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辺境護民官ハル・アキルシウス(改訂版)  作者: あかつき
第4章 西方帝国内乱
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第3話 北方辺境統一

 シレンティウム市


今日はシレンティウム同盟の全体会議が開催される。

 シレンティウムの付属都市に“第1同盟者”の称号を持つクリフォナムの南部諸族に加え、今回同盟に参加した北部諸族の首長や部族長達が大挙してシレンティウムを訪れているため、何時にも増して混雑の度合いが酷い大通り。


 ルキウスが治安官吏を率いて交通整理を行ってはいるが、各部族長達に随行している戦士や一族のみならず、主立った族民達も、シレンティウムを一目見ようとこの機会にシレンティウムへとやって来ているので、なかなか上手くいかない。

 人混みをかき分けて馬に乗った一団がルキウスの前に現われた。


「そこの族民!市内での騎乗は禁止だ、直ぐに降りるんだ!」


 ルキウスから大声で注意され、きょとんとした後に慌てて馬から下りているのは、恐らくクリフォナム東部諸族の族民達だろう。

 その服装はこの付近では見かけないものであるし、何よりも騎乗していることからそれが直ぐに分かる。

 今回、ハルが行ったシレンティウム同盟に対する参加の呼びかけに応じ、東部諸族と東南部諸族がシレンティウムを訪れているので、シレンティウムに不案内なものも大勢いるのだ。


 おそらく今まで帝国やその文化自体に触れる機会が殆ど無かった部族達で有ることから、シレンティウム市内の様子がもの珍しくて堪らないのであろう。

 馬から下りた後もその族民達は毛皮の帽子を取り、インスラ(集合住宅)や水道橋を見上げ、奇麗に清掃されている舗装路や街路樹、建物の壁を触り、そこに施された精緻な浮き彫りに驚嘆し、辻に警備の為に立っている北方軍団兵を指さして目を丸くしながら何事かを言い、仲の悪いオラン人とクリフォナム人が会話しつつ歩いている姿を驚いて見つめた。


 顔は興奮気味で目は好奇心で子供のように輝いている。

ルキウスはその様子をしばらく見送り、再度騎乗したり道に迷っている様子が無い事を確認してから、直ぐに別の場所で迷ったと思しき族民の集団を見つけて近寄る。


「どこへ行くのか?」


 ほっとした様子で自分の行き先を告げる族民に道案内をしつつ、ルキウスはこれからの会議の大変さを思って、ハルのいる行政庁舎を見るのだった。






 シレンティウム市・行政庁舎、大会議室



 北方平定後初の同盟全体会議。


 既に主だった族長達が円卓に腰掛けているが、その面々がこのように一堂に会するのは初めてである。


 今回参加しているのは

シレンティウム市

辺境護民官兼シレンティウム最高行政官及びフリード王 

     ハル・アキルシウス

付属都市

コロニア・メリディエト市長 デキムス・アダマンティウス

コロニア・フェッルム市長  ペトラ・スィデラ

コロニア・ポンティス市長代 クイントゥス・ウェルス

フレーディア市長兼城代   ティベルス・タルペイウス


第1同盟者

アルマール族族長 アルキアンド

アルペシオ族族長 ガッティ

ベレフェス族族長 ランデルエス(オラン人)

アルゼント族族長 セルウェンク 

ソカニア族族長  ボーディー

ソダーシ族族長  マルドス

北部諸族

ロールフルト族族長ヒエタガンナス

カドニア族族長 モールド

セデニア族族長代 ディートリンテ

ポッシア族族長代 トルデリーテ

クオフルト族族長 ジェバリエン

スフェルト族族長 ヤルヴィフト

サルフ族族長  レーデンス

サウラ族族長  バルシーグ

フレイド族族長  ルドウス

フリンク族族長  ヴィンフリンド

エレール同盟部族

スエミ族族長   メルティニックス

ラクフェス族族長 タレオフリクス

パレーイ族族長  カルバリックス

ケール族族長 サルゲントレクス

ファズ族族長 バレッシオニウス

オラン族長会議代表

クリッスウラウィヌス(アレオニー族族長)

