第4話 イネオン河畔の戦いとその後
ハルは雄叫びを上げて挑発してくるバガン達を威圧するように少しずつ距離を縮めていたが、ベリウスとガッティに追われた敵の左翼が中央とぶつかって混乱するのを見て指揮下にある第21軍団へさらなる前進を命じた。
「進め!」
「臆病者があああああっ戦えぇぇぇっ!!」
挑発に乗らないハルに業を煮やしたバガンが絶叫するが、直ぐに混乱の中に飲み込まれる。
「火炎放射開始!!」
そこへハルは火炎放射器の火口を向けた。
どうんっ
族長達がいっぺんに炎に飲まれて灰と化したのを見て、とうとうハレミア人はエレール川へ向かって雪崩を打って潰走し始めた。
「追い立てろ!」
ハルの命令でその後尾へ追いすがり、遅れたハレミア人に斬撃を浴びせ、槍で突き殺す第21軍団の北方軍団兵達。
右翼からベリウス率いる第23軍団も追い付いてきた。
イネオン川の川岸からは渡河を牽制しつつ部族連合戦士団がハレミア人を血祭りに上げている。
「うがあああああ!」
顔の片側を焼かれたバガンがハルに向かって吠える。
それを見たハルは黙って黒矢羽根の矢を番え、弓を引き絞った。
びしゅっと言う鋭い音が発せられて矢が放たれる。
その直後バガンの額のど真ん中へ矢の半ばまでが埋まり、バガンはぐりっと残った片眼を裏返し、周囲の戦士達を巻き込みつつ大の字でひっくり返った。
「蕃王討ち取ったり」
ハルが小さく言うと、前線から歓声が上がった。
その後第22軍団と部族連合戦士団に進路を限定させられ、後方から第21軍団と第23軍団に追い立てられたハレミア人達は次々とエレール川の水面へと呑まれていった。
数名のハレミア人が血路を開いて北へと逃げていったが、正に状況は全滅。
40万人ものハレミア人はこうして跡形もなく片付けられてしまったのだった。
一方のダンフォード。
配下の戦士達を引き連れ、戦場から少し離れた場所で戦場を眺めていた。
「……何だ、呆気ないな」
『まあ、蛮族は所詮蛮族である。帝国戦法を修練と執念で身に着けた北方軍団兵には適わなかったと言う事であるな』
ダンフォードの言葉に応じるのは、その脇に抱えられていた黒い箱。
黒い煙を隙間から吹き出し、箱が笑う。
『……まあ、これで第一撃を与える事が出来たのである』
「一撃だと?辺境護民官は大勝しちまったぞ!」
ダンフォードの呆れた声に箱が淡々と応えた。
『戦いとは勝った側も必ず損耗するものである。辺境護民官はこれに加えて難民も抱え込んだ。食料や武具、資材を相当消耗したであろうな……兵士は言うに及ばず、である』
「どうだか……そんな上手くいくのか?」
『分からぬのであれば……まあ良い、お主は言われたとおりにしておればよい。後は南の王国の動きを待とうでは無いか』
「……ふん」
箱からの声にダンフォードは面白くなさそうに鼻を鳴らす。
これからハランドに戻り、辺境護民官が及ぼしてくる強い影響力の排除に勤しまなければならないのだ。
『離間策に間諜派遣、使者の遣り取りなどやる事は多いのであるぞ』
「……お前も手伝えよ」
『馬鹿を言え、身体の無い我がその様な事を手伝える訳が無かろうが。それにそう言ったものは大将がやらなければ意味が無いのである』
「ふん」
再び鼻を鳴らし、ダンフォードは戦場を見回してから踵を返した。
戦後、イネオン河畔
ぱちぱちと残り火があちこちで音を立てて死体を焦がす。
すさまじい臭気と煙が戦場を漂っており、第23軍団の兵士達は死体処理を割り振られたことに愚痴をこぼしながらも次々と死体を河岸段丘の端に埋めてゆく。
