


「ていうか、犬がしゃべってるわ!」


 はっと気がついたあたしが叫んだ瞬間、


「説明しましょう!」


 もう一度扉がばーんと開き、今度は金髪の美女が……ってこれ前もやったわよ。


「マリーはお化けに化けるつもりが犬に化けてしまったのです!」

「お姉ちゃんちがうよ! わたしは化け犬になってるんだよ!」


 犬がクラウドの足から離れ、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら今度はジェーンの足元にまとわりついた。 ……理解がおいつかないわ。この犬はなんなわけ。


「礼緋さんにしては察しが悪いですね。つまりこの犬はマリーですよ」

「マリーって名前の犬?」


 お前はしゃべんな、クラウド。ややこしくなるから。




 ハロウィーンは化け物にお菓子をあげるお祭りだ。だからお菓子をあげる人と、そのお菓子をもらうため化け物の仮装をする人とが現れる。そしてここに、菓子に目がくらんだ馬鹿娘がいて、化け物の格好をするつもりで自身に魔術をかけ、犬になってしまったのだという。


「いえ、なってしまったんではなくて、これは狙い通りなんですよ!」

「ただの犬に菓子をあげる物好きなんていないわよ」身体に悪いし。

「ただの犬ではありません! 化け犬です!」


 しゃべることを抜きにすれば、ただの可愛い犬なんだけど。しゃべるところが化け犬なのか。


「あんたそれ、ちゃんと元に戻れるの?」

「日付が変わる頃に解けるようにしています。今日中はこのままです」

「お菓子もらっても持てないんじゃないの?」

「えっ」


 ぱたり、としっぽが地面に落ちた。




 町中は確かにお化けで溢れていた。……っていうか、本当にリアルだわ。血のりを頭からかぶった男が可愛らしい家のドアをどんどんと叩いている光景とか、普通に怖いんですけど。そんで、どの家にもさっき見たぼろぼろのかぼちゃが置いてある。

 こんなホラーな祭でも一定の集客効果はあるらしく、あたしたちみたいにちょっと引き気味に祭を眺めている観光客が二十数名いるみたいだ。さらにお化けの群れの中に混じってはしゃいでいる観光客がいたりするんでしょうね。

 マリーはテンションがあがってきたらしく走って阿鼻叫喚の中へ飛び込んで行く。その可愛らしい犬の姿は正直祭に全くそぐわない。


「で、どっちにする?」

 クラウドが笑いながらあたしに尋ねた。

「あげる方、もらう方?」

 どうやらこいつも祭に参加するつもりのようだ。見てるだけでもいいんじゃないの?

 観光客にも見境なく襲いかかる節操のないお化け役がいたので、軽く蹴り飛ばしておく。クラウドがそれをじっと見ていた。


「何よ。他の客が怯えてたから助けてやったのよ。いいでしょ」

「うん、いいなあ」

 何だか視線が気持ち悪く感じて、あたしは話を戻した。


「参加するったって、あげるものも持ってないし……」


 あたしたちが旅していたあたりは甘いものは貴重だった。この町ではそのへんどうなっているのか……夢だから、考えなくてもいいのかしら。屋台が作られ、いかにも甘そうな飴や砂糖菓子が並べられている。


「買えばいいじゃん、ほら」


 クラウドは急にあたしの手をぐいと引いて広場へ連れ出そうとする。


「……あげないわよ」

「じゃあ、俺があげる方やろうか」


 クラウドがそう言った瞬間、周りのお化けたちがどよめきたつ。


『くれるのか!?』

『くれえええー』

「や、あんたらには、うわっ!?」


 クラウドは町人たちに引きずり込まれ、人の波に消えていった。お化け役よりもあげる人の方が圧倒的に少ないわ。数人のお化けは手に入れたらしい菓子を貪っていた。今食わなくても良いでしょうに。


「ちなみに『祟る』って何するの?」


 あたしはまだ隣に立っていたジェーンに聞いた。夢の中のジェーンはどこか涼しい顔をしていてむかつく。あたしばっかり翻弄されているみたいだもの。


「この町での買い物額が二倍になります」

「そこだけえらい現実的なのね……」


 菓子が売れるかもうけが増えるか。菓子は格安で売られているみたいだし、あげるあげないなんてやってるけど最終的には全員でお菓子を食べて終了、みたいな祭なんだろう。確かにお化け役やった方が得だわ……いや、仮装の手間を考えると菓子を買ってあげた方が楽なのか……?


