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辺境護民官ハル・アキルシウス(改訂版)  作者: あかつき
第1章 廃棄都市復興
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第18章 クリフォナム人とシレンティウム

「まあ、はっきり言ってしまえば皆さんのお力を借りたいということです」


 アルキアンドの隣へ椅子を用意されたハルは、座るなり単刀直入に助力を請うた。


「ご存じの通りシレンティウムに戦力と呼べるものはほとんど持っていません。それに比べて農繁期とはいえフリード族の戦士はアルキアンド族長から知らされているだけでも7000名、これでは勝ち目がないのです」

「……し、しかし辺境護民官殿。出す出さないは別にしてもアルマールの戦士を無理して集めてせいぜい5000程度ですじゃ。縁のある自由戦士を加えてようやっと6000。辺境護民官どのが申したとおり間もなく農繁期である今、その半分程度しか集められますまい」

「第一兵数だけの問題ではない。フリードの戦士はクリフォナムの中においてさえ勇猛果敢を謳われた者ども、まともにぶつかっては勝ち目はないし、老いたりと雖もあの英雄王アルフォードが率いるのだ、勝てる訳がない」


 ハルの言葉に長老達がしかめっ面で次々に言う。


「ええ、それは自分も分かっています。はっきり言いまして勝ち目は薄いですが、それでもやる事をやらなければ勝てる勝てない以前に負けてしまいます。それにアルマール族だけに助力を頼むつもりはありません」

「他にも……?」

「はい、シレンティウムへ入植している部族で近隣のソカニア族、ソダーシ族、アルペシオ族、アルゼント族のクリフォナム人の各部族と、オラン人のベレフェス族には助力を頼むつもりでいます。もちろん勝利の暁には部族の自立と不可侵、それにシレンティウムの自由立ち入りと技術援助を条件に、ということで」


 アルキアンドの質問に淡々と答えるハル。


「馬鹿な!」


 がたがたと殺気だって席から立ち上がる長老達。

 ハルが挙げた部族はオラン人のベレフェス族を除き、いずれもクリフォナム人の中で南方系に属する者達である。

 アルフォード英雄王の大反乱以前は西方帝国の援助を受け、北方系に属するフリード族らと対立していた歴史を持つが、民族の誇りを説くアルフォード王に共感して大反乱に参加し帝国を北方辺境から追い出した。

 しかし大反乱終結以降はアルマール族と同じく、帝国と関係を持っていたことを理由に下位部族と見なされ、個別にアルフォード王と緩やかな支配関係を結んで貢納を押しつけられてしまっている。

 平和と帝国からの自立は得られたが、帝国に代わって新たにフリード族が上位に就いただけの状態になってしまったのだ。


 アルフォード王から40年で受けた恩恵も多いが、受けた屈辱もそれに劣らず多いことは、実際その立場にあるアルマール族の長老達にはよく分かる。

 それ故にハルの出した条件は魅力的で危険だった。

 しかも、シレンティウムの公正で寛大な姿勢と施政は既に諸方へ広まっており、約束を裏付ける信頼性も十分。

 因みにベレフェス族は、シオネウス族の上位部族で、オランとクリフォナムの境界付近に勢力を持つ大部族であるが、隣接するクリフォナムのフリード族には40年間押され気味で推移している。

 シオネウス族の移住をきっかけにしてシレンティウムとは縁が深くなっており、境遇はアルマール族とよく似ていた。


「それに帝国軍にも援軍要請をしました。程なくシレンティウムに軍団が到着します」

「き、貴様っ!北方辺境でクリフォナム人を2つに割り、オラン人を巻き込んで何を企むかっ!!?」

「独立……というよりは自立、そして同盟ですね。シレンティウムを盟主に今名を挙げた諸族と同盟を結びたいと思います。ゆくゆくは……ですが」


 悲鳴じみた長の言葉に落ち着いて答えるハルへ、静かに成り行きを見守っていたアルキアンドが質問を投げかけた。


「協力の条件は……見返りは兵力提供だけか?」

「差し当たっては、ですね。それと通行権の保障です。一度各部族の代表者をシレンティウムへ集めて会議を催す予定ですが、それはアルフォード王を打ち破り、私たちの力を示してからになるでしょう」


