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辺境護民官ハル・アキルシウス(改訂版)  作者: あかつき
第1章 廃棄都市復興
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第9話 セミニア村民移住

 翌日正午頃、アルマール村


 翌日朝早く護衛のオラン人女戦士4人を連れてシレンティウムを出発したエルレイシアは、早くも昼前にアルマール村に到着し、族長のアルキアンドと面会する。


「500人分の食料ですか?しかも数か月分!?」

「ええそうなのです、この村だけで手配できるとは思っていませんけれども、余剰食糧があるのでしたらお譲り頂けませんか?もちろん対価は支払います」


 驚愕するアルマール族長のアルキアンドの目の前に、オラン人の女戦士を従えたエルレイシアは金塊と見紛わんばかりの帝国製大判金貨を1つ、ごとりと置いた。


「こ、これは……!」


 集会場の机に置かれた大判金貨を見たアルキアンドは驚愕を更に深める。


「いかがでしょう?」

「うちで譲れるのは黒麦と大麦、それからひよこ豆くらいですぞ?小麦は無理です。それで構いませんか?」


 少し考えてから発せられたアルキアンドの答えに、エルレイシアは頷く。


「ええ結構ですと。量はどれくらいですか?」

「この村の全員が1年食えるくらいはお売り出来るでしょう。本当の非常食料ですが、他ならぬ太陽神官様のご依頼です。融通いたしましょう」

「有難うございます。対価とは別にこのお礼はさせていただきます。もちろん私の出来る範囲でですが……」

「それでは村で太陽神様の豊穣際を催していただけませんか?」


 アルキアンドは少し考えてから、農地の地力を上げる太陽神の豊穣祭をエルレイシアに求めた。

 いずれにしても今後隣接することになるアルマール村とは良好な関係を築いておかなければならないし、地力の低い開拓地がそれなりに収穫の見込める農地として整うまでこの村とは食料を始めとする生活物資の遣り取りをしなければならない。

 エルレイシアは申し出を受けることにした。


「分かりました」

「では、村の食料庫に案内致しましょう」







 交渉が終了し、荷を運び出す手配も終えたエルレイシアは、アルキアンドに今までの顛末を語る。

 その話の中でシレンティウムにおいて起こった奇妙な出来事の数々をエルレイシアが話し、アルキアンドは事の次第を知っていった。

 それからしばらく差し障りの無い話に終始した後、アルキアンドはオラン人の女戦士をちらちら見遣りながら遠慮がちに質問を始めた。


「それで、その……そろそろこれ程の食料が必要になった理由をお聞かせ願えませんか?」


 エルレイシアは出されたお茶を口にしながらアルキアンドの質問を聞き、カップをゆっくり机に戻すと口を開く。


「帝国の迫害を逃れてきたオラン人を受け入れました」

「なっ!なんですと!?それはっ……!」


 オラン人の女戦士を再度見て驚愕するアルキアンドを他所に、エルレイシアはカップを手にして小首をかしげる。


「問題ありましたでしょうか?」

「も、問題どころではありませんっ!アルフォード王が知れば怒り狂うに決まっている!神官殿が一番良くご存知でしょうに……!」

「それでは放置せよと?」


 椅子から腰を浮かし、動揺から声が大きくなるアルキアンドに対してエルレイシアはごく冷静な様子で質問を返す。


「……それが最善でしょう。いらぬ騒ぎを起こして欲しくありません」


 少し顔をゆがめ、気まずそうに女戦士を見てから答えるアルキアンド。

 オラン人の女戦士たちはアルキアンドの言葉には反応を示さず静かに立っている。


「しかしシレンティウムが受け入れなければ、500人のオラン人難民は行き場を失って東に流れていました。おそらく明後日にはこの村へ到着していたでしょうね、そうすればどうしていましたか?」