「この日のために一ヶ月かけて仮装を準備する人もいれば、ひとつひとつ顔の違うお化けの形をしたクッキーを準備する人もいます。楽しんだ者勝ちみたいですねえ」


 そんな手のこんだ準備しといてこの狂乱か……確かに、お祭りって感じはするけど。


「ちなみにマリーは何してるの?」

「鞠のように転がってます。かわいいですねえ」


 ジェーンはにこにこしながら人ごみを転がるマリーを眺めていた。


「礼緋チャンー! 助けて! 助けを求める俺の手を蹴ったりしないで助けて! 絶対蹴っちゃ駄目だよ……」


 意味不明なことを言いながら目の前に手が伸びてきたから、しょうがなく引っ張り上げてやったのになぜかクラウドはちょっと残念そうな顔をしていた。


「なによ」

「いや、別に……」

 



 何もしてないのに疲れて宿屋に戻った。窓を開けて外を見遣る。日が落ちて暗くなり、広場はますます盛り上がっているようだ。


「晩飯どうする?」

「もうここから出たくないわ……。お腹も空いてないし」


 お菓子の甘ったるい匂いでお腹がいっぱいだ。ぐったりと窓枠にもたれてため息をつくと、クラウドは苦笑してあたしに何かを差し出す。


「はい」

「なに、これ」


 受け取ったそれはチョコレートの欠片だった。


「何よ、まだお化けごっこやってるつもりだったの」


 あたし、仮装してないし、お菓子がほしいなんて言ってもないんだけど。構わずクラウドはまた笑って訳知り顔で言う。


「お化けにチョコレートをあげると、願いを叶えてくれるんだってさ」

「……また、さらに混ぜてくるわけね」


 どうなってんのかしら、あたしの頭は。架空の異世界の行事を生み出して、それをごちゃ混ぜにしてるなんて。どうせそのチョコには義理とか本命とか友チョコとかあるんでしょ。


「で、あんたはどんな願いを叶えたいわけ」

 叶えてやる気はさらさらないけど、こいつがどんな願いを持つのがちょっとだけ興味がわいて尋ねる。クラウドは叶えてもらえるものと勘違いしたか、ほっと息をついた。


「うん、頼むよ、お化けさん。俺の願いは……」


 腑抜けた笑顔でそう言って、クラウドはわずかに身体を傾ける。小声で言うつもりなのかとあたしも身を寄せると、耳元に微か、息がかかる。

 そして男は願いを言う。


「俺の願いは礼緋チャンに蹴ってもらうことだよ」


「…………は?」


 寄せていた身をすっと引いてあたしはクラウドの顔を見る。

 頬を赤らめて、うっとりと笑む男の姿がそこにあった。


「もう、最初に会ったときからビビッときてたんだ。あの鮮やかな蹴り。君しかいないよ。俺を蹴っていいのは礼緋チャンだけだよ」

「……あ、あんた、なにを」


 ずいっと身を乗り出してきたもんだから、条件反射で突き飛ばそうと身構えた。それを見たクラウドがいっそう笑みを深くした。心なしか息が荒い。


「あ、殴る? 殴るのでも良いよ。とにかく、礼緋チャンに受けた暴力は全て快感になるから、さあ、殴って、蹴って!」

「ひいっ」


 もう一度身を引こうとしたけど、すぐ後ろは窓だ。普段なら本当に殴って退散させるところだけど、そんなこと言われて殴れるわけがないじゃないの!


「さあ!」


 恍惚とした笑みが迫ってきた瞬間、

 どーん、と衝撃が走った。


「クラウドさーん、私にチョコくださーい!」


 見なくてももう声で分かる。茶色い塊がクラウドに突撃したのだろう。そして突然のことだったからか奴はバランスをくずし、あたしに向かって倒れかかる。それをまともに食らったあたしも後ろに倒れ、それを支えるものは何一つない。


「ちょっと待って、これって」


 と言いかけたあたしを待ってくれるはずもなく、あたしはそのまま空中へ投げ出される。



 これって、さっきとおんなじパターンじゃないのよーーーーー!!!!!!


変なのばっかりですみません。次回は夢から覚めます。


やってみたかったありがちネタそのろく

ファンタジー世界なのになぜか地球イベント

そのなな

天丼

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