 どよめきが悲鳴に変わりそうな場を無視し、アルキアンドがハルを睨むように見つめる。


「……本当に破れるのか?彼の英雄王アルフォードを?」

「皆さんの助力があれば、可能です」


 視線をそらさずハルはきっぱり答えた。






結局回答は保留したアルキアンド。


 ハルは全部族を回り終え次第もう一度アルマール村を訪れることを言い残し、アルマールの使者を道案内に次に近い部族であるアルゼント族の族長に面会を求めて旅立った。

 ハルが去った後アルキアンドの屋敷は熱気を込めたまま静まりかえった。

 全員の視線がアルキアンドに向かっている。

 期待と恐怖、そして希望。

 アルキアンドは腕組みを解いて席を立つと、両手を目の前のあるテーブルへと静かに置き、徐に口を開く。


「……これは長年にわたる帝国とフリードの軛を一気にアルマールから外す好機だと思う」


 真っ直ぐ見据えたアルキアンドの視線に迷いは一切無かった。







 ハル出立直後、シレンティウム



「では、私は直ぐに戻り、可能な限りの兵を率いてきましょう」

『うむ、後事は心配するな、我がしっかり面倒を見ておこう』


 馬上のアダマンティウスは、師であるアルトリウスに敬礼を残すと、護衛騎兵と共に南の関所へと旅だった。

 アダマンティウスは、帝国北東部国境警備隊の副隊長でもある。

 指揮下にある兵は、全部で20000、しかし国境警備の性質上、自由に動かせる兵は各守備達から抽出しても、せいぜい3000程度である。

 その内既に500名はシレンティウムで街道普請や水路開削に携わっている。

 取り急ぎ近隣の砦へ玉突き移動させる形での招集を掛けるべく急使を派遣してはいるが、編成作業を行う為にアダマンティウス自身が一度関所へと戻る必要があったのである。

 間に合うかどうかは微妙であるため、アダマンティウスは帝国軍を率いて包囲網を敷くフリード族に横撃を加える役目を担っていた。

 



 ハルは出立直前にアルキアンドから送られてきた使者を直接シレンティウムの主立った者達と会わせた。

 使者から直接アルフォード王が軍を起こしたと聞かされ絶句する者、青くなる者と様々であったが、全員が驚きと絶望に苛まれる。


「やれる事をやるしかありません。私はどこまで協力を得られるか分かりませんが、直ぐに近隣部族と協議してきます。シレンティウムは水路と開拓整備を一時中断して、堀と城壁、城門の補修と構築に全力で取り組んでもらいます」


