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辺境護民官ハル・アキルシウス(改訂版)  作者: あかつき
第3章 北方辺境動乱
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第12話 フレーディア近郊の戦い

 フレーディア近郊


 ダンフォードに従ったフリード族戦士3000。

 フリード族に負けずとも劣らぬ勇猛さで知られるフリンク族戦士5000。

 東方山脈の西方山麓に蟠踞するフレイド族戦士3000。

 北のハレミア人と国境を接し、常にその蛮族と戦っているヘランド族戦士とサウラ族戦士が併せて5000。


 かつてアルフォードの軍門に屈したクリフォナムの北部諸族の戦士達16000が勢揃いし、蛮声を上げていた。

 北方には未だ正確な情報が伝わっていないのだろう、ダンフォードは自分が殺した父親であるアルフォードの盛名を最大限活用したようだ。

ハレミア人を撃破した西方帝国の辺境護民官の同盟参加の呼び掛けよりも、アルフォードの名前とダンフォードの存在が北方諸族を動かしたに違いない。

対するのはハル率いる第21軍団7000に、途中で雇ったロールフルト族とクオフルト族の自由戦士1500の合計8500。


 結局アルゼント族とアルペシオ族の部族戦士は間に合わなかったのだ。

 しかしハルはフレーディアに隣接する場所に陣を敷き、フレーディアの城塞設備と合わせて敵を牽制する作戦を取った為にダンフォードも力押しが出来ない。

 フレーディアの中には、親シレンティウム派のフリード戦士が3000余り立て籠もっているためだ。

 ハルとしてはフレーディア上に立て籠もっても良かったのだが、あわよくば北方諸族に打撃を与えておきたいと考え、野戦布陣を選んだのである。


 既に数度の小競り合いや小規模な戦闘は行われているが、ダンフォード側は積極的に攻めてこず、一方のハルも自軍より兵数の大いダンフォード軍とは単体でぶつからないようにしていた。

 つまりハルはフレーディア城の支援を受けつつ戦う形をとった為に、優勢になっても追撃にまでは到らず、中途半端な戦闘に終始していたのである。 

 しかし情勢は芳しくなかった。


「アキルシウス殿……凶報です。南でアダマンティウス軍団長が善戦空しく敗退したとのこと、シルーハ軍は周辺に威力偵察隊を派遣して盛んにシレンティウムの周辺を騒がせています」

「ぐっ……これは」

「時間はそう残されていませんね……」


 呻くハルに臨時の副官に付いたレイルケンが言う。


「おい……こりゃまずいぜ」


 そして今回将官の不足に悩まされたシレンティウム軍の補助将官として帯同してきたレイシンクが腕を組みつつ渋い顔で言葉を発した。

 このままフレーディアの固執すれば、南から迫るシルーハと今この正面に居るダンフォードに挟み撃ちにされてしまう。

 それでなくともシレンティウムが攻められれば兵士達の動揺は大きくなるだろうし、シレンティウムが包囲されたまま対陣を続ければシレンティウム市民の信頼を失う事にも繋がりかねない。

 翻ってダンフォードは無理にハルを攻めなくとも、ここで睨み合ってさえ居れば、どんどん有利になるのである。


 しかし焦って戦闘を仕掛けても敵は大軍。

 おそらくフレーディアから引き離された所で包囲されるだろう。

 ハルが迷っていると、伝令が更なる凶報を持って現れた。


「敵が動きました!」

「なっ!?」


 ハルが驚いてレイルケンと共に遠望すると、ダンフォード軍がクリフォナム戦士達の蛮声と共に前進してくるのが視界に入る。

 レイシンクが吐き捨てる様に言うと、前線に戻る。


「くそ、一戦は不可避かよっ!」

「嫌な時期の攻撃ですね……」


 レイルケンがぽつりと言った。

シレンティウム軍に南での敗戦が伝わるのを待っていたかのような攻撃開始。

 しかしここで退いては一方的にやられるだけである。


「やむをえん!シレンティウム軍前進!敵に一泡吹かせるぞ!」


 ハルの号令で、ダンフォード軍に応じるようにシレンティウム軍が動き出した。

 






