第17話 西方帝国とフリード族
同時期、帝都中央街区、西方帝国元老院議場
豪奢な白い大理石で建造された元老院議場。
人気の無いこの場所に、帝国元老院の正装である白の貫頭衣に同じ色の楕円長衣を身に纏った60歳くらいの男が腰掛けていた。
階段状になった半円形の議席中央付近に、膝を立てて座っていたその男の傍らには黒装束の男がいる。
普段であれば、皇帝を補佐する元老院議員達が侃侃諤諤の議論を行い、帝国政治の方向性を決める、謂わば帝国の中枢とも言うべきこの議場も、夕方ともなれば静かなたたずまいを見せる。
その静かな広い議場で、黒装束の男が何事かを男へ報告している様子は伺えるものの、その声は小さく、内容は聞こえない。
「そうか……それ程までに力を伸ばしつつあるのか」
報告を受けた男は深く、しかし静かにため息をついた。
白髪を短く刈り揃え、厳格を絵にしたような顔は報告を聞きより一層厳しさを増す。
「それでお前の見立てはどうだ?」
「はい、このまま順調に成長すれば、ですが……彼の英雄アルトリウスが築いたハルモニウムをしのぐ繁栄と盛名を北の地に発現するに違いありません」
「うむ、確かにな……計画自体は見事なものだ、そつや取りこぼしが無い」
陰の男から手渡された報告書を読み進めるにつれ、男の眉間には苦悩とは種類の違うしわが刻まれる。
「農地開発、都市再整備、湿地干拓、住民徴募、街道改修……施策を上げれば切りが無いが、例え“ガイウス・アルトリウスの遺産”があったとしてもここまで見事に立ち回れる者は他にいないだろうな」
「はっ、北の英雄王も動向には注目し始めたようです……尤も、耄碌して久しい英雄王自身が注目しているかどうかは分かりませんが……」
「……おい、滅多な事を言うなよ?あの英雄王には西方帝国北方の脅威で居続けて貰わねば困るのだからな」
揶揄するような黒装束の声を聞きとがめた元老院議員が窘めると、黒装束は黙って居住いを正した。
その行為を反省のものと受け止めた元老院議員は立てていた膝の上に肘を突き、手の甲の上に顎を乗せて片手にした報告書を読み進める。
「ふん……東の大帝国と、東南の王国にこの件に関連して動きはあるか?」
「シルーハは未だシレンティウムの動向を把握しておりませんが、東照帝国は商人伝いで情報を仕入れたらしく、既に塩畔の西方府黎盛行都督が動いている模様です」
ふと報告に記されていない外国勢力の事を口の上らせた男にたいし、黒装束がまるで待っていたかのようなタイミングで回答する。
その回答を聞いた男が口角をゆがめた。
「あの狸親父か、一度使節としてここにも来た事があるが……大方シルーハとの紛争に利用する腹だろう?友好的になりつつあるとは言え相変らず油断できん国だな……しかし今は静観するほかあるまい」
西方帝国には敵が多い。
現在帝国の剣たる軍閥は内海南岸の南部部族連合の住まう地に執心しており、その下準備の為に8年前、南方辺境である群島嶼へと軍を進めた。
結果として3年もの月日を要し、莫大な損害を出しつつも制圧に成功したが、その結果一時的に計画は頓挫、帝国は軍力回復に5年の歳月を要したのであった。
そして現在、以前の水準まで回復した国力と軍事力を見て再び軍閥が計画を練り始めている。
「……如何しましょうか?」
「どうもこうもない、しばらくは放っておくしかないだろう?我らに兵権は無いのだからな……」
男が黒装束の男に少し投げ遣りな態度で答えた。
帝国内には現在大きく分けて3つの政治勢力がうごめいている。
軍権を背景に帝国領土拡大を至上命題とし、軍事最優先の国家建設を掲げる帝国軍閥。
地方分権推進により領土を拡大し、最終的には貴族による合議制国家建設を目的とする貴族派貴族。
本来の帝国の姿である中央集権を再構築し、内政重視、皇帝集権という名目の権限強化を目指す中央官吏の三派である。
他にも領地を持たない市民派貴族や富裕市民などの諸勢力もあるがそれほど大きな力を持っておらず、現在はこの3つの派閥が帝国の主導権を争っていた。