 ハルは諦めずそう言うとシレンティウム行政代官にルキウスを指名し、アルトリウスにその補佐を求めた。

 またアダマンティウスに援軍の編成と関所への帰還を指示し、隣接する国境警備隊にも応援を求める使者をすぐに派遣する。


「市民については避難の呼びかけを行う一方で義勇兵を募りましょう。時間はありません、直ぐに動いて下さい」


早ければ2か月後にアルフォード王が現われるだろう。

 来襲までそれ程時間的な余裕は残されていない。




 アルトリウスは、ハルから行政代官の肩書きを預かるルキウスの指揮下で動くという名目で現在防戦準備を進めている。

 ルキウスは決裁権だけを持つ形で実際の指揮や指示はアルトリウスが行っている為、誰もがアルトリウスに指示を仰ぎにやってくる。

 シレンティウムは再び帝国の鬼将軍が支配する街となったのであった。


『堀の石垣構築は諦めよ、粘土で底を打ったら北の溜め池が出来上がり次第水を入れるのである!』

『石壁はそれ程高くせぬでも構わぬから、とにかく人が隠れられるくらいの物を急ぎ多数作れ』

『畑は諦めるのであるな……アルフォードが来れば全て踏みにじられる、収穫できる物はして良いが、それ以外の収穫は無いものと覚悟せよ。不憫であるが仕方ない!』

『とにかく食料と水は各自で貯め置くのだぞ!シレンティウムから逃げ落ちる者は早う準備せい!』


 矢継ぎ早に、しかし的確な指示を下すアルトリウスの下で、シレンティウムの防戦準備は着々と整いつつあった。

 ハルモニウムの時と違い待避しようにも行き場の無い者も多く、一方で食料等の物資に余裕があることからアルトリウスは強制的に住民を待避させることはしない事にした。


『ふっ、しかし……自ら敵に近い部族の説得に赴くとは、度胸のある事であるな!』


 指示を出すのも一段落し、城壁の構築具合を視察しながらアルトリウスはハルの厳しい眼差しを思い出して含み笑う。

困難は人を成長させると言うが、思えば頼もしくなったものである。

 最初にふて腐れていた左遷官吏の姿はもう何所にもない。


『明日を見る為に、であるか……我に明日があるとはな。わはは、死んだ身で思いも寄らぬ事であったのである』


 アルトリウスは周囲の喧噪に包まれながら楽しそうにつぶやいた。






 クリフォナム、オラン、帝国とその出自に関係なくシレンティウム市民の怒りは強い。


 廃棄された都市と土地を利用し、これから新しい生活を始めようと頑張ってきた。

 ようやく形になり始めたその成果を、理不尽な理由から無にしようというアルフォード王の所行である。

 憤りを持たない方がおかしい。

 そして憤りは行動へと繋がる。

 アルトリウスの指示に従って防戦準備を手伝う市民は数多く現われたが、都市から逃れようとする者はほとんどいなかったのである。


「ここは俺たちの街だ!街は俺たちで守る!」


シレンティウム市民は一丸となって防戦準備に邁進し、その心は次第に1つの結果へと結びつき始めていた。






 アルマール村より20日後、ベレフェス族居留地、レーフェ


「ほう……なるほど、クリフォナムのフリードと対決など願っても無い事だがそれはお前らが強いという前提での話だぞ?アルフォードに攻められて縮こまっているだけの帝国都市に用は一切無い。帰れ」

「そこをお願いしに来たのです。もしこの戦いに私たちが勝てれば……」

「おおっと待て、もしもの話などして何になるか辺境護民官?勘違いをするなよ。確かに俺たちはシオネウス族の者共を匿って貰って感謝しているが、既にお前様の族民となったシオネウスに対する我らの庇護は切れているのだからな、今更助ける義理は無い。それに今この時に勝った後の話などして何の意味があるのか?負けたときの話をしてみろ?」


 ハルが言い募ろうとするのを制し、ベレフェス大族長ランデルエスは言い放つ。


「それは……全て滅びるでしょう」

「そうなるだろうが!」


 ハルの説得も功を奏せず、たった一つにして最大の弱点である勝利前提の未来予想図の甘さを論われ、現時点での協力を拒まれてしまった。

 ハルが黙り込んでしまったのを見て取り、ランデルエスは意を強くして更に言った。


「お前様が力を示してアルフォードを打ち破った暁には、協力してやっても良い!その時はシレンティウムとやら言う帝国都市を上位に同盟関係を結ぶ事に同意してやろう。我々ベレフェスは弱い者と組むつもりは無い」

「分かりました……仕方ないですね……」


 唇をかみしめるハルであったが、ベレフェス族の立場に立てば無理も無い。

 ハルが口にしたとおり、負ければシレンティウムのみならず協力した部族は全てアルフォード王の攻撃を受ける事になる。

 未だアルフォードの威勢と武名は健在であった。

 その様子を見たランデルエスは少し言葉の調子を和らげてハルに言う。


「心配をせずともアルフォードへも肩入れはしない。これは約束しよう」

「分かりました……有り難うございます」


 ハルの部族勧誘は不首尾に終わりつつある。

 興味を示して回答を保留したのはアルマールのみで、アルゼントとアルペシオの族長はハルの提案した同盟やその条件に対しては大いなる関心を寄せたが、戦士の派遣は拒否。

 ソダーシ、ソカニアの族長もやはり条件には興味を示しはしたものの、アルフォードを恐れて現時点での同盟締結や協力はこれを明確に拒絶した。


 そして最後の頼みの綱であるベレフェス族も、あくまでもシレンティウムがアルフォードに勝利しなければ協力はしないという姿勢で終始し、ハルの説得に応じようとはしなかったのである。

