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後編:国王と教皇

事情説明スタート


パタリ。

パタリ。


控えの間の扉が閉ざされ、貴族学園の卒業式場に静寂が訪れた。


しかし、近衛騎士の登場に予定調和は破られる。


「国王陛下、並びに教皇聖下から、祝辞であるっ!」


金属鎧を軋ませ舞台上へと駆け登ったのは、国王直属の近衛騎士団に所属する騎士達であった。

やおら跪き、持ち込んだ立体投影装置を床へ固定する。


舞台上で静かに光帯びた立体投影装置の上に、国王陛下の姿が現れる。

その姿は、徐々にはっきりとした輪郭を映し出す。


老齢と呼ばれる年齢には見えぬ、瑞々しい張りの髪と肌、引き締まった口元。スラッと通った鼻筋が少し大きい目を支える。大陸に冠たる大国、デッカイド王国の国王その人である。


「よいか? では。今日の善き日に、新たに成人貴族となった卒業生諸君、おめでとう!」


王冠と王笏を身に付けた正装で、国王は卒業の祝を贈る。


「ユシャ王子が式典を騒がせた。だが、俊英なる我が臣下なれば、取り乱さず貴族として粛々と行動出来たであろう。其方らの貴族学園での研鑽の成果でもある。誇るがよい」


国王は口元を緩め、尊大に王笏を掲げてみせる。

尚、この立体投影はいわゆる録画。一方通行である。


「だが、息子ユシャの父にあっては、未熟な子に成り代わり謝意を示そう。此度の騒動に巻き込んだ卒業生と在校生、各家の者共。其方らには先んじて、本婚約に関わる重大な情報を披露したい」


 ――何と、国王陛下からお詫びである。


王権の強いデッカイド王国では年単位で稀有な出来事。

卒業式場の一同は驚き、喉を引き攣らせる。


「卒業生と、それより上の年代は心配無いが、在校生は注意が必要であるな。これより与える情報は国家機密。ゆえに正式な発表前は慎重に取り扱わねばならぬ。やむを得ず伝達する時は、相手を厳選し、場所と方法を弁え『ここだけ』と前置きした上で行うように」


パチリと片目を閉じて悪い笑顔を晒す、我らが国王陛下。

衣装と王冠が無ければ、遊び人風の悪顔。イケオジである。


プライベートでは二人の孫を溺愛し、息子夫婦にジジ馬鹿と呆れられ、王妃に冷笑を向けられて居るなど想像、p出来ない。


 ――ふむ。確かに在校生には少々早い、情報活用の実践じゃ。

 ――今一度、状況説明と暗黙のルール。諸々の注意を行うよう、在校生の担任に指示を出さねばなるまいのぉ。


あ、ワシ?

ワシ学園長。


今日の卒業式の途中、陛下と聖下から御姿祝辞が来る事は、以前から知らされておったのじゃ。

まっ、内容はよう言われんと、教えて貰えんかったがのっ!


祝辞から察するに、第三王子殿下は卒業式で行う婚約破棄を行うと、陛下や一部の者に根回ししておったようじゃ。


しかし、子供の成長とは油断ならんものよのぉ。


第三王子のユシャ殿下は大変真面目な気質と思っておったが、中々に計算高いようじゃ。他人の婚約を壊す自分勝手を理解つつも、見事に時勢を味方に付けおった。

先ほどの婚約破棄で悪評が出たとて、現状が現状なだけに、誰も神の愛し子を止められはすまい。

うむうむ、一周回って頼もしいのっ!



「心して聞け! 二週間前、魔王軍が侵攻を開始した」


真剣な表情に戻り、大呼する国王。


投影機器の外側に控える者へ、王笏を手渡すと、換わりに『魔王軍の侵攻』と書かれたキャンパスを胸元に掲げる。


 ――解りやすいけど、国王陛下が何やってんの?


式場に集った一同は、国王の奇行に混迷を深める。


「勇者特例法に基づき、百日以内に勇者ユシャは勇者軍を率いて出征。ヒロォイ平原にて魔王軍と抗戦する見込みである。また、デッカイドを筆頭とする対魔王同盟各国は勇者軍へ派兵する。これは決定事項であるっ!」


よーし、お爺ちゃん頑張っちゃうぞー。

なんて呟きが聞えた気がするけど、幻聴だよね? ねっ?


