第19話 味方集合
ハルの諸族訪問帰還より12日後、シレンティウム
ハルが湿地の水路開削工事の監督から戻ると、大通りは人混みでごった返していた。
「え、これは一体……?」
「おおい、ハル、良い所に帰ってきた!」
鍬を担いで泥まみれのハルが驚いて南の城門を抜けた所で立ち尽くしていると、ハルの姿を見つけたルキウスが声を掛けながら人混みをかき分けてやって来た。
「ルキウス!これはどういう事なんだ?これから戦いになるって言うのに……」
「いや、それが、これ全部志願兵なんだよ」
「え?志願兵?」
見たところ大通りの人々は部族こそまちまちであるものの、確かに剣や槍、更には弓矢を持ち、背中の荷物には防具と思しき物を詰め込んだ背嚢を背負う戦士達がほとんどであった。
責任者と思っていたルキウスが泥だらけのハルに話しかけるのを見ていぶかしげな表情でその様子を見る戦士達。
すると自分の部族の戦士達と話していた若者達が、ハルに気付いて近寄ってきた。
「ハルさん!ウチの族長が戦士を送ってくれたようなんです。表向きは志願って事らしいですが……」
最初に話しかけてきたのはアルゼントのデリク。
アルペシオのシールにソカニアのカンディ、それからソダーシのメリオンも後に続いている。
「……援軍か……」
『ハルヨシよ、これがお主が動いた結果であるぞ』
ハルが呆然としてつぶやくと、アルトリウスがそう言いながらルキウスの後方から現われた。
「先任!これはまさか……!?」
『ソカニア族300名、ソダーシ族250名、アルペシオ族250名、アルゼント族400名、オランのベレフェス族300名しめて1500名の戦士達である。お主も察したとおり志願兵に名を借りた援軍であるな』
アルトリウスはそう言うとオラン人の若者をハルの前に呼び寄せた。
『この者はベレフェス族長の次男、テオシスだそうだ』
「ハルさん初めまして、テオシスと言います。宜しくお願いします」
手を出しながら挨拶するテオシスに、ハルは慌てて泥の付いた手を腰で拭いてから差し出した。
握手を交わしながらテオシスが笑顔で再び口を開く。
「父への説得の言葉胸に響きました。私たちは少数ながらベレフェスの誇りと勇気を掛けて協力を惜しみませんよ」
「ああ、こちらこそ宜しくお願いします」
テオシスを交えてハルとクリフォナムの若者達が歓談していると、アルトリウスがハルに近づいてきた。
『ハルヨシよ、アルマールの戦士団が近づいているぞ。間もなく東門である』
「これは、他の部族に先を越されましたかな?」
にこやかに手を挙げたアルキアンドに、ハルは驚きで立ち尽くす。
東の城門に向かったハル達は1000名の戦士を率いてきた完全武装のアルキアンドと対面することとなった。
「アルキアンド族長!再訪問は不要とは、こういう意味だったのですか……」
ハルがシレンティウムへ帰還した直後、アルマールから使者が訪れてアルマール村への再訪問は必要ないとの伝言を伝えてきていた為、ハル達はアルマールも味方に付かないのだとすっかりあきらめていたのであった。
「一族挙げて馳せ参じました。私たちアルマールの者達は辺境護民官殿の意思と未来に賭けようと思います」
しかしそうでは無かった。
アルマール族がシレンティウムへ味方することを決定したが故の使者であったのだ。
アルキアンドはアルマールの他の村々への招集は最低限度に止め、主にアルマール村とその周辺で戦いに巻き込まれる恐れのある村々に避難と招集の命令を掛けた。
アルキアンドは後ろを振り返り戦士達に都市へ入るよう指示を出しながらハルに言う。
「後の1000名はアルマール村の族民達を守りながらこちらへ向かっています」
「え……族民ですか?」
アルキアンドの言葉にハルが思わず聞き返すと、アルキアンドは微笑して答えた。
「そうです、アルマール村はアルフォード王の通り道となるでしょうからな……しばらくこちらで厄介になります。戦が終われば村へ戻りますが、食料家財を全部持ってきていますのでご心配には及びません。収穫も少し早かったですが済ませてきましたのでね」
