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辺境護民官ハル・アキルシウス(改訂版)  作者: あかつき
第2章 シレンティウム造営
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第4話 風呂と医師と軍団

 テルマエ・シレンティウメ


『どうであるか?帝都にも負けぬ街作りであろう!』


 アルトリウスの言うとおり都市の路面は帝都に引けを取らない舗装がなされ、路肩の溝には泥も溜まっていない。

 街路樹は既に葉を赤や黄色に染め始めていたが、それが大理石造りの白く美しい建物や水道橋に映え、鮮やかな彩りを街に添えている。

 帝国と異なり建物の装飾は控えめで、それがまた北方辺境の風情を引き立てる。

 あちこちで新しい家や建物が建てられており、木材や石材を満載した馬車荷車が盛んに行き来し、活気と秩序が融合した情景を見ることが出来た。


 商業区では青空市場が相変わらずの盛況で、ロット姉弟はその繁忙ぶりや街の美しさに呑まれ、アルトリウスの案内も耳に入らないまま大通りを歩き続ける。

『娘らよ、しばらくここで待つのである』

 アルトリウスは行政区画の中央広場にある噴水前でロット姉弟に言った。

 突然立ち止まったアルトリウスに、シレンティウムの光景に圧倒され、ぼーっと周囲を見回していたプリミアとオルトゥスは驚きつつも素直に従う。


「え?は、はいっ」

「うん……おじさん何するの?」

『まあ、見ておるがよい……アクエリウス』


アルトリウスが清浄な水を間断なく吹き上げ続ける噴水に呼びかけると、水量が一気に増え、最後にアクエリウスが噴水から飛び出した。

 そして瞑っていた目を開き、周囲を見回して街の喧騒が変わっていない事を確認してから笑みを浮かべて口を開く。


『あら?アルトリウス、久しぶり……戦いには勝ったみたいね?』

『うむっ、我らは馬鹿では無い。同じ轍は踏まんのであるな』

『ふふふ……我ら、ね。良かった、またこの街が消えてしまうんじゃ無いかと心配したけど、大丈夫みたいね』


 嬉しそうに微笑むアクエリウスに、アルトリウスは茶目っ気のある顔で応じる。


『今の辺境護民官は我よりよほど優秀であるぞ?』

『そんなことは無いと思うけど……まあ、そういう事にしておきましょうか先任さん?』

『わはは、最早引退の身であるからな、現役世代に大いに期待したい所であるな』

『ふふふ……アルトリウス、あなたとても楽しそうよ?』

「あ、あの……アルトリウスさん、そのお方は?」


仲良く、そして自然に会話を始めた2人に、プリミアがようやく我に返って声をかける。

 オルトゥスは目を丸くしたままアクエリウスを呆然と見ていた。


『おお、これはすまんのである。こやつは水の精霊アクエリウス、このシレンティウムの水利を司るものだ。所謂大精霊って奴であるなあ~』

「え、ええ?」

「すっごい……」


 アルトリウスののんびりした紹介に目を丸くした姉弟に、アクエリウスが笑みをそのままに言った。


『ふふふ、初めまして。アクエリウスよ、帝国人の姉弟さん』







『そんな面倒なことさせないでよね……温泉なんて引っ張ってくるのも大変なのに、落とした湯は草木や土に悪いんだから、きちんと処理しなきゃなんないのよ?』


 アルトリウスに公衆浴場の話を持ちかけられたアクエリウスは、腰に手を当てて抗議めいた口調で言った。


『まあそう言うな。この様な水利に関わることはお主だけが頼りなのだ。この街の皆も風呂を心待ちにしているのであるぞ、一つ協力してくれんであるか?』

『うう~ん……そこまで言うのなら……仕方ないわね。良いわ、やってあげる』


 本来は水の精霊というより火の精霊や岩石の精霊の管轄であるらしく、最初は断ろうとしたアクエリウスであったが、アルトリウスの説得にようやく応じて首を縦に振る。


『で、何処に引っ張ってくれば良いの?』

『うむ、この浴場の外に敷地を設けておいたのでな、ここへ頼みたい』

『分かったわ、お風呂の排水路はきちんと他の水路と分けておいてね?でないと後の処理が大変だから』

『うむ、排水路や貯水槽は既に完成しているのである。その辺抜かりは無いのである!』

『そう、ならいいわ……じゃあ始めるわ』


 アルトリウスの答えに頷いたアクエリウスは、案内された敷地へ手を付ける。

 しばらくすると、アクエリウスが手を付けている周辺の地面がぼこぼこと泡だった。

 そして硫黄臭い白い煙が立ちこめ、熱泉が土を押し上げて沸き上がる。