シレンティウム臨時軍団と第22軍団は陣地に使っていた資材を転用してイネオン川に橋を架けるべく敷設作業に従事しており、第21軍団はイネオン川北岸に遺留された略奪品や捕虜を確保するため、部族連合戦士団と共に偵察を周囲へ放ちながら進出していた。
略奪品はポッシア族とセデニア族からのもので、小麦や黒麦、乾し肉や乾し野菜類、牛、馬、豚、鶏などの家畜、衣類、装飾品、そして人間であった。
第21軍団の医療術兵が主体となってけが人や病気になっている者の治療に当たり、また略奪品を使用して配給を始める。
成人の男は全くおらず、女子供ばかりが2万人余り鎖や縄に繋がれたり、檻馬車に詰め込まれたりしていたのだ。
いずれも酷く衰弱していて直ぐには動かせそうにない。
幸いハレミア人はほぼ全滅したことから差し当たっての危険はないので、ハルは一時的にこの場で兵営を設置することにしていた。
そこで体力が回復し次第、一旦シレンティウムへ2部族の難民を移送する事が決まっている。
「手が足りないな……ベルガンさん、至急フレーディアへ薬師と医療術士の応援を寄越して貰うように伝令を出して下さい」
「承知しました。早急に」
同時期、帝都皇帝宮殿・皇帝執務室
羊皮紙で出来た決裁書類を閲覧しながら、帝国皇帝マグヌスは兵士に伴われて入室してきた若者をちらりと見て苦笑を浮かべた。
その若者は茶色の髪をきっちり短く刈り込み、貴族は絶対身に付けない帝都市民の常用している簡易な楕円長衣を纏っている。
特に美男では無く体格背丈も中庸であるが、特徴的なのはきらきらと輝くその茶色の瞳であろう。
マグヌス帝は持っていた書類に署名を済ませると、一旦ペンを置き、その若者を自分の前にある椅子へ座るよう手で示す。
「東方担当副皇帝にはユリアヌス、お主をあてる。しっかり励め」
マグヌス帝は椅子に座った若者にそう言うと、今署名した書類を手渡した。
若者、ユリアヌスが手にしたのは、皇帝勅任状。
その書面にはユリアヌスの名前と“副皇帝を命ずる”の一文のみが記されていた。
これは事実上の皇太子任命。
マグヌスはユリアヌスを後継者に定めたのだ。
しかし、本来元老院で為されるべき認証式も、就任式も無い。
当然、支持が得られないことが分かっているからである。
最早謀略や策略と言っても良いマグヌスの権限行使。
「これだけかい?」
「それだけだ」
答えつつ別の決裁書類に目を通してては署名するマグヌス帝の前で、ユリアヌスは軽い調子で次々と質問や言葉を投げつける。
「率いていく官吏や兵は?」
「好きにせよ……と言いたいが、何も無い」
「……妹か姉上連れて行って、辺境護民官とくっつけちゃうぞ?」
「それも良いだろう」
「……辺境護民官唆して北で反乱とかどうかな?」
「ま、それも方法としてあるだろうな」
「で、本当の狙いはなんだい?」
言葉の掛け合いに飽きたかのように、それまでの軽い雰囲気をがらりと変えて言うユリアヌスに、マグヌス帝は苦笑して署名の手を止める。
そして顔を一旦引き締めた後に重い声で言葉を発した。
「もう間もなく、帝国は南方で開戦するのは知っておるだろう?南方侵攻自体は悪い策では無い、ただやり方というものが有る」
「じじい、何が言いたい?」
話の意図が見えず、怪訝そうに問い返すユリアヌスを制しつつ、マグヌス帝は言葉を継いだ。
「……シルーハの動きが怪しい。シルーハは成立して浅い、が……陽気な商人集団と侮ってはならん、ああ見えてしたたかな国だ。南方大陸にかまけて帝国軍が右往左往している間に防御の薄くなった東部国境を突破してくるやもしれんからな。そうなれば南方遠征どころではなかろう?」
「………」
絶句するユリアヌス。
その様子を見ながらマグヌス帝は更に言葉を続ける。