 落胆を隠せないハルであったが、ここでめげていてはここまで出てきた甲斐が無い。

 ハルはいずれの部族に対しても持ちかけたように最後の提案を出した。


「では、これは戦いに必要な取引として聞いて欲しいのですが、この部族の余剰食糧を全てシレンティウムに譲って下さい」

「ほう……なるほど、籠城で必要か、だが全ては無理だぞ」

「いえ、全て譲って下さい。対価はきっちり支払います」

「我らとて不測の事態の備えねばならんし余剰食料は必要だ、全ては譲れん」

「そうは言いましても……軍を起こしたアルフォード王が対価無しで全て持ち去ってしまいますよ?それでも良いのですか?」


 ハルの殺し文句にしばらく考えていた族長ランデルエスだったが、最後には頷く。


「ふむ……分かった。確かに辺境護民官の言うとおりだ。アルフォードに略奪されるくらいならきっちり対価を得て譲った方がましだな」

「ありがとう御座います。では輸送費用も含めてシレンティウムに食料が運び込まれた段階で帝国金貨を使って支払いをします……ぐずぐずしているとフリード軍が来てしまいますからね」

「分かった、すぐに手配しよう」






「駄目だったようですね?」

「ああ、仕方ないと言えばそれまでだけれども……くそ、自分の力不足が恨めしいよ」


 ハルが族長の館から出ると、外で待っていたアルフォード族の使者の若者、ルーダが声を掛けてきた。

 ハルが苦笑いを浮かべながら答えると、その周囲にいた数名の若者達も落胆のため息をつく。


「しかし、君たちは自分に付いて来てしまって本当に良かったのかい?」


 ハルが声を掛けた若者達は、各部族の族長に連なる者達。


 アルマールのルーダ。

 アルゼントのデリク。

 アルペシオのシール。

 ソカニアのカンディ。

 ソダーシのメリオン。


 ハルの説得や誘いに応じたのは現在の族長達では無く、これからの部族を背負って立つ若者達であった。

 


 いずれも閉塞した現状を打破したいと考えている次期族長候補の優秀な若者達で、凝り固まったクリフォナムの現体制打破の起爆剤になるのではないかとこれまでシレンティウムの動向に注目していた。

 そこに現われたのが件のシレンティウムを治める辺境護民官。

 辺境護民官と族長の話し合いの場に同席し、あるいはその結果を聞いて得た情報は恐るべきもの。

 辺境護民官は北方辺境の地に、帝国ともクリフォナムの現中枢である北方諸族とも異なる自立した政権を打ち立てようとしている。


 若者達は自分の意を実現する好機到来とばかりに父であり一族の長である族長を説得しようと試みたが、ハル同様不首尾に終わる。

 しかし全員が血気盛んなクリフォナムの若者達であり、大人しく引き下がることを良しとしないクリフォナム人の体質を色濃く受け継ぐ者達。

 彼らはハルがこれから何を為そうとしているかという事に興味を抱き、その好奇心を抑えきれず、あくまで族長の承認を得た上であるがハルに同行を願い出たのであった。


 強行軍に近い道中であったが、若者達はハルからその経歴やシレンティウムでの出来事、そして今後どうシレンティウムを運営していくかを聞き、更には北方辺境やクリフォナム、オランの民についての思いや未来を語り合い、ハルに対する信頼と自らの志を強くしてきたのである。

 

