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辺境護民官ハル・アキルシウス(改訂版)  作者: あかつき
第1章 廃棄都市復興
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第10話 セミニア村民到着

 シレンティウム、第21軍団庁舎


エルレイシアをアルマール村に送り出してから20日後、ハルが戸籍原本の進捗状況についてドレシネス老とへリオネルから聞き取りをしていた。

 20日でオラン人居住区の街路を修復したり、水道の破損箇所を改修したりと忙しく働き回っていたハル。

 人手が足りないので辺境護民官であるハル自身が草を刈り、木の枝を打って石を運び、セメントを塗って働いたのである。

 それまで持っていた帝国人のイメージとは180度違うハルの姿勢に、シオネウスの族民は皆一様に驚き、そして次第に親しみを持ち始めていた。

 今も水道補修から帰ってきたばかりで全身汗まみれ、手は泥汚れを落とす為に洗ったばかりで濡れている。


「紙が足らないんですか?」

『ふむ、我が保存してあった戸籍原本の用紙は300程、しかも使えぬようになってしまった紙が半分近くあった。そもそも大本の数が足らなかったのであるな』

「はい、ですから今現在は戸籍原本の作成が止まってしまっておりますのじゃ」


 ドレシネス老が残念そうに言う。


『無いものは仕方ないのであるな……調達する術を見つけなくてはならんか』


 アルトリウスが腕を組んで言う。


「エルレイシア殿が伝を掴んだ東照人の商人が頼りですが、果たして上手く紙を持っていますでしょうか」


 へリオネルが心配そうに言った所で、アルトリウスが突然何かに気が付いた素振りを見せる。

 因みにアルトリウスが違和感なくこの場にいるのは、その存在がシオネウス族の人々に知れ渡ってしまったからであった。

 本人が頻繁に昼日中からハルと共にシオネウス族の住居地へ現れては建築指導をしたり、農作業を指導したりしているからで、最初は恐れられていたが都市の遺構をよく知っている為その指導や助言は的確で、今は逆に重宝されていたりする。

 アルトリウスの活躍もあってオラン人達の居住区はこぢんまりとであるが、既に完成している。


『暇を持て余していたのだ』


 とは本人の弁である。

 そのアルトリウス、ハルの執務室となった軍団長執務室の中で遠くを見る目をした後、口を開いた。


『ハルヨシよ、東の城門前にエルレイシアがクリフォナム人を300人以上連れてきたようであるぞ……ん?妙ちきりんな東照人もいるであるな……こやつが件の商人であるか?』

「無事着きましたか~」


 エルレイシアからの手紙で東照人の商人に伝を作った事と併せて、クリフォナム人アルマール族のセミニア村に居住していた者達がシレンティウムへ移住する希望を持っている事を伝えられていたハル達。

 ハルはすぐに承認する旨の手紙を返し、既に居住街区の選定も終わっている。


「クリフォナムの民達か……むう」


 喜色を浮かべるハルに対して複雑な顔のへリオネルとドレシネス老。 

 仇敵とも言うべきクリフォナム人の移住者第1陣の到着であるのだから無理も無い。

 へリオネルとしては騒ぎを起こすつもりは全くないが、長年の確執というものはそう簡単に消す事は出来ない。

 自分達指導層にある者はしがらみからまだ自制心を利かせられるものの、族民たちはそうではない、それは相手も同じだろう。

 エルレイシアからの手紙の内容を聞いて反対こそしなかったが、へリオネルは危惧を覚えてハルに争い事が発生する可能性があると忠告をしている。


 それでもハルとしては少しでも多くの市民を獲得したい所である。

 それにシレンティウムは元々がクリフォナムの大反乱後、クリフォナム人が一応の勢力圏としてきた土地でもある。

 最初から断るつもりは無かったけれども断る事でクリフォナム人から疎外されたり、敵視されてしまっても困る。

 ハルが受け入れを決定した時、へリオネルも自分達が逃亡者である自覚がある為それ以上何も言わなかったのだ。


「まずは移住者を出迎えに行きませんと」


 ハルの言葉でその場にいた全員が東の城門へと向かったのだった。








「ようこそシレンティウムへ、辺境護民官のハル・アキルシウスです」

「クリフォナムが一部族、アルマール族はセミニアのレイシンクだ。これからよろしく」


 東の城門まで出迎えたハルと村長のレイシンクが握手を交わした。

 その横ではにこにこ笑顔のエルレイシアと、きょろきょろ周囲を見回す東照商人ホーがホーの行商用馬車に乗っている。


「早速ですが居住街区へ案内します。エルレイシアから聞いていると思いますが、割り当ては農地ひとり4H、居住地は家族割りです。割り当ての素案が出来たら私の許可を取って下さい。」