クリフォナムの戦士達や遅れて到着したアルマール村の族民達を南東の街区へ収容した後、ハルはアルキアンドから面会を求められた。
アルトリウスと共に執務室で待っているとアルキアンドが武装を解き、普段着の姿で現われる。
「……太陽神官様はおられませんか?」
「え?ええ、戦いが迫っているせいか、最近は少し鬱ぎがちで……何かご用でしたか?」
「そうですか……いえ、大丈夫です」
『ま、時折様子を見てやれば良い。大事ないと思うのであるがな……』
アルキアンドから突然そう尋ねられたハルが戸惑いながらも答えると、アルキアンドもそれ以上は追求しなかった為に会話は一旦そこで途切れる。
ただアルトリウスだけがアルキアンドを厳しい目で一瞥したが、アルキアンドが話題を変えた為、それ以上は何も言わずに引き下がる。
「辺境護民官殿、防備体制はどのぐらい進んでいますか?」
「堀は既に完成しましたし城壁も修復と積み増しが済んでいます。今はちょっとした細工の為に南西の湿地から伸びる水路を開削している所です」
「なるほど……順調なようですな」
『族長のおかげで戦力的にもまともになってきておる。シレンティウムの兵100名に義勇兵200名。各部族からの志願者が1500名と帝国軍が500名、アルマール族戦士団が2000名であるな。アルフォードがどの程度戦士を揃えてくるか分からぬが、籠城するには十分であろう』
「食料は各部族から余剰分をかき集めておきましたので、十分以上あります」
「ああ、あの荷馬車の群れはそう言うことでしたか……」
アルトリウスの説明にハルが補足して食糧事情を説明すると、アルキアンドは得心したのか深く頷いた。
「ふむ……なるほど、アルフォード王の軍を飢えさせるつもりですな?」
「その通りです。これで各部族はアルフォード王に食料を供出できない」
軍組織において輜重隊が編成されている西方帝国と異なり兵站の概念の薄いクリフォナム人の戦士は必要な食料は現地調達が原則である。
これが敵地であれば良いが、曲がりなりにも味方の地を通過する際には余り良い効果は生じ無い。
通過点に当たる各部族の村々は余剰食糧を供出することになるが、それでも無償での供出であり良い感情が湧くはずも無いからである。
戦士個人が携帯できる食料ぐらいは持っているだろうが、アルフォード王は恐らくアルマール族や南部の諸族に食料の供出を命じる腹づもりであろう。
しかしアルマール族が明確にフリード族から離反し、また他の部族もハルの申し出に応じて余剰食糧を売却してしまった今、現地調達方式は大きな弱点に変わろうとしていた。
『特に南部の諸族からは無理に奪えば信を損なうどころでは無いのである。好き勝手やって来たフリード族に対する反乱に繋がりかねん。他部族の戦士を招集しなかったのも、万が一にも招集に応じない部族や渋る部族が出た場合の威信低下を恐れての事であろうからな』
「それはそうでしょう……今まででも故無き収奪をされていましたからな。その不満の高まりが今回の戦いには如実に表れています」
アルトリウスの言葉に頷くアルキアンド。
「打てる手は全て打ちました、後はアルフォード王が来るのを待つだけです!」
拳を握りしめ力強く宣言するハルを頼もしそうに見つめるアルキアンドに、笑顔で頷くアルトリウス。
シレンティウムの試練は間もなくである。
志願兵到着から数日後
太陽神殿は表の喧噪に比べてひっそり静まりかえっている。
かすかに響くのは2人の男女の声。
片方はシレンティウム太陽神殿神官、エルレイシア。
そしてそれに対するのは一見難民風の男。
衣服は見窄らしく顔を泥で薄汚れているが、手指に泥は無く、両掌には鍬や鋤を持った時に出来るものとは異なるマメがある。
そして何よりその態度は尊大で、太陽神官に告解を果たしにやって来た難民には全く似付かわしくない。
それどころか刃物を持ってエルレイシアの喉元に突きつけている。
「……と言うことですが分かりましたな?攻撃開始は大幅に遅れますが、することは変わりません。この役目を果たす事こそ貴女に課せられた使命であり、やり果せた暁にはあなたの誇りとなりましょう」
「いえ、お断りします」