「それは……」

「アルフォード王の意向に沿うと言うのであれば、当然実力で打ち払うという方法しかないのではありませんか?それで死に物狂いになったオラン人500人を食止めるのに、村人からどれほどの犠牲が出ることでしょう?」

「た……確かに、少なくない犠牲が生じたでしょう。シレンティウムでとどまったのは僥倖とも言える……しかし」


 エルレイシアの投げかけた質問に、大きなため息を吐きながら答えるアルキアンド。

 ましてや接近を察知出来ずに不意を討たれていればどうなっていたか分からない。

 夜襲を受ければ更に犠牲は増えていただろう。

 現にシレンティウムまで近づいているヘリオネルたちをアルキアンドは察知できていないのだ。


「かつての緩衝地帯として機能したハルモニウムの役割を、シレンティウムに求めてもいいのではないですか?アキルシウス辺境護民官にはそれだけの度量と才覚があります」

「しかし幾ら緩衝地帯だとはいっても、村の間近にオラン人が移住するとなれば我々としても何らかの対抗措置を講じねばなりません」

「そのための緩衝地帯ではありませんか。おまけに当分の間は余剰食糧の処分にも困りませんよ?取引も盛んになるでしょう」

「それはそうですけれども、緩衝地帯に直に接している我々としては心穏やかにという訳にはいきません」


 理と利を尽くしたエルレイシアの言葉にも、これを是としないアルキアンド。

 流石に長年相争ってきた宿敵とも言うべきオラン人が、このような自分たちに身近な場所まで進出し、定住するとなれば話は変わってくるのだろう。


「そうですか……ところでこの村の人口は増えていますか?」

「はい?おかげさまで増加の一途ですが……それが何か?」


 突然エルレイシアが話を変えたことを訝るアルキアンド。

 しかし次の言葉でその狙いを理解した。


「いえ、もし移住を考えている方がいればと思いまして……今なら無償で農地と宅地をシレンティウムに提供出来ますよ?」

「なるほど……ではそれを条件に村で移住希望者の募集をしてみましょう。あと、移住者は村外からでも構いませんか?」

「ええ、もちろんです。真っ当に働く気のある方ならば大歓迎です」


 エルレイシアの言葉に、アルキアンドが頷きながら口を開く。


「実は東部大山塊麓にある我がアルマール族のセミニア村が、長雨による土砂崩れで農地も村も崩壊して難渋しています。村人300人が近隣の村々を頼って一時的に避難をしていますが、復興は難しい状態でして……その者達の受け入れは可能ですか?」

「もちろんです。但し割いて頂く食糧にもう少し色を付けて貰わなくてはなりません。それであれば大丈夫でしょう」

「分かりました。セミニアの件についてはうちを含めたアルマール族の他の村から無償で1年分の食料を供出させてもらいます。また今回購入していただいた分を含めて食料の搬送は直接セミニア村の者にやらせましょう」

「ええ、それであれば構いません」


 エルレイシアの回答に安堵のため息をつくアルキアンドであったが、エルレイシアはここぞとばかりにもう1つの要求を出すべく口を開いた。


「この村に出入りの商人さんはいらっしゃるのですか?」

「ええ、行商人は月に一度来ていますよ。尤もこの村の産物の大半は我々でまとめて帝国へ売りに行きますので余り世話にはなっていません。ただ珍しい物を仕入れてきたりするので重宝はしています。丁度今日が立ち寄りの予定日ですが、会っていかれますか?」

「お願いします」






「おー始めましてしてネー、ワタシ奉玄黄いうよ、ここらの人みな、ホーさん呼ぶヨ、東照から来たヨ、最近ここで商いさせて貰テルね」

「あ、東照帝国の方でしたか……始めまして、エルレイシアと申します。今日はお願いがあって来ました」

「おー、エルレイシアさん!でも、お願いて、何お願い?ワタシできるかネ?」


 アルキアンドから紹介されたのは、稲藁で編んだ笠を被り、独特の前袷衣装を身に着け、少々怪しい帝国公用語を操る小柄で黒髪の男。

 出入りの行商人は、帝国人でもクリフォナム人でも、ましてやオラン人でもなく、はるか東の地で覇を唱える東照帝国の商人であった。




 東照帝国は最西端を北方辺境と接し、クリフォナム人の居住地と隣接はしているものの、積極的な交流は無く、細々とした交易が行っているだけで、今は大陸西部に政治的な影響力はほとんど無い。

