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強制三角関係?

 男はきっかり五秒間、動かなかった。やがてすっと手をあげて、黙ったまま少女の首元に振り落とす。声もなく崩れ落ちた少女を抱きとめることもせず、首だけを金髪の女に向けて、固い声で呟いた。


「……飲ませる薬、間違えたんじゃない」


「いいや、間違ってないよお」


 その場の全員(気絶する少女を除く)が、ばっと振り返ると、そこにはにたにたと笑う魔術師の姿。


「お、お師匠さま!」

「久しぶりだねえ」


 ナッシーアは弟子たちに笑いかけたらしいが、その気持ち悪い笑みを見ても全く弟子たちの表情は晴れない。


「お師匠さま、どういうことですか」

「彼女に飲ませた薬には『愛情』を増幅させる魔術がかけてあったのさ」

「愛情?」

「愛情も度が過ぎればどうなるのか……興味があってねえ。ちょうどそこの彼も彼女が好きって言うから、都合が良かったのさ」

「それって逆なら、クラウドさん殺されてたかもしれませんよね?」

「まあ、そのときはそのときさ」


 もともと彼女に好意をもっているらしい男が、さらにそれを割り増しさせて彼女に迫ったら、彼女がどういう反応をするかは想像に難くない。


「どう控えめに見ても、彼女が彼に単なる同行人に対して以上の好意を持っているとは思えなかったけど、それがいきなりキスできるほどになるんだねえ。これはなかなか」


「あの…………クラウドさん」


 突然、茶髪の少女が声を上げた。思い詰めたその声に、姉であるジェーンが振り向き声をかける。


「どうしたの、マリー?」


 クラウドも少女に顔を向けた。その表情は硬く、とりあえず声のした方を向く、という程度の動きでしかない。

 マリーはうつむき、何かをぼそぼそと呟いた。


「何なの?」

「……クラウドさんって、本当にサイテイな人ですね」

「へ?」


 マリーはびしりと男を指差し、姉に向かって叫んだ。


「こんな人、生かしておいたら世のためになりません!死んでしまえば、もう女の人に迫ることはないですよね」

「ま、マリー、何を言っているの?」

「あの、迫ってないし」


 クラウドがようやっと自分を取り戻してなんとかそれだけ言った。しかしマリーは聞く耳を持たないようだ。


「こんな人、死んでしまえば、もう他のひとにウワキすることないですもんね!」


 唖然とマリーを見つめる二人に、魔術師が楽しそうに声をかけた。


「そうそう、面白そうだったから、マリーにも飲ませてみたんだ」


 礼緋が取り落としたはずの水筒を持って、ナッシーアはにたにたと笑う。マリーは再び声のトーンを落としてぶつぶつと呟き続けている。不気味だ。


「お師匠さま!?どうしてそんなこと」

「愛情も何もないのに、それを増幅されるとなると、どうなるのかなあと思ってさあ。気にならないかい?」

「う、き、気にはなりますが、……」


 妹への愛情と魔術師根性の間で揺れ動くジェーンだが、どうやら魔術の効果への興味の方が若干勝っているようだ。数秒唸ったあとにはっと顔をあげて、


「こ、この薬は時間で切れますよね?」

 と言った。効果時間によっては妹を観察対象にしても構わないと言わんばかりの口調である。しかしナッシーアはこともなげに言う。

「いや、無理だよ。そういう調合にしてるから」

「そんな……」


 魔術師が水筒をひょいと投げ上げると、次の瞬間には消えてなくなってしまった。それを確認してから、弟子の方へ向き直る。


「解毒の方法がないとはいってないけどねえ」


 それに反応したのはクラウドの方が早かった。

「どうすれば治る?」

「ええ、治ってほしいのかい?」

 ナッシーアはわざとらしく仰け反ってクラウドを見た。

「いいから教えろよ。どうすれば治るんだって」

「面白いのに」

「殺すぞ」

 男は簡単に言ってのけた。その手にはいつのまにかナイフが握られている。

「うわあ怖いなあ。育ちが知れちゃうよ」

「早く言えよ」


 魔術師はくるりと背を向けると、わざとらしく指を振って「ちっちっ」と舌を鳴らした。いらいらと見つめるクラウドをちらっと振り返って、気味の悪いウインクをしながらこう言った。