「ああ、よく分かっているさ……それと、依頼されていた食料は何処へ運び込めば良いんだ?」


 ハルの説明に頷くと、レイシンクは後方に率いていた荷馬車の群れの一部を示した。

 その言葉を聞いたアルトリウスがハルの横に突如現われてレイシンクへ声を掛ける。


『それについては我が案内しよう。』

「うわっ!!死霊?」


 驚愕して後ずさるレイシンクの反応を見たハルとアルトリウスは、うんうんと頷く。


「何だかこの遣り取りは久しぶりの感じがしますね?」

『そう言えばそうであるな……シオネウス族の者共は女子供まで我に慣れてしまったであるからな。最初の頃のようで懐かしいのである』


馬車から降りてきたエルレイシアに口をぱくぱくさせつつ詰め寄っているレイシンクを振り向かせ、ハルはアルトリウスを紹介するべくその肩を叩いた。

 後ろから肩を叩かれて、柄にも無くびくっとするレイシンク。


「レイシンクさん。ご存じかも知れませんが、こちら先任のアルトリウス元司令官です」

「あ、ああ……ここの都市造りに協力しているって言う帝国の鬼将軍の亡霊か……いや、聞いてはいてもこうして目にするとびっくりするなあ、おい……」


 ハルがアルトリウスを指さして説明したことで、冷や汗をかきながらもレイシンクは納得する。


『呪いなど掛けたりせぬであるから安心するのである……それでは荷馬車の者達はこのまま大通りを我について真っ直ぐ進め!行政区画の貯蔵庫へ案内しよう』

「……おい、この鬼将軍さまの亡霊について食糧を貯蔵しておけ」


 アルトリウスの号令に応じてレイシンクが命令し、後方の荷馬車の一部ががらがらとけたたましい車輪音を響かせて城門をくぐり抜けてくる。


『こちらは我に任せよ。一刻も早く居住地へ導いてやるがよいである』

「分かりました、終わったら執務室へ戻りますから」


ハルはアルトリウスと別れ、近寄ってきたエルレイシアやレイシンクと並び、東の城門を抜けてから右へと曲がる。

 石畳の都市街路の左右において住宅の遺構はしっかりと残されているものの、そこは樹齢約40年の樹木に覆われるうっそうとした森。

 ハルはしばらく進んだ所に出来た広場へセミニアの族民を案内した。


「取り敢ずここで野営か?」

「はい、この広場は本来公共広場ですが、木は先に入植していたオランの方々が切っておいてくれました。それから水道橋を流れている水は飲用可能ですからそのまま飲んで貰っても大丈夫です。この公共広場の周辺の街区がセミニア村民の割り当て街区になります」

「分かった、ありがとう……しかしそうか、オランの連中が先にね」


 レイシンクの質問に、ハルは自分の後に付いてきていたへリオネル達を示しながら答える。

 その言葉を聞いたレイシンクは、深く頷いてからへリオネルの下へと進み出た。


「クリフォナムのレイシンクだ」

「オランのへリオネル」


 2人は敵意の無い事を示す為両手を挙げたまま近寄り、がばりとお互いを抱きしめる。


「「よろしく」」


 一時的な講和の儀式。

 ハルはその様子を安堵して眺め、右隣にいるエルレイシアへ顔を向けた。


「お疲れ様でした、身体は大丈夫でしたか?」

「はい、ハルもお元気そうで何よりです。あ、それからこちら東照から来た行商人のホーさんです。ホーさん、こちらがこの都市の行政責任者のハル・アキルシウス辺境護民官ですよ」