「軍にこのことを告げてみたが無駄だった、まあ、最初から聞き入れるとは思っておらんが、自分の就いている皇帝の位とは何なのか改めて思い知らされたわ」
「ふざけんな……くそ」
拳を握りしめ唸るユリアヌスの様子を好ましげに眺めつつマグヌス帝は書類への署名を再会しつつ再び口を開いた。
「ふふふ、まあ、お前も知っての通り、今や帝国皇帝に力は無い」
「………」
再度絶句したユリアヌスをそのままに、マグヌス帝は淡々とした様子で語り続ける。
「わしも死病だ。寿命はもう間もなく尽きるだろう、南方侵攻を見届けられるかどうかも怪しいものだ。心配なのはわしが死んだ後だ、お主は若すぎる上に、市民や平民はともかくとして、派閥と距離を置きすぎているが故に有力者達から支持されておらん。わしに息子はおらんし、その方の父を含め甥や孫子の代に至るまで勘案してみたが駄目だな、この今の現状を知って上手く帝国を操る事の出来る者がおらぬ。おそらく派閥を御せずに失敗する、そして行き着く果ては派閥に後押しされた者同士の皇位継承争い、内乱だ」
「俺はじじいが言ったとおり後ろ盾が無い、これがあったところで俺に内乱は抑えられないぜ……じじい、何を企んでいる?」
ユリアヌスがひらひらと任命状を振って問うと、マグヌスは笑顔で答えた。
「決まっとろう、お主が内乱で有利になるために渡したのじゃ」
「……それは分かっている」
怒りと諦念の入り交じったユリアヌスの声にマグヌス帝はほほえみを浮かべつつ首を左右に振った。
「お主があちこちで味方を作っておる事は知っている。なかなかの人脈を築いたな、もう一息じゃ。辞令は今渡したそれで全て、後は自由にせよ」
「じじい……何で知ってる?」
「お主が目を付けた者達は、わしも目を付けていたからじゃ」
驚きつつも黙り込むユリアヌスに、マグヌスは笑っていう。
「友は身分に関わらぬもの、終世大事にせよ」
「……自分は裏切ったからか?」
鋭い口調のユリアヌスにも動じること無くマグヌスはゆっくり答えた。
「そうだな……わしはかつて一番の親友と思っていた者を裏切ってしまった。あまつさえ奴に呪いをかけ続けた。その事について釈明はすまい、紛れもない事実であるからな……奴に、アルトリウスの亡霊に会ったのか?」
「ああ、帝国と皇帝を……じじいを今でも恨んでいる」
「そうであろうな……」
ふっと小さくため息をついたマグヌスを見逃さず、ユリアヌスは言葉を継ぐ。
「理由が、あったんだろう?」
「理由は、確かにあった、しかし理由があって何になるというのだ?裏切ってしまったという事実は死んでも消せぬというのに」
「……話せよ」
マグヌスは聞いても詮無かろうといいつつも口を開いた。
「皇位継承の隙を突いて帝位を狙った者が居ったのだ……内紛の兆しを抑えるためにわしが帝都で奔走している時に、北の反乱が起こった。わしは貴族どもに睨みを効かせねばならず、指揮下にあった多くはない兵を動かすことが出来なかったのだ。そしてその内乱を主導しようとしたのはルシーリウス卿の祖父だ。結果は未遂に終わり内乱は起きなかったが、わしは掛け替えのない友を失い、果てはその恨みを蛮族や貴族に利用され、帝国に向けられぬようわしは奴を都市に縛る呪いをかけ続けたというわけだ」
「おい、じじい……あんまりだろ」
「いかにもあんまりな仕打ちじゃ、弁解の余地は無い、だが“帝国を守るために必要だ”その時はそう思ったのだ」
マグヌスは再び署名を止めてペンを置き、椅子に深く掛け直してユリアヌスを見た。
