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辺境護民官ハル・アキルシウス(改訂版)  作者: あかつき
第3章 北方辺境動乱
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第15話 揺らぐ同盟と北方の混乱

 エルレイシアの荒療治から2週間後、薬事院、入院室


「辺境護民官殿、お見舞いで御座いますか?」

「はい、いつもすいません」


 薬事院の鈴春茗が黙ったまま微笑んで首を左右に振る。

 鈴春茗は“今日も”や“また”とは決して言わない。

 そんな優しさに感謝しつつ、ハルは最愛の妻が未だ眠り続ける入院室へと入った。

 顔色は以前と比べて随分よくはなったし、呼吸も安定している。

 しかし、目を覚まさないエルレイシア。

 今日も寝台の横に座り、エルレイシアの顔を黙って見つめるハル。


「お腹のお子様も順調で御座いまする」


 一緒に部屋へ入ってきた鈴春茗が言うと、ハルは黙って頷いてエルレイシアの大きなお腹に目を向ける。

 鈴春茗は軽くエルレイシアの脈を測り、額に手を当てて状態を確認すると一礼を残して退室する。

 ハルはそれを見送ってからエルレイシアに向き直ると、ゆっくり語りかける様に言葉を発した。


「早く目を覚まして欲しい、話したいことが沢山あるんだ」


そして毛布の上からその腹部に手を当てる。


「……エルが起きないと、子供も生まれないって」


 エルレイシアの掛けた仮死の神官術は未だ完全に解けておらず、アルスハレアも解術には手を尽くしたがとうとう果たせなかった。

 この子は頑固だから、とは伯母であるアルスハレアの談である。

 時間に余裕が有る訳でも疲れていない訳でも無いが、執務が終わり次第、いつも見舞いに訪れ、夜遅くまでいるハル。


 今日も見かねたアエノバルブスが声を掛ける。


「アキルシウスよ、もう今日は帰るのじゃ。毎日そう遅くまでいては身体が持たぬぞ」

「え、はい、もう少ししたら帰りますので……」

「……そうか、無理はするでないぞ」


 そしていつも通り、ハルの真剣さに折れて入院室を後にした。







 シレンティウム、アルマール族長アルキアンドの館



 アルキアンドの館には、シレンティウム同盟に属するクリフォナム南部諸族とオラン人のベレフェス族長ランデルエスが集まって居た。

 のっけから会議は紛糾しており、雰囲気は良くない。


「……では何か?お主らソカニアとソダーシは同盟を離脱するというのか?」


 アルペシオ族長のガッティが威嚇するように言うと、ソカニア族長のボーディーが顔を歪めて反論した。


「仕方なかろう。このまま弱いシレンティウムにしがみついて何になるというのだ?」

「我々はフリンク族の支配領域とも近い。万が一戦いになれば我らが矢面に立たされる」


 続いてソダーシ族のマルドスが淡々と発言すると、ガッティが吼えた。


「馬鹿を申せ!先程のハレミアとの戦いにはワシらとランデルエスが矢面に立ったであろうが!」

「その通りだな……同盟は相好扶助、今更何を言っている……」


 ガッティの発言を肯定するようにランデルエスが静かに言った。

 先程からの話し合いは全てこの4人の間で為されており、またいずれも同じような経過を辿って平行線である。

アルゼント族のセルウェンクと、シレンティウムと最も縁の深いアルマール族のアルキアンドは先程から沈黙を守っているのだ。


「いい加減にせい!先程からお主らシレンティウムは弱い弱いと申すが、あの英雄王を撃ち破り、ハレミアの大群を全滅させたシレンティウムのどこが弱いというのか!」

「ダンフォード王子には負けたではないか、シルーハにもな」

「それは……!」


 マルドスから指摘され、思わず言葉を詰まらせるガッティ。

 それを見ていたボーディーが言葉を補うように発言する。


「……離脱までとは行かなくとも、少し距離を置きたい」

「我がソダーシ族も同意見だ」

「お主ら……っ」


 2人の発言に歯ぎしりして怒るガッティであったが、ここに居る族長だけの意見ではなく、部族の総意を持って出席しているだけに覆すのが難しいことは承知している。

 ガッティ率いるアルペシオ族は、シレンティウムに対しては先程のイネオン河畔の戦いの印象が強く、シレンティウム支持に回っているが懐疑的な意見が長老会議で出始めているのは事実。