 また東照帝国の本拠地は西方帝国から遥か彼方の大陸東岸であることもあり、現在の東照皇帝は西方への積極的な進出を考えていない。

 しかし、帝国とは過去において武力衝突の歴史がある。

100年前、西方統一を目指す帝国と、その攻勢に晒されたヴァンディスタン共和国の求めで援軍を派遣した東照帝国が激突したのである。

 東方の守護神ことリキニウス将軍率いる西方帝国軍は、武玄行西方都督率いる東照帝国軍と海沿いの隘路で正面からぶつかり、兵を摩り下ろすがごとくの苛烈な攻撃でこれを撃破した。

 リキニウス将軍自身は流れ矢に当たって戦死し、西方帝国兵の損害も酷いものであったが、最終的に戦いは西方帝国の勝利で終わっている。

 東照帝国はこの戦いに敗れたことで西方への足がかりを失い、翻って西方帝国はヴァンディスタン共和国を併合、東方への前哨地と為した。

 西方帝国にとっては残念なことにリキニウス将軍亡き後、優秀な将軍に恵まれず東方征服は頓挫してしまう。

しかしながら敗戦した東照帝国も再度の復仇戦を望まず、またその後勃興してきたシルーハ王国が西方帝国と東照帝国の間に成立したこともあって、現在帝国の東方国境は安定の状態が続いている。



 そしてその東照人商人ホー。

 年齢は恐らく40に達したぐらいであろうか。

 しかし言葉はたどたどしいが良くしゃべる。 


「あーエルレイシアさん?あらかじめ言っておくネ……ワタシそれ程ヨイ商人ない。ワタシ東照で商売失敗してこっちへ来たネ、だから何でもかんでもは無理ネ」

「えっ、そうなんですか?」

「そうネ、だから借金取りから逃げて西へ来たネ、だから大規模に商売シタイ言われても困るヨ~」

「そうですか……」

「でも、それでも良ければ何でも言うヨ!」


 そう言いながらホーは村の広場で馬車を止めてお店を広げ始める。

 エルレイシアが思案している間も、顔見知りなのか近くを通るアルマール族のおばさんやおじさんと積極的におしゃべりをする東照商人ホー。

 そしてたどたどしいのに何故か言葉巧みに決して安くはない東方の皿や髪留め、布を次々と売ってゆくホー。


 扱っている品物も色鮮やかな絹織物に鼈甲簪、白磁皿と、なかなかの東照物品ばかり、旅で養ったエルレイシアの目から見て1級品とは言わないまでも、それに近い品であることが分かる。

 おそらく行商をする以前は一廉の店持ち商人だったのだろう。

 エルレイシアは不思議そうにホーの商売する光景をしばらく眺めていてそう思い、うんと1つ頷くとホーに話しかける。


「ホーさん、良いですか?」

「あーエルレイシアさん、どうしたネ?」

「東照へはどうやって戻るのでしょうか?」


 エルレイシアの問い掛けに、ホーは特に頓着することも無く答える。


「昔蛮族と戦て負けた西方の将軍が作た道がまだ残ってるネ。東照の人、北の民みんな知てるケド、西の人知らないヨ。東照の人、西の国と商売する気無いネ~道も掃除してないからだいぶ痛んでるヨ……使てるのワタシとケモノだけネ~残念ヨ……」