 大楯を並べて待ち構えるシレンティウム軍の前線に北方諸族の戦士達が躍りかかる。

 手投げ矢を雨霰と浴びせてその突進を牽制するシレンティウム軍。

 それに対抗してダンフォード軍は後方から矢を浴びせる。

 兵力に余裕がある為、弓射戦士を残しての突撃が可能なのである。

 シレンティウム軍も矢を撃ち返すがここでは兵数差が出て劣勢のまま終始しており、その隙にクリフォナムの戦士がシレンティウム軍の最前線に到達した。


 走り込みざまに戦斧や斧槍を大楯に叩き付けてくるクリフォナムの戦士達。

 かつて西方帝国の亀甲隊形に対抗して編み出された戦術が、容赦なく北方軍団兵の大楯に炸裂した。

 たちまち大楯を叩き割られ、楯から突き出した斧で腕や顔を傷つけられて動揺する北方軍団兵達。

 かつて同じ戦法に直面した帝国軍団兵は斧の刃筋に対して大盾を傾けて刃を滑らせたり、大盾を僅かに突き出して打点をずらしたり、はたまた鉄で出来た盾中央の突起で受け止めたりする事で防いだ。

 しかし未だそこまでの訓練を施されていない北方軍団兵達はまともに斧を受け止めてしまい、前線を破られてしまう。


「第2陣補え!急げ!」


 傷付いた同僚達を後方に下げ、代わりに後列の北方軍団兵が前に出るが、彼らも再び振われた大斧の攻撃に為す術無く大盾を割られていった。


「くっそ!入れ替えろ!」


 たちまち乱戦に巻き込まれる北方軍団兵達。

 レイシンクの指示を受け、巧みに交代して体力を持続させつつ粘り強く戦っているものの敵の数が多く、また交代の際に重要な隠れ蓑となる大盾を割られている兵士が多くいる事から次第に押され始めている。

 敵の前線に出てきた黒いフードをすっぽり被った戦士長が巧みに戦士を差配し、大盾を失った北方軍団兵には長剣を装備した戦士達をぶつけ、斧を持った戦士達を下がらせている。