「……何ですと?」
眉を顰め不快感をあらわにする男にも動じず、エルレイシアは毅然と言い放った。
「私は一介の太陽神官に過ぎません。何故今更終世を誓った辺境護民官を裏切ってまであなた方の味方をしなければならないのですか?」
目の前の難民を装った男から説明されたことは、エルレイシアにはとうてい受け入れられないことだった。
例え刃物を突きつけられ、命や誇りと引き替えにと迫られているとしてもである。
「……貴女はアルフォード王に連なる血筋を否定されるのか?」
「否定はしません……それは紛れもなく私の身体に流れる血、しかしそれに流されもしません。第一その血筋を否定するような行為をしているのはあなたではありませんか。これがあなたの言う王族に連なる者に対する態度ですか?」
自分の喉元の刃物を示し揶揄するように言ったエルレイシアに、男は顔をゆがめて刃物を手元へと引いた。
「こうせねば話も聞かれないからですぞ……そもそも貴女は一介の族民では無いのですよ?何故お父上に、兄王子様達に逆らうのですか?」
「彼の者を父と思ったことはありませんし、王子様方も同様です。母も、きっと夫と思ったことは無いでしょう」
懐柔しようとする意図も見え見えの言葉にエルレイシアは不快感もあらわに言い返す。
エルレイシアの母親は既に儚くなったが、アルフォード王に愛を感じていたかどうかは疑問だ。
エルレイシア自身母が父の話を亡くなる直前までしなかったこともあり、何時しか自分にはいないものと思い定めてしまっていた。
王族に連なることを知らされた時には既に太陽神官の修行を始めており、権力に興味も無かったのでそのまま叔母であるアルスハレアの下で修行を続けたエルレイシアは、王やその周囲の宮廷官達の要望を無視して大地の巡検に入った。
クリフォナムの地を離れて遙か遠くの地まで巡検に出かけたのは、自分を探す戦士や宮廷官を鬱陶しく感じていたからでもある。
しかし男は諦めずにエルレイシアの揚げ足を取った。
「先程は血を否定はしないと言ったではありませんか?お考え直し下さい」
「否定はしませんが流されないとも言ったはずです。私の身と心は私の物、私は辺境護民官に協力することを誓った身です。既に結符も済ませました」
「何っ!?」
驚愕する男。
確かに、辺境護民官の腰には黄色の結符が為されていた。
エルレイシアの他に近づくクリフォナムやオランの女を確認することが出来ていなかったのでもしやと思ってはいたが、まさかこの様な事になっていようとは。
男は驚愕と共に改めて報告する事案が増えた事に気が付いた。
庶子とは言え姫を取られたのだ、王は怒り狂うであろう。
下手をすれば西方帝国とクリフォナムの大戦争になる可能性がある。
「通報されたくなければ疾く立ち去ることです。私はシレンティウムの太陽神官、裏切りはお断りです。もちろん内通もしませんし情報も渡しません」
「くっ……今回は諦めた方が良さそうですが……結符の事と併せてこのことは報告致しますぞ?」
「ご随意になさればよろしいでしょう」
最後の脅迫も効果無くエルレイシアがふいっと背を向けると、男は苦々しい顔で踵を返した。
と、その下へ向けた視界に透けた帝国兵の着ける金属製の臑当てが入る。
ぎょっとして見上げた男の前に立っていたアルトリウスは、男と目が合うとにやっと笑みを浮かべた。
『アルフォードへ報告であるか……それはちと困るのであるなあ?』
「くっ!鬼将軍!!」
とっさに進行方向を変えて逃げ出そうとする男だったが、アルトリウスの反対方向から現われたハルが素早く杖を投げつけると、杖が足に絡んで男は僅かに体勢を崩す。
そしてその場へ音もなく移動したアルトリウスに右手で僅かに触れられた途端、男は昏倒した。
周囲の椅子や机を巻き込みながら派手な音を立ててひっくり返る男。
『うむっ、不味い!根性のねじ曲った味がするわ……全く、無粋な間諜の精気など吸うものでは無いなっ、ぺっ!』
どす黒い気を纏いながらつばを吐く素振りをするアルトリウス。
「殺しては居ませんよね?」
『当然である。聞かねばならん事が山のようにあるのであるからな』