「キスだよ、キス」


「はあ?」

「ヒロインは、ヒーローのキスで目覚めるものだよ、知らないのかい?学が浅いねえ」


 さらりとばかにされた。しかしクラウドはそれには構わず、言葉の意味を考えるべく眉根を寄せる。先にジェーンの方が声を上げた。


「でもお師匠さま、さっきキスはしたじゃないですか!」


 クラウドはぎしりと固まった。考えないようにしていたが、先ほどの行為は紛れもなくキスであった。それを思い出してしまう。


「自分からじゃないと意味がないのさ。これは魔術だからね。意思だとかそういうのもちゃーんと読み取ってくれるの」

「あんたを殺せば直ったりしないかな」

「無理だねえ。まあ、せっかくだから楽しんでよ」


 次の瞬間、魔術師の姿は消え失せていた。はっとクラウドは辺りを見回したが、そこには魔術師姉妹といまだ倒れている礼緋だけしか残されていない。

 ……何のつもりでナッシーアがこんなことを仕掛けたのかわからないが、条件はそう難しいものではない。単に精神的な問題である。 

 クラウドは頭をかきながら、マリーに近づいた。


「キス、ねえ……」


 マリーはいまだクラウドを睨みつけているが、その頬はわずかに上気している。そこにジェーンが割って入り、マリーを抱きしめるようにしてクラウドから距離をとった。


「こんな幼い子にキスするって言うんですか、変態!」

「じゃあ、どうしろっていうの、あんたの妹がこのまま一生俺のストーカーでもいいの」

「だめですー!」


 男はいらいらとジェーンを見た。


「本当に戻る確証はないんだ。あんたの妹で試させてもらうから」

「やめてください!」


 しびれをきらしたクラウドがジェーンを突き飛ばそうとした瞬間。


「クラウド?なんでこんな子にキスしようとしてるの?あんたロリコンなの?」


 はっと振り返る間もなく、背後から腕がしなだれかかり、胸へとまわされる。右肩に少女の顔が載せられた。


「あんたはあたしのものよ?キスしたのを忘れたの?」


 気絶から立ち直るのがずいぶん早い。入りが甘かったのか、魔術師がまた何かをしたのか。内心冷や汗を流しながら、表面上は冷静にクラウドは返した。


「キスしただけで礼緋チャンのものになるなんて、君の貞操観念は案外お固いんだね」

「あたしってば育ちがいいからね。あたしのファーストキスよ、しっかり味わった?」


 にこりと笑って礼緋は言う。吐息がかかるほどの近距離だ。『味わう』という言葉になぜか色気を感じるクラウドである。


「い、いや、あまりの衝撃で味わえなかったというか……」

「だからこんな小さい子に手をかけようとしてるのね。もう一度、今度はしっかり味わわせてあげるから」


 肩を抱いたまま正面に回り込み、そのまま顔を近づけていく。


「させませんよ!」


 それを強引に突き放したのは、今度はマリーであった。


「この人は私にキスをしようとしてたんです!邪魔しないでください」

 そこまで言うと、マリーははっとクラウドを振り返り、叫ぶ。

「でも勘違いしないでよね、私あなたのことなんて好きでも何でもないんだからね!」


 その様子を少し離れたところから、いつの間にか再び現れたナッシーアが眺めていた。


「キャラがぶれぶれだねえ」

「相手に対して愛情どころか関心すらなかったでしょうからね……。恋愛のイメージも大して持ってないでしょうから、どういう態度を取れば良いのか分からないんでしょう」


 いつしか姉であるジェーンもマリーを観察し始めている。しかし焦れた礼緋がマリーに殴り掛かり、彼女は声を上げた。

「あ、危ないわ、マリー!」

 忠告虚しくマリーは素直に殴られ、昏倒する。最後までそれを確認せずに、礼緋はクラウドに再び抱きついた。

 胴体に腕を巻きつけ、鎖骨を撫で、服の下に手を差し入れる。全身にぞわっと鳥肌が立つのをクラウドは感じた。礼緋の手首を掴んで、彼は必死に叫んだ。


「ねえ、まじでちょっと落ち着こう!説明聞いてたでしょ?記憶残るんだって!このままじゃ後で死にたくなるのは礼緋チャンだから」


 礼緋はうっとりとクラウドを見上げ、真剣な眼差しで言った。


「今ここであんたを諦めた方がよっぽど死にたくなるわ」

「……女難ってこれだったのかな」


 現実逃避か、遠い目をしてクラウドが呟いた。




 走って逃げる、逃げる。

 それを少女たちが追う、追う。

 草原を三つの人影が走り抜けて行った。そのうしろからのんびりと、二つの影がついていく。


「元気ですねえ、みなさん」

「キミの妹もいるじゃないか?」

「はあ。お師匠さまがかけた魔術を私が無理矢理解けるはずないですから……クラウドさんにお任せするしかないですね」

「キミもわかってきたねえ」

「あはは、嬉しくないですう」


 やがて村が見えてきた。走り通しの彼らのスタミナももうすぐ切れるだろう。今晩の宿はここかと、ジェーンは路銀の残りを頭の中で計算した。


「一日ずっと走って逃げてたんですね。すごいです」

「ああ、すごいね……何やってるんだろうね、俺」


 クラウドはげっそりとジェーンの賞賛を受けた。一度は試みようとしたものの、やはりまだ現実を受け入れられない彼は、とりあえずその日一日走って逃げた。しかし事態は好転せず、ひたすらに体力を消耗しただけである。ようやっと宿に部屋をとり、もう今すぐにでも休みたい気分だった。