「内乱や兵乱を迎えようとしている今になっては後悔ばかりじゃ、あれもこれも無駄だったかと嫌になる……友を失ってまで得たものは何だったのか……とな。今あえて希望があるとすればお主の才と北の辺境護民官であろうが、まだ甘い。北方の繁栄をその目で見、そして北の地にあって帝国に無いものは何かを見極めたであろう?逆も然りであるぞ」
「分かった」
珍しく素直に返事をしたユリアヌスに緩い笑みを向けマグヌスが言った。
「おそらくこれが最後となろう、達者でな。後事の一切合切を託す事になるが、まあ、宜しく頼む」
不承不承頷くユリアヌスが任命状を手に取り退出すべく踵を返すと、マグヌス帝は言葉を重ねる。
「よいな?」
「うるさいな、分かったよ……他はないのか?」
「うむ……そうじゃな……アルトリウスに会わば、伝言を頼まれてくれ」
「なんだ?」
「また会おう、と」
背を向けたユリアヌスにマグヌスの顔は見えない。
が、確かに、その時涙を拭う衣擦れの音を聞いた。
「……簡単に死ぬなよじじい」
ユリアヌスは最後にそう言い捨てると足音荒く部屋を出て行った。
シレンティウム行政府
シレンティウム行政府の大広間では、シッティウスが思いがけない来客を迎えていた。
「ほいじゃあ辺境護民官殿……もといフリード王の秋留晴義殿はおられんのか?」
「現在ここより更に北のフレーディア市にて政務中でして。折角ご足労頂きました所を申し訳ない次第ですが」
「なんのなんの、こっちが急に来たのや、気にせんでくれい……しかし困ったのう、本人に渡さんと意味無いし……」
謹厳実直を絵に描いたような対応を行うシッティウスとは対照的に、訛りはあるものの以外と流ちょうな西方語を操る黎盛行の態度は砕けたものであった。
東照帝国の官服が入った桐の箱を携え、官位が記された竹簡を手にした東照帝国西方府の黎盛行都督が突如やって来たのは同じ日の朝。
東照の騎兵500余りを引き連れて東門に来着した黎盛行は、城市大使である介大成の出迎えを受け、驚くシレンティウム側を余所に入城を求めた。
留守を預かるシッティウスが応対する事になり、一旦東照大使館へ入って貰った後、歓迎会を兼ねて夕食を用意し、黎都督と介大使を行政府へと招いたのである。
「しばらく待って頂けるのであればこちらへアキルシウス殿を呼び寄せますが」
「ああ~そこまでせんで構わんよ、面白そうな街だからのう。秋留晴義殿の仕事が一段落付くまでのんびり待たして貰うわい」
あくまで姿勢を崩さないシッティウスに、黎盛行も自分の態度を崩さず対応する。
2人の噛み合わない様子を見ながら含み笑った介大成は、コホンと咳払いで笑みを追い出してから徐に口を開いた。
「それで、東方郵便協会の支所の設置についてなのですが……ご承諾頂けますか?」
「そうですな、一日待って頂けますかな?フレーディアのアキルシウス殿へお伺いを立てません事には……事は外国使節との遣り取りになりますので」
「分かりました」
シッティウスの回答に介大成も素直に引き下がる。
恐らくハルは断わりはしまい、そう考えた介大成と黎盛行。
東照との郵便や伝送石通信が開通すればシレンティウムの重要な収入源である奉玄黄の交易商売にも便利であるし、東照との通信交渉も可能となる。
あの開明的な思考の持ち主である辺境護民官ならば、外国との通信にその事実以上の高い価値を見出すだろう。
「では、東方郵便協会シレンティウム支局については秋留晴義殿の承諾を待ってから設置致します」
「宜しくお願いします」
介大成の言葉にシッティウスも頷いた。
シレンティウム市内、東照城市大使館
「良い街やないか~」
夕食後、大使館に着くなり椅子に座る時間も惜しむように黎盛行が満面の笑みで言う。
「ここと商売したら面白いなあ!」
