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辺境護民官ハル・アキルシウス(改訂版)  作者: あかつき
第1章 廃棄都市復興
23/88

第23話 シレンティウム籠城戦 3

 狼煙発煙直後、シレンティウム南西・湿地帯入口


 蚊や蛭といった毒虫や、水生の魔獣がうようよするシレンティウム南西の湿地帯は長年人の手が入らない魔境であったが、ここ数ヶ月で大きくその様相を変えられようとしている。

 湿地の水を逃がさなかった強固な地盤の丘は帝国の技術によって溝と穴を穿たれた。

 現在は水を制する堰が作られ、湿地の膨大な量の水をせき止めている。


 本来であれば水路が整備された後に行われる堰作りであるが、これは急遽この戦いに間に合わせるべく作られた物。

 しかし堰は今意図的に草木で覆われ全容を隠されており、傍目には堰の所在は分からない。

 たまにこの辺りへ巡回してくるフリード戦士はいるものの、注意自体はシレンティウムへ向いているせいか堰の存在に気付いた者はいないようだ。


 水路は未だ未完成。


 本来南側を大きく迂回してから北へと向かうはずの水路は途中からシレンティウムの東城門付近へ向かい途中で切れてしまっていた。

 水路自体もきっちりとした溝を掘り込んだ物では無くなだらかな窪みといった風情で、一見して水路とは分からないように調整されている。

 

 その草木で偽装された堰へテオネルらオラン人の農民戦士と帝国兵元ボレウス隊の副官である、クイントゥス率いるの混成部隊が静かににじり寄った。

 テオネルとクイントゥス達は籠城戦前、密かにシレンティウムの外へ出て南側の湿地に程近い灌木の茂みに身を潜めていたのである。


 数刻前にシレンティウムから狼煙で合図があった。

 速やかに堰を切らなければならない。

 しかし堰はただ土を盛ったオランやクリフォナムの物と異なり、丸太や木材、石材を組み合わせた帝国風の複雑な作りでテオネルには仕組みがさっぱり理解できない。


「ああ~こりゃ……何処を叩けば良いんだ?」


 堰へ到着したテオネルは木槌を持ったまま途方に暮れ、少しためらってから傍らに従うクイントゥスに尋ねた。

 本来余り話したくない相手だがこうなっては仕方ない。


「……そこの目釘と向こう側の目釘の2本を同時に折れば良い。そうすれば水の重みを支えきれなくなって堰は自壊する」


 同じような木槌を手にしているクイントゥスは、杭のような木製の目釘を示しながら緊張感をにじみ出させた小さな声で答えた。

 かつて敵対していた相手にクイントゥスもやり難いのだろう、緊張感がテオネルに伝わるが、そこは無理に押さえ込んでいるようだ。


「よし、分かった」

「静かにやってくれよ?敵は近くにいるんだからな」

「分かってるっ」


 クイントゥスの忠告を小うるさく感じたテオネルはそう言うと手前の目釘に向かう。

 クイントゥス率いる帝国兵達は未だ水の入っていない水路を渡り対岸の方へと回るようだ。


「良いか、同時に壊すぞ!それっ!」


 対岸に渡ったクイントゥスの号令で、オラン人農民戦士と帝国兵が息を合わせて木槌を振りかぶった。






堰解放後、シレンティウム東城門

 

