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辺境護民官ハル・アキルシウス(改訂版)  作者: あかつき
第1章 廃棄都市復興
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第15話 民族宥和

 同時期、シレンティウム中央通り


 ハル達がバルコニーでお茶を楽しんでいる頃のシレンティウム市街。

 今2人のアルマール族に属する人物が現れた。


「ふわあああ~すごいねっ!おじいちゃんっ!!」

「ああすごいのお……こんな事も人には出来るんじゃなあ。南の民人の技術とは凄まじいものじゃのう」


 アルマール村のマークは、祖父のデニスとシレンティウム東の城門をくぐり歓声を上げた。

 デニスも孫の声に頷きながらしきりに驚いている様子である。

 城門はマークもよく知るクリフォナム人の創世神話にて語られる世界樹が象られているのだが、村で見る装飾の何倍も精緻であり、しかもそれはクリフォナムの村々のように木ではなく固い石に刻まれている。

 街路は石畳で舗装がなされ、その脇にある石造りの高い建物も思わず見上げてしまわずにはおれない程の威容を誇っている。

 マークは周囲の建物を見上げ過ぎて、ついには首が痛くなってしまった。


「あ、おじいちゃん!あそこでみんな物を売っているみたいだよ!」


 首をさすりつつマークが指さす先には様々な族民達が集まって青空市場を開いており、本当に雑多な人々がたくさん居るのが見て取れた。

 父親と母親は農作業で手を離せない為、マークは祖父と一緒に作った籠や笊、綱などの手工芸品を売りにシレンティウムまでやって来たのである。

 小さい頃は死んだ帝国の鬼将軍が未だに支配する都市だから近づいては行けない場所と教えられていたが、最近は物を売りに行く人たちや逆に買いに行く人たちが多い。

以前は遠い帝国の関所まで行って商売をしていたようだが、帝国の商人達もシレンティウムまでは来るようになったとかでアルマール族はより自分たちの村々に近い場所で帝国の産品を買う事が可能になった。

