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ゆめおち①

 あたしはぱちりと目を開けた。


「あ、ようやく目が覚めたね、礼緋チャン!」

「……あ?」


 寝ぼけている自覚はあった。思考がまとまらず、今自分がどこにいるのかもよくわからない。そんなあたしの様子には構わず、相手はあたしに話しかける。


「もうすぐ昼休み終わるよ!」

「……何だって?」

「何だってって、五限始まるからさ、教室戻ろうよ」

「きょう……?」

「あ、てかやべ、俺係だった。やっぱ先行ってるね」


 奇妙な黒い服を着たクラウドはそう勝手にまくしたてると、部屋を出て行ってしまった。


「……は?」


 あたしは身を起こして、彼が閉めた扉を眺める。灰色の扉は、木でも石でもない素材のようだった。


「説明しましょう!」


 その扉が再び開き、次に現れたのは金髪の美女だ。これまた、奇妙な紺色の服を着ているが、魔術姉妹がおかしいのはいつものことなのでクラウドよりかは気にならなかった。


「ジェーン、なんなのよ」

「礼緋さん、ここは夢の中です」

「ここはゆめのなか?」

「ええ、夢です。ドリームです。寝ている間に見るあれです。あなたは今、眠っているので夢を見ています。明晰夢というのですが、きっとあなたは知りませんね」

「あんた、あたしをばかにしたくてここにきたの」

「違います違います、専門用語なので知らないだろうなと思っただけなので、あの、拳ぺきぺきはやめてください、骨が太くなるらしいですよ」

「骨太、大歓迎よ」

「そこ拾わないでくださいよお。ひとまず、説明させてくださいってば」


 しょうがないから聞いてやることにした。




 曰く、あたしは異世界の学校にいる夢を見ているのだという。

 曰く、ここは夢の中で、目の前にいるこのジェーンはあたしの脳みそが作り出したものだそうだ。


「って、夢って心が作るもんじゃないの?」


 夢は心が作る。悪い夢を見る時は、悪魔が心をつついているから。子どもの寝物語にも聞かされることだ。


「うーん、なんと言いますか、この異世界では夢は頭が作るものだとされているんです」

「なにそれ、それもあたしが作った設定って言うの?」

「もう、夢なんだから、そういうところ突っ込まないでくださいよ!」


 そう言って頬を膨らませるジェーンは、あたしの前の席に横向きに座り、身体を捻ってあたしの方を向いている。あたしとジェーンが座っている椅子と机は、規則正しく並んでいる。そういうところ、確かに学校って感じがするわ。実際に学校に行った記憶はないけど。

 でもこんなとこ、現実にありそうにもないし。


「つまり、ここはあたしの夢のなかってわけね」


「最初からそう言ってますけどね……」

「んで、あたしは何すればいいの?」


 あたしは机に頬杖をついてジェーンを眺める。


「別に夢なんですから、なんでもいいんですけど」

「あんたを殴っとけば、いい夢になりそうね」

「なんだってそんなにいちいち暴力的なんですか、礼緋さんってば。じゃあ、どうせだから、この異世界ライフを謳歌すれば良いじゃないですか」

「異世界ライフぅ?」


 どうにもうさんくさい夢だ。そもそも異世界って、マニアックな宗教に出てくる思想の一つでしょ。なんであたしが知ってるかって? 育ちが……もういいか、これ。


「面白いと思いますよ。礼緋さんの夢ですから、私を始め、クラウドさんとか見知った人が出てきますけど、みんな異世界の住人ってことになってますから。この世界はとっても平和です。銃器や刃物が禁止されている社会なんです」

「平和なの? それって」

「ええ、とっても。とにかく、もうすぐチャイムが鳴りますから、急いで教室に戻ってください。ほら早く!」

「何よ、教室ってところ、あたし知らない……」


 と言いかけたところで、なんだか頭の隅っこに妙な情報がひっかかった。あたしの教室は、ここを出て左の階段を下りて、廊下の端にある。


「合い言葉は、『夢だから』ですよ」


 やっぱり妙なことばかりしゃべるジェーンに見送られて、あたしは促されるままに、『教室』へ向かった。

 教室に入った瞬間、チャイムが鳴る。クラウドがなぜかやたらと手を振ってくるが無視。あたしはあたしの脳裏に刷り込まれている情報に従って、自分の席に着いた。

 もうすぐ教師が入ってくるはずで、あたしたちは静かにそれを待たなくてはならない。しかし生徒たちは席にこそ着いているものの、思い思いにおしゃべりをしていた。……そういうことも、どうしてあたしは知っているのかしらね。


