第21話 シレンティウム籠城戦 1
フリード軍の略奪終了から10日後、アルマール村の方角から黒煙が上がった。
恐らくアルマール族の離反を知ったアルフォードの軍が、無人のアルマール村を焼き払ってしまったのだろう。
しばらくすると空に赤い炎の陰もはっきり映り始め、アルマールの人々は黙って自分達が長年暮してきた村が無くなるのを間接的にではあるが目の当たりにしてしまう事となった。
アルマール村の人々は城壁に上り、赤い空が白んで夜が明け、煙が絶えた後も目に刻み込むような強い視線をいつまでも北東へと向けていた。
その翌日、シレンティウム東城門
「薄々こうなる事は分かっていましたが……やはり故郷が無くなってしまうと言う落胆と衝撃は酷いものですな」
怒りとも寂しさともつかない表情でアルキアンドは夜空を眺めつつ言ったことを思い出しながら、ハルはアルトリウスの待つ東の城門へと上る。
『心せよ、間もなくアルフォードの率いるフリード軍が現われよう』
城門の上で北東方向を見るハルにアルトリウスが言った。
無言で頷くハルの前へ幾らも経たないうちに森の切れ目から、思い思いの鎧兜に身を包み、剣や槍、弓を持った戦士達が一応の戦列を組んで現われ始めた。
後方に輿が用意されている事が分かる。
10名程の屈強な戦士達が担ぐその輿の上には、アルフォード王と思しき人影が悠然と抜き放った大剣を前に突いて座っている。
その周囲には王子だろうか、豪華な鎧に身を包んだ若い男が2人に女が1人、これまた屈強な護衛戦士達に周囲を固めさせて現われた。
「あれは……左がダンフォード王子、右がデルンフォード王子で、その後方の女性がシャルローテ様ですな」
ハルに続いて城門へと上ってきた完全武装のアルキアンドが、額に手をかざしながらその姿を望見してハルに説明した。
大方の予想と異なり北東方向から現われたアルフォード軍は、シレンティウムの堀に驚きつつもこれを避けて東の城門前に布陣しつつある。
攻囲戦を挑むつもりは無いのかシレンティウムを囲む事はせず、野戦のような布陣を敷くフリード軍にハルは戸惑いを隠せない。
「んんっ?どういうつもりですかね?」
『ふむ……確かに野戦布陣だな。』
ハルの戸惑いをアルトリウス肯定すると、アルキアンドが口を開いた。
「シレンティウムの城壁に戸惑っているのではありませんか?」
アルキアンドの予想通り、ダンフォードは戸惑っていた。
「おい……どういう事だ?堀と城壁が整っているぞ!」
ただの廃棄都市と思いきや、シレンティウムはすっかり様変わりして防備がかっちり整っている。
破れていた城壁は再び大理石で結び直され、その外には新たに水の張った堀が設けられているのであるから戸惑わない訳にはいかない。
聞いていた話とは全く異なる様相を見せるシレンティウムに、ダンフォードだけで無くベルガンや率いられてきた戦士達も一様に戸惑いと驚きを隠せないでいた。
ましてや間諜からの報告も来ていないのである。
ベルガンは嫌な予感がしたがダンフォードの勝ち誇った顔を見て進言するのを諦めた。
「……周囲の木を切れ、出来るだけ長くな!」
ベルガンが指示を出し、斧を武器とする戦士達が直ぐさま周囲の木を切り始めた。
攻城戦を想定していなかったことから攻城はしごすら持参していないフリード軍は、このままではシレンティウムを攻める術が無い。
力攻めになってしまった場合は大木を倒して堀の上を渡した上で城壁に立て掛け足場とするのだ。
長さの足りない木は破城槌代わりになるだろう。
しかしながら周囲とは言っても開拓が進んで木は随分と切られてしまっており、思うような大木も少ない上に大木であればあるほど城壁の前まで運ぶのも一苦労である。