 また後方に合図して側面の北方軍団兵に矢を浴びせてこちらが側面に回るのを巧み阻止し、一方で中央突破を図るのだろう、後方の戦士達を中央に集めていた。


 黒フードの戦士長の指揮で1度、2度と大波が押し寄せるように第21軍団の戦列にクリフォナム戦士達が突撃を仕掛けてくるものの、堅陣を何とか維持して持ちこたえる。

 戦線は膠着状態に陥った。




「……やむを得ないな」


 ハルが大弓を取り出した。

 素早く弦を張り、2、3度強く弾いて強度を確かめると黒羽根の矢を番える。

 狙うのは黒フードの戦士長。

 後方でふんぞり返っているダンフォードは距離的に直接狙うのは無理だが、それが拘りなのか黒フードの戦士長は指揮を執りつつ戦士達と一緒に進退を繰返し、共に戦っている。


 ダンフォードは指揮らしい指揮を執っているように見えない。

 本陣から伝令を出さず、また受けてもいない所見ると、実際の指揮を執っているのはあの黒フードの戦士長であろう。

 あの戦士長を射落とせば戦線はひっくり返せる。

 ハルの弓が鋭く鳴った。

 一直線に突き進む黒い矢は、狙い過たず黒フードの戦士長の首筋に向っている。


 今正に命中。


 そこでハルは我が目を疑った。

黒フードの戦士長は抜いていた剣を無造作に横に払い、その剣の腹でハルの矢を弾いたのである。


「なっ……?」


 ハルの放った黒い矢が明後日の方向へと飛び去った。

驚くハルに向って戦士長が剣を縦に振りかざす。

 瞬間、どっとクリフォナムの戦士達が前線に圧力を掛けてきたのだ。


「くっ」


 慌てて2本目の矢を番え、狙い澄まして放つハル。

 再び機械的な弦の音が響き、先程より速度を増した黒い矢が戦士長に飛ぶ。

 しかし、戦士長は今度はこれを剣の腹で受け止めた。


「うっくそ!」

「アキルシウス殿!前線が破られました!」


 思わず舌打ちをして3本目と4本目の矢を番えたハルに、レイルケンの悲鳴じみた報告が届く。

 我に返って見るとあちこちで戦列が破られ、本陣にもクリフォナムの戦士達が雪崩れ込んできている所であった。


「後退だっ!」


 ハルは戦士長に向けていた矢の方向を変え、前線を破って入り込んできたクリフォナムの戦士達を次々に射貫くと後退の指示を出した。





『ほう……まあそうであるな。ここは退くが良いである』


 感心したようにつぶやくと黒フードの戦士長、黒いアルトリウスは矢を文字通り矢継ぎ早に放って自軍の後退を指揮しているハルを遠望して感心する。


『伝令、戦士達を後退させよ』

「あえ?はっ?どうしてですか?」


 自軍が優勢で相手を追い込んでいるのに追撃しない理由が分からないのだろう。

 驚くように伝令が聞き返してくるのを黒いアルトリウスは忌々しげに見る。

 クリフォナム戦士の悪い癖だ。


『早くせんかっ』

「いやしかし……」


 命令を渋る伝令に黒いアルトリウスが苛立って怒声を上げようとした所で、フレーディア城から風切り音が響いた。


『むう、いかん!』


 アルトリウスがうめき声を漏らすと同時に、シレンティウム軍を追撃しようとしていたクリフォナム戦士達の身体を大型の矢がぶち抜いた。

 次々に飛来する大型弩バリスタの矢に、たちまダンフォード軍は混乱する。


『命令を聞けぬものは要らん』


 怒りに満ちた声が響き、伝令ははっと我に返って後ろを見ると黒い瘴気を纏わり付かせた黒いアルトリウスの姿があった。


「あ、あ、あああ」


 愕然とする伝令に黒い煙が纏わり付き、たちまちの内に精気を吸い取ってゆく。

 干涸らびて最後は砂となり、さらさらと風に吹き散らされてゆく伝令。

 その身に着けていた鎖帷子と兜が黒い煙からすり抜けて地に落ちる。


『我の命令に従わぬものはこうなる……分かったか!分かったら退くのである!』


周囲の戦士や戦士長達はダンフォードの連れてきた得体の知れない黒の戦士長と呼ばれる存在に恐怖し、黙って前線から立ち去るその後ろ姿を見送るのだった。






フレーディア城の城門まで後退したシレンティウム軍は、ベルガンの機転により城内から多数の大型弩による援護射撃を受けて無事態勢を整える事が出来た。


 敗戦。


 南でのシルーハ王国との戦いに引き続き、北の地でも一敗地にまみれてしまったハルは肩を落とすが、挫けてばかりもいられない。

 一刻も早く善後策を練るのだ。


「シレンティウムに撤退する」


 ハルの言葉にレイルケンや百人隊長は悄然として頷く他なかった。

 事ここに到ってはフレーディアに籠城した所で、シレンティウムに危機が迫っている以上意味は無い。

シレンティウム同盟は見捨てない、これを実現しようとした事でかえって自分の首を絞めてしまったようだ。


「俺は残るぜ」

「レイシンクさん?」

「……全軍が退いたとあっちゃ申し訳が立たねえだろう?」


 突然のレイシンクの発言にハルが驚くが、レイシンクは軽くそう言って肩をすくめ、言葉を継ぐ。


「“シレンティウムは見捨てない”良い言葉じゃねえか!だから俺は見捨てねえ。俺がフレーディアを見捨てないで残ることでそれが少なくとも実現できるって訳だ」

「しかし今残ったとしても……」


 レイルケンが言い掛けるが、レイシンクは笑ってそれを手で遮った。


「俺たちが見捨てられなかった様にな」

「レイシンクさん……」


 ハルが止めようとしたのが分かったのか、レイシンクは頭を左右に振って言葉を継ぐ。


「辺境護民官、あんたは災害で彷徨って離散していた村をまとめて受け入れてくれた。俺はあんたに公私にわたって多大な恩がある。こういう形でしか返せねえのは残念だが……村の奴らを宜しく頼まあ」