『合い言葉は「夢だから」ですよ』


 うーむ。

 がらりと音を立てて、教室の扉が開いた。先生がやってきたのだ。あたしはそれを見上げて、

 思わず立ち上がった。


「んー、どうした、礼緋」


「な、なんであんたが……」

 いつもの気持ち悪い笑みをにたにたと浮かべたナッシーアが、花柄の服を着込んで現れたのだった。


 花柄の服、というのは「アロハシャツ」のことだ。なぜナッシーアがここに現れたかというのは、ナッシーアが「教師」だからだ。

 いくら『夢だから』といったって、知らないうちに埋め込まれている知識に違和感を覚えないはずもなく、どうにも気持ちが悪い。ナッシーアの顔はいつも気持ち悪いけど。




 勉強は退屈だ。

 何せ、あたしの中に答が刻まれている。それを書き写すだけの作業の、どこが楽しいものか。

 あたしの元いたところにはない技術や歴史があるみたいだけど、それをそらで言うことはできても、再現することはできそうになかった。そういうもの、として無意識に処理しているみたいで、真に理解することができないのだ。まあ、夢だからこんなもんよね。

 何より、50分間も椅子に座り続けることが苦痛。少しでもごそごそしていると、すぐに先生に当てられるのだ。答えられるから別にいいっちゃいいんだけど、じっとしなきゃいけない、という状況が本当に嫌だわ。

 周りにいるのは普通の、否、あたしの基準からすれば普通よりもっとか弱い子どもたち(って言ってもあたしと同年代らしいけど)。裕福なんだろう。『平和』だとか、ジェーンは言っていたっけ。でも、こんな苦行に耐えられるってだけですごいわ。修行僧の学校なのかしら、ここ。違うのは『識って』いるけど。

 体育の授業。座ってるよりかは断然楽だけど、ただただ走るだけ。って、割といつもやってるわ。クラスで一番だった。皆遅すぎる。

 美術の授業。どんな価値があるのかよくわからない絵画を真似して描かされた。これ、人生において何の役に立つのかしら。

 数学……は言わずもがな。こんなこと習わなくたって、商人の子どもは金勘定ができること、あたしは知っている。でもどうやらこの世界では、世襲ではなく商人になりたい子どもが商人になるそうだ。そして、商人ではない、なるつもりもないのに勘定を必死になって勉強している人間もいる。


「変なの」


 あたしはぽつりと呟いてみたが、聞こえたはずのナッシーア(ちょうどあたしの席のすぐ側を通っていたのだ)は素知らぬ顔で通り過ぎて行った。


 そして昼休みがやってきた。あたしは誰が作ったのかわからない(『母』だ、とあたしの夢が教えてくれた)弁当を鞄から出して、開いた。これまた、何でできているかわからない食べ物が小さい箱にぎっしり入っている。でも、なんだかおいしそうだ。


「ちょっと、一人で食べ始めないでよね」


 そう言って、数人の女子があたしの周りに集まってきた。

「なにか用」

「一緒に食べようよ」


 食べながら話をしたいってことかしら。でもあたし、この子たちのこと全然知らないんだけど。


「いいわよ、伊藤はこっち来たら。江田は前座んなさいよ」

 でもあたしの口は勝手に彼女らの名前を呼んだ。


「あー、待ってください、わたしも一緒に食べたいです!」


 聞いたことのあるような声の方を見てぎょっとした。


「ま、マリー、あんたどうしてここにいるの」


 明らかに他の生徒より幼い少女は、しかし皆と同じ制服を着て、弁当片手にこちらに向かってきていたが、あたしの問いに立ち止まり首を傾げる。


「それってもしかして、わたしハブられてるんでしょうか?」

「ハブってなんかないよ、まりちゃん!」

 あたしが江田と呼んだ髪の短い女子がマリーを手招きした。

 嬉しそうにやってくるマリーは、この学校に通うべき年齢には思えない。


「あんたどう見ても10歳未満でしょ」

「ひ、ひどい、礼緋さん……」

「そうだよ、礼緋! まりちゃんはれっきとした高校生だよ! 女の年は見た目じゃないんだから」


 え、そうなの? もしかして、実際のマリーもサバ読んでんのかしら。


「読んでません」

「え?」


 マリーはにこりと微笑んであたしを見返した。


「何か言いました?」

「い、いやあんたこそ……」

「何も言ってませんよ」

「そう……」



 