戦士達は苦労して木を切り倒し、枝葉を払って縄を掛けると自陣まで人力で搬送する。
慣れない作業は遅々として進まずベルガンの苛立ちをかき立てた。
「早くしろ!」
食料は一応調達できたが量的には非常に心許なく、この戦いには余り時間を掛けていられないことは明白であるし、シレンティウムの情報が正しく伝わっていなかった事も気になる。
「急げ!」
ベルガンは何時もの冷静さを焦りで失い、声を荒げて戦士達を急かした。
『ほう、目端の利く者が居るのであるな、木を運んできている』
「なるほど……大木を橋代わりにして堀と城壁を押し渡るつもりですね?」
『うむ、それに破城槌の代わりでもあろう』
「ああ~なるほど……」
アルトリウスの声に振り返ったハルはその指さす方角を見て言葉の内容を理解した。
枝葉を切り払われた大木が何本も用意されている。
長い物はハシゴや橋代わりに、短い物は城門を破る為の破城槌代わりに使うつもりだろう。
『まあ、これくらいは予想の範囲である』
アルトリウスは後ろにある油の入った壺を見て言った。
用意された大木は東の城門付近に並べられている。
またフリード軍は攻囲をせず、東の城門付近に野戦布陣で居座ったままである事から、兵数を考慮して東の城門を破る事に全力を傾けるつもりであろう。
しばらく様子をうかがっていると、ダンフォードと思しき者が城門の前へ進み出て来ると肩を怒らせて声を張り上げた。
「我は英雄王の後継者、クリフォナムの民が部族、フリードのダンフォード!廃棄都市の辺境護民官に告ぐ!速やかに城門を開き降伏せよ!我らは我らの誇りを掛け、我らの大地から帝国を排除する志で集まったアルフォード英雄王の戦士団である!城門を開き軍装を解いて降伏するならば英雄王は温情を与えるであろう!!」
ハルは周囲に敵の弓兵がいない事を確認してから城壁より身を乗り出して応じた。
「辺境護民官ハル・アキルシウスだ!その申し出は断る!我らは廃された都市と土地をもってこの地に生活を築こうとした!それを破壊せんとは何事か!英雄王に申しあげる!民の平穏を願うならば兵を退け!追討ちはしない!」
「……従わないのであれば武力を持って意を通すのみ!降伏の機会を拒んだたこと、後悔するな!!」
ハルの言葉に余韻を残さず、吐き捨てるように叫び返したダンフォードが自陣へと速やかに引き返す。
「最初から退く気なんて無いのによく言うな~」
『まあこれも一つの様式というやつである』
ハルがその背を見ながらこぼし、アルトリウスがそれに応じるとアルキアンドが配下の戦士達に指示を出し始めた。
「……来ますぞ!」
アキルアンドの言葉が終わるか終わらないかのうちに、フリード軍の戦士団が喊声を上げて大木を左右から抱えて一気に突っ込んできた。
戦いの火ぶたが切られたのだ。
フリードの戦士団が丸太を抱えて向かうのは東の城門。
堀を穿たれたシレンティウムであるが、東の城門だけは未だ橋が設置されておらず土の地面が城門まで続いていた。
北の溜め池から導入された水は北西からシレンティウムの堀に流れ込み、都市の北と西南を囲んではいるが、東の城門において土の堤、つまりは通り道で分離されている。
ハシゴや攻城兵器の用意が無いフリード軍は城門を目指す以外に攻め口が無いのであるが、その勢いはさすが勇猛でもって鳴らすフリード戦士。
獣に勝るとも劣らない喊声や怒声を張り上げ、両方から支えた丸太を城門に叩き付けるべく一気に突っ込んで来た。
フリードの弓戦士達は城門へ突撃する戦士達を援護すべく、城壁の近くへ木の盾を手に駆け寄ってくると素早く据え付けた。