であるが、この他にクリフォナム東部諸族の族長達にオラン族長会議に参加している各部族長達、それに加えて東照城市大使の介大成が陪席者として列席している。


コロニア・フェッルムはペトラが伝手を使って精霊付き採鉱師を呼び集め、あらゆる意味で採鉱師達の拠点市となった。

 また採鉱作業に従事するオラン人やクリフォナム人の族民の移住も相次ぎ人口が増えことから晴れて1市として扱われることが決まった。

 また、コロニア・ポンティスについては基礎となる大架橋は完成したものの、未だ造営作業中であるため、フレーディア都市改良事業を完成させたクイントゥスが市長代行として都市の完成を目指すこととなったのである。

その都市改良事業の終わったフレーディアは市に昇格し、タルペイウスが城代と兼ねて市長へと就任した。

 


 大会議室での会合は終始順調に進められ、北方諸族の各部族長が同盟誓約書に署名を為し、また東部諸族はサウラ族を除いた残り5部族

トーラル族族長  ベイスード

ティシンク族族長 エウクータ

ミリフィア族族長 ガイシント

フェキス族族長 オーロフ

ルット族族長 パラウェン

が同盟参加を表明したため、早速署名を行った。

 東部諸族は元々シレンティウムはおろか、西方帝国とも交流がほとんど無かった事もあってシレンティウム同盟への参加はその設立当初から見送る方針であったが、近隣諸族がシレンティウム同盟に次々参加し始め、また東照やフィン人からの情報も入ってくるにつれ次第に同盟への興味を持ち始めていた。

 そこへイネオン河畔の戦いやパレーイ族との戦いの詳細な情報が届けられ、とにかく無視することは得策では無いと判断してハルからの招待に応じたのである。


 当初は招待を受けシレンティウムの見学だけするつもりであった東部諸族の各部族長やその随行員達だったが、大規模に改修されたアルトリウス街道の威容に驚き、シレンティウムの城壁や内部の殷賑振りを目の当たりにし、北方軍団兵の精強さを聞くにつれて徐々に気持ちが同盟参加へと傾いていく。

 最後はハルから同盟における緩やかな条件を聞いて署名に至ったのだ。

 一方最初からシレンティウム同盟への正式参加を切望していたオラン人の各部族長達。

 エレール河畔の各部族がまずは同盟者として迎えられ、道筋が付いたことでひとまずは安堵した。

 ハルがオランの王位を授与された後にオランの全部族がシレンティウム同盟に参加する方向で話はまとまっているが、ハルはクリフォナムと同一政策を行うのでは無く、オラン人にはオラン人独自の自治を行わせるつもりである。


 代わりにオランはシレンティウム同盟のトロニアの支配権、街道敷設権、都市建設権を認め、またシレンティウムに対する兵力提供義務が課された。

 しかし各種の負担を課されはしたものの、これによりオラン人はシレンティウム同盟に参加する事で辺境護民官の担当地域としてある意味正式に、具体的支配権の及ぶ形で西方帝国の一部となったのである。