そこに老いた現皇帝マグヌス帝の後継者問題が絡んだことで抗争は激化の一途をたどっており、またそれぞれの政治目的を隠れ蓑に私腹を肥やす輩も後を絶たず、各派閥とも自派閥の締め付けと相手方の切り崩しに忙殺され、本来の業務がなおざりになっていることが帝国自体の荒廃に繋がっているのである。
そうしてささくれた気持ちでいた時に、帝国貴族と衝突した下っ端の中央官吏が居ると報告を受けたのは何時の事だったか……
面白い奴がいるものだと興味本位で記録を取り寄せたところ、その好漢は元敵国である群島嶼の剣士だという。
衝突の理由も貴族の評判を貶め、中央官吏の権限強化に寄与しそうな帝都の市民受けする実に良い内容。
その行為は筋の通ったもので久々に爽快感を感じた報告だったが、そこは1勢力の旗頭として事件を考えてしまう悲しさ。
その結果これを利用しない手は無いという結論に達した。
「……あの時動いて正解であったな」
「まさにそうですな」
元老院議員の独り言に黒装束が相づちを打つ。
確かに中央官吏の地位向上にはこういう硬骨漢を養っておかねばならないが、然りとて未だ勢力不利な状態で徒に貴族派貴族と衝突するのも得策では無い。
罷免要求を出して来た貴族派貴族筆頭であるルシーリウス卿の要請を何とかかわし、現場の同僚官吏を上手く宥め賺して左遷でカタを付け、更にはシレンティウムへの赴任を命じた事は間違いでは無かったようだ。
このままシレンティウムがかつてアルトリウスが為したように都市として成長し、皇帝直轄州と成れば、再び徴税官を派遣して中央官吏の地力向上にその財力を利用できる。
硬骨漢であれば我々中央官吏の意向に逆らうかも知れないが、軍閥や貴族の言いなりにもならないだろう。
かつてのアルトリウスもそうだったように、むしろ正当な理由のあるものがこういった硬骨漢からは利を得られるし、言う事を聞かせられる。
後はその繁栄を横取りされないよう如何に他の勢力から隠しおおせるか、であった。
「……カッシウス執政官、如何致しましたか?」
「いや何、ちょっとした考え事だ」
「そうですか……お休みになっておりますか?」
「このような時に休んでいられるものか、時勢に取り残されてしまうではないか」
沈思黙考が過ぎたようで、部下である黒装束から心配されてしまった男、帝国元老院議員にして帝国中央官吏の筆頭でもある執政官クイントゥス・カッシウスは苦笑しつつそう答えて更に言葉を継いだ。
「まあ良い……シレンティウムとやらの繁栄はこのまま軍閥や貴族には知られないよう注意してくれ。報告ご苦労だった、引き続き監視を続けるように」
「は、それでは……」
黒装束が議場から静かに消えるとカッシウスもゆっくりと議席から腰を上げる。
「さあて……彼の者の行動が帝国再興の礎となるか、はたまた滅亡のきっかけとなるか」
楕円長衣の懐に報告書をねじ込みながらつぶやいたカッシウスは、ゆっくりと議場を後にするのだった。
同時期、フレーディア城内王の間
薄暗い部屋の中で跪き、アルマール族の若者はシレンティウムの現状について報告を終えると頭を垂れた。
「アルマールの小倅から報告のあった件か?忌々しい帝国人め……また我が大地に巣喰いおったか」
「……」
「我らが大地は我らの物だ、侵す事は許されん……それに加えて実に気に喰わぬ。攻め滅ぼせ!」
無言の使者を前に言ったのは金銀のちりばめられた王冠を頭に嵌め、豪奢な毛皮を身につける80歳を過ぎた大きな老人。
長く伸ばされた金髪はくすみ、口元と顎に生える立派な髭の色も良くはない。
しかし未だその眼光は鋭く周囲を圧しており、シレンティウム復興の経過を報告に来たアルマール族の年若い使者を震え上がらせた。
もしアルマール族の若者が勇気を奮ってその瞳を見ていれば、王の瞳の中に含まれているのは狂気であったことに気が付いただろう。
しかしながら勇気は発露されず、アルマール族の若者は厄介な任務が一刻も早く終わる事を願ってうつむいたまま王の言葉を待った。
「王、しかしあの地は彼のアルトリウスが拠り、半年近くに亘って我らに激しく抵抗した難攻不落の城地ですぞ。また東と西、北と南を結ぶ交通の要衝で、その賑わい振りを利用し我が民族の振興に役立てるのも手かと思いますが……」