そして城壁の上に陣取るシレンティウムの戦士や兵士目がけて木の盾の陰から盛んに矢を射掛け始める。
「落ち着いて応射しろ!」
飛来する矢羽根のうなりをものともせずハルが叫ぶと城壁から一斉に矢が応射された。
木製の盾を前に立ててその陰から矢を射掛けるフリードの弓戦士達に対し、シレンティウム側は長方形に区切られた胸壁から複数の弓兵や弓戦士が矢を射る。
シレンティウム側が狙うのは丸太を持った戦士達。
胸壁から射られた矢は狙い過たず次々とフリード戦士に命中するが勢いは止まらない。
肩や腕、背中に刺さった矢から流れる血もそのままにフリード戦士は歯を食いしばり、獣じみたうなり声を上げながら丸太を叩き付ける。
勢いある第一撃がシレンティウムの東の城門に加えられた。
すさまじい地響きと破砕音が轟き、丸太の先端が割れ、木製の真新しい城門に凹みが穿たれる。
「凄いな、これでは幾らも保たない……!」
『何の、対処方法はある……大油壺を放て!』
ハルが丸太の想像以上の威力に焦りを隠しきれずに言うと、アルトリウスの指示で油壺が城門の脇から丸太の近辺に投じられた。
脆い陶器製の油壺は丸太や周囲の地面に落下すると割れて中に詰まった獣脂を周囲にまき散らす。
『火矢を放て!』
再度のアルトリウスの号令で火矢が放たれ、撒かれた獣脂に火がつくとその炎はたちまち丸太だけで無くその周囲の戦士達を包み込んだ。
一旦丸太を持って下がり第2撃を城門へ叩き付けようとしていたフリード戦士達は、突然の火勢にあおられて絶叫する。
ある者は直接火を身体に受けしばらくもがいた後に動かなくなってしまう。
戦士達は悲鳴を上げて丸太を捨て、城門前からわらわらと脱出を始めた。
勇猛なフリード戦士も火は苦手なようで、大やけど負い、仲間に担がれて後退しているものもいる。
わっと歓声が上がるが、すれは直ぐに打ち消されてしまった。
「辺境護民官どの!あれを!」
アルキアンドの切羽詰まった声にハルがその指さす方向を見ると、今度は長い丸太を抱えた戦士達が堀端にまで近寄り力任せに大木を垂直に立てているのが見えた。
「弓兵!あれを狙え!!」
慌ててハルが指示を下す。
大木の根元で力こぶを作り、歯を食いしばって力の限り丸太を押し立てて堀の上に渡そうとしているフリード戦士を狙ってシレンティウム側から矢が次々と放たれた。
しかし城門へ向かった戦士達と同様に急所に当たらない限り一撃で沈む戦士はおらず、フリード戦士達はとうとう3本の丸太を立て終えた。
ゆっくりと城壁に向かって傾いでくる丸太にシレンティウム側の兵士や戦士が狼狽えて右往左往する。
「くそっ、落下地点の兵士は一旦待避!」
ハルの指示で3カ所から兵が退いたと同時に、すさまじい衝撃音が轟く。
丸太が胸壁を粉砕し城壁の上に掛かったのだ。
1本はそのままずり落ちて堀に落下して派手な水しぶきを上げるが、残りの2本はしっかりと城壁に食い込んでいる。
シレンティウム側が近接戦闘の準備にかかるよりも早く、フリードの剽悍で身軽な戦士達が一気に丸太を駆け上がってきた。
たちまち城壁に取り付いた戦士達は周囲で驚くアルマールの弓戦士を斬り殺し、城壁の下へと投げ捨てる。
「行けっ!敵戦士を排除しろ!」
ようやく出されたハルの号令で帝国兵が城壁上に盾を並べて防御戦を張った。
盾の壁を築いた帝国兵は辛うじて凶刃を逃れてきたアルマールの弓戦士をその後方に収容しつつ、フリード戦士にじりじりと迫る。
フリード戦士は新たな敵の登場にも怯まず喊声を上げて一気呵成に突撃し、激しく剣や槍、斧を振り回して斬りかかってきたが、帝国兵は戦列を緩めず落ち着いて待ち構えた。
鉄と木、金属と金属、木と肉体、様々な者同士が衝突する音が幾重にも重なる。