シレンティウム行政庁舎、ハルの執務室



 ハルは会議が終わった後、太陽神殿へエルレイシアとアルスハレアを呼びにやらせるとアルトリウスを執務室へと誘った。

 官吏に案内されてエルレイシアとアルスハレアが現われると、ハルはまずヴィンフリンドから献上された大神官杖を2人へと見せる。


「まちがいありません、これは私が奪われた大神官杖です」


 アルスハレアがその杖を手に取り言うと、ハルは安堵してそれを一旦返して貰い、エルレイシアへと手渡した。

「これがここにあると言うことは?」

「……シャルローテは新しいフリンク族長が討ち取った、余程の覚悟だったとは思う」

「そうですか」


 ぎゅっと杖を握りしめて答えるエルレイシアの背をアルスハレアが優しく撫でる。


「それほど縁があったわけではありませんでしたが兄姉には変りありません、ましてや従弟に討たれたのです……戦場の習いとは言え、悲しいことです」

「……そう」


 顔を歪めるエルレイシアの手をそっと取ると、ハルは静かにエルレイシアが落ち着くのを待つのだった。






『で、話とは何であるか?』

「そうですね」


 エルレイシアが落ち着いた所で、アルトリウスとアルスハレアがハルに尋ねる。

 ハルはしばらく悩んでいたが、もう1人呼んでいた楓が部屋に到着した事で意を決して口を開いた。


「先任の首がダンフォード王子を助けてシルーハの方へ逃れました」

『ふむ、そうであるか。我の首がな……』

「……そうでしたか、あの首が」


 ハルの言葉に絶句するアルトリウスと、来るべき時が来たという覚悟の表情のアルスハレア。


「知っているんですね?」


 ハルの質問に無言で頷くアルスハレアへ、部屋へ入ってきた楓が息せき切って尋ねる。


「なんなのあれ?すっごい不気味だったよ!」

「あれは間違いなくアルトリウスの首です。アルフォードが落とし、槍の先に掲げて北方辺境関所へと迫った時のものに間違いありません。ただ、呪物として使われないよう私が封印したのです」

「伯母さまが?」


 エルレイシアの言葉に再び頷くアルスハレア。


「アルフォードは首を箱に入れ、私にアルトリウスの身体と一緒に供養するように言って渡したのですが、しばらくして首は真っ黒に変わりましたから何者かがアルトリウスに呪いを掛けたことが分かったのです。こうなっては下手に葬った結果、何らかの理由で盗み出されて誰かに悪用されるかもしれません。私は首が覚醒する前に封印し太陽神殿の奥に保管しましたが、首の呪いを聞いたアルフォードが興味本位で持ち去ってしまったのです。封印は最近まできちんと機能していましたのに、どうしたことか緩んでしまったようですね……」

『封印が緩んだのは我の呪いが解かれた影響であろう……我の力が強まったが故に首の封印がほころんだのであるな』


 アルスハレアの説明を補足したアルトリウスは、悔しそうに床を見つめて言葉を継ぐ。


『我が死ぬ直前に見たのは絶望と希望であった……この地に後継者が現れて我の事績を引き継いでくれるだろうという漠然とした予感と希望、それから志半ばにして果てる無念とそれをもたらし、約束を破った帝国や貴族、皇族に対する言いようのない憤りと怨嗟による絶望、幽霊になってみて今思えば、我にあるのはどうやら希望の要素が強い、恐らく絶望の要素はこの都市から離れていた首により濃く出たのであろう』


 アルトリウスの言葉を聞いていた楓が、首を一回捻ると、恐る恐る質問する。


「あのさ……前から気になってたんだけど、アルトリウスさんあんまりクリフォナムの人とかに恨み持ってないよね?何で?」

『あん?当たり前である、我の遠い祖先を辿ればクリフォナムに行き着くのである。尤もかなり古い時代に帝国の支配下に入った一族であるがな。親近感はあるのであるが、そもそもクリフォナムの大反乱とて帝国がその領域へ入り込んだ故の騒動であったのだから、クリフォナムの民を恨むのは筋違いであろう?』


 あっさりとしたアルトリウスの答えに驚きつつ、楓が更に言葉を継いだ。


「そ、それはそうだけど……その、アルフォード王には……殺されたんでしょ?」

『あん?戦いにおいて敗れたからとて一々相手を恨むのか?そもそもその論理なら我なぞ何人恨まねばならんのだ~我は生涯負け続けであるぞ?そんな所行は武人でも何でも無いただの武人気取りの弱虫へたれである!』

「そ、そうかな?」

『そうであるとも楓嬢。恨んでいる暇があるなら捲土重来を期し、負けた原因を探り、再戦を挑むのが武人である!決定的に敗れたからには清々しく散るのが本懐、自分の努力不足を棚に上げ、負けたからと相手を恨んで化けて出るなどそれこそ筋違いも甚だしいのである』