 それはシレンティウム支持のベレフェス族も同じであろう。

無言で睨み合う4人を見つつ、アルキアンドが徐に口を開いた。


「……我がアルマール族はシレンティウムに残る。まずこの立場をはっきりさせてから発言させて貰いたいが良いか?」


 初めてのアルキアンドからの発言に、4人が席に腰を落ち着けてアルキアンドを見た。

 その行動を肯定とみたアルキアンドが1つ頷いて間を置いてから口を開く。


「知っての通り、我が部族は既にシレンティウムの一部と言っても過言では無い。それだけの価値があると踏んだからだ……この中で、ダンフォード王子支配下のフレーディアの様子を知っている者は居るか?」

「……殺戮と略奪の嵐が吹き荒れているらしいな」


 アルキアンドの問いに、同じく今まで発言していなかったアルゼント族のセルウェンクがぼそりとつぶやいた。

 その内容に睨み合っていたガッティ以外の族長達は息を呑む。

 アルゼント族とアルペシオ族はフリード族の領域と隣接しており、その情報は比較的入りやすい。

 ガッティもそれは既に掴んでいたのだろう。


「まあ、我々も同じような目に遭った。あの時は同じクリフォナムの一員であったはずだがな」


 アルゼント族はシレンティウム籠城戦の際、行軍途中の領域であった為にダンフォード王子から酷い略奪と焼き討ちを受けたという事実がある。

 厳然たる悪政の事実を見せ付けられた2人の族長が渋い顔で黙り込んだ。

 それを見ながらアルキアンドが言葉を継ぐ。


「私もそう聞いている。それも辺境護民官の支配に協力的だったからと言う曖昧な理由で、昔からフレーディアに住まう民を大量に殺し、投獄しているそうだ」

「……それは」

「ううむ……」


 うなり声を上げるマルドスとボーディー。

 もしダンフォード側に走れば、明日は我が身である。


「それに、王位継承を主張して各部族に参集するよう脅迫をしている」

「……それは知っている」


 セルウェンクの言葉にマルドスが苦しそうに応じた。

 その使者が訪れたが故に、シレンティウム離反を試みようとしたのだ。

 ただ、冷静に考えれば無主の地に成立したシレンティウムを先に攻めたのはフリード族であり、アルフォード王から王位を継承したのはアキルシウス辺境護民官である。


 正当性がどちらにあるかは明白であろう。


 それにダンフォード王子の性格ややり方も非常に粗雑で、乱暴だ。

 従うとなれば相当の覚悟が必要になる。

 少し2人に考えさせてから、アルキアンドは言葉を続けた。


「ダンフォード王子はアルフォード英雄王とは違う。前の英雄王は強圧的だったが、それでも慈悲の心とクリフォナムの合一という目的があった。しかし今のダンフォード王子にそれは感じられない。それに支配を受け入れただけで裏切り者とされるのなら、我々はどう扱われるか自明の理であろうと思うが、どうかな?」

「むう」

「……確かに」


 再び唸るマルドスとボーディーに、ガッティが言葉をかける。


「……我々はフリードと帝国の軛を解こうとシレンティウムにかけたのじゃ。一度ばかり負けたからと言って、今更勝負から下りるなどという真似はせず、困った時こそ我らが力添えし、守り立てて行くぐらいの気概が会っても良いと思うぞ」