帝国兵が盾を隙間泣く並べ、フリード戦士の猛撃を防ぎ止めたのだ。
しかしながら猛烈な攻撃や斬撃を受け、帝国兵の持つ長方形の大盾はたちまち傷付きぼろぼろになってゆく。
敵の猛攻にくじけず帝国兵はひたすらじっと我慢を重ねる。
そして、攻め疲れたフリード戦士の息が僅かに切れた。
攻撃の手が緩んだその一瞬の隙を逃さず、帝国兵は一気に盾を立てたまま前に押し出した。
怒声を上げて狼狽えるフリード戦士。
その必死の抵抗をものともせず帝国兵は鬨の声を挙げて盾を押し、盾の隙間を一瞬作って剣や槍の穂先を激しく突き出した。
腹や足を刺突されて血しぶきに沈むフリード戦士。
やがて勢いは逆転し、フリード戦士は前後から帝国兵の挟み撃ちに遭って丸太を掛けた地点にまで押し戻されてしまった。
『小壺を丸太へ投げよ!焼き払え!』
アルトリウスの命令で油の詰まった小さな壺が丸太へ投げつけられる。
次々と破裂して丸太を獣脂まみれにする油壺の上に再び火矢が放たれた。
破裂するような音を上げてたちまち丸太が火に包まれると、後続しようとしていたフリード戦士達は堀へと悲鳴を残して落下してゆく。
残ったフリード戦士達も息が上がっており、満足に戦えないまま帝国側の兵士や戦士達の手にかかって堀へと突き落とされた。
盾で破れた胸壁を補いフリード側からの弓を防ぐ帝国兵の姿に、フリード戦士達はそれ以上の攻撃を諦めざるをえなくなった。
やがて焼け焦げ炭となって脆くなった丸太がボキリと折れ、堀へと落下すると帝国兵が一斉に盾をがんがんと城壁に打ち付けつつどっと歓声を上げた。
「先任、そろそろ敵の弓戦士にも打撃を与えておきましょう」
『うむ。よかろう!』
アルトリウスが頷いたのを確認したハルは弓戦士達を一旦回復した城壁から退かせると、帝国製の弩を装備した帝国兵を胸壁に並べた。
「よし、構え、狙え……放て!!」
ハルの号令で弩が一斉に弦を鳴らし、直線的に飛ぶ短い矢が木の盾の陰に隠れているフリードの弓戦士達を襲った。
威力のある弩の矢はフリード戦士が用意した木の盾を易々と食い破り、その陰で身を潜めていた弓戦士達の肉体に炸裂する。
フリード軍の陣営のあちこちで叫び声と驚愕の怒声が上がった。
「第2射、放て!」
ハルの再度の命令で装填が終わった弩が再び矢を放つ。
矢は先程と同じようにフリードの盾を砕き、打ち抜き、そして破壊して戦士達に突き刺さった。
動揺したフリード戦士達がそれでも懸命に応射しようと、後方から新たな盾を用意している様子が見えたが泥縄的な対処でしかない。
「装填終わったか?よし、第3射狙え……放てっ!」
だめ押しの矢が放たれ、用を為さない盾の後で次々と倒れるフリードの弓戦士達。
とうとう弩の威力に我慢しきれずにフリード軍は後退を始め、シレンティウムの城壁からは緒戦の勝利を誇る歓声が上がった。
「弩がこれ程用意されていたとは……くそ、これでは近すぎる!下がれ!!」
アルトリウスがしまい込んでいた40年前の物とは思えない弩の威力に押され、ダンフォードは堪らず弓戦士達に後退の命令を出す。
弓戦士達は破壊されてしまった木の盾をその場に放棄し、這々の体で自陣まで戻る。
自軍の弓の威力を高めようと近接射撃を命じたが、シレンティウムが擁していた大量の弩によってその作戦は完全に裏目に出てしまった。
廃棄都市からの歓声が憎々しいがどうする事も出来ない。
丸太での破砕作戦も火攻めにあってひとまずは中断を余儀なくされており、フリード軍は第1回目の攻撃にしくじり元の布陣へと戻ったのであった。
しばらくしてベルガンがダンフォードのいる本陣まで報告に現われた。