ハルの質問に渋い顔のまま答えるアルトリウスは黒い気を収めた。
その2人背中をエルレイシアは呆然として見つめて言う。
「ハル、それにアルトリウスさん……聞いていらっしゃったのですか」
『うん?聞いてはいないが……全く、我の体内とも言うべき都市に間諜を入れるなぞ、馬鹿にするにも程があるぞアルフォードよ……耄碌したか?』
エルレイシアに振り返りながら答えるアルトリウスの横から、ハルがエルレイシアを気遣わしげに見る。
「大丈夫でしたか、エルレイシア?」
「こ、怖かったです……ハルっ」
「わっ!?」
心配して近寄ってきたハルへ堪らず抱きつくと、エルレイシアはわっと泣き始めた。
「すみません……取り乱してしまいました。もう大丈夫です」
しばらくハルの胸で泣いた後に落ち着きを取り戻したエルレイシアは、照れつつそう言ってから太陽神殿の神官控え室へ2人を招き、茶を淹れて振る舞うと自分の素性を明かした。
『それで……太陽神官殿はあのアルフォード英雄王の娘という事で良いのであるか?』
「はい……私は庶子ですし、母は既に無くなりましたから、王族として待遇された事は一度もありませんが」
エルレイシアはそうして自らの生い立ちを話し始める。
アルフォード王が北のハレミア人討伐の際に立ち寄った村で、小さいながらも神殿を構えていた太陽神官がエルレイシアの母親アルシレアと出会った。
アルシレアがアルスハレアの妹であったことがアルフォード王の興味を引き、アルシレアもこれを受け入れた。
その後アルシレアはしばらく側室的な扱いを受けたようではある。
しかしハレミア人討伐が終了してアルフォード王が村から引き上げるにあたって、既にエルレイシアを身籠もっていたアルシレアは宮廷への同行を拒んだ。
英雄王の側妻として生きるよりも太陽神官として村で生きる道を選んだのだ。
アルフォード王は生まれる子供に王族の待遇を与える事を約束したが、アルシレアはこれをも拒み、娘が生まれるとしばらくしてから大神官である姉アルスハレアに預けて太陽神官見習いとした。
本人にもその素性は隠されたまま修行は続き、アルシレアが今際の際にエルレイシアへ初めてその事実を告げ、王族として生きる道もあるが太陽神官として人に尽くすことを選んで欲しいと願ったのだ。
母の遺志を汲み、その死後もアルスハレアの下で修行を続けるエルレイシアの非凡さがフリード宮廷へ伝わるにつれ、アルフォード王や宮廷官達は必死にエルレイシアを王女に取り立てようとしたものの、早々に大地の巡検へ出たエルレイシアを捕まえきれず今に至ったのである。
アルフォード王が耄碌してしまったことを知り、自分にちょっかいを掛ける者はもういないだろうと見越してクリフォナムの地へ戻ったエルレイシア。
予想通りあれほどしつこかった使者も姿を現さず、エルレイシアは安心して神殿を設ける場所を探していたのである。
そして数奇な運命をたどり、今このシレンティウムに神殿を設けたエルレイシアであったが、アルフォードが軍を起こしたことで情勢が変わった。
こうなっては身元を明かさなければと思い、如何に明かすべきかで悩んでいた時、これまでの使者とは全く異なる強力な間諜が強引に太陽神殿へ入り込んでエルレイシアへ面会を迫ったのであった。
「なんと言われても私は一介の太陽神官です。アルフォード王とは何の関わりもありません」
『とは言えどもなかなか無視は出来ぬ事柄であるぞ?事はそう単純では無い』
腕を組んで唸るアルトリウス。
庶子であるとは言えアルフォードの娘ともなればいらぬ詮索をされる可能性がある。
「どうすればいいのですか……?ハル、私は……」
「いや、どうすればって言われましても……」
再び涙目になるエルレイシアに怯みつつ、ハルも問題が大きいことは認識できた。
庶子とはいえアルフォード王の娘と、王の許可を得ないまま婚約に近い状態である。
それだけでフリード族は帝国に戦争を仕掛ける口実を手に入れたことになる。
間諜の様子を見ている限りエルレイシアは強引に内通を迫られていたことは明白であるが、事情を知らない者は血筋を知ればエルレイシアを内通者という疑惑の目で見るだろう。
