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サンドラ脱出!(?)

 あたしたちは、女魔術師アリエスが操る壁から逃げるためにひたすらに走っていた。っていっても、あたしは肩に担がれてるだけで、走ってるのはクラウドだけど。

 身体を起こしてるのもつらいし、逆さでいたら今度は気持ち悪くなってきた。クラウドは止まる気配がない。本当に、ここを抜けるまで逃げ続けるつもりかしら。

 何度めかの壁抜け(壁避け?)のあと、まっすぐな廊下に出た。もうすっかり夜で、暗い中ぼんやりと光る壁が遠くに照らし出しているのは、……扉?


「礼緋チャン! なんかドアがあるけど」

「知らないけど、開けない方がいいんじゃない?」


 ここまで、こんな大きい建物なのに誰にも会っていない。扉の向こうが何かの部屋なら、入った瞬間大勢の人と顔合わせなんてこともあり得る。

 壁は抜けられるんだから、避けて通った方が無難だ。……と思ったのに、なぜかクラウドは首を振る。


「……でも、ごめん! なんか止まんなくなった」

「はあ!?」


 クラウドはさらにぐんとスピードを上げ、扉に向かって一直線に走っていく。


「ちょっと、何言ってんのよ、入るなら入るで、止まんないとぶつかるっての」

「だから、止まんないんだってば!」


 あとしゃべっているうちにみるみる扉は近づき、あと数歩のところまで迫っている。

 もう、ぶつかる……


「ちょっと————!!」


 ……寸前で、扉が開いた。

 クラウドは何かにつんのめったようにすっ転び、もちろんあたしも投げ出される。

 ごろごろと地面を転がり、壁にぶつかって止まった。


「何してんのよ、このバカ!!」


 あたしは飛び起きると、まずあたしを担いだまま転んだ男に文句を言った。

「何って……あたた」

 クラウドはなぜか、起き上がりもせずにもがいている。


「なんなのよ、ここは……」


 あたしは部屋を確認した。

 昼のように明るくはなかったけれど、中で本が読めるくらいの明るさはあった。光源は不明(壁か?)。今度はさっきと打って変わって小さめの部屋で、宿屋の寝台が四つぎゅうぎゅうに詰めれば入る、というくらいの広さだ。部屋の中央の床には何かの文様。部屋の奥の壁にぶつかったあたしと、入り口辺りでもぞもぞしているクラウドの、ちょうど間にある。



「もう、キミたちって、どんどん、走っていくから……」



 いきなり、ぜーはーと荒い息まじりの声が聞こえた。


「こ、このきもい声は……!」


「きもい、は余計だけど、ボクの声をおぼえていてくれた、のは、光栄、だなあ、はあ」


 初登場から印象最悪、そして今も変わらず気持ちの悪い魔術師、ナッシーアだった。なぜか、肩で息をし、どことなくぼろっとした様相でクラウドのすぐそばに立っていた。


「何あんた、もしかしてあたしたちを追って走ってたわけ」

「ま、まあ似たようなことだねえ」


 まだ床に突っ伏したままのクラウドが必死に顔を上げ、珍しく口調を乱して魔術師に問う。


「おいこら、てめえか。俺に何しやがった」

キミには(、、、、)何もしてないよ。まさか、大事に持っていてくれたとはねえ」


 何の話かあたしにはわからない。だが、クラウドはすぐに思い至ったようだった。


「あの札か! 返してやるからさっさと解放しろ!」


 どうやらクラウドが立ち上がれないのは、ナッシーアが何かしたかららしい。「札」? ……あ、もしかして、あれ?

 耳を負傷したクラウドに、ナッシーアが押し付けた、治癒の札。そう言えば確かに、クラウドはポケットに突っ込んでいた。そのまま持っていたのか。


「じゃあもしかして、こいつが壁から逃げられたのも、あの札のせい?」


 問うて気がついたが、この部屋では壁は迫ってこない。それもあるいは、この魔術師の仕業かもしれない。


「おかげ、と言ってほしいなあ」


 魔術師は肯定した。


「なんで助けるわけ。『こいつはオレの獲物だ!』なんて言うつもりじゃないでしょうね」


「いや別に、ボクから何かしようと思ったわけじゃないよ。ただ札が急に反応し出したから、なにかと思って見にきただけさあ」

 でも、助けてほしいなら。

 黒いローブの魔術師は、薄い唇の両端を持ち上げてにたりと笑った。手足がだらんと下がっているのが不気味だ。


「助けてあげようか?」


 本当に気色の悪い奴。しかし、即答で申し出を断るほど、あたしたちに余裕があるわけじゃない。今は札のおかげでここまで来られたみたいだけど、札の効果を止められたりしたらもう逃げられもしない。


「……貸しにはならないわよ。あんた、あのときの礼が終わってないんだからね」

「い、いやだなあ。一発殴られてあげたじゃないか」


 魔術師は冷や汗をたらす。あの屈辱が拳一つだけで晴らせたと思ってんのか。なんなら今ここで、もう二発三発、殴ってやってもいいんだけど。


「わかったよ。無償で助けてあげる」


 そういって、魔術師はかがみ込み、いまだみっともなくもがくクラウドのポケットから札を抜き出した。とたん飛んでくる拳をひょいと避け、部屋の中央へと向かう。


「今ボクを殴ると助けてあげられなくなっちゃうよ。ボクってば見た通り貧相な身体をしているでしょう?」

「アリエスみたいなこと言ってんじゃないわよ!」

「え、アリエス、そんなことを言っていたのかい?」


 なぜかナッシーアは嬉しそうに呟いた。にやにやした表情のまま、札を持ち直し、床の文様の上に置いた。


「アリエスのこと、知ってんの?」

「まあね。魔術界は狭いからねえ」


 札の上で、何やらゆらゆらと手を動かしている。それを数分。あたしたちもなんとなく固唾を飲んで見守ってしまった。いや、あたしたちを助けてくれるってんだから、注目して当然かもしれないけど。