 エルレイシアが頭の笠を取って頭を下げる東照人商人ホーをハルに紹介し、またハルの事をホーへと紹介する。


「ハル・アキルシウスです。遠路はるばるよくお越し下さいました。今後は宜しくお願いします」

「あーどうもヨ~ワタシ商人の奉玄黄言うネ。ホーと呼んでくれると良いネ。エルレイシアさんの招きで此処まで来たネ、宜しくお願いしたいネ~」


 2人はぺこりと頭を下げ合って挨拶をする。

 ハルはエルレイシアとホーを促した後、言葉を交わしているへリオネルとレイシンクに声を掛けた。


「ではレイシンクさん、一段落したらへリオネルさんと一緒に行政区画へ来て下さい」

「分かったよ」

「へリオネルさん、すいませんが道案内を宜しくお願いします」

「引き受けよう」






 ホーの馬車へエルレイシアと共に乗って行政区画へ向かうハル。

 ホーは水道橋が物珍しいのか、しきりに上を眺めては感嘆の声を上げている。


「逢いたかったですっ……」

「……鼻息荒くして変な事を言わないで下さいよ」


 そして相変わらずのエルレイシアに身を退くハル。


「おーエルレイシアさんの思い人さん、州牧さんかヨ!」


 ハルににじり寄っているエルレイシアを見たホーが愉しそうに笑う中、馬車はがたがたと車輪を鳴らしながら石畳の上をゆっくりと行政区画へと向かっていくのだった。






『おお待っていたのである!こちらは滞りなく食料の搬入が済んだ。味さえ気にしなければこれでしばらくは食い物の心配をせずとも良くなったであるぞ』 


 ハルとエルレイシア、それにホーの3人が執務室へ到着すると、既にアルトリウスが待っていた。


「申し訳ありません。黒麦に大麦やひよこ豆が大半ですから、味の方はあんまり……」

『いやいや気にするには及ばぬであるぞ。今は量こそ大事!……しかし食料、移民、商人の手配を1度に済ませてしまうとは、太陽神官殿は帝国の高位文官に勝る行政手腕の持ち主であるな?』


 確保した食糧の質の悪さに謝罪の言葉を口にするエルレイシアであったが、アルトリウスは手を振ってそれを取りなした。

 ハルもお疲れ様でしたとエルレイシアにねぎらいの言葉を掛ける。


「はい、ありがとうございます」


 エルレイシアが嬉しそうに返事をするとハルは頷き、視線を傍らの東照人へと向ける。


「さてと、ホーさんでしたね?」

「ハイよ!!」

「遠い所をありがとうございます、改めてこれからも宜しくお願いします」


 ハルが送った再度の丁寧な挨拶に驚きの表情を隠しきれないホー。

 そしてエルレイシアの方を見ながらにこやかな笑みを浮かべた。


「エルレイシアさんの言てた通りの人ネ~あなた良い人ヨ!こちらこそ宜しくするヨ~ワタシ頑張るヨ!」

「では早速なんですが……紙や文具類を至急集めて貰えませんか?」

「ほー、文具かヨ~確かに行政に紙とペンは必須ヨ!分かったネ、東照の一級品揃えて見せるヨ~!!」


 ハルの言葉にうんうんと頷き、感心した様子で答えるホーは得意げに言葉を継ぐ。


「こう見えてもワタシ、東照の商業会にはそれなりに顔が利くネ。借金はあれども友達はいるヨ。昔は東照をマタにかけて商売やってたネ!」


大見得を切るホーになるほどと感心しきりのハル達であったが、エルレイシアがふと気付いて問い掛けた。


「でも不思議ですね……その腕前でどうして商売に失敗して借金を抱えたのですか?」

「……ワタシの船、沈んだヨ」

「あーそれは……」


 船と一緒に自分まで沈んでしまったかのような声を出すホー。

 それに対してハルが何かに思い当たったような顔をする。

 群島嶼でも交易は基本的に船で行う為、失敗したときの悲哀と辛酸はよく知っている。


「ワタシ、東照だけで無くこれでも昔シルーハや帝国相手に船商売もやってたヨ。親父の代からの商売ヨ!自慢ナイが、ケッコウ儲かってたヨ!でも……でも……でもっ全部ヨ!全部しづんだヨ!!酷いヨ~!!海は魔物ヨ~!」