 湧き上がった白い湯はアルトリウスの設計した湯だまりにへみるみる満ちて溜まり始め、そして湯は湯だまりから導入溝を通り、浴場内へと導かれていった。


 もうもうと立ちこめる白い湯気から漂う、温泉特有の鼻につく臭いを嗅いだプリミアとオルトゥスがうっとりした表情を見せる。

 アルトリウスやアクエリウスが何をしているのか興味津々で見守っていたシレンティウムの市民達から歓声が上がった。

 喜んでいるのは主に帝国人と、帝国に住み暮したり旅をしたことのあるクリフォナム人であるが、他の市民はきょとんとした様子で湧上がる湯と喜ぶ市民達を見ている。


 しかし周囲の者達が公衆浴場の説明をすると、その目が興味深そうなものに変わった。


『よいか!公衆浴場は1回銅貨3枚である!なお、シレンティウム直営旅館の別館施設であるから、ここにおるロット嬢が差配する!行儀良く出来ぬものはつまみ出すからそのつもりでおれ!』


アルトリウスが湧き上がった温泉を背後にプリミアを紹介しながら、そう高らかに宣言した。







 更に数日後、シレンティウム行政庁舎



「えっ……アエノバルブス先生が来たって?」

「はい確かにそう名乗っておいででした」

「分かった……お通ししてくれ」


 驚くハルの前にやって来た兵士はそう告げると、驚くハルから指示を受けて下がる。

 やがてその兵士に連れられたアエノバルブスがハルの前に姿を現した。


「おう、久しぶりだなアキルシウス治安官吏……っと、今は辺境護民官殿か?」


 驚くハルを余所に、至って普通の姿と様子で挨拶をするアエノバルブス。

 まるで帝都の街路で偶々会ったような風情である。


「からかわないで下さい……でもどうしてここへ?弟子も沢山居たでしょう?」

「……ふむ、まあ帝都の居心地が悪くなったのだな」


 面食らったハルがそう言うと、アエノバルブスはようやくそこで自慢の赤髭をしごきながら顔をしかめた。


「どうやらお主に肩入れしていると貴族どもが思ったらしくてな……」

「えっ?」






 事の次第を語ったアエノバルブスに、ハルは頭を下げた。


「すいません……まさかそんな事になっているなんて思いもしませんでした。先生にまで迷惑を……」

「まあ、それはわしが好きでやった事じゃからなあ。謝って貰う事は無いのだが……ちと行き場に困ったのでなあ、出来ればここにおいて貰えれば助かるのじゃ」


 アエノバルブスがハルに勧められた椅子に深く座り直しながら言う。


「もちろん、わしは医者じゃからな、医術でもってこの街に貢献する事は出来よう」

「それは是非にでもお願いしたいのですが」

「……まあ、そうだのう。取り敢えずは行政府に雇って貰うか」

「え?」


 アエノバルブスの言葉に驚くハル。

 アエノバルブスの腕前なら敢えて行政府に雇われずともやっていけるだろうと思ったのだが、それを見て取ったのか言葉が継がれた。


「まだまだ帝国風の医術も浸透しておらんだろうし、施術の対価と言っても族民達には難しかろう?薬品や道具は取り敢えず持っては来たが、消耗品や必要なものも帝国から購入せねばならんしのう」


 確かにアエノバルブスの行う外科手術については帝都でも最近ようやく浸透してきた物であるし、何よりなじみの無い帝国人に身体を触られるのを嫌がる族民も居るだろう。

 それに帝国から高価な薬品や道具を一々私的に購入していては経費がかさむばかりで、それに見合った施術費となればこれまた高くなる一方である。

 そこを行政府が肩代わりすることをアエノバルブスは提案したのだ。

 行政府付きともなれば兵士達の戦傷治療もして貰える上に、訓練中の負傷や帝国出身の者達の治療もして貰える。


「なるほど……そうですね。では行政府付きの医師と言う事で、建物も用意させて貰います。それで宜しいですか?」

「うむ、まあ何れは帝都へ戻るが、それまでに最新の医療技術を伝えられれば良い」


 ハルの差し出した手をがっちりと握り、アエノバルブスはにっと笑みを浮かべて言った。






 更に数日後、シレンティウム行政府



 アダマンティウスから送られてきた早馬により、ハルはシレンティウムの戦いが帝国の政治方針に大きな影響を与えてしまったことを知る。

 自分が北方最強の軍を破ったことで北からの軍事的圧力が減退し、帝国の軍事力に余力を生んでしまったのだ。

 その結果が南方大陸大遠征の帝国令発布である。

 帝国は皇帝マグヌスの名前で国家方針として南方大陸進出を掲げ、その兵力動員と物資集積に入った。

 幸い新領にもなっていない北方辺境は動員命令から除外されたが、ハルは直ぐにシレンティウムの主立った者達を集めると、早馬の伝達してきた内容を示達し、今後の対策を練る為に協議することにした。