傍らに控える宮宰が申し述べると、王と呼ばれた男、クリフォナム人フリード族の英雄王アルフォードは、喉にこもった不気味な笑い声を上げた。
「ベルガンよ、我が民族に賑わいなど要らん……我が民族に必要なのは血泥である!我が民族こそは武に拠って立つ者共……賑わいなど、必要とはせんのだ……」
そう言いつつ王は傍らの黒い箱を忌々しげに見遣る。
宮宰ベルガンはその中身を知っていたが敢えてそれには触れず言葉を続けた。
「しかし王……その相手たる西方帝国は賑わいによって軍を為し、賑わいで得た金で戦士を雇い養い、南の内海沿岸の地に覇を唱えたのですぞ?」
ベルガンの発言が終わると同時に突如アルフォードは玉座から立ち上がり、手元にあった巨剣を引き抜いて咆哮した。
「それがどうした!?西方帝国など惰弱な者共、いざとなれば我が勇敢なるクリフォナムの戦士達が帝国の端城など一瞬で踏みにじってくれるわ!彼のアルトリウスもこの我が剣で葬ったのだぞ!この剣の錆となったのだぞ!!」
唖然とするアルマールの若者を余所にアルフォード王は一気に叫んだ後、どさっと力なく玉座へと座り込む。
そしてかすれた声で誰ともなく言った。
「軍を起こせ……あのアルトリウスの居城を落とすのだ……!今度こそ……完膚無きまでに叩け……・・・・・・を使え……!」
擦れた言葉を間近で聞き取り、宮宰ベルガンはすっと頭を垂れて王の意に沿うたことを示すと、すぐに護衛戦士達を呼び集めてからアルマール族の使者へ告げた。
「……これで謁見は終わりだ、下がって良いぞ。アルキアンド殿に宜しく伝えてくれ」
苦渋に満ちたベルガンの顔を驚いて見返しつつ、死者は無言で頷くとさっと踵を返したのだった。
アルマール族の若者が王の間を驚愕を伴って後にすると、黒い箱を持ったまま寝入った王は一旦寝室へ護衛戦士達の手で運ばれ、王の間は宮宰ベルガンだけが居残る静かな場となる。
王の命令は絶対とは言え、このような無茶な命令を実行に移す訳にはいかない。
昔と違ってアルフォードの求心力は低下しており、また帝国に対する怒りを伴った反感はそれほど高まっていないのだ。
今や各部族は“かつての英雄”に敬意を払って義理人情で従っているに過ぎず、この時期に軍を起こした所で従う部族はほとんど無いだろうとベルガンは見ていた。
クリフォナムの北部諸族は間もなく来る収穫期を狙って南下するであろうハレミア人の警戒に忙しく、東部諸族も同じ理由からフィン人に備えて戦士を招集している頃。
伝統的にフリード族と仲の良くない南部諸族は、下手をすれば帝国側に付きかねない。
ここで軍を招集して満足に戦士が集まらなければ、帝国のみならずオランやハレミア、更には東方のフィン人から侮りを受ける事にもつながり、そうなればアルフォードの盛名で得ている平和が崩れる事になる。
思い悩みながら細い矢狭間を兼ねた窓より下を見ると、慌ててアルマールの若者が馬に乗り一目散に帰還する様子が見て取れた。
これで少なくともアルマールの村に王が無茶な命令を下した事が伝わる。
願わくば帝国の辺境護民官にも伝わって貰いたい。
アルマール族長のアルキアンドはそれぐらいの腹芸は出来る男だ、期待しても良いだろう。
今後王の命令を実行に移さないようにするには如何にすべきか考えるべく、自室へ引き上げようとしたベルガンを呼び止める者がいた。
「ベルガン宮宰、帝国の廃棄都市が復活したのか?攻めとるんだろう?」
驚くベルガンが振り返る。
そこにはベルガンに声を掛けたと思しき、アルフォード王を若くした容貌と明るい雰囲気を持った男がいた。
その男の後には銀色の髪を短く刈った物静かな雰囲気の若い男と、豪奢な金髪を長く腰辺りまで伸ばした可憐と言うにふさわしい若い女がいる。
「ああ……これはダンフォード王子、デルンフォード王子とシャルローテ王女も……今のお話をお聞きでしたか……」
宮宰ベルガンはアルフォード王の出来損なった子供達の登場に内心舌打ちしたい気持ちで一杯だったが、主筋の王子達を無碍には出来ない。
ベルガンがそういった思いは一切顔に表さずにこやかにそう応じると、ダンフォードはにやりと笑みを浮かべた。
「ああ、もちろん一部始終聞かせて貰ったよ……全く興味深い話だ、なあ?」