 しばしの沈黙。

 本陣に詰める護衛の兵士達も物音1つ立てず、黙ったまま互いの目を見合うハルとレイシンクを固唾をのんで見守る。

 やがてキツイ目を更にきつくしたハルが吐き出す様に言った。


「……分かりました」

「おう、確かに頼んだぜ?俺は村出身の兵士を中心に希望者を募って100ばかり連れて行く。フリード出身の奴も入れりゃあそんくらいにはなんだろ」


レイシンクの言葉に黙ったまま頷き、ハルはレイルケンに命じる。


「ベルガンさんに使者を立ててくれ。情勢と合わせてシレンティウム軍は撤退する旨を」

「……承知しました」






フレーディア城、王の間



「……情勢は分かった、撤退は止む終えまい。アキルシウス王には事態好転の暁には再度援軍を派遣してくれるよう依頼したい」

「お伝え致します」


 ハルからの使者が去ると、王の間は一気に沸騰した。


「ふざけるな!結局は見捨てるという事じゃ無いか!」

「最早これまで……降伏致しましょう」


口々に言い募る有力者達の姿を見ていたベルガン。

 しばらくして悪口雑言の類いが収った時を見計らって口を開く。


「降伏したい者は止めん……しかしダンフォード王子が降伏した者を許すかな?」

「そ、それは……」


 口ごもる有力者達。

 寛容のないダンフォードに使える意義を見いだせず、シレンティウムの辺境護民官にこそ希望を抱いて今ここに居るのだ。

 ダンフォードが降伏した者をどう待遇するかは言われずとも分かっている。


「勇猛なる北方諸族の軍が相手だ、敗れたとて悔いは無い。私はここに残りアルフォード王の社稷を守る。ダンフォード王子ではあの栄光は戻らぬ、アルフォード王が認めたアキルシウス王だけがそれを実現出来ると考えたからこそ、私は生き恥を晒してここに居るのだ」


ベルガンの言葉に押し黙るフリード族の有力者達。

 彼らもそういう思いからアルフォード王の遺志に従い、ハルの元へと参じたのである。

 ベルガンの言葉が彼らの胸に染み渡り、天へと昇るアルフォード王が御霊の姿を思い浮かべた。


「……少なくともフリードの王位がそう安いものでは無いという事を、あのダンフォードという出来損ないに教えてやらねばならん。私はここに残る」

「分かりました」

「我らもお供を……致しましょう」

「フリードの正統派戦士の強さ、とくと見せ付けてやりましょうぞ!」


 ベルガンの言葉に賛同する有力者達。

 彼らも自分達の矜持が何処にあり、何の為にこの場にいるのかを思いだしたのである。

 そこに突然声が掛かった。


「おっと俺も入れて貰おう」


 驚くフリードの有力者達が見守る中、レイシンクがにこやかに現れた。

 ざわめくフリードのシレンティウム派に属する有力者達の間を縫ってやって来たレイシンクに、ベルガンが呆然と言葉を掛ける。


「レイシンク参事会議員?」

「おうよ、シレンティウムの援軍……と言うにゃあちっと少ねえが、まあ宜しく頼む」


 ベルガンの言葉に朗らかに応じ、レイシンクは言葉を続けた。


「で、俺は何所を守ればいいんだ?」








 ダンフォード軍本陣



『そろそろか……』

「何がそろそろなんだ?」


 ふいっと吹き抜けた風を感じた黒いアルトリウスがつぶやくと、ダンフォードが脳天気に鼻くそをほじりながら尋ねた。

 この馬鹿王子は軍の采配も満足に出来ず、黒いアルトリウスに頼りきりであった。

 ここに到るまでシレンティウム軍の開戦を誘う挑発をいなし、躱し、小競り合いと戦線の距離を維持する事に腐心していた黒いアルトリウスはあからさまなため息をつく。

 おそらく自分が居なければ辺境護民官の挑発に乗って戦いに引きずり込まれ、無謀な作戦指導の下に大損害を被っていただろう。


 南方でのシルーハによる敗戦を知らしめ、焦りが出たシレンティウム軍に打撃を与える事は出来たが戦勝と言うにはささやかなものである。

 精々北方でダンフォードがシレンティウムに勝ったという印象を周辺部族に触れて回れる程度のものだ。


『その様なみっともない真似を兵の前でするのでは無いわ……我が言うのはシレンティウム軍が間もなく撤退に移るという事である……攻城戦の準備を始めるが良い』

「ああ?何でだよ、全然動いてないじゃないか」


 ダンフォードが黒いアルトリウスに食ってかかるが、意に介さずその前面に展開しているシレンティウム軍の旗をデルンフォードの右人差し指で示した。

 旗が巻かれ始めている。

 しばらくすると、シレンティウム軍はダンフォードの方を向いたまま後退を始めた。


「おっ?何だ本当かよ!よし、追撃だ!」

『馬鹿者!よさんかっ』


 嬉々として追撃を命じようとしたダンフォードを制して黒いアルトリウスが叱声を上げる。


「ああっ!?何でだよっ逃げてんじゃねえか!」

『……敵の最後の罠であるぞ、アレに追撃をかければ反撃を喰い、横合いから先程のようにフレーディア城の弓射で大打撃を受ける事必定である……撤退の方向を見るが良いのである』


 呆れを含んだ黒いアルトリウスの声にダンフォードが目を眇めて見ると、目立たないようにではあるがシレンティウム軍はフレーディア城の方向へと撤退していくのが見えた。


「……ふん、それぐらい知ってたさ」

『では不用意な発言は慎め。要らぬコトをするでない……全て我に任せよ』

「ふん……」


根拠の無い知ったか振りをするダンフォードにため息つく素振りで肩を落とす黒いアルトリウスは、もう何度目になるか分からない忠告をするが、ダンフォードはいつも通り鼻で応じる。


