オモイノタネ 9
疑問を解くもの、それは雨の日に現れて―――――
ふとした疑問。
あれは確か、私が発明の回収を初めてから一年は経ったある日のこと……
その時の私はちょうど種を一つ回収した時だった。
「また反応があったわ、コレで七個目よ」
「……」
「まったく……いくら発明の種が本当に望んだ物を作るっていう売り文句でも、それを信じる人も人よね」
「……」
「願いなら自分の力で叶えた方が良いに決まってるじゃないの。まぁ、それが難しい願いを叶えてくれるんだから手を出すのは分かるんだけど」
「……」
「……ちょっとエリ、せめてうんでもすんでも良いから言いなさいよ」
「……あのさ、ビーケ」
よく考えたら、何故その時まで疑問に思わなかったんだろう。それさせも疑問になりえるほどに、それは分かりやすく馴染んでいた疑問だった。
「なによ?」
そしてその疑問を今、口にした。
「……ビーケって、どうやって喋ってるの?」
「………………はい?」
「スピーカーがあるとしても、その出す音源は何処にあるの?」
「は?」
「普通のナビゲーターなら決められた音声を登録しておけるけど、ビーケはペラペラ話すよね?」
「それはアタシがお喋りだって言いたいの?」
「マイクみたいな物も話す人がいて声を出せるけど、ビーケにはその人が無いから……」
「ちょ、ちょっとエリ!」
「ん? ……あ」
妙に話す私にエリが待ったをかけてくれた。実は私も言い過ぎとは思っていたところだ。
「とりあえず落ち着きなさい」
「うん」
私は深呼吸をした。
「まったく……急になにを言い出すかと思ったら、いきなりなんなのよ」
「いや、気になりすぎて」
ビーケ以外にも話の出来る発明にはいくつも出会っている。そういう発明に会う度にどうやって話しているのかが気になっていったのだ。
「てか、そんな事聞いてもアタシには答えられないわよ、よく分からないし」
「そうなの?」
ということは、エリはどうやってこんなにぺらぺらとお喋りするんだろう?
「聞こえたわよ、やっぱりアタシをお喋りだと思ってるのね」
「……疑問は未解決のままか」
「ムシすんじゃないわよ!」
叫ぶビーケをスルーして、私は次の発明へ向けて歩き出そうとした。
その時、
「あ……」
「ちょっとエリ聞いて……あら?」
頭に冷たい感触、上を向いて見ると、
「……雨だ」
小雨程度だけど、ぱらぱらと降り始めていた。
「そうね、このまま本降りにならない内に何処かへ行きましょ」
「うん……」
とにかく、雨を防げるところへと向かう。
こんな時、傘が欲しいなと思うんだよな。
そんな時だ。
「あれ?」
ポケットの中から、光が漏れていた。
これは……まさか……
「ちょっ、エリ! まさかアンタ!」
光源だと思われる物を取り出すと、案の定、先ほど回収した『発明の種』だった。
そして、種が私の望む物に変化した。
「ど〜も〜!」
「……」
「……」
あのビーケさえも黙ってしまった。
「だからアタシはそこまでお喋りじゃないって…」
私の手に現れたのは、まさに今望んだ物――――――――傘。しかも、
「初めましてで〜すマスタ〜!」
かなり元気にお喋りする傘だった。
カサリ
説明書が傘の骨に引っ掛かっていたので取って見る。
えっと……
アレはそうだったのカサ
疑問に思った事をカサに訪ねると、どんな疑問にでも答えてくれる。
ただし、雨が降っていて傘を拡げている時限定。しかも―――
「ちょっとちょっとマスタ〜! ボーッとしてないでお話ししようよ〜」
「……」
途中で傘が話しかけてきた。
「ちょっと待ちなさいよアンタ、今エリは説明書を読んでたんだから」
「うわぉ! わたしの他にも発明が!? しかもお喋り可能の?」
雨の中でもよく響く明るい声が聞こえる。
「ちょっとエリ、早くコイツ分解しちゃいなさいよ」
「へぇ〜、マスターはエリってお名前ですか。良い名前ですね〜」