 黙り込んでしまった2人の族長に対して、アルキアンドが穏やかに言った。


「一度我々は言わばクリフォナムを離脱したのだ。誰が何と言おうと裏切りと見られる立場で正当性を得て、生き残るには我らが正統派となるしか無い。シレンティウム同盟こそがクリフォナムの主流派、正統派となるよう、今は我慢してシレンティウムを助けていこうではないか」

「アルペシオ族はもちろんその立場じゃ」

「アルゼント族も然り」

「……我がベレフェス族もシレンティウムに残る」

「言うまでも無いが、アルマール族も同じだ」


 4人の族長が相次いでシレンティウム支持を表明したのに対し、マルドスとボーディーは互いの顔を見合わせた。


「まあ、シレンティウムの勇猛さは聞いている。戦士達からの信頼は厚い」

「……一度は約束した身だ、シレンティウムに我らも……残ることにする」


 2人の発言を受けてアルキアンドが立ち上がり、ゆっくりと全員を見回してから言う。


「では、今後も我ら南部諸族とベレフェス族は固き結束でシレンティウムを支えるという事で宜しいな?」


全員が一斉に頷くのを見て、アルキアンドはそっと安堵のため息を漏らす。

 今回は何とか上手く纏まったが、同盟が揺らいだのは紛れもない事実。

 今後もシレンティウムが敗北するようなことがあれば、また同じような事態が発生することは間違いなく、アルキアンドは暗澹たる気持ちになるのだった。






 ロールフルト族主邑、ルグラン



 エレール川から吹き登る冷たい北風を浴びる大きな円形の集落、ロールフルト族の主邑ルグランは、各部族の戦士達が寄り集まり、様々な武勇談や情報交換を行っている。

 普段はロールフルト族しか居ないこの集落に一部とは言え様々な部族の者達が集まって居るのにはわけがあった。

 木造の三角屋根を持つ大きな一軒家。

 北方の建築様式を忠実に実行した実に大きく見事な木造建築物は、集落の中心で高い木の壁に防護され、幾人もの部族戦士達が周囲を固めている。

 その中では今、この周辺の有力な部族長達が集合しているのだ。


 クリフォナム北方諸族の1つ、ロールフルト族の族長ヒエタガンナスは、自分の呼びかけに集まった北方諸族の部族長達を前にじっと黙ったまま主賓席に座っている。


 今日、ヒエタガンナスの呼びかけに集まったのは

クオフルト族族長 ジェバリエン

スフェルト族族長 ヤルヴィフト

カドニア族族長  モールド

サルフ族有力貴族 レーデンス

の4名で、いずれもエレール川流域に勢力を持つ部族である。


 それ以外の部族にもヒエタガンナスは呼びかけを行っていたが、結局集まった族長達以外に現れる者は居なかった。

 中心で黄色い炎を上げている炉を見ながら、ヒエタガンナスは1つため息を吐くと目を開き、徐に口を開く。


「今日は集まって貰ったのは他でも無い、シレンティウムに対する態度を協議して決めようとおもったからじゃ。彼の都市はアルフォード英雄王を破り、ハレミアの大軍を壊滅させはしたがその後ダンフォード王子とシルーハに敗れた。これをどう見るか……じゃ」


 この前に、エレール川流域に勢力を持つ今日集まった部族には、シレンティウムから同盟参加を呼びかける書状と使者が来ている。

 以前から使者や書状は来ていたが、黙殺していた各部族。

 しかし今、その意味は大きく変わった。

 ダンフォード派フリード族の悪逆さが徐々に伝わり、ハレミア人に壊滅させられたポッシア族とセデニア族の生き残りは帝国人によって奴隷にされたと思っていた所、シレンティウムで保護されて部族再建の道筋を探っているという。


