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その顛末

「はい、クラウド、あーん」


 にっこりと微笑みながら、礼緋は手に持った鳥のフリットを男の口元に押しやった。それは揚げたてで、一口かじればうまみを閉じ込めた肉汁が広がるのだろう。しかしそれと同時に舌を火傷するのも確実と思われた。


「そんなものを食べさせて火傷させるつもりですか?させませんよ!クラウドさんのお口は、私が冷たーい氷できーんとさせちゃうんですから」


 他方、マリーはよくわからない対抗心を燃やして、魔術によってだろう、よく冷やされた氷菓を差し出した。


「あ、ごめん、腹減ってないから……」


 クラウドはさっと顔を逸らした。


「何よ、食べられないっていうの!?許さないわよ」

「……じゃあ礼緋チャンが、ふ、ふーふーしてくれたら食べるよ」

 自身でも鳥肌を立たせながら、本来の彼女が聞けば思わず殴り飛ばすような台詞を言ったが、

「全くもう、しょうがないわね」

 礼緋は呆れたもの言いながらも表情は嬉しそうに、手に持ったフォークを自分の元に戻して息をかけ始めた。

「クラウドさん!私の氷、ふーふーしたら融けちゃうんです!どうしましょうか……」

 心底途方に暮れたようにマリーが言う。うんざりした表情のクラウドは思わず周りをぐるりと見回すが、辺りに知り合いなどいるはずもなく、彼はひたすらに孤軍である。


「あ、それよりほら、あそこの露天で、何か買ったげようか」

「本当!?」


 だっと女たちは彼が指差す露天に駆け寄る。クラウドは深く深くため息を吐きながら、足取り重くそこへ向かった。


「あたしあれがいいわ!」

「そんなの、高価いだけじゃないですか。私はこれにします。お、おそろいにしてあげてもいいんですよ?」

「……悪いけど、銅貨一枚以下のものにして……」

 


 本日何度目かのため息をついて、クラウドは水鏡を覗き込んだ。

 手洗いに行きたいとさんざん主張して、ようやく一人になれた。しかしあまり長居していると、しびれをきらした彼女らが再び押し掛けてくるだろう。水面に映る顔は何とも情けない。もう一度ため息をこぼしそうになるのをぐっとこらえて、乱暴に顔を洗う。

 よろよろと彼女らのところに戻ると、そこにいたのはマリーだけであった。


「あれ?礼緋チャンは?」

「帰っちゃったみたいですよ」

「へ?」


 けろりとした表情でマリーは言う。間違いなくこの幼い少女の仕業だろう。


「さ、デートの続きしましょう?」

「ま、マリーちゃん?あの俺、ちょっと様子見てこようかな〜……とか……」


 マリーはしばらくクラウドを見つめた。少し顔を逸らし気味にしながらも、クラウドはその視線を受けた。ジェーンは道行く人が振り向くくらいの美人だが、妹のマリーが彼女に似ているのは肌と目の色くらいである。けれどもマリーにはその場を和らげるような素朴な可愛らしさがあった。その大きな瞳に、やがてじわりと涙が浮かぶ。