『ハルよ、傷は大丈夫か?』

「ええ、まあ……左手で無理はしばらく出来ませんが、剣を振うには右手があれば十分ですしね」


 血のにじむ包帯の上から更にガッチリと固い布で傷口を覆いながら、ハルはアルトリウスの問い掛けに答えた。

 アルフォードとの一騎打ちの後も戦闘を止めないダンフォードとシレンティウムの間では未だに激しい弓矢の応酬が続いている。


 一度は退けたが再びフリード戦士達は大木を用意し始めており、予断は許さない状態であったが、今までとは異なりハルは東の城門から打って出る準備をしていた。

 ここでダンフォードに打撃を与え、フリードの戦士にアルフォードの真実の後継者が誰であるかを知らしめておかなければならないと考えたのである。


「いけません、治癒的な観点からもハルはしばらく安静にして下さい」


 太陽神殿に運ばれるアルフォードの遺体を見送ったエルレイシアが、涙でぬらした頬を拭いながら気丈にもそう言いながら近寄ってきた。

 しかしその心からの忠告にもハルは首を左右に振らざるを得ない。


「最後の仕上げが間もなくです。ここでじっとしている訳にはいきません」


 無言でハルを睨むエルレイシア。

 気まずそうにしかしそれでも視線をそらさず、ハルはエルレイシアを見つめ返す。


「……仕方ありません、か?」

「はい、こればかりは」


 ハルにそう言われ、根負けしたエルレイシアがため息と共に言葉を吐き出す。


「でも、指揮を執るだけにして下さい。いくら利手で無いといってもその腕で直接戦いに身を投じるのは危険です」

「うっ、それはっ……分かりました」


 無理だと言いかかったハルだったが、エルレイシアの涙目に再び睨み据えられて断念する。

 幸いにもアルキアンドやレイシンク、ベリウスにルキウスが担当していた城壁の戦士や兵士達を率いて集合してきた。

 この面々がいれば前線の指揮は任せる事が出来るだろう。


「水かさが増えてきました!間もなく堀の盛り土を越えます!」


 南東の城壁に置いていた見張りの兵から報告が入った。


「ハル、気をつけて下さい……」


 エルレイシアの言葉に無言で頷くと、ハルは鋭く号令を発した。


「……出撃準備!」


 ハルの号令に、集結した戦士や兵士達が東の城門に向かって整列し始める。






 同時期、シレンティウム北の台地


「ん?……これは何だ?」


 異変に気付いたベルガンがつぶやく。

 水面が堀端に近づいているのだろうか、堀の水面が揺らめいている。


「べ、ベルガンどの!水が……水が溢れだしています!」


 戦士長が示す方向を見ると、南側の堀の一部と北側の堀の一部から水が溢れだしていた。


「これは、策か?一体どのようにして……」


 驚愕に目を見張るベルガンの前で水はどんどん流れ出していった。

 