『学ばぬ奴である……骨が折れるわ』


 つい愚痴をこぼしてしまう黒いアルトリウスであった。








 辺境護民官軍が退却した後、ダンフォード軍はフレーディアを即座に包囲した。


 そして猛攻が加えられる。

 ダンフォードに代わって前線で指揮を執る黒いフード付マントを着用した敵戦士長の指揮は的確であった。

 巧みに大型弩の死角からフレーディアを攻め、兵数不足から防備体制を満足に取っていなかったフレーディア市の城壁を瞬く間に越えると、直ぐにフレーディア城へと迫ったのである。




「……最早これまでか」


 ベルガンがつぶやくと同時に、凄まじい蛮声と喚声、剣撃の音がフレーディア城の王の間にまで届く。  

 早くも城内へ雪崩れ込まれてしまったようだ。

 有力者達が護衛兵に剣を抜かせ、敵を迎え撃つべく最後の出撃準備をする。


「ベルガン殿!すぐに脱出を」

「いや……貴公らだけで脱出してくれ」

「ベルガン殿!」


 ベルガンの言葉に有力者の1人が驚愕して言うが、続いてベルガンの口から出た台詞に叱咤の言葉を失った。


「私はこの玉座でアルフォード様の事績を思いながら逝きたい……アキルシウス王に謝罪を頼む」

「……分かりました」


 宮宰席にゆったりと腰掛け、目を瞑るベルガンを振り返りつつ、有力者達は脱出を謀るべく王の間から出て行った。






 フレーディア城の回廊で戦うレイシンクが、後方から足音が聞こえてくるのに気付いて振り返ると、フリードの有力者達がそこに居た。


「レイシンク殿!脱出されよっ」

「はあ?何言ってんだおい」

「フレーディア城は最早これまで、捲土重来を期しましょうぞ!」


 次々と王の間から脱出してくるフリード族の有力者達から掛けられる言葉に、レイシンクは乾いた笑いと共に言葉を返す。


「……ああ、俺は良いんだ」

「はっ?」

「“シレンティウムは見捨てない”だぜ」

「……」


 レイシンクの言葉に、居残る戦士達が増える。

 有力者達も自分の護衛兵や子弟から数名筒を残して去って行く様になった。


「おう、まだまだいけるんじゃねえか?」






 北方軍団兵を中核に、王の間の前の回廊で防御陣を敷いて激しく抵抗するレイシンクの前に、黒フードの戦士長がフリンク戦士を引き連れて現れる。

 高い天井には天窓や側面窓が設けられており、夕日が横から差して回廊を明るく、そして紅く照らしていた。


『……ほう、骨のあるものが居るであるな』

「総戦士長、なかなか防御が固くて抜けません」

「北方軍団兵とか言うのが100ばかりいやがります」


 レイシンクと交戦していたクリフォナムの部族戦士達が口々に注進しにやって来た。


『弓矢を用意せよ』

「へい」


 弓を装備した戦士達が呼び集められ、回廊の中央を塞いで大盾を構える北方軍団兵を見るが、黒フードの戦士長は回廊の上部にある窓を指さして言う。


『正面から射ても意味が無い、外から回ってあそこに行け。揃い次第一斉に射ろ』

「はっ」


 弓戦士を率いていた戦士長は後方に下がり、側面の窓に通じるバルコニーを探す。





「おおっし、このまま粘り続けろっ」


 剣を振って意気揚々と指揮を取るレイシンクであったが、その大盾を構えている北方軍団兵の側面からフリンク族の使う灰色の矢羽根がついた無骨な矢が一斉に降り注いだ。

 突然の側面弓射に北方軍団兵が撃ち倒され、ばたばたと倒れる。


「くそ!バルコニーに回り込まれたか!」


 王の間に続く回廊は天井が高く、採光用の窓はその壁の中腹へ2段に渡って設けられており、回廊からは直接出る事が出来ない造りになっている。

 反撃する術が無い以上矢を防ぐほか手立てが無く、動揺しつつも後方の北方軍団兵を指揮して側面に配置するレイシンクであったが、今度は反対側から矢が降り注いだ。


「ぐっ……!」


 剣で飛来する矢を切り払っていたレイシンクの胸に矢が突き立つ。

 他の北方軍団兵とは異なり、軽装備しか身に着けていないレイシンクは口から血がこぼれた。


「レイシンク殿!」


近くに居た先任兵士が叫ぶ。