「素晴らしい勢いで発展していますので、将来性は抜群です」
椅子に座ってから言葉を足した黎盛行に、介大成はお茶を出しながら笑みを浮かべて答えた。
「それだけじゃなかろう、噂を聞くに、シレンティウムは貨幣経済の浸透を目指しとるそうじゃのう……これは北辺の地が巨大な市場へ化けるという事じゃ、こんな好機見逃せんわい」
黎盛行が皮算用も甚だしくほくほく顔で言うと介大成の笑顔が苦笑に変わる。
それでも黎盛行の見立てはあながち間違いではない。
既に北辺地域は有望巨大な市場として、シレンティウムの工業生産力を飲み込みつつある。
シレンティウムから食糧を塩畔へ運び、塩畔からは東照の産品をシレンティウムへ運ぶ通商路を上手く開ければ相当の旨味ある交易となるだろう。
「それだけではありませんよ」
ほくほく顔の黎盛行に笑みを消し、介大成は徐に口を開いた。
「何じゃ?」
怪訝そうに質問する黎盛行に、介大成は顔を引き締めて口を開く。
「武力的にも頼み成ると言う事です。先程極北地域に巣喰う北狄、ハレミア人40万を辺境護民官殿の指揮で打ち破り、殲滅したとのことですから、彼の者の勢力圏は更に広まることでしょう」
黎盛行の目がきらりと光った。
「ほう!また勝ちよったのか?」
「今はその復興に意を注いでいるとのことです」
「なるほどなあ、道理でここに居らん訳じゃ……ほいじゃ官位は丁度釣り合うたな」
介大成の言葉に黎盛行はうむうむと何度も頷く。
その様子に介大成が不審を覚えて質問した。
「……どの程度の官位が用意出来ましたか?」
「おう、だいぶ奮発したつもりじゃったが……これならばとんとんじゃな」
黎盛行が持っていた東照紙の別の書き付けには、ハルが贈られる東照帝国の官位が記されているのであるが、黎盛行は特に頓着無くその紙を差し出す。
「竹簡と同じものじゃ、心配ない」
黎盛行から紙を受け取ってその場で広げる介大成、その紙面には
北辺諸州統括都督
匙錬丁宇務太守
の東方文字が黒々と大書されていた。
「これはまた豪儀な……」
「おう、新設の令外官とは言え令外官簿に登載する歴とした官位じゃ。異人にやるには随分と高い。てっきり“なんちゃら王”でお茶を濁すかと思いきや、都の連中も思いきったことをしよる。これで秋留晴義殿はわしより高官じゃなあ……まあ、それに見合うくらいの功績はあるわな、何せウチでまともに戦争に勝った者はここ最近おらん。あやかりたいものじゃ」
驚く介大成に胸を張る黎盛行が答える。
令外官とは正式な官位では無く臨時設置する官位のことである。
普通であれば外国人や異国の王を冊封する際には王位を授与するところであるが、この王位は東照国内では通用しない謂わば名誉職的な意味合いがあり、当然正式な官位ではない。
しかしながら、今回ハルが叙任されようとしているのは“令外官簿”へ登載される、正式な形で臨時設置される官位である。
東照は異国人であるハルを取込みにかかったのだ。
尤も、今の東照は内外共に余裕が無く、官位1つで友好的になる勢力があるとなれば安い物であろう。
「ま、何にせよ彼の者が戻ってからの話じゃわ。しばらくゆっくりさせてもらうぞ」
黎盛行は出された茶を喫しつつ、最後に含みのあるような言葉で締めくくったのだった。
オラニア・オリエンテ、オラン人の都トロニア
オラン人伝統の族長会議。
中央広場に大きなたき火が焚かれている。
その仄かな明かりに照らし出されているのは、オラン人の部族長達。
思い思いの場所、と見えて、実は部族の序列により立ち位置座り位置が決まっている。
屋根の無い広場で月明かりの下たき火を前にしてそれぞれの部族長が剣を帯び、鎧兜を身に着け行われる会議は、今正に佳境にあった。