「そうなんだ~」

「そういうものですか?」


 驚く楓とアルスハレアに、アルトリウスは青筋を立てたまま罵倒の言葉を重ねる。


『如何にもそうである、故に我の首はへたれの根性無しのどうしようも無い屑であるっ!女々しいにも程があるのである!』

「……自分の首ですよね?」

「そうですね」


 まるで敵を貶すかのような言葉に、ハルとエルレイシアが顔を見合わせた。

 自分の首がシレンティウムの道行きを危うくし、ましてや大きな阻害要因となってしまっていることに忸怩たる思いもあるのだろう。

 しかしそれ以上に……


「まるで……」

「責任逃れですね?」


 ハルが言いにくそうにしていると、エルレイシアがそのものをずばりと言った。


『な~んも聞こえんであるっ』


 ぷいっと顔を逸らして言うアルトリウスを、集まった面々が疑わしそうな目で見る。

 しかしその視線を振り切るかのように、アルトリウスは明後日の方向を見たまま言葉を続けた。


『我が心残りであったのは任務を果たせなんだ事と約束が守られなかった事に対してである!断じてアルフォードを恨んだからでは無いっ!貴様ら我を馬鹿にしておるのかっ?』


 周囲の様子が癇に障ったのだろう、アルトリウスは一気に言い切ると楓を脅かした。


「ち、ちがうよ~ボクそんなつもりで言ったんじゃないよっ」


 すごまれた楓はふるふると首を左右に振りながら涙目で後ずさる。

 それを見ていたアルスハレアがため息を吐きながら口を開いた。


「あなた……八つ当たりは止めなさいな、大人げない」

『や、八つ当たりとなッ?』

「それ以外の何があるって言うの、いい加減になさい」


絶句するアルトリウスを余所に、よしよしと涙目の楓を慰めるアルスハレア。


『ふ、ふん、我を見くびるのでないわ』


ようやくそこでばつの悪そうな顔をしたアルトリウスはそれだけ言うと、小さくすまんであるとつぶやくように謝罪の言葉を述べた。


「まあまあ……それで、首への対処なのですが、どうすれば?」


 ハルが震える楓の頭を撫でつつアルトリウスを宥め、質問する。


『今はどうしようもないのである』

「え゛?」


 驚くハルに、再びぷいっと横を向くアルトリウス。


「……アルトリウスさん酷いや、ボクをいじめたかっただけでしょっ」

『ち、違うのである!我は武人たる者とは如何に……』

「アルトリウスさんを消してしまえば、首の方も消えませんか?」


 慌てて言い訳しようとするアルトリウスを遮り、エルレイシアがさらりと言ってのけた。


『なっ!?は、ハルヨシよっ、嫁に一体どういう教育を施しているのであるかっ』

「あははは……」


 可愛い妹分を苛められたことに静かに憤慨していたのだろう。

 エルレイシアの目が半ば本気なのを見たアルトリウスが怖気を震ってハルに言うが、ハルは乾いた笑いで誤魔化す。

 さりげなく壁にしていたハルに避けられ、強ばった顔でエルレイシアの笑顔を見ていたアルトリウスが徐に口を開いた。


『大神官殿よ、恐らくは無駄であるぞ?あ、これは決して自分が消されるのが嫌とかそういう話ではナイ……ただ単純に既に首と我は別物という話しである。これは本当である、嘘では無い、本当である』

「そうね、確かに呪物と化した時点で既にアルトリウスとは別物、どちらかと言えば周囲の恨みを集めて育ったモノ。ここへ連れてきて貰えれば、私が浄化してしまう事も出来るのだけども……帝国皇帝の呪いが緩んだ今なら、浄化術も効くと思うわ」


 念を押すように手を前に出しながら言うアルトリウスに続いて、アルスハレアが顎に手を当てて言った。


「今の段階では打つ手無しと言うことですね」

『であるな』


 ハルの結論に納得したエルレイシアを見て、ほっとした様子で頷くアルトリウスであった。






 数日後、シレンティウム行政庁舎・ハルの執務室



「見て欲しいものがあります」

「なんですかな?」


シッティウスを筆頭に各長官とアルトリウス、アダマンティウスが集まった自分の執務室で、ハルはまずユリアヌスからの手紙を回覧させる。

 読んだ者達が順に驚愕し、最後にシッティウスがぴくりと片眉を上げて読み終えると、その手紙をハルへと返した。


「ご覧の通りです、副皇帝となったユリアヌス殿下から頂きました」

『うむ、これは思いもよらぬ展開であるな……ハルヨシよ、これはひょっとするとひょっとするやもしれんのである』


 ハルが置いた手紙を覗き込みながらアルトリウスが腕を組んで言う。

 ユリアヌスからの手紙は他に、辺境護民官ハル・アキルシウスは今後副皇帝であるユリアヌスの指揮下に入りその指示を仰ぐことと併せて、その任命権や人事権については今後ユリアヌスが保持することが記されていた。