「あ……ありがとう」
ちょっと照れる。
「照れてる場合じゃないわよ! さっさと分解して…」
「まぁまぁ落ち着いて下さいよ、先輩さん」
「誰が先輩さ……あ、アタシか」
いつもの条件反射と違ったのでビーケは少し戸惑った。
「先輩さんは何の発明なんですか?」
「アタシは探し物はどこにあるのかナビゲーターよ」
「おぉ〜! 機械の発明ですか〜、カッコいい!」
「そ、そうかしら?」
あ、ビーケが照れてる。
「そ、そういうアンタはなによ?」
「わたしはアレはそうだったのカサと言います、どうぞよろしくで〜す! 先輩さん!」
「アレはそうだったの……ちょっとエリ、チャンスじゃない?」
「……チャンスって?」
やっと説明書を読み終わった時にビーケが声をかけてきた。
「さっきの疑問、この傘に聞いてみなさいよ。答えてくれるんでしょ?」
「もっちろんです! どんな悩み疑問でもお答えしますよ!」
「……雨に濡れたら、ね」
「へ?」
ビーケの上に説明書を置いた。目がどこにあるかよく分からないけど、多分見えてると思う。
「なになに……どんな疑問にでも答えてくれる。ただし、雨が降っていて傘を拡げている時限定。しかも、疑問には一定量以上の雨を浴びせる必要がある? それは疑問の難度に対して異なり、簡単なものなら3分程度だが、難しいものなら1日という場合もあり得る……ってなによそれ!」
「わたしの条件ですね〜、雨水はわたしの動力源なのですよ」
説明書を外すと、ビーケははぁ、とため息をついた。
「じゃあエリ、一応訊くだけ訊いてみれば?」
「うん」
私は傘を見上げた。
「疑問は何でしょ〜?」
「ビーケや貴女が話している構造を教えてくれる?」
「わたし達のお喋り機能についてですか?」
お喋り機能って言うんだ。だからビーケはお喋りなのか。
「いやそれ関係な…」
「そ〜ですね〜、それは結構重要事項ですから〜」
「ちょっ被せな…」
「1日必要?」
ちょうど今は雨、現在進行形で雨水は傘に当たっている。
「いえいえ、この雨量でしたら……後6時間と言ったところですかね」
6時間……結構長いけど、1日に比べたら4分の1だ。
「分かった。6時間後に、答えてくれる?」
「了解で〜す!」
かと言って、6時間宛も無く歩くのは大変だ。
「ビーケ、次の発明の場所……ビーケ?」
「えっと……こっちよ」
ビーケが道を示した。
「……わざと言葉被せたのに傷ついてる?」
「分かってるなら言うんじゃないわよ!」
「先輩さん、ドンマイで〜す」
「元はと言えばアンタが発端でしょうがーーーーーー!」
雨降りしきる街の中、機械を通した大声が響いた。
雨の降る街を、久しぶりに傘をさしながら歩く。かれこれ、1時間は経ったんじゃないかと思った時、
「あのあの〜マスター?」
傘が話しかけてきた。
「何?」
「マスターは何で、先輩さんをビーケって呼ぶんですか?」
「なんでって、そういう名前をエリにつけてもらったからよ」
ビーケが答ると、
「なるほど〜どうもです」
言って傘は黙ってしまった。
それから、1時間くらい経った頃だろうか。
「あのあの〜マスター?」
傘が話しかけてきた。
「何?」
「マスターの名字って何て言うんですか?」
私の名字?
「水野葉。水野葉恵理がフルネームだよ」
私が答えると、
「なるほど〜どうもです」
言って傘は黙ってしまった。
それからまた、1時間くらい経った頃、
「あのあの〜マスター?」
傘が話しかけてきた。
「何?」
「マスターは普段何をしてらっしゃるんですか?」
「見ての通りよ、発明を探してるのよ」
ビーケが答えると、
「なるほど〜どうもです」
言って傘は黙ってしまった。
それから1時間くらい経った頃、
「あのあの〜マスター?」
傘が話しかけてきた。
「何?」
「マスターは何で発明を探してるんですか?」
発明を探してる理由?