「ダンフォード王子、この一戦での被害は200名程度です。してやられました」
「何だと!!」
たった一回の戦闘、しかも緒戦で出すには余りに多すぎる犠牲にダンフォードは激高するが、ベルガンは意に介せず淡々と報告を続けた。
「それに考えていたよりもシレンティウムに入っている戦士や兵は多いようです。恐らく3000は居るのではないかと思います」
「ふん、たったそれだけか……力攻めでも良いが……」
「な!?王子!防御側に我が軍の半分近くの兵が居るとなれば苦戦は免れませんぞ!」
「うるさいな!……分かっているっ!!」
戦いの初歩中の初歩すら知らないと見えるダンフォードに思わず声を上げるベルガンであったが、言われたダンフォードは意に介した様子も無くうるさそうに手を振る。
緒戦での敗退は痛いがまだまだ戦いはこれからである。
ダンフォードは熱くなった頭を冷やして考え直す。
ダンフォードとしてはこの戦いの最中に、帝国の手でという形で父王を始末してしまいたい。
もっと早くに死ぬかと思ったが意外にしぶとく生きる父親に業を煮やした面もあるが、英雄王の死によって帝国に対する敵愾心を煽り、クリフォナムの結束を固めた上でハレミア人やオラン人より更に優位に立ってこの大陸の北の地に覇を唱えるのだ。
その為にシレンティウムへ間諜を忍び込ませて策を練り、アルスハレアを逮捕してまで太陽神官の権威を手に入れた。
それに戦場で王が死んだとなればその軍権を自然に引き継ぐ事が出来る。
戦勝で獲得されるであろうシレンティウムの莫大な財宝は、ダンフォードの権威向上に役立つだろう。
この兵力差があれば力攻めで簡単に都市を攻略できるかもしれないと踏んだのだが、少しばかり甘かったようだ。
緒戦でシレンティウムの見せた反撃力を考えると、このまま強攻した場合こちらの被害も無視できない程大きくなることが予想された。
シレンティウムの太陽神官も内応を約束したようであるし、ここは予てからの策通りに事を運んだ方が良いだろう。
何も焦る事は無いのだ。
「では、予定通り都市を包囲する、無理に攻める必要は無いぞ」
ダンフォードは落ち着きを取り戻し、睨んでくるベルガンを無視して配下の戦士長達へ命令を下した。
『随分下がったであるな……まあ、予定通りではあるが……』
シレンティウムを遠巻きに包囲し始めたフリード軍を見てアルトリウスが感想を漏らす。
「おそらくこのまま包囲戦に持ち込むつもりですね……各自交代しながら休憩を取るように。義勇兵は直ぐに胸壁の補修にかかってくれ!」
ハルが言うと半数の兵と戦士が城壁の下へ降り、代わってシレンティウム市民の志願者から編成された義勇兵がセメントや煉瓦、壁石を運んで城壁へと登ってくる。
そして帝国兵が盾で補う破られた胸壁の補修に取りかかった。
長丁場になる事は最初から分かっていたのである、焦る事は無い。
しばらくは持久戦となるだろうが策はこちらにもあるし、食料や消耗品、補修材の類いも十分確保されている。
「……動きがあるのは半月後といった所ですかね?」
「ええ、それくらいになるでしょう」
アルキアンドが言葉を発するとハルは頷きながら答えた。
半月後、シレンティウム
「ダンフォード王子、このまま包囲戦を続けるおつもりですか?」
ベルガンの言葉にむっとした表情を作るダンフォードであったが、膠着状態は動かしようのない事実である。
食糧事情が心許ないが故の忠告であろうが、王子たる自分に対する口の利き方というものを考えないベルガンの発言に苛立ちを隠せないダンフォード。
しかしここでベルガンに怒りをぶつけた所で何も解決しないのはよく分かっていた。
包囲をしているフリード戦士達の士気も弛緩してきている。