『ううむ、これでユリアヌス殿下とやらはハルヨシという強力な手駒を手に入れたという事になるのであるな……面白くないが、まあ、あ奴ならば下手をしてハルヨシを解任したりそれを盾に脅すようなこともあるまい。まあ、そうされたところでどうとでもなるのであるが』


 シッティウスはアルトリウスの言葉に頷きながら口を開く。


「そうですな、アキルシウス殿はシレンティウムに確固たる地盤を築き上げておりますからな、たとえ解任されたとしても痛くも痒くもありませんな、万が一そうなれば自立すれば良いだけの話ですし、何なら東照に身売りして官位を授かってしまえば良いでしょう。我々は既にそれだけの事が出来れだけの力を持ちました」

「ま、大丈夫だとは思います、殿下は恐らく私の身分が貴族に阻害されることを避けたかったんだと思いますから……それはそうと、この文章が気になりますね?」


 過激な2人の発言に苦笑しつつハルが手紙の一分を指で示す。

 ユリアヌスからの手紙には、自分が副皇帝に任じられたこと以外に、シレンティウムに対する許可や協力依頼が綴られていた。

 その1つが軍備増強の許可であるが、そこに具体的な制限や目標値は記されていない。 そこにはただ“軍備増強を許可する”とだけ記されていた。


「軍備増強の許可とありますが、具体的な数字が示されていない」

『ふむ、なるほど、これでは抽象的に過ぎるであるな』


 アダマンティウスとアルトリウスが言うとおり、そこに具体的な記載は無い。

 下手に野心を持った存在にこのような曖昧な文章で軍備を認めれば、際限なく軍備増強に走り、新たな火種となってしまうだろう。

 しかしそこにある隠された意図に気が付いたアルトリウスが徐に口を開いた。


『不用意とも言えるが、我々を信用しているのだという意味合いにも取れるのである』


 アルトリウスの言葉受け、感心したハルが何度も頷き、それから脇の席に座っているカウデクスへと話しかける。


「なるほど、そうでしたか……カウデクスさん、シレンティウムで財政的に適度な軍備となればどのくらいの規模になりますか?」

「そうですわね。徴税の無い今の財政収入でははっきり言いまして今の規模でも大きすぎるくらいですけれども、税収と市の事業収入が一定以上見込めるという前提であれば、最大で6万人といったところでしょうか」

「6万……概ね補助兵を入れた軍団10個分強ですか」


 帝国の約3分の1の兵力ではあるが、これはあくまでもシレンティウムに限った兵力の話で、オランやクリフォナムといった同盟諸族の部族戦士団を加えれば、帝国に匹敵するだけの兵力を集めることも可能となっている。

 ただ防衛戦争限定の縛りがある部族戦士団は自由に動かせないので、シレンティウム独自の兵力となれば、まだまだ力が足りないのだ。


「シレンティウムは人口以上に財政収入がありますから……その中身は東照や帝国、西方諸国や北方部族との交易、鉄と銅の採鉱収入、農業事業による収入、寄付収入と多彩ですわ。それに来年からは徴税も始まりますから、資金を潤沢に集められますので、軍備に回すことは十分可能ですわ」


 カウデクスが資料をパラパラとめくりながら答える。


『今やシレンティウムに北の地において敵はそう居らぬ。島のオラン人と海賊は頭の痛いところではあるが、ハレミア人は我等に敗れて以降は内乱状態でとても組織だって南へ下るような状態では無いのであるし、東方のフィン人は東照と我々が友好的な関係を結んでいるお陰でこれまた攻めてこれないのである。故にこの手紙から読み取れるのは……』