また戦いのさなかに血筋を明かし、内通者がいるとシレンティウム内部で煽動工作を立てられても困る。
「とりあえず主立った人たちには事情を早めに説明しなければ行けませんね」
ハルの言葉に頷くアルトリウス。
エルレイシアはハルの言葉に頷きながら口を開いた。
「アルキアンド族長は私のことを知っていると思いますが、他の人たちは分かりません。私の素性はフリード族でも余り知られていませんので……」
その言葉にふと疑問を口にするハル。
「そう言えば……アルフォード王の他にこのことを知っているのは誰ですか?」
「はっきりと知っているのは宮宰のベルガンさん、叔母のアルスハレア、それに私の腹違いの兄弟になる3人の王子様達です。尤も王子様達は随分後になってから知ったようで、私がシレンティウムに来てから一度だけ、ダンフォード王子の使者と名乗る方が尋ねてきていたみたいです」
「先任、これは……」
何事かに気付いたハルがアルトリウスに目を向けると、アルトリウスはにやりと人の悪い笑みを浮かべて言った。
『うむ、アルフォードは耄碌して最早そのような知恵もあるまい。そもそもかつてのあ奴ならこんなずさんで陰険な手は取らん。正々堂々と攻め立てるであろう。宮宰は微妙だが、間諜などを送り込んでくるとなれば一番可能性が高いのは王子達であるか……』
「ううん……これは」
予想通りの答えに唸るハルを見てアルトリウスが言葉を継ぐ。
『どの程度王子達の勢力基盤があるのか知らぬが、アルフォード王の威を借りつつ、ずさんながらもこの件を主導しようとしているのでは無いか?シレンティウムを落とす主導を取れれば戦後の戦利財宝の分与権を獲得できる。シレンティウムの財宝を使い自分達の勢威を高める腹であろうよ。アルフォードの死期も迫っておる、後継者争いで族民や有力者達の支持を集めるためにも戦利品は欲しかろう』
戦利財宝の分与権とはクリフォナムの民を率いる族長が持つ権限で、分捕った戦利品を部下に分配する権利のことである。
王子達はシレンティウムの財宝を狙い、その財宝を戦士や宮廷官、貴族に多く分配することで自分達の基盤と勢威を高めようとしているのであろう。
分配する財宝を多く分捕る為にも戦いで目立った功績を挙げなければならない。
強引な間諜を派遣した者にはその意思が感じられた。
アルフォード王の陣営においてエルレイシアの素性をを知りつつ、そう言った意味での焦りを持っているのは王子達だけであろう。
ハルがぽつりとつぶやく。
「……発案はともかくとして、主導は王子ですか」
『まあ、受けて立ってやるのである!間諜対策は我に任せよ!』
「あ、はい、宜しくお願いします」
『……なんだ、感動が無いであるな?』
「いや、先任に何が出来ようがもう今更驚きませんよ」
しばらくの沈黙の後アルトリウスが徐に口を開いた。
『太陽神官殿……その方はアルフォードをどう思っているのであるか?』
「赤の他人です……血を否定はしませんが、私はずっと父はいないものとして育てられてきました。王族としての権力も財力もありませんしそれに頼ろうと思ったこともありません。これからも頼ることは決して無いでしょう。私は太陽神官のエルレイシアです」
アルトリウスの言葉によどみなく答えるエルレイシア。
「とは言っても……」
『うむ……』
アルトリウスと同じように腕を組むハルの横で、アルトリウスが意地の悪い顔でエルレイシアに再び質問をした。
『ハルヨシがアルフォード王を殺すとなった時は如何する?』
「……私はハルについて行きます」
躊躇なく答えるエルレイシアの瞳をのぞき込んだアルトリウスは目を白く輝かせ、黒い気を身体からにじみ出させながら更に質問を重ねた。
『では、先程の間諜から告げられた策を述べい』
「はい……容易にシレンティウムが陥落しない時にはアルフォード王が勝てば助命の上開城、ハルが勝てば撤退の条件で一騎打ちを申し出るのでそれにハルを応じさせること。それからその直前にハルに毒を盛って弱らせておくこと……あわよくば一騎打ちの際にハルを邪魔すること……そして勝者如何に関わらず、間諜が城門を開け放つ手助けをすること……です」