 他のアルマール族の村々と同様、最近アルマール村の人々は専らシレンティウムで物の売り買いをしている。

 道はシレンティウムに所属する帝国の兵士達が巡回して安全を確保しており、盗賊や野獣、魔獣の類いもめっきり姿を見せなくなっていた。


「おじいちゃんっ!あれ何?」

「うん?おう、あれは南にある西方帝国の兵士じゃなあ……アルマールの戦士と同じ役割を持った人達じゃ」

「ふーんそっか~なんかすっごく重そうだね~」


 マークが指さしたのは2列に整列して大通りを警備している帝国兵の十人隊。

 銀色の金属を幾つも組み合わせて作った鎧に銀色の臑当、頬当ての付いた見事な円形の兜、そして四角い大楯と投槍を持ち、腰には両刃の短い剣を差している。

 マークは村にいる羽根飾りの付いた兜に革の鎧、細長い盾に長剣と槍といった姿の部族戦士達の姿を思い出して凄く違うなあと、感心しきりである。


「おお良い場所が空いているようじゃ。マーク、ここに敷物を広げるんじゃ」


 行進して去って行く帝国兵を興味津々に見送っていたマークは、祖父に声を掛けられ慌てて祖父の居る青空市場の一角目がけて走った。

 その途中で前をよく見ていなかった為に人とぶつかってしまうマーク。

 地面へ派手に投げ出され祖父が慌てて駆け寄ってくるのが見えた。


「大丈夫か少年?」


 ぐいっと腕を引かれて立ち上がると赤色の貫頭衣を着た、茶色の短い髪に同じ色の瞳の若い男がいた。


「だ、大丈夫です……ごめんなさい」


 そう言いながら立ち上がるマークの身体に付いた砂埃を払い落とした男は、親切にもマークの持っていた籠や笊を拾い集めてくれている。

 今日まで村から出た事の無いマークにも姿服装から帝国人だとすぐに分かった。

 途中会う事も無かったので帝国兵を見たのは初めてだったマーク。

 しかし帝国人は村に貢納を要求しに来た事があるので何度か見た事がある。

 大人達は激しく忌み嫌っていたし確かに村へやって来た帝国人は意地が悪そうだったが、マークの見るこの帝国人はとてもそんな嫌な感じはしない。


「申し訳ありません。孫が粗相を致しまして……」

「うん、まあ気を付けて歩けよ少年。ここは人が多い場所だからな」


 恐縮している祖父を余所に帝国人は集めた籠をマークの背負っている大きな籠へ入れてくれると、それだけ言い置いて立ち去ってしまう。


「な、何とも奇妙な事じゃ……ここの帝国人はわしらと対等に、そして普通に話す」


 祖父が驚いたようにつぶやいていたが、マークは親切にして貰ったという思いだけで他に感じる事も無い。

 実害を直接被った事がないので比較する対象がないので当然の事だったが、マークは祖父の様子に首を傾げながらも言われた場所へ敷物を広げて商品を並べ始めるのだった。





 同時刻頃、シレンティウム郊外オラン人の開拓地



 オラン人のテオネルは力を振り絞って止めとばかりに太い木の幹に斧を打ち込んだ。

 がつんという強い手応えと共に木が耐えかねたようにメリメリと生木の裂ける音を発しつつ、思い通りの方向へ地響きを立てて倒れたのを見て満足し額の汗を拭うテオネル。


「よしっ、これで一段落だな!」

「お疲れだったなテオネル。これでようやくここも開けたよ!」


 周囲で木の倒す方向を綱で調整してくれていた従兄弟や親戚達が近寄ってねぎらいの言葉を掛けてくるのを、テオネルは息を切らしながら首肯することで答えた。



 テオネルはシオネウス族の族民で、昔は戦働きもしたが家族が出来てからはずっと農民としてやって来た。

 その大切な家族は妻と子供3人がいる。

 村を放棄して移住することが決定した時は、帝国兵の横暴を免れるためならやむなしと従ったが、妻や子供の事を思えば一刻も早く安住の地を見つけたかった。

 幸いにも死霊都市を治める辺境護民官がシオネウス族を受け入れてくれた為に、意外というか、予想を遙かに超える好条件で新しい農地と居住地を手に入れる事が出来た。

 それからはひたすら木を切り、切り株を掘り起こし、畑を耕して過ごしたテオネルを始めとするシオネウスの族民達であったが、今ようやくそれが形になりつつある。


「よ~し、昼飯前に切り株を掘ってしまおう」


 上衣を取り、汗だくの上半身を荒い息で上下させながらテオネルが言うと、従兄弟達も頷いて周囲に散った。

 そしてすぐに縄と梃子、馬に鍬、鋤が用意される。



数刻後、がっちり根を張っていた切り株は予想外にテオネル達を手こずらせはしたものの無事掘り起こしが完了する。

 汗と泥に塗れたテオネル達は用水路を流れる水を汲んで喉を潤し、泥で汚れた手や身体を洗い、互いの労働を笑顔で称え合う。

 全くこの土地は素晴らしい!

 水は美味く清潔で透き通っており、居住場所も不快さとは無縁。

 土地はまだまだこれから耕起していかなければならないが、切り株を掘った時に出てくるミミズの太さや長さを見ればここが如何に肥えた土地であるかが分かる。


「おとうさ~ん」

「お?お~い、ここだぞ~」


 重なる子供の声に応じて手を振りながら声を出するテオネル。

 息子と娘が妻の作った弁当を持ってきてくれたようだ。

 ここシレンティウムは周辺地域も含めて治安が良いので、子供にも安心してお使いをさせる事が出来る。

 テオネルが手を振るのを見ると、子供達は喜び勇んで駆けだした。

ふと、テオネルの手が止まる。


「なっ……何故帝国兵が?」


 子供達の後から帝国兵が5人、じっとその行き先を見つめているのが見えたからである。


「お、おい、何で帝国兵がここに居るんだよ……」


 従兄弟が不安も露わにテオネルへ問い掛けるが、その理由はテオネルが知りたい所である。


「はいっ、お父さん!お弁当だよ~」


 子供達が駆け寄ってきて、テオネルへパンと果物の入った手提げ籠を手渡すが、テオネルは心配さの方が先立ちそれを受け取りつつも慌てて子供達に尋ねる。


「おい!お前達あの帝国兵は何だっ?」

「ん?あのおじさん達のこと?」

「そうだ、おかしな事をされなかったか?」

「大丈夫か?」


 テオネルに混じって従兄弟達も息せき切って尋ねるが、子供達はきょとんとした様子で自分たちを囲む大人を見つめる。


「変な事、されないよ~?町からでる時に危ないからって送ってくれたんだよ」

「そうだよ、面白いおじさん達だよ?南の国のお歌を教えて貰ったの~」 

「……何だと?ウタあ?」


 息子と娘の答えに驚くテオネルが思わず帝国兵の方を見ると、5人の帝国兵は子供達が無事親元へ到着した事を見届けた為か、既に背を向けて城門の方向へと去って行く途中であった。