 実際に書状をもって現れたのはセデニア族やポッシア族の生き残り達であったことも、その信頼性を高めた。


 各部族に配布されたシレンティウムからの書状と使者の口上は

    シレンティウム同盟への参加要請

エレール川の河川航路開設に対する協力依頼

セデニア族とポッシア族の領域警備依頼

の3点であった。


 南下したバガン率いるハレミア人が壊滅し、その生き残りが北へ逃げ戻ったことが混乱を助長してハレミア人の住む極北地域では現在戦乱が巻き起こっている。

 その中で戦乱に敗れて逃れ出たハレミアの一部が再び南下し、クリフォナム人の各部族の領域へと入り込みつつあるのだ。


 その中でも現在空白地帯となっているセデニアとポッシアの領域に辿り着いたハレミア人は、主無き土地に歓喜して定住の方向に向っており、このまま放置すればゆゆしき事態を招きかねないのはシレンティウムから指摘されるまでも無い事である。

 この件に関して、ヒエタガンナスはフレーディアのダンフォードに他部族を通じて解決を依頼したが、返ってきた答えは自分で何とかしろ、というものであった。

 フレーディアに駐屯していた協力部族の戦士達を帰還させ、対処させていると言うことだが、それは違う。

 かつてアルフォード英雄王が何度もしていたように、部族戦士を集めてハレミア人に南下の気運を起こさせないよう攻め込んで一撃を与えておくのが一番効果的なのだ。


 ヒエタガンナスは素っ気ない返答を寄越したダンフォードに失望し、然りとて敗戦したばかりのシレンティウムと誼を通じるまでの決断も出来ないまま、この会議を主催することになったのである。


「シレンティウム同盟に参加するのは時期尚早ではないかね?」

「私もそう思う。もう少し行く末を見てからの方が良いのでは無いかと思う」


 そう発言したのはクオフルト族のジェバリエンとスフェルト族のヤルヴィフト。

 この2部族はエレール川沿いに領域を持つが、シレンティウムとは比較的地理的に離れており、シレンティウムを西方帝国の一都市と捉えている。

 イネオン河畔の戦いの結果を知り、その後凄まじい数の死体がエレール川を流れ下って来た時には肝を潰した2人だが、今シレンティウムが敗れたことで、その脅威が減殺したと考えているのだ。