 西方の将軍とは恐らくアルトリウスのことであろう。

 ここにもアルトリウスの引いた街道が残されており、活用している者がいる。

 これは役に立つのでは、とエルレイシアの感が働いた。

 確かに普通の商人として利用するには勝手が悪い、なんと言っても商売に失敗して借金があると言っている。

 しかしハルの思惑はどうあれ今後帝国との関係がどうなるか分からない以上、例え行商人だとしても他国の商業に携わる者と関係を持っておくのは悪い事では無いだろう。


「ホーさん、定期的にとは言いませんけれども、この先にあるシレンティウムへ来て下さい。そして商品はなるべく東方の物が良いです。因みに今売っているようなきっちりした商品であれば売れ残りは行政府が買い取ります」

「あいや、それ本当かヨ!良いヨ!今からでも行くヨ!……あ~でもシレンティウムて何処ヨ?」

「この先の廃棄都市です」

「あ~?……死霊都市かヨ~行きたくないネ~」


 エルレイシアから提示された好条件に商売っ気丸出しで目を輝かせたホーだったが、シレンティウムの場所を聞くと途端に嫌そうな顔で渋り始める。


「そう言わずに……そこを何とかお願いできませんか?」


 エルレイシアの上目遣い攻撃。

 それまで渋っていたホーは一瞬で引き寄せられて呆然とするが、慌ててそっぽを向くと腕を組み、さも仕方が無いと言った様子で口を開いた。


「……し、仕方ないネ……ワタシよい商人ナイが、ウソ、サギ、オウリョウはやらないヨ、一度お願い聞く言ったネ、だから度胸決めていくヨ!」

「はい、ありがとうございます」


 ホーがそっぽを向いたままなのを良い事にエルレイシアはぺろっと舌を出し、すぐホーの腕を取る。


「善は急げと太陽神様も行っています、すぐ行きましょう!」

「すぐかヨ~もう一寸待つヨ~今日は無理ヨ~」







 とりあえず他の村を回る約束もあるホーとは一旦分かれる事にしたエルレイシア。

 最後はホーも根負けしそうになったが、見かねたアルキアンドが助け船を出したのである。

 一通り行商の予定が終わったら必ずシレンティウムへ立ち寄る事を約束したホーは、商売へと戻った。


「残念です……とても面白そうな方でしたのに~」


 ホーの商売を邪魔しないようにと少し遠くからその様子を眺めるエルレイシアは、唇の下に人差し指をあてて心底残念そうにこぼす。

 それが聞こえたのかどうかは分からないが、何となくいつもよりは硬い表情で片言の西方語で商いを続けるホー。


「心配要りません。最初はみんな警戒して近寄る事すらしませんでしたが、今や村の人気者の商人です。しかもああ見えて義理堅いので約束は破りませんよ」

「そうですか……仕方ありません」


 アルキアンドの言葉でようやく広場を後にするエルレイシア。

 心なしかホーの緊張していた背中も緩む。


「それで……セミニア村の者達はいつ頃お邪魔すればよろしいのでしょうか?」


 屋敷へ戻る道の途中、エルレイシアへ唐突に切り出すアルキアンド。

 さりげなさを装っているが、そこに意図を感じたエルレイシアは口を開いた。


「……負担になっているのですね?」

「ええ、正直に申しまして……出来れば早めに受け入れをお願いをしたいのです。長雨は実は去年の事でして……その負担に各村とも頭を痛めています」


 アキルアンドの苦慮の表情に思案するエルレイシア。

 アルマール村ぐらいの大規模な村落になればそれ程問題にもならない同族の避難者受け入れだが、小規模であればある程負担は大きくなるだろう。

 実際、セミニア村に近い村落からアルキアンド宛てに苦情が出ているのだ。

 一時の受け入れの約束であったのに、何時まで面倒を見れば良いのか、受け入れ終了はいつなのか、セミニア村の再建はいつかといった具合である


 既に100人の避難民を受け入れているアルマール村にもこれ以上の受け入れ余地は無く、アルキアンドとしては冷たいようだが、防波堤代わりとしてもシレンティウムへ早急に送り出したい所であった。


