エピローグ
だから!
・エピローグ
アクビした。風夏はソファーから立ち上がると、事件簿ノートを向かいのソファーへ投げた。緩やかなカーブを描き、リモコンの隣に着地した。
「ぐぐぐぐ……ぶはぁ。あー退屈だった。サンシャインのオヤジギャク授業が一番おもしろいとか、この学校オワってんわね」
部室の窓を開け放ち十分に空気を肺に貯めると、ノビをするとともに吐き出した。太眉を立ててばふんとソファーに身を投げた。ホコリがきらきら舞うとドアがスライドした。
「あ、またそんな格好してる」
オットセイのように寝そべる風夏に、哲平はスッキリとした顔を不満気に歪めた。
「もうそこら中ツギハギだらけなんだから、乱暴に扱わないでよ。直すの僕なんだから……」
不満気に人体模型へ通学バッグをかけてぼやいく。ちょこちょこと入ってくるネコちゃんを入れてからドアを閉めた。
「百々目鬼先輩たちはそもそも部室に来ないし、風夏さんはこのザマだし、ネコは犬だし……」
ネコちゃんがうつ伏せのままくーんと鳴いた。風夏はムッとして、腰に手を当てて立ち上がった。
「ザマってなによ。アタシがいなかったらとっくに潰れてんのよ?」
「逆にどうして潰れないの。何なのこの部。大会に出るために頑張るみたいな目標はないし、何処かに発表したりするものもない。ただ部を存続させるために依頼を受けるだけ。意味あるのこの部って」
哲平は向かいのソファーのリモコンをテーブルの上にどかして腰を下ろす。すると、スススと風夏が寄ってきて、事件簿ノートをテーブルの上に置いて隣へ強引に座った。
「ちょ……」
「アンタホント言うようになったわねぇ。いーじゃないそれで喜んでる人がいんだから」
うぶ毛まで視覚できてしまうほどの距離。風夏の精悍な顔がじっくりと見てくる。哲平は恥ずかし気に頬をかいて視線を外した。
「そこは、認めるけど……」
「偉い人はいいました。この世の全てに意味を求める人間は、アホだと」
決まった、と勝ち誇ったようにドヤッと鼻を鳴らす。その憎たらしい風夏を、哲平は安堵混じりに鼻で笑った。
「アホ、アホねえ。佐藤さんが僕を殺そうとした目的を、そのドヤ顔で堂々と間違えた人は、なんていうんですかねぇ」
堂々と間違えた人は、ニマッと笑った前かがみに座り直した。
「僕を殺そうとしたのは、風夏さんを階段から突き落とした現場を僕が見ていたから。たまたま記憶喪失になってよかったけど、何かの拍子に思い出されても困る。だからその前に消そうと思った。それに成功したら再起……って自白したらしいけど? あんな胸張って朗々と述べた推理が盛大に間違っていたなんてなぁ。僕だったら恥ずかしくて、頭打ちつけて記憶喪失になろうとするよ」
おちょくる哲平。だが風夏は反論するでもなく、納得がいっていないようで思案顔になった。
「……アタシ思うんだけどさ。なんでアンタのことすぐ殺さなかったのかね?」
「え? だからそれは、あれだよ……人間を殺すのって、難しいらしいし……。殺したあと醤油かけてもやしたりしないとダメだってなんかで見たし……それに、二人きりになるのは難しい……から」
哲平は人差し指を付きあわせてモゴモゴ。風夏は両手を胸の前で組んで乙女のようにもじもじしだした。
「あ、あの……哲平きゅん? きょ、きょう家に誰もいないから……家に、遊びに来ない?」
瞳にキラリ☆が入って、少女コミックのように輝いていた。哲平は眉間に皺をよせた。
「……ついていく」
「ほーらイッツイージー。謎よねぇ」
風夏は乙女モードを解除すると、腕をくんでソファーに背中を預けた。
生徒たちが賑わう音、ネコちゃんのイビキの音。雑多なホナルチ部から言葉がなくなった。天井ではゆっくりと地球儀が回転していた。
「……それは愛、でしょう?」
「そんなわけないでしょう」