「こんな事が……不思議な場所だ」

「ああ、何かが変わるかも……知れないな」


 帝国兵と言えば、略奪、徴発、村邑襲撃に人掠い、ありとあらゆる悪道の権化であったはずだ。

 テオネルと従兄弟は感動とも感心とも付かない、敢えて言えば期待感とも言うべき不思議な気持ちで帝国兵の背を見送るのだった。





同日夜半過ぎ、シレンティウム、大通りから一本入った居酒屋「北方辺境」



「なんだとこのう!!!」

「うるっせええ!!文句あっか!!!」


 突如怒号が響き渡る居酒屋の出入り口付近の席。

 2人の対照的な男が、同じような据わった目で睨み合いつつ立ち上がる。


「てめえっふざけんなこのっ!野蛮人めっ!」

「何だと?よそ者の帝国人が偉そうに!!」


 しばらく睨み合っていた帝国人とオラン人の2人は、そう互いに罵声を浴びせた途端、激しいとっくみあいの喧嘩を始めた。

 理由は些細というのもおこがましい程のもの。

 敢えて言うならば酔っ払いの戯言に別の酔っ払いが過剰に反応してしまったという、酔っ払いの間ではありがちな諍いが発端であった。


 料理がぶちまけられ、それが盛られていた皿や酒瓶がテーブルから落ちて割れる。

 終いにはそのテーブル自体も派手な音を上げてひっくり返り、周囲へ累を及ぼした。

 まだ時間が早いことから周りの客もそれ程酔っていないので、囃子こそすれ参加までは行かないでいるが、逆に喧嘩を止める者もいない。

 殴打音や物の壊れるが響き、罵声やくぐもった悲鳴が交錯し、更にはそれをはやし立てる喚声が混じった。

 店主である帝国人の男性とその妻であるクリフォナム人の女性は諦めた様子で喧嘩を見守るなか、しばらく喧嘩は続いたがすぐに複数の足音がし始めた。


「そこまでだ、止めろ!シレンティウム行政府だっ!って、あ~あ、こりゃあ駄目だなあ……?」


 喧嘩の音を聞きつけたルキウスが棒杖を持った夜警の帝国兵を率いて酒場に現れて一喝するが、周囲の惨状と2人のぼこぼこになった顔を見て仲裁では済ませられないと即座に判断した。


「ち、馬鹿どもが……もういいから引き剥がして2人とも行政府へ連行してしまえ!」


 息を荒げて歯を食いしばり、未だ取っ組み合っている2人を強制的に引きはがして後ろ手に縛り付けると、兵士達は2人をどやしつけながら行政府へ連行していく。


「店長悪いな~始末が付いたら2人に弁償させるから。後で行政庁舎へ来てくれ」

「はあ、ありがとうございます」


 何とかぎこちない返事と笑顔を返す店長とその妻に片目を瞑って見せたルキウスは、さっと踵を返して兵士達の後を追い行政府へと向かった。





 喧嘩をしていた2人が連行されて落ち着きを取り戻す店内。


 店主とその妻がてきぱきと壊された食器や料理を片付け、周囲の客がテーブルと椅子を起こして元の位置へ戻すと、元の喧噪がすぐに戻ってきた。


「おい、見たか?帝国人も拘束されてたぞ……」

「ああ、他の都市じゃ考えられないな……おれら北方人と帝国人を同列に扱うってのか?この街は……」

「……信じられん。帝国人が……ここは帝国の植民都市じゃないのか?」


 尤も会話の内容は喧嘩が起こるまでとのものは異なり、もっぱらその喧嘩の処理顛末へと移ってしまっている。

 その場にいたオランやクリフォナムの族民達の少なくない数の者が帝国内で働いた事があるが、北の地に住まうオラン人やクリフォナム人は見た目がはっきり異なることから不当な扱いを受ける事が非常に多い。

 人種系統が同じで見た目も似ているセトリア内海人より差別の程度が激しいのだ。

 帝国内であればこういった場面で拘束されたり、帝国兵から暴行されるのはオラン人やクリフォナム人であり、帝国人に非があったとしても訴える事も出来ないのがほとんどであるし、またそれが普通でもあるのだ。


 シレンティウムにおいて法は平等に執行されるという謳い文句は聞いていたが、まさか実践しているとは思わず、せいぜい帝国内より自分達に配慮が為される程度であろうと高をくくっていた北方人達。

 それでも都市には様々な利便性があり、少なくとも配慮がされるのであれば帝国内の都市へ行くよりはシレンティウムを訪れた方が距離の面を含めても遙かに良い。

 しかし今この喧嘩の処理を目の当たりにした北の民達は、シレンティウムの謳い文句がただの看板ではない事を実感したのである。


「良いことじゃねえか!面倒くさい事を考えてる暇があったら、なんか注文してくれ!」


 クリフォナム人の嫁を持つ帝国人の店長が稼ぎと客を取り戻そうと、興奮した様子で話を続けるオラン人やクリフォナム人の客に業を煮やして厨房から声を荒げた。

 店長の声に振り返ったクリフォナム人の2人。


「ご注文はどうなさいますか?」

「あ、ああ、麦酒をもう一杯ずつ頼む」

「分かりました、すぐにお持ち致します。ありがとうございます」


 すかさず店長の妻が注文を取りに行くと、噂話をしていた2人は慌てて杯を空けてから追加の酒を注文する。


「……まあ、良い事なんだよなあ?戸惑ってしまうが……」

「そうだな、ここは良い所だと思うぞ。こうなったら商売だけじゃなく、本気で引っ越しを考えるか……」

「……引っ越しか、この分だと住居や土地も求めれば貰えるってのは、本当かも知れないな」

「おれ、家族と話し合ってみるよ」


 妻が笑顔を残して去ると、2人は再び向き合って話を再開させたが、それまでとは違い、声には希望と期待の響きがあった。


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