「走って逃げるなんて、時間と労力の無駄ですよ」

「……まあ確かに、ずっと逃げ回ってるわけにもいかないよね……。あの気味の悪い奴の思い通りになるのは癪だけどさ」


 そう言って息を吐いたところに、ばたばたと少女たちが現れた。言わずもがな、礼緋とマリーである。


「こんなところにいたんですね!」

「あんた、あたしやこいつだけじゃ飽き足らず、そこの金髪女にまでコナかけようとしてるわけ?」


 礼緋はそう言ってジェーンを睨む。ジェーンはすごい勢いで首を振って否定し、さっさとその場を去った。恋敵と認識されたが最後、要らぬ因縁をつけられ殴り倒されるに決まっている。彼女が去るのを最後まで見届けず、礼緋は腰に手を当ててクラウドに向き直った。横には意識してかせずか、同じポーズでマリーが立っていたが、迫力は礼緋の半分以下である。


「このあたしが惚れるくらいだから、他の女が惚れるのもしょうがないわ。でもいい加減、あたしを選びなさいよね」

「だめです。私です」


 口々に詰め寄る少女たちに、いらだちが募る。ただでさえ疲れきっているのに、女の高い声は頭に響いた。クラウドはついに逃げるのを諦めることにする。


「分かった」


 いきなりの強い口調に、彼女らは言葉を止めクラウドを見上げる。


「え?」

「分かった。こうしよう。俺は君たちのどちらにも魅力を感じている。はっきり言って今の状態では決められない。だから、明日一日君たちと過ごしてみようと思う。その間、俺を襲うだとか、殺そうとするだとか、そんな行動があったら俺はその人のことを嫌いになるだろう」


「嫌いですって?」

「そんな上から見られるのはクツジョクです!」


 口々に言う女たちに、クラウドは一瞥をくれる。その冷ややかさに、彼女たちは一瞬怯み、口をつぐんでしまった。


「……じゃあ明日、朝食をすませたら出かけよう。今日はお休み」


 さっさと階段を上がって宿に向かうクラウドを、礼緋とマリーは黙って見送った。

 階段を上がったすぐそこの部屋が、彼のとった部屋である。その前に、ジェーンが立っていた。彼女はクラウドを見るなり心配そうに詰め寄った。


「どうするんですかクラウドさん!本当に選ぶつもりなんですか?」

「選んで、一人ずつ解呪していけば邪魔も入らないんじゃない?」

「しかし、選ばれなかった方がやけになってしまうかもしれませんよ」


 自分のものにならないのなら……と彼を亡き者にしようとする可能性は、これまでの彼女たちの行動からしてあり得ない、とは言い切れない。そこに思いいたったクラウドは冷や汗を一筋垂らした。


「ま、まあ、なんとかなるよ……多分」

「多分、ですか……」

「もうこれ以上付き合ってらんないからね。あんたには悪いけど」

「妹の唇は奪われてしまうのですね……よよよ」

「あんた、もしかしておもしろがってる?」



 

 翌朝、クラウドが食堂に降りると、礼緋とマリーは既に朝食を終えていた。さすがに服を新調する余裕はなかったようであるが、髪はいつもより念入りに梳いてあり、埃もよく落としてあるようだった。

 昨日の冷めた視線を思い出してか、彼女らは少し控えめに、朝食の間も黙ってクラウドをちらちらと見ているだけだ。もしかしてこの態度でいけばいいのかもしれないとクラウドはちらっと考えるが、きっとそうしていたっていつかはどうにもならなくなるだろう。何よりたった今ちらちら視線を浴びるだけでも微妙にストレスだ。

 簡単に食事を腹に収めると立ち上がって、礼緋とマリーを見下ろした。おまけみたいに笑顔もつけて。


「……じゃあ、行こうか。どこでもいいよ。買い物でもする?」


 差し出された手を見た瞬間、彼女らは我先に掴もうと手を伸ばし、殺伐としたデートの幕が上がったのである。


こんなの前後編でさっさと終わらせたかったのですが、長くなったので分けました。すみません、次話も続きます。

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