宮宰のベルガンの言葉にダンフォードがそう言いながら後の2人へ声を掛けると、2人は黙ったまま頷いた。
「本当に軍を起こすのか、ベルガン?もう父王はまともな判断を下せないからな。何を言っても駄目だろう?親父に代わって我々が話を聞かなければどうにもならないと思うぞ。この案件は重要そうだから最終的には俺たち3人で話し合って決めてから決裁をするよ」
「あ……そうですか」
ベルガンは表情にこそ出さなかったが、もう一度舌打ちをしたい気分だった。
王の子供らとはいえ未だ実権はアルフォード王にある。
最近は王が耄碌した事を好機と捉えたのかどうか分からないが、積極的に権力を行使しようとしている3人。
本来であれば悪い事ではないのだが、それぞれ王位に野心を示している3人はアルフォード王の後継として抜け駆けを互いにしないよう監視し合っているに過ぎない。
確かに今のアルフォード王に政治的な判断を求めるのは酷だし得策では無いが、そういった時の為の家臣団であり、それを束ねる宮宰たる自分が居るのだ。
アルフォード王の盛時はその威光を恐れて政治の場に近寄りもしなかった3人。
判断力や政治バランスについて特に誰が優れているという訳でもなく、ベルガンから見れば3人ともアルフォード王の器を受け継ぐ事の出来なかった出来損ない共である。
今回の件に限らず重要な案件について等分に関与しておき、後継者争いで抜きん出た存在を作らないようにしているのだろうが、そんな事は自分達姉弟の間ではどう働くかしらないが、部族全体としてみれば意味が無い。
血筋で王を決めるというのは王の子供にその実力があってこそ初めて意味を成すものであり、クリフォナムにおいては世襲は必須ではなく、実際アルフォード王と先王の間に血縁関係は無いのである。
殊に人を多く集められる者が王になるというのがクリフォナム人フリード族の伝統で、アルフォード王はそうしてあくまでも実力において先王に認められて王位を勝ち取ったのである。
しかしこの王子達は長く安定したアルフォード王の治政で、すっかり勘違いをしてしまった。
クリフォナム人は良くも悪くも実力主義である為、現在のアルフォード王個人の魅力に惹かれ、あるいは恩義を受けて従っているフリードの戦士や宮廷官、貴族は数多あれど、実力の無い王子達を認めている者は今のところ皆無である。
今はアルフォード王が尊敬されているが故に、その派生効果として敬われているに過ぎない王子達。
ベルガン自身もアルフォード王個人に宮宰として従っているのであって、その血筋に従う家臣では無い為、万が一アルフォード王が無くなれば宮廷を去ろうと考えている。
当然アルフォード王よりふさわしい者が王位を正当な手段で手に入れ、ベルガンが心酔できる人物であればそれに従うこともあるだろうが、少なくとも目の前に居る3人に忠誠を誓う事は絶対に、ない。
「それで、その廃棄都市を滅ぼせばどのくらいの財が手に入るんだ?賑わいを利用しようってのはそういう意味なんだろ、ベルガン?軍を起こすなら収穫前の早いほうが良いよな?父王もきっとそう言うよな?」
しかしそんな無能も今は王の子。
王子の意向を無視する事は王の意思を無視する事になる。
ましてや王本人が軍を起こせとも言っている。
「……分かりました、戦士達に早速触れを出します」
思わずため息をついてしまうベルガン、これで戦争は避けられなくなってしまった。
「ああ、頼んだよベルガン」
ダンフォード王子が弟妹を引き連れて王の間を退出したその数刻後、フレーディア城には戦士の招集を告げる高らかな角笛の音が鳴り響いたのだった。
フリード族の戦士招集から数日後、アルマール村、アルキアンドの屋敷
「これは……非常に困ったことになった」
「族長っ、困ったどころの話では無いじゃろうが!何をのんびりと構えておるのかっ!?」
ぼんやりと中央の席でつぶやいたアルキアンドに長老の1人が激しくかみついた。
アルフォードへ送った使者が帰還してすぐにアルキアンドは、部族全ての長と戦士長を呼び集めた。
彼らとは別に戦士団を招集もしたが到着するのは早くとも1月後。