「あれ、以外な反応。は、はあ? そ、そんなわけね~し! とか顔赤くすると思ってたのに」
言った風夏は両頬に手をつけて、ホーム・アローンのように口を大きく開けた。
哲平は横目で風夏を見る。項垂れて灰色に変色しはじめた。
「べ、別に皮肉いった訳じゃないわ、ごめんごめん。灰色になるのやめなさいよ」
ドンドン沈んでいく哲平に、風夏はあわついた。
「ただちょっと気になっただけよ。ちょっとね」
「……そりゃ僕だって信じたいけど、現実ってそんなもんだよ。ええ、そうですとも、こんな灰色に変色できちゃうような男のこと好きになる人なんて……」
床に埋まるぐらい落ち込む哲平。風夏は諦めたのか、それを頬杖を付きながらながめた。こっそりと笑っていた。
「そんなことより」
「ええ、そんなことですよ……」
「ハイコレ」
落ち込む哲平を無視して風夏はテーブルを指さした。銀色の犬笛、魚肉ソーセージ、MAXコーヒーの缶、リモコン、事件簿ノート。散らかっているテーブルの上に、一通の手紙が置いてある。
「え? 部費一年間免除でしょ」肌色に戻るとはてなを浮かべる哲平。
「蓄えを作っておくのよ。来年分も払えちゃうぐらいのねヒュー、計画的ィ、風夏ちゃんてんさーい!」
両手を上げて雄叫びとともに立ち上がる。人体模型から二人分のバッグを取ると、笑顔で片方哲平に差し出した。
哲平は背を向けたまま映画を流し始めた。ソファーに仰向けでくつろいでいる。
「あはは」
「最初のクレジットでどうやって笑うのよ! アンタもくんの!」
バフンと哲平の背中へバッグが落ちる。しかしまるで動かない。かなり嫌がっているようだ。風夏は鼻を鳴らして、どうしようかと頬に手をあてる。
「じゃあアンタはもうここに………………」
コレないわね。そう言いかけて、やめた。
「手伝ってよ」
「……いまなんて?」
哲平が体を起こすとバッグが落ちる。唖然としていた。風夏は恥ずかしそうにそっぽをむいていた。
「1人じゃどうにもならなそうだから、手伝ってほしいんだけど? これは結構楽だから直ぐおわんだけど……ダメすか?」
「……あの、どなたですか」
「なによアタシが頼んじゃダメだっていうの」
腰に手をあてて眉をたてる風夏。ほのかだが、頬が赤くなっていた。
「いやいや、別に? いいけど? うん、まあ、一つぐらいなら、いいの、かな?」
「じゃ来て。今回のはちょっと勝手が違うのよ」
風夏はクルッと振り向きドアを開ける。狼狽している哲平の返事も聞かずに部屋をでると、部室棟の一階に下りる。
玄関先へとでると、外はもう夕暮れ。何もかもが暮れなずんでいた。
風夏は深呼吸して顔のほてりを覚ますと、後ろを振り向いた。
誰もいない。
前を向くと、肩がさがるほど大きなため息を付いた。
「……哲平」
「なんだよ」
バッと振り返った。眠そうな半眼の男がダルそうに立っている。風夏はゆっくり哲平の顔をのぞき込んだ。
すると、瞼は上がりしゃきっと立った。
「ちょ、近いよ」哲平は顔を反らしてたたらを踏んだ。
「ぷぷ」
「?」
口に手をあてて風夏は笑う。そして元気ハツラツと、
「よし、これからおこちゃまのアンタにホナルチ部がどんなものか、じっくり教えていってあげるわ」
「いや、もう前の事件で大体わかったんでいいです」
「アンタがわかった気になっても、まだまだあんのよ。色々と、ネ」
「はぁ」
気の抜けた返事を返す哲平と、無邪気に笑う風夏。
風夏と哲平は歩き出した。
立ち止まって風夏がポケットを探りだした。哲平も止まる。
「ん、なにか忘れたの?」
「何にも忘れちゃいないわよ。なにもね」
風夏はそういうと、胸元から封筒を取り出した。哲平の健康的な顔が徐々に白んでいく。風夏はどうだと言わんばかりに胸を張った。
「という訳でここに、もう一通の手紙が届きました」
「……だから?」
風夏は哲平の手をとって、また歩き出した。