「ハルさん、戦士の集まりが悪くてアルフォード王の出立は随分と伸びるようですよ」


 伝書鳥を飼い慣らしているソカニア族のカンディが、乾かした小さな木の葉を差し出しながら言う。

 ハルが見ると炭で書かれた小さな文字が葉の上に躍っており、その内容はカンディの言ったとおり。

 ハルはその木の葉をカンディに返しながら口を開く。


「それは朗報だけれども時間はあまりない。各部族から買い付けた食料の到着もあるだろうから、直ぐにシレンティウムへ戻ろう……早速だけどルーダ、抜け道はあるかい?」

「はい、ここから西南方向に抜ければ若干森や山で迂回はしますけれども……シレンティウムまでほぼ直線です」

「分かった、道案内は頼む。シレンティウムで籠城準備を確認した後はもう一度アルキアンド族長の所へ行こう」

「「分かりました!」」


 ハル達は直ぐさま騎乗の人となると、一路シレンティウム目指して掛けだした。







フレーディア城下町、太陽神殿



 厳かな雰囲気に包まれた木造の神殿。

 その威容は石造りの物に何ら劣る事無く、フレーディア城下町の中で存在感を主張している。

 その主要礼拝堂には、フリードの戦士を引き連れたダンフォード王子とその妹姫であるシャルローテの姿があった。


 相対するのは60歳をいくらか過ぎている細身の女性。


 背筋はすっきりと伸び、腰の辺りまで伸ばされた銀髪は美しく梳られている。

 そして身に着けているのはその髪に勝るとも劣らない見事な銀色の長衣。

 手には太陽神の大神官が受け継ぐ大神官杖がある。


「これは……この様な神殿へ戦士達を引き連れておいでとは物々しいですね」


 口を少し皮肉っぽくゆがめたその女性が揶揄するように言うと、ダンフォードがこちらは緊張からか少し固い様子で反論する。


「戦士達は私の護衛で他意はありません。今日は大神官様にお願いがあって参りました」

「はて、お願いですか?私ごとき神職の者が王子殿下のお役に立てる事は何も無いと愚考致しますが……」


 太陽神殿の大神官アルスハレアの口調はあくまでも穏やかであるが、はっきり断りたいという意思が分かるものであった。

 しかし王子達も最初から要望が叶えられるとは思っていないのか、とげとげしい言葉には動じた様子も無く余裕をもって答える。


「はい、是非ともお力添えを頂きたく存じます」

「はて……私に一体どのような力添えが出来ますか?」

「まずは、そうですね……帝国廃棄都市にいる大神官様の弟子に連絡をして頂きたい」

「連絡?」


 ダンフォードの唐突な申し出に、若干戸惑いの色を見せる大神官アルスハレア。


「ええそうです。連絡です……加えて太陽神殿大神官の名で、廃棄都市や周辺に住むクリフォナムやオランの民に西方帝国に対する蜂起を呼びかけて貰いたいのです」

「はあ、なるほど……それがお願いですか?」


 アルフォード王が廃棄都市を攻める命令を下した事は政治から遠ざかっているとは言えアルスハレアも城下町の族民達と同程度に聞き及んではいたし、ダンフォードの言う廃棄都市に愛弟子エルレイシアが居る事も本人からの連絡で知ってもいる。

 何処で何を入れ知恵されたのか、王子達は大神官である自分を通じてそのエルレイシアに連絡し、これを利用して廃棄都市の族民達に内応させようとしているようだ。


 しかしはっきり言って稚拙に過ぎる。


 そもそも40年前の大反乱時にその標的とされた都市でアルトリウスに協力していたのは、何を隠そう大神官アルスハレア自身である。

 アルトリウスの最後の願いを聞き届けたアルフォードによって命こそ存えたが、フリードの地へ抑留されてこの城下町に大神殿を開かされたのであり、決して関係は良好とは言えない自分にそのような願いを持ってくる事自体が愚かしい。