「いや、シレンティウムが弱っている今こそ同盟に参加すれば我々の存在価値を高められる」

「ワシも同意見じゃ」


 真っ向から2人に異を唱えたのは、イネオン川に近い場所に領域を持つカドニア族の族長であるモールド。

 更にそのモールドの意見に賛成したのはサルフ族の有力貴族レーデンスである。

 カドニア族はイネオン河畔の戦いを目の当たりにしており、当初からシレンティウムに融和的。


 また現在サルフ族は次期族長を巡って内訌の最中であり、レーデンスは敵対する親ダンフォード派の有力貴族に対抗するべくシレンティウムに近づいているという事情がある。

 レーデンスとしてはこの会議で周辺部族を親シレンティウムへと導き、内紛を有利にしたいという考えがあった。


「ううむ……」


 見事に意見が割れてしまったことで唸るロールフルト族のヒエタガンナス。

ヒエタガンナスはどちらかと言えば親シレンティウムなのだが、未だ決め手が無いと言うのが偽らざる意見。

 ハレミア人に大勝した後、安定してさえいれば徐々に北部諸族もシレンティウム同盟参加へと傾いたのだろうが、シルーハとダンフォードに敗れたことで天秤が戻ってしまった。


「……お歴々に伺いたい、シレンティウムはさておくとして、ダンフォード王子のフリード族には従うのか?」


 自分は真っ平ごめんじゃいと思いながらも聞いてみるヒエタガンナス。

 途端に族長達の反応が、激しく悪い方へと変わった。


「おい、今日の議題はシレンティウム同盟のことだろう?」

「何故そこでダンフォード王子が出てくるんじゃ」 

「シレンティウムの話で無ければ帰るぞ」


 早くも腰を浮かそうとした族長もおり、予想外の反応にヒエタガンナスは慌てて両手を差し出して族長達を押し止めた。


「待て待て、そういう意味で聞いたのでは無い」

「ではどういう意図で聞いたのじゃ?」


 モールドの言葉に、ヒエタガンナスはゆっくりと手を下ろしながら口を開く。


「我らには選択肢としてそれもあると言うことだ」

「……無いだろうそれは」


 即答するジェバリエン。

 次いでヤルヴィフトが怒気を込めて言い放つ。


「全員あのハレミア人が誰に連れて来られたのかを知っているんだぞ!それを踏まえてその様な選択肢があると思っているのか?」

「では自ずと選択肢は限られてくるのではないか?」


 ここぞとばかりにレーデンスが言うと、モールドが言い難そうに口を開く。


「我々だけで同盟を組むという選択肢もあるが……」

「現実的では無いのう、それは……北のハレミア、東のダンフォード、西のオラン、南のシレンティウム、全ての方角に敵を持つことになってしまうぞい。第一誰が頭となるんじゃ?」


 ヒエタガンナスの揶揄する様な発言に互いの顔を見合わせてしまう族長達。

 仲が悪いわけでは無いが、特に飛び抜けた背力を持つ部族が居るわけでも、秀でた族長が居るわけでも無いのだ。

 それは自分達が一番よく分かっている、でなければこの様な会議など開かずさっさと周辺の部族を圧して一大勢力となっているだろう。

 それを察したヒエタガンナスが言葉を継ぐ。


「現状、シレンティウムに協力するのが一番良いのではないかの?」

「……同盟参加は不確定要素が多すぎる、が、協力ならば良い」

「そうだな……協力ならば」

「まあ妥当な所か。この件で内輪揉めしても仕方ない」


 ジェバリエンとヤルヴィフトが相次いで言うと、モールドが頷いた。

 しかしレーデンスは首を左右に振った。


「ワシはシレンティウム同盟に参加するつもりだ」

「おいおい……」

「まあ聞いてくれ」


 また議論を蒸し返すつもりかと、窘めようとしたヒエタガンナスを手で制し、レーデンスは言葉を継ぐ。


「ワシはまだ族長では無いが、シレンティウムの力を借りて敵対するベルテンスを追い落とすつもりじゃ」

「……ワシらにそんな話をして良いのか?」


 ヒエタガンナスが驚くが、レーデンスは頷いてから言葉を続けた。


「大丈夫じゃ。ここに居られる族長方は、あのハレミア人を連れて来たダンフォードを嫌っておいでだからのう。まさかそのダンフォードと組もうというベルテンスとは組むまいよ?」

「まあ……」

「無いな」


 ジェバリエンとモールドが言うと、満足そうな笑みを浮かべてレーデンスが言う。


「であれば問題あるまい。シレンティウムがどこまで力を貸してくれるか、それを見極めてからでも良いのではないかの?ワシは上手くいけば族長になる、族長方はシレンティウムの方針と力を見る事が出来る」