 やがて、魔術師はゆっくりと立ち上がった。


「よおし、できたよお」


 そう言った瞬間、文様が光り始める。


「これは転移の魔法陣だ。ボクの札に込めてあった魔術様式をつなぎにしてボクの魔術が使えるようにしてある。つまり……」

「そういうのわかんないからいらない」


 露骨に遮ったクラウドに、魔術師は不満げだ。まああたしも同感だったからフォローはしない。


「まあいいけどさ。ここに乗ってくれたら、ボクがここじゃない場所に転移させてあげる」

「本当なんでしょうね。これに乗ったらアリエスの前に飛ばされるなんてことあったら……」

「この町の外にしてあげるよ」


 それが本当ならありがたい話だ。この町の外なんて言わず、あたしの旅の目的地にまで転移させてほしい。目的地をこいつに言いたくはないけど。


「さー、乗った乗った。ボクがちょちょいのちょいでひとっ飛びだからねえ」


 そう言う口調がうさんくさいんだよなあ。

 クラウドは完全にナッシーアを敵認定したようで、鋭く睨みながらもしぶしぶ文様の上に立つ。あたしもそれに続いた。

 文様の光が大きくなり、あたりが見えなくなっていく。っていうか、


「まぶしい!」

「大丈夫大丈夫。目をつぶっててよ」


 この状況で言われた通りに目をつぶるのはかなり勇気を要する……って思っているうちに、本当に目を開けていられないくらいまぶしくなった。

 ついでに平衡感覚がなんだかおかしくなって、ぐるぐると身体が振り回されるような感じがする。これって、本当に大丈夫なんでしょうね。


「じゃあいくよお、忘れ物ないかい? 忘れ物あってももう無理だけど……あ」


 え? なに? 『あ』ってなに?

 数拍置いて、再び聞こえた声は、妙ににやついた声だった。


「……手元が狂っちゃった。ごめんねえー」


「なんですってええええええ」


 あたしの叫び声は何かに吸い込まれるように小さくなって、そして意識とともにぶつりと途切れた。




 彼女はため息をついて、目の前にいる魔術師を眺めた。

 魔法陣のそばに立つ魔術師の腹からは、白い槍のようなものが突き出ている。言うまでもなく、彼女が白壁を操作して突き刺したものだ。


「痛いなあ、アリエス」

「嘘をつかないでください」

「うん、まあ痛くないけどねえ」


 魔術師はあっさりと認めると、腹に刺さっているものを抜いた。確かに刺さっているように見えたそれはぼろぼろと崩れ、魔術師のローブには穴もあいていない。


「あなたの魔術に干渉できるなんて、私も思っていませんから」

「いやあ、今まさに干渉してたよ。おかげで手が滑っちゃったからねえ」


 そう言って、魔術師は魔法陣を眺めた。一瞬前まで、この陣の上には一組の男女が立っていた。町の外に脱出させるはずだった魔術は、違う行き先を示している。


「わざとじゃないのですか?」

「まっさかあ」


 にやにやとした表情を魔術師は崩さない。


「……楽しそうですね」


 思わず彼女は呟いた。よほどあの男女が気に入ったのかと彼女は思ったのだが、魔術師はそうではないと首を振る。


「楽しいんじゃなくて、キミに会えたのが嬉しいんだよお、アリエス」

「私はあまり会いたくなかったのですけれど」

「あの男の子がボクの札を持ち込んでくれなかったら、ここには来られなかったからねえ。感謝してるんだ、あの子たちには」


 この町はアリエスの城だ。外側からはほぼ全ての干渉を受け付けない。それがナッシーアであってもだ。ただし、気づかぬうちに媒介を持ち込まれていては、その限りではない。


「私に会ってどうするつもりなんですか?」

「会いたいだけだよお。相変わらずつれないねえ、キミは」


 相変わらずにやにやと笑いながら言うので、それが本心かどうか彼女には判断がつかない。彼女と魔術師は、それなりに長い付き合いであるのだが、彼女が彼の本心が読めたことなど一度もなかった。


「新しい弟子がいるのでしょう?」

「嫉妬かい?」

「嫉妬ではありません」


 いたって冷静な声でアリエスは答えた。


「女性を育てるのが好きなのでしょう、あなたは。今の弟子で十分ではありませんか」

「それは違うよ、アリエス。それだとボクが変態みたいじゃないかあ」


 アリエスは黙っているが、顔は「変態ではないか」と語っていた。


「あの子たちは押しかけ弟子。そりゃあ可愛い子たちではあるけれど、キミの代わりになるわけじゃない。ボクは、キミが……」


 アリエスはもう一度ため息をついて、それを遮った。


「……私、どうしてこんなことをしているのかしら。光を望んでいるだけなのよ」


 ナッシーアも、それ以上言い募るのは無駄だと悟り、同じようにため息をついた。


「…………光に目がくらんでいるのさ、きっと」


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