「西方帝国内で兆しがあると言うことですか?あるいは……シルーハが?」


 アルトリウスの言葉にアダマンティウスが言葉を補足する。


『それ以外考えられんのである。尤も、どの時どの場所でということが分からん。故に対処するとは言っても、我等に出来るのは動かせる軍をしっかり養い、厳しい訓練を積むこと以外無いのである』

「折角繁栄で手に入れた力を軍備に注がなければいけないというのは残念ですが、ここは勘所と考えて兵を整えましょう」


 ハルが言うと、その場にいた全員が頷き、アルトリウスが張り切った声を上げた。


『うむ、訓練は我に任せるが良いのである!』

「……いや、先任は今回裏方でお願いします」

『なんと!?』


 やる気を示す握りしめた拳をそのままに、信じられないものを見る目でアルトリウスがハルを返り見る。


「北方軍団兵達から先任の訓練は、その、やり難いと苦情がですね……」

『なっ……なんでであるか~?!』


 その場にいた全員が幽霊の悲鳴という珍しいものを聞く羽目になったのだった。





 帝国本土西海域、オラニア海峡




「左回頭の合図を出せ!」

「左回頭旗揚げ!」

「左回頭っ!」


 ユリアヌスの号令が滞りなく復唱され、帝国海軍で左回頭を意味する旗信号が降られると同時に、戦艦の船首がゆっくりと左方向へ向きを変え始めた。

 ユリアヌスの座乗する戦艦を先頭に後方に続く戦艦達も左へ回頭を始め、ユリアヌスの艦隊はたちまち左方向へと進路を変え終える。


「よしいいぞ!訓練の成果が出てる!!」


 嬉しそうになユリアヌスの言葉に戦艦の艦長や周囲にいた海軍兵士達も嬉しそうに口もとを綻ばせた。

 海軍の訓練は至極順調に重ねられ、かつての精強な帝国海軍が戻ってきたのである。





 セトリア内海で使用される戦艦は多段式の櫂船が主流で、帝国ではその内でも3段式の櫂船が最も多く配備されている。

 櫂船は人力に頼るものであるため長距離や外洋の航海には向かないが、熟練してくれば舵と同時に櫂を片方だけ漕ぐ事で回頭を早めることも出来る。

 また逆に風が無くとも進行することが出来るので、波が穏やかで海流風共にそれ程強くないセトリア内海では主要な船舶として交易船にも使われていた。


 ユリアヌスは分散配置されていた艦隊を大きく東艦隊、西艦隊、帝都艦隊、遊撃艦隊の4つに編制し直し、それぞれの担当海域を守備させることで密貿易船や海賊船の取り締まりを積極的に推し進めることにした。

元々基礎的な訓練が既に施されていた海軍兵士や漕ぎ手達を再び叩き直すまでそう時間は掛からず、徐々にではあるが勘を取り戻した海軍兵士達の手によって成果が上がり始めているのだ。


 ついこの前まで幅を利かせていたやる気の無い将官や兵士はほぼ全てがユリアヌスの手によって排除され、代わって真面目でやる気がありながら干されていた兵士達がどんどん上級職へと抜擢され、海軍は無頼集団から瞬く間に戦う集団へと生まれ変わる。

 




 ユリアヌスは編制し直した艦隊の内、遊撃艦隊を率いて各艦隊からの応援要請や各都市の救援要請に応じセトリア内海を東奔西走することとした。

 今日は西艦隊の担当区域である、アルテア付近に出没する南方大陸系の海賊団を西艦隊と共に退治することになっている。

 間もなく西艦隊が掴んだ西方海域最大の海賊達の本拠地である。

 遠目に敵の海賊らしき船影が見えると同時に、その海賊と戦っている西艦隊の戦艦達も視界に入ってきた。


 その様子を遠目に見つめるユリアヌスの眉間に深い縦皺が入る。


「うん?予定より早く戦闘が始まってるな……全速前進!」

「全速前進!!投射兵器を使っている暇は無い!このまま突撃!!」


 各地で追い散らした海賊達が集結した千載一遇の好機。

 ここで勝利すればセトリア内海の海賊掃討にも弾みがつく。


 再び旗信号が降られ、ユリアヌス率いる遊撃艦隊は一気に船足を上げ、戦場へと突っ込んでゆくのだった。



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