「なるほど」

「後はワシとベルテンスの内紛を黙って見ておいて貰えば良い」


 シレンティウムの力と思想を見る為にも、中立を守れというのだろう。

 それぐらいなら造作も無い事であるし、間違ってもダンフォード派に付きそうなベルテンスには族長になって貰いたくない。


「分かったわい。皆もそれで良いか?」


 ヒエタガンナスの言葉に頷く族長達。

 ヒエタガンナスは反対意見が出ないことを確認して締めくくりの言葉を発した。


「では、シレンティウム同盟に対し、同盟参加以外の条件については協力する旨を我らの総意で伝達するぞい」






 フレーディア城、王の間



 閑散とした王の間に、1人玉座にかけてご満悦のダンフォードであったが、配下の報告を聞いて怒声を放った。


「ふざけるな!俺は王だぞ!」

「は、はあ……」

『やむおえんだろう?これ程までに噂が広まっては仕方あるまい』


 戸惑う配下の戦士を取りなすように黒いアルトリウスが言葉を発するが、ダンフォードの怒りは収らない。


「ふざけるな!お前の発案だろうが!」

『まあ、ハレミア人がもう少し粘れば良かったのであるが、これは誤算であったな』

「てめええっ!」


 配下の戦士が持ってきた報告は、ダンフォードの参集命令に対する周辺部族の非協力的な回答であったのだ。

 それで無くともシレンティウム籠城戦で南部諸族の村々から食糧を強引に挑発し、父である英雄王を弓矢で撃ち殺し、ハレミア人と行動を共にしているのをセデニア族やポッシア族の生き残りに目撃されているのだ。


 評判が良いはずもない。


 しかしダンフォードの中では王たる自分の行動は全て正当化されている。

 どうして自分が非難されるか理解出来ないのだ。


「おいお前!」

『なんであるか?』

「ちょっと行って討伐してこい!」

『馬鹿な……満足に軍も整えられぬのにそんな事が出来るわけなかろう』


 いきり立ったダンフォードは、黒いアルトリウスに命じるが、さすがの黒いアルトリウスも狼狽えて反駁する。

 それで無くとも不人気なダンフォードのお陰で戦士集めには苦労しているのだ。

 集まったのは無頼や食い詰め自由戦士で他部族から相手にされないようなどうしようも無く質の悪い連中ばかり。

 それでもようやく5000といった所であった。

 良くも悪くも個人主義的なクリフォナムにおいて、ダンフォードの不人気振りは致命的なのである。


『親を撃ち、同族から略奪し、ハレミアを呼び込む。人気の出る要素がないな……』


 はあ、とため息を吐くアルトリウス。

 協力的だった部族戦士達も、ハレミア人武装難民の出現といった事情もあるが、ダンフォードの振る舞いや噂が広まるにつれて帰還を願い出るようになってきている。

 これではシレンティウム攻めどころか、周辺部族や反対派の討伐も出来るかどうか怪しい。

それでなくとも親シレンティウム派のフリード貴族や有力者の反撃が激しいのだ。

 旗頭のベルガンを失って離散するかと思われた親シレンティウム派も、ベルガンの叔父であるダンケルが指揮を執って善戦している。

しかもシレンティウムが武器防具食糧を援助しているとあって気勢も上がっており、非常に厄介であった。

 いきり立つダンフォードを宥めていると、もう1人配下の戦士が慌てて入ってきた。


「申し上げます!」

『どうしたであるか?』


 ダンフォードが金切り声を上げる前に黒いアルトリウスが促すと、配下の戦士がほっと下表情で頭を下げる。

 最早ここまで不人気か……

 そう思いながら黒いアルトリウスが思っていると、配下の戦士は一気に口上を述べた。


「ダンケル率いる反乱軍3000が北のイネオン川上流に出現しました!」

「なにい!?」


ダンフォードが目を剥く。

 流石に自分の後ろ盾であるフリンク族との連絡を遮断されたとあっては不安であるようで、ダンフォードは戸惑いながら黒いアルトリウスに目を向けた。

黒いアルトリウスは内心やれやれと思いながらも言葉を発する。


『分かった、我に戦士を2000程預けよ』

「……ここの守りが薄くなるじゃないか」

『おい』


 不穏な空気を感じて黒いアルトリウスが言うが、ダンフォードは一気に言葉を放つ。


「1000だ、1000を与える!」

『馬鹿を言うな』

「1000で何とかしろ!」


『……仕方ない』


 これでは戦いが長引いて敵の思うつぼであろうと思ったが、諦めのため息を吐く黒いアルトリウス。


『我の授けた策を必ず実行するのだぞ?』

「ああ、分かってる」


 ダンフォードの投げ遣りな態度に一抹の不安を感じつつも、他に手立ての無い黒いアルトリウスは、踵を返すと配下の戦士を伴って戦支度にでるのだった。


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