エルレイシアが懸命に思い出しながら言うとアルトリウスは禍々しい気配をすっと消し去った。
そしてエルレイシアの瞳から視線を外し、しばらく思案した後に笑顔でハルへ向き直って言った。
『うむ!良しである!真実を話しておるし、間諜の言っておった言葉に寸分違わぬ内容である。ハルヨシよ、太陽神官殿は信用できよう。結符を確かめてみよ』
ハルが思い出したように腰の黄色い結符を引くが、びくともしないまま帯に結わえられている。
「がっちり喰い付いてますねえ……」
「その言い方って……あんまりではありませんか?」
ハルの言葉に地味に傷付いたエルレイシアが言う。
しばらく2人で仲良く結符を引いたりつついてみたりしたが、些かの揺らぎも無い。
アルトリウスは2人の突き合いを妙な目で見ていたが、終わる気配がない為に咳払いを入れると慌てて居住いを正す2人。
そしてエルレイシアがとってつけたように質問を投げかける。
「そ、そう言えばアルトリウスさんっ!私とあの間諜の会話を聞いていらっしゃったのですか?先程は聞いていないと……?」
『そう言わねば真偽が確かめられまい?』
「それはそうですが……」
あけすけな答えに反論も出来ず言い淀むエルレイシアに、アルトリウスは意地の悪い笑みを浮かべて嘯いた。
『なに、太陽神神殿は嘘をついておらんかったのだから良いでは無いか』
「先任は、なかなかの策士ですね……ちょっと意外でした」
『ふん、真正直な軍人でも西方帝国の軍閥内権力闘争で揉まれればこれくらいの腹芸は出来るようになるわ。甘く見るのでない』
呆れた声を出したハルにアルトリウスは自慢げに答えた。
苦笑しながらもハルはふとある事に気が付く。
「アルフォード王は一騎打ちを挑んでくると言いましたが、齢80の王が本当に一騎打ちに出るんですか?」
『その為の策ではないのか?恐らくハルを害せる見込みがあるのであろう……毒か、闇討ちか、はたまた狙撃であるかな?』
「王子達が主導していれば共倒れでも良いはずです」
『うむ、王諸共ということであるな!卑怯な西方帝国が辺境護民官共々王を手に掛けたとなれば、クリフォナムの民を大いに刺激するであろう』
ハルの言葉に然もありなんといった風情で顎に手を当てながら肯定するアルトリウス。
「そんな諸共だなんてっ……ハル、止めて下さい。一騎打ちなんて危険すぎます」
「それが最良で犠牲を最小限度に抑えられるのであれば、自分はやりますよ」
エルレイシアが必死の形相で願うが、ハルは首を左右に振るときっぱりと答えた。
良くも悪くも個人主義のフリード族である。
英雄王が討たれれば、王に個人的な忠誠心で仕えているフリード戦士達は忠誠の対象を失って瓦解する可能性もある。
『まあはっきり言えば我らは劣勢だ。そう言う風に持っていかなければならん側面もあるのである』
アルトリウスが傍らで昏倒し、未だ目を覚まさない間諜を見て言った。
ハルがエルレイシアに質問する。
「……もしこちらから一騎打ちを申し込んだ場合は?」
「フリード族は武を尊ぶ部族ですから拒むことは恐らく無いでしょう。ましてや仇敵で普段から弱いと馬鹿にしている帝国人相手では、受けざるを得ないでしょうけれども……」
「そうですか……では、策が成功していると思わせておいた上で、こちらから一騎打ちを申し込めば断りませんよね?」
「はい、おそらくですが……」
最後のエルレイシアの答えにハルは満足そうに頷いた。
『ほほう……ハルヨシよ、お主こちらから一騎打ちを申し込むつもりか?』
「ええ、先任の敵を討ちましょう。尤も仕込みがかなり必要ですが……」
ハルの言に呆れるアルトリウス。
『年老いたと雖もフリードは英雄王、侮るでないぞ?』
「分かっていますよ、先任……それからエルレイシア、自分はアルフォード王を倒します。それでも良いんですか?」
「ハル……先程も言いましたが私に父はいません。私はシレンティウムの太陽神官エルレイシアですから、気遣いは無用です」
きっぱりと言い切ったエルレイシアの瞳には些かの曇りも無かった。