収穫を間近に控えたこの時期にどの程度の数の戦士を招集できるか分からないが、アルキアンドは防御的な意味を考えて戦士を招集した。
荒くれ者揃いのフリード族がシレンティウム攻撃に動くとなれば、直近のアルマールとしては巻き込まれる可能性を考えておかなければならない。
彼らはと言うか、クリフォナムを始めとする北方人は自身が所属する部族以外にはあまり配慮しない。
戦争なので当然軍事活動に必要な物資や労働力は、女を含めて間違いなく略奪されるだろう。
再び黙り込んだアルキアンドに別の長老が質問した。
「アルフォード王の招集に応じますかの?」
「ふむ……いや、ベルガン殿から戦士招集の話は来ていない。おそらく事をフリード族のみで抑えるつもりだろう。北のハレミア人が南下の兆しを見せている上に、西のオラン人や東のフィン人も収穫期を迎えてどう動くか分からないから、他部族を動かすのには慎重にならざるを得ないのだろう」
その長の言葉にアルキアンドは首を横に振りながら答える。
今フリードを実質的に動かしているのは宮宰ベルガンで、このことはクリフォナム人であれば皆知っている。
かつての英雄王も老いには勝てず、最近頓に耄碌が激しく宮宰や宮廷官も王の対応に苦慮していると聞く。
そして無能な3人の子がそれに乗じており、フリードの求心力は徐々に低下して来ているのだ。
しかし英雄王の盛名は未だ高く、衰えたりと雖も蔑ろには出来ない。
「シレンティウムへ送った使者は戻ったか?」
「いえ、しかし近いですから……もう間もなくこちらへ戻ることでしょう」
アルキアンドの質問に、更に別の長老の1人が答えた。
「……族長、今更ですが西方帝国に肩入れするような真似をして良かったのですか?」
「真似も何も、既に肩入れは随分昔からしているじゃないか」
帝国の貢納要求に長年従い、一時はハルモニウムの傘下に入った事もあるアルマール族である。
思考形態は他のクリフォナム人より帝国寄りである事は間違いない。
しかしアルキアンドの言葉はあからさまで、クリフォナム人としては大胆な発言であった為に場がざわめく。
「でもよ……英雄王だって我々に幾度も財産や兵の提供をさせてきたんだろう?西方帝国とどう違うんだ?今回西方帝国とフリード両方からの貢納要求が無くなったのは、シレンティウムのお陰じゃ無いのか?」
別の長がアルキアンドの意見を補足するような発言をすると、ざわめきが大きくなった。
確かにシレンティウム復興開始後、帝国から毎月来ていた貢納要求は一切なくなった。
フリード族の有力者達も直近に出来たシレンティウムの存在を意識して、アルマール各村への立ち寄りを止めてしまったことから貢納が止んでいるのだ。
一方アルマール族の部族領域各地でシレンティウム発の街道整備が進み、帝国兵が極めて紳士的に巡回や警護を行ってくれている為にアルマールの族民達は最近すこぶる安泰な日々を送っている。
アルマールにとって最も望ましい状態はこの現状を維持すること。
「英雄王は黙って座っていてさえくれれ良かったのだがな……我々を放置していてくれれば何も問題は無かったのだ……わざわざ厄介事を起こしてくれた勢力に肩入れする事も出来まい?」
アルキアンドによる再びの爆弾発言で、ざわめきはどよめきに変わった。
そのとき、突然屋敷の扉が開く。
アルキアンドが振り返るって見ると、簡単な革鎧を着けたアルマールの若い族民が息せき切っている。
そして焦りを隠そうともせず開いた扉の前に立っていた。
屋敷の見張りに立ててあった者だ。
「ぞ、族長!し、使者が……」
アルキアンドが何事かを尋ねる前に、その族民が切れ切れに言う。
いぶかしげにアルキアンドが眉を顰めると、その後から黒髪の帝国人が現われた。
「おじゃまします……アルキアンド族長、お久しぶりですね」
「これは……辺境護民官どの?」
辺境護民官ハル・アキルシウスが護衛も付けず、アルキアンドが送った使者を伴ってそこに立っていた。
呆気に取られるアルキアンドやアルマールの長老連中を余所に、ハルは屋敷の中をのぞき込んでから言った。
「ちょっとお願いがあってきたのですが……丁度皆さんお集まりですね。これは良かった」