 昼食を終えたが、まだ彼女らは話を始めない。否、口は休まることなく動いているけど、本題に入る様子はない。……本題なんてないんじゃないだろうか、と思い始めた矢先、あたしが無意識に『江田』と呼んだ女子が居住まいを正した。かすかに緊張を感じる。


「礼緋ってー」


 何気ない調子を装っているが、これが彼女の本題なのだ、とあたしは悟る。


「彼とどうなのよ?」

 しかし飛び出した質問はよくわからないものだった。


「彼?」


「またまたー、とぼけないでよね。いっつも一緒にいるじゃんか」


 と言っておそらくその人物の名前を出そうとしたところで、他の女子が「しっ」とたしなめた。

 その女子が見ている方向を皆で見つめる。

 クラウドがふらふらと通り過ぎて行った。


「危なかったねー」


 ふふふ、と微笑み合う女子たち。まるでクラウドが噂の渦中であるかのような反応だ……


「って、あいつ!?」

「そうに決まってるじゃーん。アタックされてるんでしょ? どうなの、実際?」

「キープくらいしといてもいいかなって思ってるでしょー」


 クラウドにアタックされる、というのもよくわからないが、『好き』だのなんだの言っていることに関して言えば、


「あんなの、どこまで本気かわかんないじゃないのよ」

「えー、かわいそうだよ、あれだけ熱く見つめられてるのに」


 女子たちはクラウドをかばうような発言をするが、ただ単におもしろがりたいだけなのはわかっている。鼻の穴が膨らんでるわよ。


「あたしが気づかないくらいだったら意味なし」実際には気づいてるけど。でも結構いろんなところよそ見してるわよ、ってこれ現実のクラウドのことだったわ。

 それにしても異世界であっても無責任に人の恋路を混ぜっ返すのが好きなのね、女の子って。異世界っていうかあたしの夢が作ってるんだから当然か。

 と、背後から声をかけられる。


「こんなところにいたの、礼緋チャン」


 きゃあ、と女子たちが小さく叫んだ。

 あたしは苦々しい思いでクラウドを振り向く。


「なによ」

「ちょっと、来てくれる?」

「ここじゃできない話なの?」

「できなくはないけど、全然今の場に関係ないし、長くなるよ」


 察しろと言いたいのか、このあたしに。


「しゃーない」あたしは膝に手を当てて立ち上がった。あたしの動きに合わせて顔を上げた女子たちはいっそうにやにやとあたしを送り出した。


「いってらっしゃい、礼緋」

「帰ってこなくても大丈夫だよ」


 うるさい。大体、あたしの記憶にもいないくせに、なんで馴れ馴れしく名前呼んでんのよ。誰なのよ、あんたたち。




 連れてこられたのは屋上だった。こういった屋上には、転落防止の壁なり柵なりがしてあるはず(と、この夢を作ったらしいあたしの頭がそう教えてくれる)だけど、ここにはなかった。鍵を開けて入っていたから、本来人が立ち入るところではないのかもしれない。

 あたしが先に屋上に出て、クラウドは扉を後ろ手に閉めた。その音を聞いてあたしは振り向く。


「ようやく二人きりになれた」

「な、何言ってんのよ……」


 アタック云々なんて女子たちが言い出すから、変な意味に取りそうになってしまう。いや、こいつに迫られたって殴り倒すだけだけど。

 でも、顔をあげたクラウドは思いのほか真剣な顔をしていた。


「早くこんなところ、出ようよ、礼緋チャン」


 出よう、ってどこへだ。学校からは出ることができない。『校則』で決まっているからだ……っていう話じゃないわね、これ。


「あんた、もしかして……」


 あたしの疑念に答えるようにクラウドは頷いた。


「そうだよ、今までは演じてただけ。ここは俺たちの世界じゃないんだろ」

「……なによ、あんたも同じだったわけ」


 ついたため息は知らず、大きくなった。

 このクラウドは夢の住人じゃなくて、あたしと同じく魔術師たちの変ないたずらに巻き込まれてたのか。

 ナッシーアもマリーも、変な恰好してこちらの話には取り合ってくれないし、唯一事情を知っているようなジェーンも意味不明なことしか言わないし。実際あたし、ちょっぴり心細く思っていたのかも。こいつの存在なんかにほっとするなんて。