「……クラウドさん、やっぱり礼緋さんの方がいいんですね……」

「え?あの」

「いいんです。わかってます。私、身を引きます。あなたの幸せが、私の幸せですもの……」


 そう言って身を翻し、たっと駆け出す。


「あ……」


 思わず声を漏らしたが、そのあとは黙って見送ろうと……したところでマリーが振り返った。十数歩も走ってはいなかった。


「呼び止めてくださいよお!」


 ぼろぼろと涙をこぼしながらそう叫んだ。


「私こそが一番って言ってくれなきゃいやです!」

「は、はあ……」

「今日は私と遊ぶんですう。礼緋さんのところに行っちゃいやですう」


 ぐしぐしと涙を拭って、マリーはクラウドを上目遣いに見た。可愛らしいが、クラウドに幼女趣味はない。しかし子どもを泣かせて平気でいられるかというと、それも難しい。


「……じゃ、じゃあ、俺と遊ぼうか?」

「……何して遊びますか?」

「チャンバラごっこ……」

「いやです!そんなヤバンな遊びできません。あわよくば私を倒して礼緋さんのところに行くつもりですね?」


 そういうところだけ気が回る。クラウドは舌打ちを堪えた。

 マリーは居住まいを正してこう宣言する。


「お姫さまごっこをします。クラウドさんはおうじさまね」

「……わかった」


 マリーの正面に立ち、クラウドは一歩前に近寄る。マリーはわくわくした様子で彼の行動を待っていた。


「いいですか、お姫さま?」

「はい……」


 クラウドはさっとマリーの手を取り、素早く手の甲に口づけた。


「ひゃっ」


 途端顔を真っ赤にしてマリーは肩をすくめた。クラウドは立ち上がって頭を寄せ、マリーの耳元で囁いた。


「お姫さまになりたかったらもっとおしとやかになってね?」


 目を見開いてクラウドを見ようとするマリーにすっと手刀を落とす。あっけなく少女は気絶した。


「……落とすのが一番楽だ」


 扱い方を心得始めていることに虚しさを覚えるクラウドだった。次いで、先ほどから距離を保ちつつこちらを伺っている気配に向かって声をかける。


「ジェーン、礼緋チャンの行方を知っている?」


 それに答え、木陰からひょいと金髪の女が顔を出した。


「マリーが眠らせ、宿屋に飛ばしていました。今頃平和に寝台でお休みになっているはずですよ」

 さすがわが妹、無駄に危害を加えることはありませんよと少し胸を張ったが、クラウドの視線は冷たい。

「そこまで見ていて、どうして止めないのかな」

「し、しょうがないじゃありませんか。邪魔をすれば、姉の私であっても敵視されてしまうんですから……」


 妹に攻撃されるのは精神的に耐えられないのだと彼女は言う。妹が男に迫っているのを見過ごすのは良いのかとクラウドは思う。

 気絶したままのマリーをジェーンに渡して、はー、とため息を吐いた。


「本当、さんざんだよ。あんたたちのおかげでさ」

「でも少しは楽しかったんじゃないですか?魔術にかかっているとはいえ、彼女はあなたの想い人なんでしょう?」

「……楽しくないよ。見れば分かっちゃうから」

「どういう意味です?」

「……魔術にかかると、目の色変るだろ」


 はっとしてジェーンはクラウドを見た。


「……気がついたんですか」

「そりゃね。目の光が鈍くなる」


 あんな色の瞳で迫られたところで、本当じゃないことは分かってしまう。


「さて、目を覚まさないお姫さまの様子でも見に行きますか」


 呟いて、宿の方へ足を向けた。




 きいと微かに戸が鳴る。なるべく音を立てないようにと部屋に入ったが、彼女が眠っているわけではないことはすぐに分かった。彼の侵入はとうに悟られている。

 寝台に横たわる彼女に、彼は近づいた。彼女の様子を確かめるように上体を曲げた……ところで、


「クラウド!あたしの愛を受け入れてくれる気になったのね!」


 礼緋が飛び起きてクラウドへと両手を伸ばした。


「はいはい」


 飛び込んできた体をそのまま抱き寄せるようにして、動きを封じる。密着した体を動かしてクラウドに迫ろうとする礼緋に、後々のことを考え目の前が暗くなるような気がした。


(ほんとに、正気に戻ったら死にたくなるんじゃないかな……)


 そんなクラウドをじっと見つめ、ふいに礼緋が呟く。


「……あたしじゃだめ?」

「……?」

「あたしじゃだめなの?あんたもやっぱり、『礼緋』が良いの?」


 ん、とクラウドは眉を寄せた。魔術にかかっているとはいえ、礼緋は礼緋本人である。別人格が支配しているなどということはないはずだ。少なくともクラウドはそう理解していた。