「辺境護民官ハル・アキルシウスの戦振りと支配姿勢は、今までの意見や陳述、報告で皆理解しておることと思うが……わしは同盟に参加するべきと思う」
「私も同意見だ、我々はシレンティウム同盟と辺境護民官に賭けるべきで有ると思う」
「いや、自主の道は未だ閉ざされてはおらん、ここは早急に結論を出すべきでは無い」
「帝国の圧力は増してきておるのに、結論を出すのに早いということは無いだろう」
「……ここで辺境護民官に合流するのは容易い、恐らく彼の者であれば寛大な支配を行うであろう。しかしそれはクリフォナムと帝国に我々がある意味で飲み込まれてしまうと言うことだ、それでも良いのか?帝国に併合されるのとどう違うのだ?」
「全く違うのではないか?帝国の支配に我々オラン人の意見は反映されない、シレンティウムはそうでは無い、クリフォナムもオランも民の意見としてではあるが、反映されている」
「いや、それでも合流は時期尚早で有ると思うぞ」
「そうはいっても、辺境護民官に勢いのある今、参加しておかねば意味が無かろう?」
「確かに、帝国の要求や圧力をくじけるのは彼の者に勢いのある今をおいて他に無い、万が一どこかの戦で敗れれば、クリフォナムの民とて何時までも従うまい……おそらくシレンティウム同盟は四分五裂じゃ」
「ううむ、彼の者達はそういう者共であるからな。なぜあの辺境護民官は我らオランの地に来てくれなんだのか……悔やまれるわい……」
「それは言っても仕方ないでしょう?それにシレンティウムと辺境護民官がクリフォナムの民を抑えていてくれるからこそ我々が参加しようという機運になったのです。これが逆であったなら我々はあの戦上手の辺境護民官の手でクリフォナムやハレミアとの戦争に連日連夜かり出されていたでしょうな」
「……ううむ」
「いかにも……」
「それに、認めたくは無いがこのまま様子を見ようが時機を待とうが、我らを取り巻く環境は悪い方向へしか変わらんぞ?」
「そんなことは無かろうが……」
「クリフォナム人の勢いに負け、ハレミア人の侵攻に怯え、帝国の圧力に屈し、島のオラン人の残虐に泣き、海賊共の横行に富を破られる現状を言っておるのだ。この状態がどう好転するのか教えてくれ」
「……そうだな、好転はしないな」
「だろうな、であるからこそだ」
「少なくともシレンティウムに参加すれば、帝国とハレミア、クリフォナムの負荷を除けよう、さすれば我らにも……未来が見える」
「……ふむ」
「確かに……」
「最高ではないが、最善では……あるか」
「うむ、最善ではある……」
そこで部族長達の発言が、全て止まる。
しばらく時が経つ。
広場にはしわぶき一つ無く、たき火のぱちぱちとはぜる音だけがしていた。
黙し、目をつぶるオランの部族長達。
沈黙を静かに除くような落ち着いた声が響く。
「もう異見は無いな?では……シレンティウム同盟への参加を決する、この決に不満の者はこの場を去れ、意を同じくするならば剣を掲げよ」
最長老であるルナシオニ族の族長の発言に、オランの部族長達は一斉に手の中の剣を引き抜いた。
たき火の日に剣が燦めく。
天に衝き上げられ、微動だにしない部族長達の剣を見て、再び静かな声が響いた。
「……では、辺境護民官ハル・アキルシウスをして我等オランの民の王と成し、我等オランの民は彼の者に先王ベラウェウヌリクス以来の忠誠を捧げる事とする。そしてその治政に誠心誠意協力し、その戦に後れを取らず、彼の者の示す慈悲と寛大、武勇に我等オランの民の行く末を掛けることを表明しよう」
「「「「我等の未来を彼の者に!!」」」」