「分かりました、条件についてお話ししたい事があります。セミニア村の代表はいらっしゃいますか?」

「ええ、この村に滞在しています。すぐに呼びにやらせましょう」





 アルマール村、アルキアンド屋敷


 アルキアンドの屋敷の使用人達は目まぐるしく出入りする人に振り回され、慌ただしく駆け回る。

 ようやく主人と客の太陽神官という、最も神経を使う相手が居なくなったと一息ついていると、すぐに主人と太陽神官が戻ってきてしまった。

 主人は何時もお世話している事もあり、疲れている事が仕草や表情から推察できたが、客の太陽神官に使用人達は得体の知れない不気味さを感じる。


 大の男である主人が心身共に疲労しているにもかかわらず、それ程強靱とも思えない体つきをした女性であるエルレイシアは少しも疲れた様子を見せていない。

 信仰厚いアルマ-ル族の者達ではあったが、早朝にシレンティウムを出発し、昼過ぎにアルマール村へ到着してから休み無く働き続けるエルレイシアの無尽蔵な体力に恐れを覚える程であった。


「太陽神官どの、お疲れではありませんか?」

「ええ、疲れていませんが?」


 たとえ自分が休みたいからだったとしても、主人が大広間へ入るなり太陽神官にそう声を掛けたのを聞いて使用人達は喜ぶが、瞬時に答えたエルレイシアの言葉に落胆する。

 またお茶や椅子の用意に、会議の世話を遺漏無く行わなければならない。


「おーい、誰か避難所のレイシンク殿を呼んでくるように……それと太陽神官の護衛の方々を2階の部屋まで案内してくれ」


 おまけにお使いと護衛のオラン人戦士達の世話まで入ってしまった。

 アルキアンド屋敷の使用人達の不幸はまだ終わらない。





 エルレイシアがやたら緊張している使用人から注がれたお茶を優雅に喫していると、その男が現れた。

 男はアルキアンドの使用人をぞんざい押しのけ、どかりとエルレイシアの前の椅子へ乱暴に座る。

 そのはずみでエルレイシアが置いたばかりのカップからお茶がこぼれ、テーブルに染みを作る。


「あんたか、俺たちに居場所を提供してくれるってのは?」


 一言で言えばヤサグレている。

 雰囲気だけで無く、服装や髪型に至るまでである。

 恐らく長い避難生活と周囲の厄介者を見る目が彼の心を荒ませたのだろう。


「レイシンク……太陽神官様の前だ、乱暴をするんじゃ無い」

「本当に太陽神様がいるんなら連れてきてくれ、何で俺らの村を流しちまったのか聞いてやるからよ!!」


 アルキアンドが渋面で窘めるが、へっと意に介した様子も無くセミニア村村長のレイシンクはそう吐き捨てる。

 そして肘をテーブルの上にかけて片足を椅子の台に乗せて上半身を乗り出し、エルレイシアを挑発するような目でねめつけた。


「私が提供するのではありません。西方帝国の辺境護民官が農地と住居地をあなた方に提供します」

「はん、ありがたいこったな……じゃあ俺たちも明日からは帝国人か?」

「あくまでもあなた方が求めれば、です。シレンティウムの市民権と帝国の準市民権が得られますけれども強制ではありませんし、必要なければそのままでも構いません」


 レイシンクは決して大柄ではないし、年も若い恐らく20歳代であろう。

 しかし、年齢や体格から出る威圧感とは一線を画した鋭い視線。

 その視線は周囲を圧し、威迫が虚勢では無い事を感じさせる凄みも持っている。

 そしてレイシンクはその視線をエルレイシアに向けるが……


「どうかしましたか?」

「ああ!……おい?なんだあその目は、喧嘩売ってんのか!!」

「いいえ」

「てめえっ!」

「何でしょうか?」

「……」

「それではシレンティウム移住の条件なのですが……」

「ちょっと待てえ!!」


 必殺ともいうべき鋭い視線を受け流され、あまつさえさらりと条件提示に移られてしまったレイシンクは焦りを隠そうともせずエルレイシアの言葉を遮る。