 異変に気付くより少し前、休戦の交渉をすべく軍使を立てようとベルガンは配下の戦士達を率いて自陣を引き払ってダンフォードの本陣から北へ離れた。

 ベルガンに従う戦士長達もそれぞれ戦士達を纏めて戦場を離れ始め、その数は実に3000に達した。

 シレンティウムを包囲している為まだ事の次第を知らない者もいるだろうが、残りの戦士長達はダンフォードに従ったようである。


東の城門付近では相変らず激しい弓矢の打ち合いが続いていた。

 戦場から離脱した者達の内で、主立った戦士長を集め合議した結果、軍使にはベルガンが起つ事となったのであるがその出発直前に戦場の異変が起こった。

 シレンティウムの堀から溢れだした水は低い土地を流れ始める。

 次第に水かさが多くなり、まるで2本の幅の広い川が出現したようになった。


「本陣が分離されてしまったな……これは……?」


 北と南から溢れた水はゆっくり全体的に低くなっている東の方角へと流れ始めており、フリードの軍の本陣が置かれている付近だけが水に囲まれて孤立している。

 水深はそれ程でも無いが幅が広く、移動に手こずる事は間違いない。

 ベルガンが無言で見守る前で、シレンティウムの東城門がゆっくりと開かれた。






 溢水後、シレンティウム東城門


『一部の戦士達が北へ移動したようだな、恐らく離反したのであろうな』  


 アルトリウスの声にハルは頷いた。

 これで東の城門正面に陣取るフリード戦士達は随分と少なくなった。

 シレンティウムの南北と西を包囲をしている戦士達は溢水で足止めをしてあるから、異変に気付いて応援に駆けつけたとしても時間が掛かるだろう。

 その隙に本陣を打ち破ってしまえば良い。


「用意は良いか?」


 ハルの問い掛けに左翼のアルキアンドとレイシンク、右翼のベリウスが手を上げて応じ、正面のルキウスが振り向きつつ頷いて答えた。

 ハルは右手の王冠をしばらく眺めていたが、何かを決心したように一つ頷くと、徐に自分の頭へと載せた。

 大きく豪奢な王冠はハルが装備している帝国製の兜の上にぴたりと嵌まる。


「ハル……」


 感慨深げに声を漏らし、王冠を装備したハルを見るエルレイシアに続いてクリフォナムの戦士達もじっと注目する。


『よく似合っているではないか』


 アルトリウスの言葉にハルは少し照れを含んだ苦笑いを浮かべて応えた。


「この戦いは謂わばアルフォード王の敵討ちですから。相手がその息子というのがやるせないですが……」

『それは左程気にする事ではあるまい……ふふん、しかし過去の英雄と英雄王2人分の敵討ちとは豪勢なものであるな!……頼んだである』


 アルトリウスの言葉で帝国兵が一様に頷き、オランとクリフォナムの戦士達は何かを期待するような目でハルを見つめる。

 ハルはダンフォードの構える東の城門に向き直り、決意に満ちた眼差しで口を開いた。


「今語る言葉はない!行動で示すのみ!城門を開け!」


 城門に取り付いていた義勇兵が閂を外し、城門を力いっぱい引いた。

 僅かにきしみ音を立てながら東の城門が開かれ、その正面に驚くフリード戦士達の姿が見える。


「突撃!!!」


 ハルの号令でシレンティウムの戦士と兵士はわっと城門から一気に正面に陣取るフリード軍の本陣へと突き進んだ。






最初に飛び出した帝国兵がフリードの弓戦士達が慌てて撃ってくる弓矢に怯まず、一気に距離を詰めると大盾を並べた。

 その後方に付いた弩を装備した帝国の弓兵が、盾の間から一斉に矢を放つ。

 強力な弩に撃たれて戦列を乱し、狼狽えるフリードの弓戦士へ更に後方からレイシンクとベリウスに率いられたアルマールやシオネウスの戦士達が剣を燦めかせて突っ込み、たちまち弓戦士の応援に駆けつけたフリードの剣士との間に乱戦が始まる。