「察しの良い者は既に理解したか? ユシャと初恋女性の婚約締結は、聖戦を前に、故国へ必ず帰る『よすが』として結ばれる。国はこれを是とし、如何なる理由をもってしても異を唱える事は許さぬ」


勇者は神の愛し子として様々な特権を甘受するが、その使命は過酷である。

魔王軍との戦いに赴いた代々の勇者は、その半数が相打ちにて斃れている。


魔王軍を止め、国を、民を、全てを守りたいと願う心。

何としてでも魔王を倒す。折れない、めげない、挫けない、不撓不屈の信念。そのような強い意思が勇者個人に宿らなければ、聖戦を生き抜けない。


実際に勇者が負け、魔王軍がその版図を広げた時代もある。

対魔王同盟に参加する国の中には、過去に魔王軍に侵略された国も存在する。


「また、此度の婚約破棄と新たな婚約には教皇聖下に助力を頂き、特別な仕掛けを施しておる」


投影機器の外側から、新たなキャンバスが手渡された。

交換後のキャンバスには、『特別な仕掛けについて』の文字が踊る。


 ――国王陛下、お茶目かよ。


「続きは聖下に譲る。清聴しなさい」



国王を映していた光が弱まり、隣から強い光が放たれた。

光帯びた隣の立体投影装置から、真っ白な法衣を身に付けた教皇聖下の姿が現れる。


「敬虔なる人の子よ、ごきげんよう。若き学徒よ、貴族学園の卒業と大人の仲間入り、お祝い申し上げる」


女神教の礼装独特の長い帽子を被り、階段上にある豪華な椅子に座る光像の教皇。

多くの国々が国教とし、思想信条の礎となる女神信仰の代弁者である。


「しかし、ここが学びの終わりではありません。今の自分に奢ることなく、より一層学び励むことを期待します」


月並みではあるが、学園卒業に相応しい祝辞を述べる教皇。


「この度、卒業生の一人でもある、今代愛し子のユシャ様は聖戦へと導かれ、その使命を果たす運びとなりました」


国王の言葉を引き継ぐ内容である。

国家機密『ここだけ』情報に疑う余地は無くなった。


この世には二つの信仰がある。


一つは、『聖光の女神』信仰。

一つは、『閻天の男神』信仰。


二柱の神は、各々の愛し子と加護者を指名し、神の代理として地上の覇権を争わせている。

女神の愛し子は勇者と呼ばれ、男神の愛し子は閻魔王であると伝えられている。


それゆえ神の愛し子は、聖戦に身を投じる使命を負う。


男神の愛し子を旗頭とする魔王軍との戦争がはじまれば、簡単に決着することは無い。

多くの場合、聖戦は勇者と闇魔王の相打ちで終わっている。


双方の愛し子が聖戦に参じ、神に殉ずるまで数年、十数年、数十年。どれほど時間がかかるかわからない。


「今代愛し子ユシャ様は、出征までの時間を初恋の女性と共にあることを願いました。その為の特別措置として婚約を結び直します」


より強き勇者として第三王子が覚醒する為、結ばれる婚約である。

教皇は特別措置の必要性を強調する。


「ですが、幼き日より共に歩み絆を育んだお二人の婚約を一方的に破棄する。これは果たして正しい行いなのでしょうか?」


 ――その正当性、議論したら泥沼では?


誰もが心の中で感じた疑問。

勇者の優遇に対する小さな不満や同情が、教皇の言葉で露わになった。


「われら神僕、日頃より信仰を同じくする人の子の神誓を、共に神に奏上しております。さすれば矜持も育ちましょう」


神誓とは、人生の節目を神に報告する儀式である。

人生最初の神誓は名付け。その後、洗礼、成人、婚約、婚姻、離婚、重婚など、神に誓い、時に契約する。


「多くの神僕が悩み、考えました。この度の愛し子様の婚約を、腹蔵なく神にご報告申し上げることが出来るのか。……答えは否でした」


真っ白の鬚の前で、祈るように手を組んだ教皇は断言する。

国王が承認し、道義的に肯定されるべき第三王子の婚約破棄は、しかし、神に許される行いにあらず。


「さりとて愛し子様が聖戦に赴き、異教の侵略を止めて下さらなければ、女神の神僕こそ異教徒の標的になりましょう」


過去、魔王軍の支配下に下った国々で、民草は男神へ改宗することで生かされた。

しかし国の支配者階級や女神の愛し子、加護者、女神信仰の神僕は別である。山奥に逃げ隠れても徹底的に追われ、一片の慈悲も無く根絶やしにされた。


「そこで、閃きました!」


急な転調である。


真意を探ろうと立体映像を注視する式場の一同。

しかし、老齢の教皇の表情は読めない。垂れた眉が目元を朧げ、白く長い鬚が口元を隠す。


「うん。古代魔法と神誓契約を専門とする神僕たちが、回復ポーションを食事に置換え、頑張って頑張って頑張りました」


注目! と言わんばかりに、教皇の座る椅子の背後から条光が発生する。

後光のように広がった強烈な光は、激しく明滅を繰り返し消灯する。


「これ!『九十日後に無効となる、特別な神誓契約書』です。何とプロジェクトの発足から十日で完成したのですから、これも女神様の御導きなのでしょう」


 ――神誓が無効? さあさあ、説明プリーズ!