「でもこれって、あたしの夢って聞いたんだけど」

「そんなの、騙されてるに決まってるじゃん。だって俺だって自覚あるんだし」

「でも、だって、じゃあなんであんた『演じてた』わけ?」

「それは……礼緋チャンにだってわかるだろ?」


 クラウドはそう言って視線を落とした。なんだか意味ありげな表情だが、ただただそのもったいぶった態度にいらいらするだけだ。


「わかんないわ」

「奴らに気づかれないためさ」

「奴らって?」


 アリエスのこと? それともナッシーア? ジェーン、は違うな。あのぽんこつ姉妹に何を気づかれたって大したことになりはしない。


「奴らは奴らだよ」

「わかんないわよ、奴らってなに?」


 もしかして、とあたしはある可能性を思いついていた。あたしはこいつに明かしたことはないけれど、もしかして、こいつは勘づいているのかもしれない……あたしの敵のことを。奴『ら』、と複数にしたのはよくわからないけれど。

 しかしクラウドは妙なことを言い出す。


「生きるか死ぬかの戦いをしてただろ? 皆待ってる。剣を再び取る時が来た」


 剣? こいつの武器はナイフのはず。というか、剣なんて大げさな武器、今どき持つような奴はいない、邪魔だし。こいつなりの比喩? そんな頭脳あるのかしら。


「なんか、言ってることが変よ、あんた。奴らとか剣とか」


 あたしは至極冷静に指摘をしたつもりだったのだけど、クラウドは途端顔を歪めてあたしを睨む。


「君までそんなことを言うのか……!」


「は?」

「君なら、分かってくれると思ったのに。いや、分かってくれるはずだ。だって俺たち、同じ世界から来たんだから」

「そりゃ、同じ世界ってところは間違いないけど。でも何言ってるのかはわかんないわよ」


 なんだか、まともに取り合うことに不安を感じだしたんだけど。大丈夫、こいつ?


「いずれ分かる。元の世界に戻れば、すぐに思い出すはずだ!」


 ……キャラが変わってきてる気がする。


「俺たちは救世主なんだよ、早く戻らないと……!」

「ちょっと待ちなさいよ、何言ってんの、あたしたちはただの賞金首でしょ!」


 今となっては悲しいことに。

 思わず突っ込むと、クラウドはぴたりと動きを止め、今度は目を細めてあたしを見た。

 なんだかその表情、……哀れみに見えるんですけど?


「……そうか、君は、俺とは違う世界を見てるんだね」

「はああ?」


 意味の分からなさと、何よりその哀れみの表情にかちんと来て、あたしは男を睨んだ。クラウドは一瞬たじろぐが、まだ口を閉じない。


「でも大丈夫、俺が君を正しい世界に導いてあげるから。そうすればわかる。怖くなんてない」


 いやいや、逆に怖くなってきたわよ。なんなの、こいつ。もしかしてまた変な魔術にかかってるんじゃないでしょうね。

 ふ、と顔を上げて、クラウドは呟いた。


「呼んでる、早く行かないと……!!」


 ふらりと一歩を踏み出すクラウドの目は、あたしを見てはいない。見開いたまままっすぐに向かってくる。

 あたしは思わず後ずさる。しかしすぐにその足は止まった。段差に足がぶつかったからで、その段差を越えてしまえば、そこは空中であるからだ。

 すぐ後ろに壁も何もないことを目視したあたしが再び前へ向き直ると、すぐ目の前にクラウドが迫っている。


「ちょ、ちょっと、何する気?」

「礼緋チャン、一緒に行こう、新世界へ!」


 どん、という衝撃。

 完全にイっちゃってるクラウドに突き飛ばされたあたしは、悲鳴を上げる暇もなく真っ逆さまに落ちて行った。


 ……ていうか、本当になんなのよこれはーーーーーーー!!!!!


やってみたかったありがちネタそのよん

唐突な現代もの

そのご

中二キャラ

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