 戦況を眺めていたハルがふと自分に寄り添う人影に気付いて左を見た。


「……って!?エルレイシア!」

「私も一途で律儀なフリードの族の女です。戦場で夫の後を守るのが妻の勤め、私は勤めを果たします」


 ハルが進む少し後から神官杖を抱え、いつの間に準備したのか、帝国式の鎧兜を長衣の上に身に着けたエルレイシアの姿があった。


「……フリード族ですか?」

「そうです、私の父はフリード族ですので」


 にっこりと微笑みながらハルの問いに答えるエルレイシア。

 既に城門から出てしまったハルの周りは戦士や兵士で満ちており、フリード軍から矢も飛んでくる状態では引き返す方が危険である。

 ハルは仕方なしに刀を収め、背負っていた大楯を右手にエルレイシアの前へと移動する。


「ハル?」

「エルレイシアの意志は分かりました……あまり前に出ないようにして下さい!」

「はいっ」


 嬉しそうなエルレイシアの返事に頷くと、ハルは周囲を確認しつつ前進を命じた。


「抜剣!……前進っ!!」




 しばらくして互いに疲れの見え始めた剣士達。

 そこへ大楯を構えた帝国兵がハルの指揮で前進してきた。

 力一杯戦っていたアルマールの剣士達は素早く退いたが、フリードの剣士達はそうは行かず疲労の局地にありながら再び戦いに引きずり込まれてしまう。


 粘り強く防御の固い帝国兵の攻撃と前進に次々と討ち取られてゆくフリードの剣士達。

 既にアルマールの剣士達と激しく戦った後だけに体力が続かないのだ。

 おまけにこの本陣だけを見ればシレンティウム側の戦士や兵士が多く感じられる。

 堀から溢れた水に驚いている周囲の味方戦士達は救援に来るどころでは無いのだろう。


「……くそうっ、このままでは……!」


 ダンフォードも劣勢に陥った自軍を見て著しい不利を悟った。

 今更であるが策はどうやら失敗してしまったようで、シレンティウムへ潜入させた間諜からは何の連絡も無い。

 しかも太陽神官の言づては完全に嘘報である事が分かった。

 突出してきた軍の指揮を執る辺境護民官の後に付き従うその姿を見れば否が応も無い。


おまけに辺境護民官の頭にはアルフォードの戴いていた王冠が輝いており、それに気付いた戦士や戦士長達は激しく動揺している。

 王自らの意思で無ければ外れない王冠が辺境護民官の頭にあると言う事は、王が王冠を譲った事に他ならないのだ。


「くっそ!!……退却だ!貴様あ、迫ってくる敵を防ぎ止めろ!俺たちはこのままフレーディアへ戻るっ!」


 ダンフォードは戦士長の1人を指名してそう言い置き、アルフォードが残した黒い箱を大事そうに持って本陣を後にした。

 指名された戦士長は仕方なしに周囲の戦士達を指揮しつつ本陣に戦列を組ませたが、ダンフォードの言に戦意を失っている。

 戦士長に勝ちの勢いに乗るシレンティウム軍と正面切って戦う気は最初から無かった。


「適当に防いだら降伏するか逃げるかするぞ……適当に戦え」


 戦士長の投げやりな指示に戦士達は投げやりに頷くのであった。






 数刻続いた戦いの後、フリードの本陣を散々に打ち破ったハルは、付いてきてしまったエルレイシアを気遣いつつシレンティウムへと引き上げる。

 既にダンフォードが逃げ去り、残っていたフリード戦士達も敗走している事は分かっていたが、北には離反したベルガン率いるフリード戦士達が居座っていることからまだ油断は出来ない状況であった。

 しかしシレンティウムの包囲は解かれ、アルフォードを討たれたフリード軍本軍が敗走したのは事実。


 辺境護民官ハル・アキルシウス率いるシレンティウム市は、アルフォード英雄王率いる北方辺境最強の軍を破ったのだ。









 シレンティウム籠城戦2日後、シレンティウム北城門



 休戦交渉の軍使としてやって来た元宮宰ベルガンは辺境護民官と相対していた。


 自分よりも随分若く見える群島嶼出身のこの辺境護民官が、老いたりとはいえアルフォード英雄王を打ち破りフリードの勇猛な戦士団を退けたのだ。

 肩口には固く結ばれた布、頬にはアルフォードが付けた傷があるが、至って平板なその姿からはとても一騎打ちをしてのけるような胆力があるようには見えない。


「……では王の御遺体は休戦と共に引き渡されるという事で宜しいですな?」


 アルフォードの遺体を巡る交渉はベルガンが覚悟したよりも容易く終わりそうである。

 ハルが要求したのはベルガンを中心とするフリードのアルフォード王派との休戦のみ。

 ベルガンとしてはもっと厳しい条件が突き付けられるかと思っていたのだが、思った以上にと言うか、全く付帯条件の無い交渉結果に拍子抜けしてしまう。


 当初ベルガンはシレンティウム側の出してくる条件によっては他の戦士長達が撤退に反対しかねないと、その条件の内容が気になっていたのだが、どうやらシレンティウム側は穏便に事を済ませる方向で纏まっているようだ。

 更にハルが出撃の際に着用した王冠が予想以上の効果をもたらした。

 戦士長らはアルフォードを一騎打ちの末に降したハルがアルフォードから受け継いだ王冠を付けた姿を見て、ハルを英雄王の後継者と認めて強硬な意見を控えたのである。


 そしてアルフォードが約束した通りに撤退するというベルガンの意見を支持した。


「はい、それとベルガンさんには引き続いて宮宰をして貰います」

「私が継続して宮宰を?」

「そうです、見たところダンフォード王子とは袂を分かったようですので、これからは出来ればフリードとの交渉はベルガンさんを通じてやっていきたいと思います。そこでベルガンさんにはフリード族の取り纏めをお願いしたいんです」

「取り纏めですか……それは他の長や戦士長達に諮らなければいけませんが、私だけがフレーディアへ行った所で効果は然程もありません……それについては辺境護民官殿に一つお願いがあります」

「何でしょうか?」

「我々と共にアルフォード王の御遺骸を奉じてフレーディア城へ進軍して頂きたいのです。アルフォード王の後継者が姿を見せてやれば直ぐにも族民達は従うでしょう」


 いきなりの申し出である。

 面食らったハルを余所にベルガンは言葉を継いだ。


「辺境護民官殿はアルフォード王から王位と王冠を授かった身、その姿をフレーディア城においで頂き、族民達に見せてもらいたいのです。当然我々戦士達は実力で王位を勝ち取った辺境護民官殿を知っております故に従いますが、族民達はそうではありませんからな」