「辺境護民官殿が州総督の権限を与えられるとどうなるんだ?」

『州総督権限はかなり強いのである。徴税権、州総督府の編成と州総督府官吏の任命権、治安維持の為の部隊編成権が主なものであるな。それ以外にも非常時の物資徴発権限や軍指揮権もある』


 帝国の行政制度に疎いレイシンクが質問し、それにアルトリウスが答えた。

 権限に曖昧な部分の多い辺境護民官より州総督の方が権限の範囲は明確である。

 但し今回ハルは州総督に任命されたのでは無く、その権限のみを付与するという更に曖昧なもので、帝国内で主導権争いがあったことは容易に知れたが与えられた方はその曖昧さに苦笑せざるを得ない。

 とりあえずは州総督権限を持った辺境護民官、といったところであろうか。

 ただ今回の問題はそれだけでは無い。


「帝国も思い切ったことをしますな。いくら辺境護民官殿が実力を示したとは言え、北方辺境北東部の守備全体を委任するとは……」


 アルキアンドはハルから説明された軍団新設の許可に加え、北東管区国境の防衛全てを任せるという命令内容にうなり声を上げる。

 今回の戦いで敵対的なクリフォナム人は一時的にせよ北方へと追いやられ、南方諸族はおおむね帝国とその代表者であるハルに好意的である事は間違いないが、それでもまだ去就の定まらないクリフォナムの諸族も多くおり、その状態で帝国北方辺境から大幅に軍を引き抜くというのは大胆に過ぎる。

 友好部族であるアルキアンドですら帝国の決断には不安を覚えてしまう程であった。


『うむ、軍団再建と新設の許可とはよく言ったものであるなあ……実態は自分で兵を養い、国境を守れと言うに等しい命令である。まあ、軍団編成については我に案もあるが、一体帝国はどうしてしまったのであるか?』


 アルトリウスもその不用心さに呆れかえって言うが、ハルは少し考えた後に静かな口調で言葉を発した。


「いずれにせよこの命令が意味するところは1つです。今西方帝国の主立った勢力の目は北方に向いていません。もちろん私たちの動向を気にしてはいる勢力はいるでしょうが、西方帝国としての関心は専ら南方に移ったようです。差し当たって西方帝国から何らかの掣肘が加えられることは無いと思いますから、これは好機と考えるべきでしょう」

「それは間違いありません。どんなに他の地が逼迫した情勢になっても今まで帝国が北方辺境を蔑ろにしたことは有りませんでしたから。アルフォード王の存在は帝国にとっても大きなものだったと言うことです」


元ボレウス隊副隊長、現シレンティウム守備隊長のクイントゥスがハルの言葉に頷きながら言った。


『戦争準備と一言で言うであるがその実態はなかなか大変である。しかも今回は遠く海で隔てられた南方大陸へ向かうのであるから、いかな群島嶼という足掛りがあるとは言えどもおいそれと準備が終わるとは思えん』

「そうですねえ……」


 ハルの相づちにアルトリウスは頷きながら言葉を継ぐ。


『この北方辺境北東部から早速兵を引き抜くようであるが、これを移動させるだけでも大仕事である。おそらく全体では3年や4年はかかるであろうな……これは大国たる西方帝国にとっても一大事業なのであるな』


 かつて南方の砦に勤務したことのあるアルトリウスは、そう言いながら周囲の反応を確かめつつ言葉を継ぐ。


『しかも相手は南方の剽悍な部族戦士達であるから、一筋縄ではいかん。おそらく戦争は準備期間も含めて長引くであろう』

「時間は結構稼げそうですね……」

『うむ、それは間違いない。帝国兵の血と汗によって贖われる時間である事が心苦しいが、シレンティウムはこの隙に成長を遂げる事が出来よう』


 ハルの言動に小さく笑みを浮かべてアルトリウスが答えた。



 続いて話は下賜された報奨金へと移る。


「貰う予定の金は戦死遺族に渡したいと思います。金はそれでも余るでしょうが、それは戦功の有った戦士や兵士に報償として渡しますので」


続いてのハルの言葉にその場にいた全員が頷く。

シレンティウム籠城戦での犠牲者はそれ程多くは無かったがいない訳ではない。

 少ないながらも戦死者は存在しており、ハルは仕事の斡旋と併せて遺族に手当を給付していたが、今回下賜される金を給付に充てる事に決めた。


 犠牲者の数はそれでもこの規模の戦いにしては極めて少なく、寡婦となってしまった者はプリミアの差配する旅館の従業員として雇うことになっており、母子家庭となった者達は太陽神殿で運営する薬事院の事務や薬師、アエノバルブスの医院で助手として雇うことが決まっている。