 そこで初めて形の良い眉を顰めたエルレイシアがぴしゃりと言った。


「……私も忙しいのです。子供じみたお芝居にお付き合いしている時間はありません」

「な、何だと!」

「レイシンク、いい加減にしないか!」


 子供呼ばわりされて色をなすレイシンク。

 すかさずアルキアンドが窘め、席から立ち上がりかけたレイシンクを強引に椅子へ座らせる。


「これ以上騒ぎを起こすならこちらも対応を変えるぞレイシンク」

「ちっ……へいへい、分かりましたよ。アルマール族長命令とあらば従いますよ」


 アルキアンドに肩を押さえられて渋々椅子へ就くレイシンク。

 ようやくきっちり椅子へ座ったレイシンクを見て、エルレイシアはゆっくり口を開いた。


「……悲惨な境遇はお察しします。ですがせっかく助けの手を差し伸べた相手を威迫して自分達に有利な条件を呑ませようとするのは感心しません。それに第一、その様な意図を見抜く目を持った相手には逆効果です、今後は慎んで下さい」

「……何もんだ?あんた……」

「一介の太陽神官です。今は辺境護民官の使者と言った所でしょうか?」


 驚くレイシンクの目を正面から見つめてエルレイシアは答える。


「……そうか」

「条件についてお話ししてもよろしいですか?」

「あ、ああ……頼む」


 驚きの衝撃から立ち直っていないレイシンクであったが、エルレイシアの言葉に我に返った。

 エルレイシアが移住の条件の説明を進めるにつれ、レイシンクはそれまでとは異なる驚きで唸った。

 エルレイシアが提示したのはハルがシオネウス族に提示したのと同じ条件。


「そんな好条件で本当に受け入れてくれるのか?」

「はい、但し、オラン人シオネウス族の方々が先に居住を開始しています。その方々と隣人関係になる事はご承知置き下さい。もちろん居住街区は分けますが、最初からさっきのようにけんか腰では困ります。諍いを起こすようでしたら移住は遠慮して戴きます」

「それは心配ない。けんかっ早いのは俺だけだ、残念ながらな……アルマール族セミニア村の連中は温厚だよ。しかしオラン人か……まあ、おれらはクリフォナムの東の人間だからな、仇敵なのはもちろんだが直接交流はないし、正直そんなに相手を知っているわけじゃあ無いから、大丈夫だとは思う」

「……では?」

「ああ、条件には同意する。セミニアは非常時だから全権は今俺に預けられているから、おれの同意は村の総意だ。すぐに一族に連絡を取ろう。アルキアンド族長、最後まで世話になったな」

「……ああ、頑張れ」


 レイシンクはアルキアンドと握手した後に椅子から立ち、エルレイシアに片手を差し出した。

 エルレイシアが応じ2人は固く握手を交わす。

 と、しばらくしてレイシンクが顔をしかめた。


「……ものすごい握力だな」

「旅が長いものですから」




 エルレイシアは会議の後護衛のオラン人女戦士達がまつアルキアンドの屋敷の2階へと戻り、休息を取ることにした。

 夕食まではまだ少し時間がある。


「お疲れ様でした。今日はここに泊めて頂いて明日シレンティウムへ戻ります」

「はい」


 女戦士の長がエルレイシアの言葉に応じた。

 女戦士達は思い思いの場所に腰掛けている。

 エルレイシアは一つだけ用意された机と椅子につくと、ふと思い立って女戦士長に問いかけた。


「……あなた、もし明日からシレンティウムでクリフォナム人と一緒に暮せと言われたらどうしますか?」

「先程お話しになられていた件ですね?クリフォナム人は仇敵ですから、当然不満はあります。でも、今の私達が嫌を言える立場に無いと言う事はみんな分かっていると思います……そもそも私たちは帝国に追われ、行き場が無くてクリフォナムの土地に入ってしまったのですから、仕方ありません」