卒業式場の大衆心理は、一気に教皇に掌握された。


「下世話な話を致しますと、ひな型は白い結婚用の契約書です。三年後に自動解消という文言を改変し、飾り罫に見える紋様に九十日経過後に無効となる、という意味の古代神誓文字を入れ込みました」


千年近い女神信仰の歴史において、神誓契約書を利用した犯罪は枚挙に暇がない。ゴミのような極小文字や薄いインクで書いた、同意なき神誓契約は繰り返し行われている。


しかし神誓契約書を神前に供え、神に誓う瞬間、詐欺のような契約書は灰になる。

理屈も原理も関係無い、女神の裁定である。


「また、多数の国から希少魔法・時間操作の使い手にご協力いただき、しっかり検証も行いました。試誓者や魔法使いに特急料金で依頼を発行し、うん。皆様のお心づけで手狭でありました聖堂の金庫も、今は大変風通しがよくなっております」


唐突に金の無心を挟む教皇。老獪である。


「更に悪用防止にも力を注ぎました。枢機卿二名と教皇の承認書名が必須となる条件を入れ、普通の神誓より大幅にめんd…、うん。複雑な手順を組み込んだ特別な神誓契約書が完成しました」


 ――あーあー、聖下。本音が漏れとるぞ。

 ――今、面倒って言わなかったかのぉ?


くっきり大きな文字で書かれた、されど飾り罫に見えるよう装飾された古き言葉は、生半可な知識では真似出来ないのだろう。教皇は実に自慢げに書類を撫でている。


「こちらの神誓契約書を使い、今代愛し子ユシャ様の婚約を神誓することで、九十日後に無効となります。神誓契約の無効と連動して、愛し子様の婚約によって上書きされた古き婚約が復活するのです」


 ――古い婚約神誓を弄らず、上書き!


詰まる所、セイリヤ殿は第三王子から破棄の慰謝料を貰って丸儲けか?

などと余計な事を考えてしまうのは人の性か。


「この場に集う敬虔なる人の子よ、愛し子様が聖戦に赴かれるその日まで、決して真実を広めてはなりません。婚約の裏を知り、愚かな神僕の共犯となった同胞よ、愛し子様の怒りに触れぬよう、共に身を慎みましょう」


婚約の裏事情を知った式場一同は、第三王子が軍を率いて出征するまで沈黙を守るだろう。

王族で愛し子とはいえ十六歳の若者だ。真実が漏れ聞こえた時、どのような行動に出るか想定出来ない。


「また、大勢の前で婚約を破棄され、九十日の不条理に耐える若者の存在。こちらも忘れてはなりません」


平時であれば婚約への強引な横入。略奪愛は歓迎されない。

しかし、目下に魔王軍が迫る中、世論は第三王子に大きく傾いている。


勇者の婚約を慶事とするならば、セイリヤとカレンの婚約は第三王子の婚約の障害であった。などと非難され、セイリヤとその係累派閥関係者は貴族社会で厳しい立場に置かれるだろう。


大衆の安寧の為、犠牲者となる少数。哀れである。


「うん。縁あって卒業式に臨席された皆様が適任でありましょう。贄なる若者に篤く寄り添い、支え、この難業を乗り越えるのです。デッカイド王国の献身に期待します」


 ――セイリヤ殿のフォローを、学園関係者におっかぶせおって。

 ――聖下は相変わらず、抜かりないのっ!


となると、学園の新学期が問題じゃ。

セイリヤ殿を悪と決めつける新入生と、真実を知る在校生の温度差。


血気あふれる若者は極端に走りやすいからのっ、学園内の警備強化が必要かもしれん。

これは陛下にご判断いただかねば。こうしちゃおれん、ワシも忙しくなりそうじゃ。


「これをもって卒業の祝辞と、今代愛し子ユシャ様の婚約。その事情説明に代えましょう。敬虔なる人の子よ、聖光と共にあれ」


一拍置くように、ゆっくり頷く教皇。胸元で小さく手を動かし印を切り、定型の結びの言葉を沿えた教皇。

その立体光像は、徐々に薄くなっていった。



 ――その後。



王宮にて、婚約者カレンと逢瀬を楽しむ第三王子ユシャの姿が度々見られた。


貴族学園の卒業式より六十余日。同盟各国の兵で混成された勇者軍が出征した。軍を率いた勇者ユシャの傍らには加護者の一人である聖女と、卒業式で舞台上に立っていた四人の側近の姿があった。


特別な婚約神誓より九十日後。カレンとユシャの婚約は無効となり、卒業式前から予定されていたカレン・レイージョとセイリヤ・クーケコンの結婚式は、無事に執り行われた。



2026年3月大手キャリアの3G停波に際し、3G(三爺)に感謝を込めて?

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