「しかし……」

『問題なかろう、行ってくるが良い』


 躊躇するハルに、突然現れたアルトリウスが言った。

 アルトリウスの姿に驚愕しつつも努めて平静を装うベルガンであったが、思わず声が震える。


「そ、そちらのお方は?」

「私の先任で、かつてアルフォード王とも剣を交えた帝国軍第21軍団長のアルトリウス司令官です」

「な……なんとっ!?帝国の鬼将軍が!」


 ハルの紹介に更に驚くベルガン。

 そしてアルトリウスは腕組み姿でベルガンに答える。


『うむ、今はこの辺境護民官の顧問官として都市の運営に携わっておる。よしなにな!』

「は、はあ……しかし、この様な事が……」


 未だ驚きから脱しきれないベルガンを余所にハルがアルトリウスに尋ねた。


「先任、問題ないんですか?」

『おお、シレンティウムは後片付け以外は問題なかろう。今は折角アルフォードが譲りおいた王位を無駄にはできんのである。それに北が何時までも動揺していては落ち着かん。何よりアルフォードがいなくなったフレーディアが心配である』


 ダンフォードは3000余りの戦士を率いてフレーディア城へと敗走していたが、途中食料を略奪した土地のクリフォナムの族民達に次々と襲われ、戦士の数を減らしつつフレーディアから進路を変えて更に北方へと落ち延びようとしている事が分かっている。

 それらの情報は実際ダンフォードの軍を襲った族民達からもたらされており、信憑性は高い。


 ダンフォードらの母親はフリード北方の有力部族であるフリンク族の出身である為、おそらく母方の伝を頼って落ち延びるつもりなのであろう。 

 逆を返せばフレーディア城は今無防備であるという事で、周辺部族や更に北のハレミア人が動き始めると厄介である。

 ただ占領されるだけなら良いがそこは蛮族らしいクリフォナム人やハレミア人のすることである。

 暴力と略奪が伴う事は間違いなく、クリフォナム人が40年間中心とした城と城下町が滅んでしまうかもしれない。


「……私も行って良いですか?」


 ハルの後からエルレイシアが現われる。


「父の葬儀を叔母と共に司りたいのです」


 もの問いたげなハルの視線にエルレイシアはそう答えた。


「……分かりました、では3日後に出発します」


 ハルがしばらく考えた後に返答すると、ベルガンは珍しく喜色を表して答えた。


「おお、それでは戦士長達にはその事を伝えて出立の準備をさせましょう!」






 同時期、東照帝国シレンティウム大使館



「……かくてクリフォナムの偉大なる英雄王は破れ、北方の地に新しい風が吹き始める事となるであろう。と……」


 城市大使の介大成は今回の戦いの顛末を塩畔の西方府へ知らせる為、手紙をしたため終えた。

 筆を置いた介大成は大使館の窓からシレンティウム市街を眺める。

 戦勝に浮かれる様子よりも、忙しそうに戦場の後片付けや街の再修復に勤しむ市民達の姿がそこにあった。

 堰も再度修復され、湿地からの水は次第に引き始めているが、折角整備した東側の農場はめちゃくちゃになってしまっていた。


 しかしながら既に鍬や鋤を持った農民達が圃場回復に勤しんでおり、その顔に暗さは無い。

 またハルは戦死した戦士や兵士の遺体を敵味方の区別無く、都市南方の山麓へ墓地を造営して葬る事に決めたようで、棺に納められた死体は一旦太陽神殿に集められてエルレイシアに葬送詩を送られる事になっていた。

 時折太陽神殿の屋根から魂魄が天に昇る様子が見えるのは、葬送詩に送られた魂魄が天へと昇る光景に他ならない。


「これでシレンティウムにとって当面の脅威は消えた……しかし異民族に王位継承とは、東方じゃ考えられないな。ダンフォード王子とやらの残党も大したことがなさそうとなれば、シレンティウムの発展を阻害するものは当面存在しないという事か……」


 介大成はそう独り言をつぶやくと手紙の墨が乾いた事を確認し、丁寧に折り畳んで封書へ入れて鑞で封をした。


「……では、少しだけご祝儀を用意しましょうか」


 窓からシレンティウム行政庁舎を眺めつつ手紙を手にした介大成は、微笑んでつぶやいたのだった。


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