「……すみません」

『ふむ……なかなか酷い目に遭ったようだな?』


 ホーの深い悲しみと嘆きに言葉を失うエルレイシアとアルトリウス。


「ワタシの乾坤一擲の商品とお金返せヨ~」


 とうとう最後にホーは泣き出してしまった。









「あ~取り乱して悪かったヨ。船が沈んだ時の事思い出してしまったネ……」


 しばらく泣き叫んで気が晴れたのか、ぐしぐしと目元を擦りながらホーは立ち直る。

 よく聞けばホーは船を出す時期を指定していたらしいが、シルーハ人船長が天候を見誤って出港してしまい、その結果嵐に巻き込まれてホーが用立てた5隻の船は全て沈没。

 ホーが群島嶼へ送り込むべく揃えた選りすぐりの商品と、群島嶼の産品を買い付ける為に乗せていた大量の資金も全て船と共に海没してしまった。

 この時の商品購入資金を借入金で賄っていたことから莫大な借金を背負う身となり、ホーは東照から逃げるように……いや、実際西方辺境へ夜逃げをしてきたのであった。


「州牧さん、こんなワタシでも良いあるカ?」


 ホーが涙目のまま見めてくるのを、見返しつつハルは思案を重ねる。

 ホーは船商売で失敗をしたとは言え商品を見る目や先見力はそれなりに持っている。

 また、西方帝国とは関係の薄い東照に幅広い縁がある事も捨てがたい要素であろう。

 借金関係で生じた不義理の代償を帳消しにできれば、かなりの力になることは間違いない。

 東照の商品を仕入れて帝国に売り、帝国の産品を東照に売る中継交易構想が実現できる。


「ホーさん、借金はどのくらいあるんですか?」

「恥ずかしいヨ……でも言うよ、船の話もあなた方に初めてしたネ……だから言うヨ!」

「そ、そうですか」

『う、うむ』


 また涙が溢れそうになったホーに若干身を退くハルとアルトリウスであったが、ホーは涙を拭って口を開く。


「ワタシ借金は帝国の大判金貨200枚分あるヨ」

『豪儀であるな……しかし我らに出せぬ額では無いな』


 アルトリウスの言葉に頷くハル。

 エルレイシアが期待するような目でハルとホーを交互に見ている中、ハルは徐に口を開いた。


「そうですね……ホーさん、その借金をシレンティウムが肩代わりしますから、専属商人契約を結んで下さい。商売資金も貸しますが、どうですか?」

「ほ、本気かヨ?ワタシは1度失敗した人間ヨ、できるかどうかヨ……」


 自信なさげに下を向くホーにハルは首を左右に振って言葉を継いだ。


「あなたが一生懸命協力してくれるなら信用は得られますし、失敗した時の何倍もの利益が上げられると思いますよ。私たちも協力は惜しみません」

「ウヌヌ……分かったヨ!ワタシここの城市の戸民になるヨ!必ず期待に応えるヨ!!」


 ホーはキッと強い目をハルに向けて宣言するように言い、ハルもその目を真っ向から受けて頷く。


「良かったですね、ホーさん!」

「エルレイシアさん!アナタが声掛けてくれ無かたらこんなイイ話無かたネ!ありがとうヨ~!!」


 エルレイシアが笑顔でホーに近づくと、ホーは両手でその手を取り何度も何度も頭を下げるのだった。







 その直後、シレンティウム東城門


 ホーはセミニア村の戦士を護衛に付けて貰い、早速東照へと向かう事になった。

 向かうのは東照帝国最西方の城市である塩畔、かつてホーが拠点の一つとしていた城市で、東照帝国が西方支配の要とする西方府が置かれている政治と経済の中心地だ。


「太陽神様の言う通りヨ!善は急げヨ!それで無くてもワタシあちこちに不義理してるネ、信用を取り戻すのは非常に大変ヨ。時間が惜しいヨ!」


 借金分と商売資金分として大判金貨400枚を空になった馬車に積み込み、その言葉を残してホーは勇んで出かけていった。


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