「そして、軍団の編成ですか……」

『それについては先程言ったとおり素案があるのであるが、聞いて貰えるであるか?』

「はい、お願いします」


 アルトリウスの言葉を受けてハルは先を促す。


『基本的に軍団兵はクリフォナムとオランの民から募ることとしたいのである』

「退役兵はどうしますか?」

『うむ、教官として訓練担当をやって貰う。後は特殊工兵として雇うのみにしようかと考えているのである』


 帝国兵が持つ建設能力はさすがに無学なクリフォナム人に求めることは出来ないので、その点については体力のある退役兵を特殊工兵として組み込むことで補うというのがアルトリウスの提案である。

 アルトリウスは兵士はクリフォナム人やオラン人から募り、装備は帝国の物を使うという自分の構想について徐に身振り手振りを交えながら説明を始めた。


『帝国兵は4段横列であるが、耐久力の無いクリフォナム人部隊は6段横列にして交代を早める。また部隊幅はその分縮め、帝国軍より部隊配置を増やすのである』


 大柄で力の強いクリフォナム人は一時的な爆発力や攻撃力に優れるが耐久力に劣り、粘り強さに欠ける。

 ただ戦法によってこの欠点や長所は自在に出来るので、帝国の戦法をクリフォナム人に合わせて改良するというのである。


『クリフォナム人は帝国人より膂力に優れておる故に長剣を使う者が多いのであるが、大盾との兼ね合いがあるので従来より少し縮めた長剣を持たせるのである。鎧兜は帝国製のものを身体に合わせて改良するが、盾は帝国と同じ形状の物を使う』


 アルトリウスが自分の前で手をかざしてその長さを示したが、帝国兵が使う剣よりは長く、クリフォナム人が使っている長剣よりは短い。

 武器防具の制作技術やそれらに使われる金属の鍛造や精錬技術は西方帝国の方が遙かに上である為、装備は西方帝国製の鎧兜と武器を使うが、もちろんこれもクリフォナム人に合わせた武器を制作する必要がある。


 幸いアルトリウスがため込んでいた鎧兜は旧式ではあるものの、フリーサイズが売りの帝国製の鎧兜であるので直ぐにでも転用が可能であり、また大盾の形状は古来より変わっていない。

 剣や槍については新たに制作しなければならないが、クリフォナム人は自分の武器を持っている者も多く、差し当たってはその自前の武器を使わせれば良いだろう。


「アルフォード英雄王を破った新たな北の英雄に従いたいという自由戦士達も多数集まっていますから兵士の補充には苦労しませんが……果たして帝国風の訓練と戦法にクリフォナム人が従いますか?」


 クイントゥスが質問すると、アルトリウスはにやりと笑って答え、更にハルへと声をかけた。


『それはこちらの腕の見せ所である!で、どうであるか?』

「帝国の戦法を使うクリフォナム人の軍団ですね……やりましょう!」





 シレンティウム市内、第21軍団駐屯地闘技場



 軍団基地に併設された闘技場はハルとアルトリウスが剣を交えた頃とは比べものにならない程充実しており、現在は帝国兵や戦士達が入り交じって訓練を行う場そとして使われている。