「礼緋チャンは礼緋チャンでしょう?ただ今は、ちょっと変になってるんだよ」

「そうかしら」


 心なしか悲しげに、礼緋は目を伏せた。そしてすぐに彼を見上げて、微かに潤んだ瞳で囁く。


「ねえ、キスしてよ」


 礼緋は、キスで魔術が解けることは知らないはずだ。ただ魔術の効果で甘えているだけだろう。けれど、静かに目を閉じる彼女に、ここ二日の勢いは見られない。

 礼緋を抱きかかえたまま、クラウドはその顔を覗き込んだ。髪に触れると、礼緋がぴくりと動いた。しかし目は閉じたまま、待っている。


(黙ってさえいればかわいい……なんてこともないんだよなあ)


 さらりと赤い髪を梳きながら、クラウドは思う。実際少女の顔はそれなりに整っているが、少女の魅力はそんなところにはないのだ。燃えるような怒り、それが彼女の本質であり、彼を引きつけるものである。


(ああ……)


 その唇は微かに開いて、浅く呼吸をしている。彼の目はそこを見つめている。髪の毛に触れる手が、止まった。

 そっと顔を近づけていく。言ってしまえば、最初に彼女からキスしてしまっているのだ。今さら減るものではない。

 ちらりと赤がちらつく。彼女の顔立ちと、それを彩る緋色。まぶたの下はもっと深い色なのを彼は知っているが、今はそれは閉ざされていて、この瞬間に開かれたって、魔術にかかった彼女の瞳は濁ってしまっている。

 彼は目を閉じると、残りの距離を一気に詰め、



 彼女の頭部、その髪の毛に口づけた。



 一瞬の後に彼は顔を離した。もう一度彼女の顔を見ようと、閉じていた目を開けて、——ぱちりと開かれた彼女の目と視線がかち合った。

 彼女は目を大きく開けて、彼を凝視している。クラウドはあわてて言い訳するようにしゃべり出す。


「……あ、ごめん、あの。その、唇にする度胸はなかったとか、そういうことじゃなくてね?」


 見つめる彼女の唇は小さく震えている。その目が、以前のように澄んでいることに彼は気がつくが、それがどういう意味かすぐに思い出すことができない。

 ふと、その顔がそらされ、うつむいた。そのまま上体をひねるようにして彼の手を逃れ、気がつけば彼女の体はすっかり寝台に突っ伏している。


「あの……礼緋チャン?」


「……たい」


 ぽつりと呟く声が聞こえた。


「え?」


「……死にたいって言ってんのよこのくそド変態男!!」


 ばんばんと銃声が連続する。動揺のせいか定まらない照準のおかげでなんなくそれらを避けながら、クラウドは慌てて彼女から距離をとった。


「え?え、もしかして、唇じゃなくてもオッケーだったの?」

「あんたを殺してあたしも死ぬう!!」

「それって心中みたいってあ痛っ」


 銃が当たらないことにしびれをきらした礼緋が、肉弾戦に切り替える。でたらめに繰り出される拳のほとんどを避けながらも、何発かくらっているのは男も動揺しているのかもしれない。