 まあ、それ故に兵を率いているのだろうが……


「きっぱりお断りしたい所ですが……まず、私がその願いを聞き入れた所で上手くはいかないでしょう」

「何故ですか?そんなはずはありません。クリフォナムの民達はその誇りでもって、廃棄都市の辺境護民官の邪な意思を砕くでしょう」


 ダンフォードが言い切ったその様子にため息をつきたくなったアルスハレアであったが、父王に似ず短慮で激高しやすい事を知っている為あえてその表情は見せない。

 簡単に反乱を起こせと言うが、人が命をかけるには相応の理由が必要だ。

 しかしながらシレンティウム周辺に住まうクリフォナムの南部諸族は、フリード族に対しても西方帝国に対するのと同程度に不満を持っている。


 それに加えてシレンティウムの辺境護民官は極めて公正公平で、善政を敷いているらしい。

 弾圧されるでも無く、シレンティウムの復興によってアルマールを始めとする南部諸族の族民達は次第に生活が向上しており、反乱を起こす理由が一つもないのだ。

 そういった廃棄都市復興の良い噂は遠いこの地にまで既に届いている。

 族民達が幾らクリフォナムの誇りを持っていようが現実の生活を支え、向上させてしかも維持してくれているのは西方帝国の辺境護民官であり、その廃棄都市にある住居や農地であり、更には西方帝国が用いている技術や文明なのだ。


精神的な支柱であるとはいえ、太陽神官が煽動した所で直ぐに転覆するような情勢に無い事は最近シレンティウムへ入ってきた帝国人の振る舞いからも明らかである。

 族民の中に帝国に対する不満や怨嗟がそれほど無いのだ。

 それを崩し去るにはかつてアルトリウスに協力したアルスハレアが経験したように、外からの軍事力で潰す以外に方法が無く、実際その時アルフォードはそれを実行した。

 加えて当時は帝国中央が介入した事によって帝国優位主義が進み始め、族民達に不満がたまっていた事もある。


「お断りしましょう、それにそもそもエルレイシアがこの策に乗るか否かは……」

「分かりますとも!我らの妹なら必ずや我々の意を酌んでくれるでしょうからな!!」


 やんわり断ろうとしたアルスハレアを遮ったダンフォードが力強く言う。


「な……なぜっ!?」


 しかし今度は驚愕の表情を堪えきれずにアルスハレアが絶句した。


「ふふふ……我々が何も知らないとでも思っておいでですか?我々の妹は誇り高きフリードの王族に連なる者、必ずやこの策を実行してくれるでしょう」


 アルスハレアを含めて少数の者しか知らないその事実をどうして王子達が掴んだのか。

動揺を隠しきれないアルスハレアが、それでもその聡明な頭脳に感じた違和感の正体を探ろうと震えながらも口を開く。


「で、では……何故この神殿へ?そうであれば私を介さなくとも……そもそも私などを介す必要が無いではありませんか?」

「んん……そうですね、それはあなたに我々の依頼を断らせる為です」


 愉悦にゆがむダンフォードの顔を見て、アルスハレアは違和感の正体に気が付いた。

 ダンフォードは意のままにならない太陽神殿や神官を掌握すべく此処へ来たのだ。

 そしてその要である大神官の自分を抑えるつもりであろう。


「くっ……最初からそれが狙いですかっ……!!そんな蛮行を族民達が許すと思うのですか?恥を知りなさいっ」

「許すも何も……族民達は私たち王族に従うのが当たり前でしょう?それに新しい大神官は用意していますからご心配なく。あなたには後事の憂い無く大神官を退いて貰います」


 怒りを押し殺しつつ言葉を発するアルスハレアを余所に、ダンフォードはにやりと笑みを浮かべて後の妹姫を見た。


「我が妹、シャルローテが太陽神殿大神官を継ぎますので、宜しく願いましょう」

「……神意に沿わない神官位の譲位など認めません」


 進み出るシャルローテを苦々しげに見遣りながら、ダンフォードの言葉に反抗したアルスハレアは素早く大神官杖を構えようとしたが、その瞬間わっと飛び掛かった戦士達に拘束されて杖を取り上げられてしまう。


「な、何を乱暴なっっ!!」

「父王はあなたに甘すぎたと思います。宮宰もしかりですが、我々は違います……連れて行け!」


取り上げた大神官杖を戦士から受け取ったダンフォードは、物珍しそうに眺めた後それをシャルローテに手渡した。


「今日からお前が太陽神殿大神官だ、神官登位式は対廃棄都市戦の戦勝後に派手にやってやる」

「はい……分かりました」

「認めませんっ!」


 連行されつつも2人の会話を聞きつけたアルスハレアが叫ぶが、ダンフォードは意に介さず神殿の中を見回してから満足そうに言った。


「これで我がフリード族の北方掌握に一歩近づいたという訳だ……」


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