 そこに集まっているのは帝国兵20名に、ベリウス率いるオラン戦士20名、更にはクリフォナム人の自由戦士達が40名程である。


 またそれとは別にアルマール族のルーダが率いるアルマール族から集めた戦士達がいる。

 こちらは帝国風の鎧兜に大盾を持ち、剣だけは自前の長剣を装備しているという少し変わった出で立ちであった。


「やはり帝国風の戦法や戦い方は我々に馴染まないというのが私たちの意見だ」


 シオネウスの戦士長ベリウスが冷たく告げるとアルトリウスは片眉を上げ、挑戦的な視線を向けるベリウスを見返して口を開いた。


『ほう……なるほど、お主達は今のままでも十分強いと、そういうわけであるな?』

「そうだ、戦術戦法、やり方を変える必要は無い」

『ではこうしようではないか。今より2度程戦ってみるである。それで我らが圧勝、あくまで圧勝すれば我らの軍法に従うというのではどうか?』


 圧勝という言葉に力を込めて言うアルトリウスに、ベリウスは少しばかり気色ばんで言葉を返した。


「良いだろう、どういうやり方をするのだ?」

『一度目は帝国兵20人とお主ら20人。2度目はクリフォナム人の帝国戦法を身に付けた者20人とクリフォナムの自由戦士ら20人でどうか?』

「……分かった、良いだろう」


それぞれの武器に模した木剣が用意されて配られ、ベリウスとアルトリウスが左右に居並んだところで模擬戦闘が開始されることになった。






緒戦開始と同時に帝国兵は素早く4列横隊を作り大盾を構えたのに対し、ベリウスはオラン人の定法通り雄叫びを上げ、長剣を振りかざして帝国兵の戦列へ躍りかかった。

 たちまちもみ合いになる帝国兵とオラン戦士達。

 激しくオラン戦士の長い木剣が帝国兵の盾を打ち叩き、がんがんと力一杯乱打するが、固く盾を構えて守りに徹する帝国兵の戦列を破れずに息が上がってくる。


 すかさず帝国兵の最前列が盾を構えたままオラン戦士に体当たりをかけ、どかんというすさまじい音と共に最前列にいたオラン戦士達が大楯で殴られて怯むと、2列目にいた帝国兵が開かれた大楯の隙間から木剣でオラン戦士に斬りかかり、たちまち最前列のオラン戦士達は叩き伏せられてしまった。

オラン戦士が反撃しようとしたところで3列目にいた帝国兵達が盾を構えて前に出た事でその糸口を失ってしまうが、先程の失敗を恐れて今度は打ちかからない。


 そうしている内に帝国兵は盾を構えたままじりじりと戦士達に迫り、距離が詰まったところで帝国兵が突撃して一気に勝負を付けてしまった。


『ふふん、どうであるかな?』

「くそっ……!」


 アルトリウスの言を認める他ないくらいに負けてしまい、ベリウスは歯がみして悔しがった。

 同数なら引けは取らない、そう思っていたベリウスの自信が揺らぐ。

 今までは帝国の物量と兵数の差で負けていたと思っていたが、そうでは無い事が証明されてしまった。


『では第2戦目といくであるか。双方油断するでないぞ!』






ルーダは自分が率いる帝国装備に身を固めたアルマール戦士達を先程の帝国兵達と同様に4列に並べたが、クリフォナムの自由戦士達が盾壁を崩そうと体当たりしてきたところを逆手に取った。


「第2列!剣を突き出せ!」


 第2列にいた戦士達が大楯の隙間から木剣を突き出したことで自由戦士達が体当たりを躊躇した隙を逃さず第1列と第2列に突撃を命じ、ルーダはそれと同時に第3列に盾を構える準備をするよう命じる。

 激しく打ち合った第1列と第2列の戦士達が退くのと同時にこれを追い越し、戦線の前に盾を並べた第3列に自由戦士達は勢いに任せて斬りかかるが、固く並べられた大楯に阻まれて次第に攻め疲れて息を切らし始めた。


「第4列突撃!」


 ルーダはそう命令すると共に自分も飛び出し、疲れた自由戦士達を散々叩きのめし、更に残りの兵士達と主に最後の突撃をかけて勝敗を決した。




「ぐむっ……また負けたか!」

『お主らが弱い訳では決して無い、我らが優位に立っているのはあくまでも作戦の種類の多さとその使い方の巧さである』


 2戦目はより惨憺たる結果に終わり、悔しそうに唇をかむベリウスへアルトリウスは慰めるように言った。

 ルーダは大楯を構えるところまでは帝国兵と同じであったが、その後の反撃はクリフォナム人らしく苛烈で、自由戦士達は初撃以外は全く抗しきれずに敗退してしまったのである。

 帝国人からなる兵士と違い、同じクリフォナム人同士で体格や膂力にそれ程違いが無い為より一層負けが際立ってしまった。


 戦士達は個の武勇を頼む余り継続的に戦闘に参加し過ぎて体力を切らし、帝国戦法の波状攻撃に耐えられなかったのである。

 アルトリウスは軍団志願者全員を集めてから、2回の模擬戦闘の結果について解説を加えた後に口を開いた。


『あくまでもシレンティウムの中核戦力である第21軍団と第23軍団の兵士に採用する者達はこの戦法を叩き込ませて貰うである。だがそれ以外の補助部隊についてはお主ら従来の戦法による部隊を編成するので、どうしても馴染まぬ者はそちらへ回って貰うから心配はいらんのである……無理強いはしない!よく考えてから選ぶがよい!』


 アルトリウスの言葉にクリフォナム人やオラン人の戦士達は、そのほとんどが最終的には帝国風の戦法を身に付ける事を承諾したのであった。



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