「知るか!あんたをこの世に生かしてはおけないしあたしもこれ以上生きてらんない!」

「ま、待ってよ礼緋チャン、俺よりも自分自身よりも、なにより先にぶっ倒すべき奴がいると思うんだけど」


 ぴたり、と少女が立ち止まった。男も立ち止まり、視線をつい、と左に向ける。すると彼女もそれにならった。


「えっ……?」


 声を上げたのは、視線の先、扉の陰から様子を見つめていた、魔術師の弟子。


「や、やだなあ、私、お師匠さまからもらったお水を飲ませただけで、別に悪いことなんてなんにも」

「あんたはあとでゆっくりかわいがってあげるからね?とりあえず、あんたの師匠を出しなさい」

「あの……」

「出しなさい」

「すみません!」


 ジェーンはさっと廊下に引っ込むと、ぐいぐいと男を押して出てきた。


「え、ちょっと、キミ、ボクの弟子だろう?なんで師匠を売っているんだい?」

「すみません、すみません」

「覚悟しろ、てめえら!」


 その場に殴打の音が響き渡った。




 あたしは、要らぬ(本当に余計な、邪魔な)横やりで落ちた足取りを取り戻そうと急いで歩いている。

 魔術師はお得意の魔術であっさりと逃げていってしまった。あたしが実際に殴ることができたのはそれぞれに一発ずつだけだ。本当に逃げ足は速い奴らである。あたしはこの怒りと悲しみと羞恥を持て余したまま、とりあえず記憶の彼方に押し込むことでなんとか旅路を進んでいる。

 しかし口を開けば怨嗟が出るのは仕方がない。


「この世界が滅んだら良いのに」


「女の子がそういうこと言うのは怖いからやめてよ」


 それを受けて、横にいる男がぼそりと言った。というか、この男はなんでこの期に及んであたしと同行しようとしているのか。


「男が寝ている女の子の部屋に入ってキスするのは普通に変態だから死んでよ」

「礼緋チャンがしてって言ったんじゃん。それにあれがなかったら、礼緋チャンいまだにああだったんだよ」

「うわああ思い出させるな死ね!」

「その話題出したの礼緋チャンじゃん……」


 うんざりとクラウドは呟いた。こいつも被害者だということは重々承知ではあるのだが、といってあの忌まわしい記憶の全てにこいつが関わっているということを思い出すにつけ憎しみがわき上がってくるのだ。しょうがない。元々憎たらしい奴だったし、しょうがないよね。


 

「クラウドさん!」


 ざっと幼い少女が立ちはだかった。マリーとか言ったか、あの魔術師一味であり、取りも直さずあたしの敵である。クラウドも珍しく顔色を変えて呟いた。


「げ、この子がいた」


 そういえば、マリーもあたしと同じ魔術をかけられていたのだっけ……ああ、あの事件(事故?)のことはもう思い出したくない。

 しかしマリーは首を振った。


「いいえ、私はもう解けています。その節はご迷惑をおかけしました」


 そして深々と頭を下げる。クラウドは「ああ、そういえばあのとき」と思い出したようだった。……ってことは、


「何、あんたこいつと」


 内心どん引き(否、内心ではなく表情にも出ていたかもしれないが)しながら尋ねると、それを遮るようにクラウドは弁明する。


「いや、手の甲だよ、紳士っぽく!間違ってもこんな小さい子に云々とかないからね!」


「はい、クラウドさんは紳士でした」


 思わぬところからの肯定に、二人して少女を見遣る。マリーはきらきらと瞳を輝かせて、クラウドだけを見つめていた。


「おしとやかなお姫さまがタイプなんですよね?」

 幼い少女はもじもじと言った。

「は……」


「私、クラウドさんのお姫さまになれるように頑張ります!」


 言うだけ言ったマリーは頬を染めて、恥ずかしそうに走り去って行った。その場を沈黙が支配する。あたしは横目でクラウドを見た。クラウドは唖然として固まったままだ。


「……ほお、正気状態で惚れさせたと」

「は!?」


 何をしたのか知らないが、この男は幼い少女の憧れになったらしい。えらく趣味が悪いなとか、このロリコンめとか、双方に対し言いたいことは山ほどあるが、とりあえず着目すべきは、


「お、お姫さま?になって、って言ったの?」


 声が震えているのが自分でも分かる。クラウドはひくりと顔を引きつらせた。


「大変ね?頑張ってねえ?………………お、王子さまぐふっ」


 やばい、笑いが堪えきれない。かぼちゃパンツに白タイツ、似合わねえ、面白すぎる。


「ちょっと、礼緋チャン?」

「いいのよ、気にしないで、お王子さまぶはっ」


 あたしはここ数日の不機嫌を忘れて、しばらくからかえそうなこのネタをどういじるか考えながら歩き出した。

 今度こそサンドラへ!次の話では到着するわよ!


見切り発進ダメ、絶対。でした。台詞ばっかですみません

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