精神的に粘り強い帝国人と違い、クリフォナムやオランの民はそういった面では籠城戦や包囲戦に向いているとは言い難く、半月もの籠城でフリード戦士達は既にだれきっている。
しかし、シレンティウムとてそれは同じ事こと、籠城に付き合っている市民の大半はオラン人やクリフォナム人なのだ。
彼のアルトリウスも40年前の戦いでは籠城戦に不向きな市民を都市から脱出させたからこそ、5ヶ月もの長期間籠城を続けられたのであるし、一方はアルフォード王という飛び抜けたカリスマ性を持った王が陣頭指揮を執っていたからこそなしえた攻囲戦であったのだ。
「そうだな……ふふん、そろそろ仕掛けるか、奴らから挑発もされている事だしな」
昨日シレンティウムから王の耄碌を揶揄され、その上で一騎打ちの申し出があった事はフリードの全戦士が知る所である。
ハルが東の城門の上へ仁王立ちになり、何事かと注目したフリードの戦士達に向かって滔々とアルフォード王の耄碌振りや理不尽振りを訴えて挑発したあげく、最後には帝国人の自分との一騎打ちも受けられない臆病者だと罵ったのだ。
一騎打ちの申し出はこの時が初めてだったが、事前に申し入れをしたが断られたかのような意味合いを持たせた言葉に戦士達は大いに怒り、これに応じない王子や宮宰に不満を訴えた。
しかしそんな挑発も意に介さず、反対をし続けたのが宮宰ベルガンである。
「一騎打ちに応じるという事について私は反対です。現段階で都市側に一騎打ちを申し出る理由がありませんからな。未だ都市には物心両面で余裕があるように見受けられる以上、何らかの策が用意されていると考えた方が宜しいでしょう」
シレンティウムを完全包囲したものの、フリード軍に決定的な決め手を持っていないと思っているベルガン。
そのベルガンにはシレンティウムに内応や裏切りといった隙は見受けられないようにみえた。
そしていくら戦場では矍鑠としているとはいえども、アルフォードは齢80を数える。
ダンフォードは直ぐさまハルの申し出に乗ろうとしたが、宮宰の立場としては万が一があっては困るどころの話では無く、ベルガンは一騎打ちに強く反対していた。
その為に会議が紛糾し回答が今日になったのである。
ダンフォードの仕掛けた内応策や間諜による策は、一騎打ちにかこつけてアルフォード王を撃った後に発動する予定であるため、まだ合図は出していない。
またこの策をアルフォードの宮宰であるベルガンに秘している事は言うまでも無い。
「……使者を出せ、王が一騎打ちに応じるとな!」
そう言いつつダンフォードは後方で居眠る父王の下に近づき、反対の為に止めようとしたベルガンより素早くその耳元に囁いた。
「父王、アルトリウスの後継者が一騎打ちを挑んで参りますぞ!」
「なにいっ……!?アルトリウスの……後継者だとっ?!」
アルフォード英雄王はダンフォードの言葉を耳にした途端がっと目を見開き、傍らの大剣を鷲掴んで立ち上がった。
そしてそれまでの耄碌した様相を一変させ、老人とは思えない動きで大剣を力強く抜き放ち豪快な刃音をさせて大剣を振り抜きながら叫んだ。
アルフォードは普段耄碌していても戦場の雰囲気を感じさせたり、攻撃的な言葉を掛けた時だけは不思議と壮年時を思わせる動きを見せる。
かつての戦場の記憶が去来するのか、もしくは武人としての記憶が呼び覚まされるのか分からないが、いずれにしても悲しき性と言えよう。
「小癪な!直ぐに応じよっ、剣の錆にしてくれるっ!!」
その様子をダンフォードはほくそ笑みながら、そしてベルガンは痛ましそうに見ていたが、当の本人は周囲の様子に気が付いたふうも無く素振りを繰り返し雄叫びを上げるのだった。