「そうですか……」


 女戦士長が少し考えながら答えるとエルレイシアは頷き、何事かを思案した後手紙を書き始めた。






 一方、エルレイシアとの会談後、アルキアンドとレイシンクは連れだってセミニア村民の避難所へと向かった。


「移住はすぐに出来るか?」


 アルキアンドが問い掛けるとレイシンクは肩をすくめて答える。


「ああ、着の身着のままだしな。家財もあらかた流されちまってほとんど何も無い。身軽なもんよ……へへへっ、しかし同族からも持て余されてる俺たちを押しつけられたって訳だ、その西方帝国の辺境護民官は、全く気の毒なこったなあ」

「すまんな……本当はこちらで移住場所を用意してやれれば良かったんだが、どうにも良い場所が無い。ここ最近は争い事も無く人が増えた。あちこちに開拓村が出来てしまって残っているのは開拓に向かない土地と手を付けられないシレンティウム周辺だけだったんだ」


 最後は自嘲気味に言うレイシンクに、アルキアンドは申し訳なさそうに言う。

 しかしレイシンクは首を左右に振った。

「いやいいんだ……そういう事情は承知している。それに前のままの死霊都市なら願い下げだったが今は条件が変わったみてえだからな。辺境護民官とはいえ帝国の勢力下に入るのはしゃくに障るが、村民の忍耐も限界だからな。この際だ仕方ない……他に行く所があるわけでなし、村の復興も無理な以上は我慢する他ないだろうさ」

「食料はこちらで1年分用意する……頑張ってくれ」


 アルキアンドの言葉にレイシンクが頷く。


「しかし驚いたな……死霊都市が一瞬で変わっちまったていうのは」


 レイシンクの言葉にアルキアンドは口をゆがめて答えた。


「俺も信じられたのは見張りを派遣して知っていたからこそだ……いくら太陽神官様の言葉とは言え、長年死霊が屯していた場所がいきなり住めるようになったと言われても信じられなかっただろう」


 アルキアンドは村の戦士で隠密行動に優れたものを2名、ハルとエルレイシアに護衛と偵察を兼ねて付けていた。

 エルレイシアから話をされた時に初めて知ったふりをしたが、オラン人の件は除いてシレンティウムから死霊が去った事はその見張りに付けていた戦士から聞いて知っていたのである。


「オラン人と積極的に諍いを起こす必要は無いが気を付けておいてくれ。大挙して東へ傾れ込むような様子があった時はすぐに知らせるんだ」

「しかしオラン人はそんなに窮しているのか?おれらは東の住人だからな、その辺疎いんだが……」


 アルキアンドが言うとレイシンクは怪訝そうに質問する。


「ああ、思った以上に西方帝国国境防衛隊の締め付けが酷いらしい。他の部族では実際逃げ込んできたオラン人とウチの方の村との間で人死にの出る衝突も起こっている。さっき言ったように移住に適した土地は昔と違ってそれ程無いからな、どうしても争いが起きる」

「分かった、気をつける……で、そんな難民を受け入れた帝国官吏の人となりはどうなんだ?」

「左遷官吏だが問題ない……と言うか、帝国人の盗賊から太陽神官様を救ったそうだ」

「へえ、そりゃまた奇特な……ま、聞かされた条件を聞く限りまとも過ぎてびびっちまったがな。それだからこそ今の帝国には不要ってことで左遷されちまったって訳だ……可哀想に」


 やれやれと首を振るレイシンクに、アルキアンドは人の悪い笑みを浮かべて答えた。


「全くだ、だがそのお陰でこちらは助かる」

「そういうことだな」


 最後に2人は固い握手を交わして分かれた。


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