「回収して、分解する為にだけど……」
私が答えると、
「なるほど〜どうもです」
言って傘は黙ってしまった。
「ちょっとエリ」
変わってビーケが話しかけてきた。傘に聞かれないようにか声を潜めて。
「さっきからあの傘どうしたのよ、色々とエリの事訊いてきたりして」
私は傘に聞かれないよう、心の中で思う事にした。
これならビーケにだけ聞こえる。
さぁ……知りたかったんじゃないのかな?
「でもアイツ、なんにでも答えられるのよ? その時点で質問っていうのがおかしいのよ」
……そういえば、そうかも。
どんな疑問悩みにも答えられるのだから、私達に訊かなくても分かる筈だ。
「ていうかさっきアイツ、アタシ達が発明を分解してるって事聞いたわよね? 普通なら嫌がるもんじゃないの?」
「先輩さん。それはちょっと違いますよ」
傘が話しかけてきた。
「き、聞こえてたの?」
「はい、先輩さんの声は全部」
「な……」
私の心までは聞こえないらしい。
「それでですね、お二人の疑問にお答えします」
私達の、疑問?
「わたしが質問ばかりしたのは、わたしには疑問を答える能力はありますが世の中全てを知っている訳では無いのです。受けた雨水を糧に答えを得る。そして、産まれたばかりのわたしにはマスター達のことをよく知りたいという気持ちがありまして……それでなんです」
「……」
「なるほどね……よく考えたらアタシだって、最初の時に名前を欲しがったものね」
「はいです。ですので、わたし達は『発明の種』の中にある精霊なんですよ」
……え?
「……はい?」
「ですから、発明の種による発明には精霊がいまして、その中で口頭説明が必要な物は喋れる。それがわたし達のお喋り機能なんですよ」
……あれ? これって……
「それがアタシ達が喋れる構造?」
「はい、お二人が知りたかった疑問ですよね?」
「いやまぁ確かにエリはそう言ったけどさ、その手前との繋がりがよく分からないんだけど?」
「あ〜……それはですね」
そういえば、あの時からそろそろ6時間かも。
「先輩さんの疑問に答えていた時に、ちょうど6時間になってマスターの疑問に答えまして…」
「……ごちゃごちゃになったと」
「あ、あはは……」
「なによ、じゃあどちらの答えも中途半端だって事じゃない」
「ごめんなさいです、先輩さん。マスター」
「まぁ仕方ないわね、発明の成り立てなんて、赤子当然だし」
「……そうなの?」
「そうなんですか?」
「なんとなくだけど、分かったわ。アタシ達発明には口頭説明が必要な物がある。その喋るのが、お喋り機能にして発明の種の精霊……アタシ達の事よ。そして傘の質問の意味は、本当になにも知らなくてただ知りたかった。という事ね」
「はい、そんな感じです」
「……よく分からない」
答えは出たっぽいけど、ちゃんとした解決は出来てないかな。
「ところでですがマスター」
「何?」
「わたしも分解するんですか?」
「……」
疑問解決してないし……
「……まだ雨が降ってるから、しばらくはしない」
「良かった〜じゃあしばらくはごいっしょですね」
「うん……よろしく」
「はいです! マスター」
「エリ、反応があったわ、あっちよ」
「うん」
雨降りしきる街を歩く。
疑問は解けなかったけど、雨を傘で防ぎながら歩き続ける。
疑問は雨のように傘に遮れて未解決のままだけど、解けなくて良かったかもしれない。雨で濡れるよりは良かったから。
……ふとした疑問。
いずれ、分かる時が来るだろう。
止まない雨が無いように、いずれ、はれる時が来るだろうと信じて。
雨降りしきる中、私は歩いていく。
知りたいことがあったら、謎のままにせずに調べるといいかもしれません。
ふとした疑問、それは本当にふとした時に浮かぶもの、次の瞬間には忘れているかもしれないもの。忘れないうちにはらしてしまいましょう。
それでは、
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