 しかしそれに答えられず、力なく剣を手放したレイシンクは口から吹いた血を引きながら回廊の床に倒れる。

剣が床に落ちる乾いた金属音が響き、続いてゴトリと鈍い音と共にレイシンクの頭が落ちた。

そのレイシンクの周囲に矢が振り注ぎ、次々と討ち取られてゆく北方軍団兵。

 居残ったシレンティウム派の部族戦士達も矢に討ち取られていく。

 やがてレイシンク側の兵士が全員倒れ、戦闘が止んだ。

黒フードの戦士長、黒いアルトリウスは周囲にフリンク族やフリード族ダンフォード派の戦士達を従えてレイシンクの近くに寄った。


「……貴様?」

『ほう……気付いたであるか?』


 ごぼごぼと血を吐きながらレイシンクがかすかに目をむく。

見上げる黒フードの中の顔が生きた人間のもので無いことに気付いたレイシンク。

 しかしその髑髏から発せられた声を聞いて更に驚く。


「……まさか……」

『くくく……我が分身を知る者か、面白い。が残念であるな、お主はもう死ぬ』


 急速に生気の失われていくレイシンクの目を見つつ黒いアルトリウスはそう言うと、後方から近付く騒がしいダンフォードの声に気付いて顔を上げた。


「総戦士長……ダンフォード様が……」

『分かっておる、全く騒がしいことであるな』


 戦士の1人が遠慮がちに声を掛けたのをうるさそうに手を払って遮り、黒いアルトリウスは後方を振り返ると、周囲に脅威が無いことを確かめる。

 そして正面の王の間の扉を見据えた。


『ふん……まあこれで終わりである。うるさい主も満足しようぞ』





 しばらくして剣撃の音が止み、溢れていた戦士の蛮声や怒号が止む。


「……アルフォード様、もう間もなく参りますぞ、不甲斐ない結果に終わり申し訳ありませんが、それは彼岸にて謝罪し致す事にしましょう」


 ベルガンがつぶやき終えるのと同時に王の間の扉が乱暴に開かれた。


「ベルガンっ!貴様あ~のうのうとこんな所にっ!!」

『ふむ、大したものであるな』


 先頭を切って入ってきたダンフォードと黒フードの男を静かに開いた目で見据えたベルガンは、その手にしていた長剣をすらりと抜いた。


『……やる気か?』

「ぶっ殺してやる!!」


 いきり立って突っ込もうとするダンフォードを制した黒フードの男が前に出る。


『……言い残す事はあるか?』

「無い」

『そうか……』


 勢い良く駆け込みながら剣を振り下ろすベルガンを、黒フードの男の長剣が撫でるようにして通り過ぎる。

 一瞬後首から血が勢い良く噴き出させ、ベルガンは前のめりに倒れ伏した。

 その身体の下から赤い血が広がる。


「なんでおれにやらせねえっ!」


 激高したダンフォードが食ってかかるが、それには取り合わず黒いフードの男、黒いアルトリウスは静かに自分の剣を収め、ベルガンの剣を取り上げた。


『……ふん』

「おい!」


 更に声を掛けるダンフォードを無視し、黒いアルトリウスはその剣を宮宰席に突き立てた。

 そして王の間から出る。


「ちっ……まあいい。おい、抵抗した宮廷官と捕虜をここに連れてこい、全員ぶっ殺してやる」


 その態度に興ざめたダンフォードは戦士達に周囲の捜索と宮廷官達を王の間に集めるよう指示を出し、玉座へと近づいた。






「ふくくくく……ようやく、ようやく帰ってきたぞ……!」


 ダンフォードは王の間の玉座をなでさすりながら感慨深げに言うと、ゆっくり肘掛けに手を置きながら腰掛けた。

 自然にわき起こる愉悦の笑みと衝動。

 寒気に似たその心地よい感覚に身を任せるダンフォード。


「……くくく、ようやくだ、ようやくフリードの王位が我が物に!!」


 目の前に広がる血だまりとベルガンの死体は目に入らないのか、ダンフォードは血まみれの剣を手にしたまま両手を広げ天を仰いで叫ぶように言い放った。


「王は俺だっ!!!」


 それと同時に湧き起こる哄笑。

 ダンフォードの口から発せられた笑声は、誰も居ない王の間に何時までも響くのだった。

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