前編:王子と令嬢
テンプレに沿ってみたが、途中で脱線したもよう。
貴族学園の卒業式にて。
卒業生代表として舞台に上がった第三王子は、式場に集まった人々を前に答辞を述べる。
式次第では卒業生答辞の予定であった。
しかし、予定調和は破られる。
「私事で恐縮だが、カレン・レイージョ嬢、そなたの婚約を破棄をする!」
突如、頓珍漢な発言をした第三王子に、卒業式場は静まり返った。
第三王子ユシャ殿下は大変真面目な気質だ。王族としての評判もよい。
三年間の貴族学園生活にあっても、己の立場を十分に理解し、極めて模範的な生徒であった。
だというのに、卒業式の場に相応しくない奇行。
誰もが困惑し、不穏な空気が式場を支配する。
「恐れながら、理由を伺いたく存じます」
在校生の集団から抜け、舞台下へと進み出たのは調和を重んじるレイージョ侯爵家の令嬢カレンだ。
怜悧な白銀の花弁に例えられるカレンの髪が煌めく。同性代ですら憧れるくすみのない白肌に、赤く艶やかで形のいい唇。背筋を伸ばし真っ直ぐに舞台上を見据える瞳は、薔薇を彩る枝葉の緑。次世代の白薔薇と噂される高貴な令嬢である。
「それは……」
第三王子が沈黙を挟んだその時!
甲高い女の声が割り込む。
「酷いことを言わないでっ! 全部、全部アナタのせいなのに」
舞台の上下ではじまった婚約破棄。その中心人物である二人に注目が集まっている間、舞台袖から侵入者があったようだ。
上手から舞台に躍り出た女は、裾の長い貫頭衣を身に付けている。神に仕える者が着用する定型の長衣には、紺の縁取りに銀糸の刺繍が施されている。詳しい者が見れば、神の加護を賜った、高位の神僕と判るだろう。
「止めるんだ、聖女」
「でもっ!」
第三王子は話に割り込んだ女の不作法を咎める。
卒業式場に集う大勢に聞こえないよう、声を潜めた第三王子。聖女と呼ばれる女に対する気遣いは、真に紳士である。
もっとも、演台に置かれたマイクが二人の会話を拾い、バッチリ会場に拡散されてるのだが。
――そういう気遣は出来るのに、何で婚約破棄とか言っちゃったの?
さりとて、卒業式場に集う大半は理想的な貴族として学園にて厳しく教育された卒業生と在校生である。意図せぬマイクの音漏れなど、何も聞かなかったように振舞い、黙して舞台上の進行を待つ。若くとも立派な紳士淑女の振舞いだった。
――うむうむ、今年の卒業生は粒ぞろいじゃ。
舞台下で静観するカレンに、「少々待て」と告げる第三王子。
振り返り、聖女と呼ばれた女に何事か耳打ちすると再び演台へと戻り、令嬢へ向き直る。
「理由か。すべて私の不徳の致すところだ」
「……若輩のわたくしには、殿下の深淵なるお考えを察することは叶いません。僭越ながら不徳とおっしゃる事柄につきまして、具体的に伺いたく存じます」
青々とした瞳は揺るがず、凛とした姿勢で第三王子の真意を問うカレン。
その声音は、優しさの中にも力強さを含んでいた。
――よくぞ言ってくれたカレン嬢! さあさあ、説明プリーズ!
そんな大衆心理を無視し、ひどい罵声が木霊する。
「貴様っ、性懲りもなく殿下を侮辱するかっ!」
またもや舞台袖からの横入である。
舞台の上下でモラルの差が激しい。
叫びながら舞台に踊り出た男は、第三王子の側近。騎士団長の子息である。
鮮やかない赤い短髪に長身、体格の良い身体に制服を纏った男は、聖女を守るように傍に侍る。燃え上がるような朱の瞳は、舞台下のカレンを睨みつける。
舞台上に乱入した残りの者も、名門貴族の子息である。左から、宰相の子息、魔法士団長の子息、王宮の侍従長の子息にして第三王子の乳兄弟。いずれも親の七光りを煌めかせるイケメン集団である。
騎士団長の子息を皮切りに、イケメン集団は次々にカレンを非難する。
「学年が違いますから、常に殿下に侍るのは難しかったでしょう。ですが、貴女は何もしなかった。殿下は昼食や生徒会に貴女を誘い、交流なさろうと努めておられた。にも関わらず貴女は殿下の心遣いを無下に続けた。ふっ、失望しました」
「左様。歩み寄りも努力も無く、怠惰に時を浪費するとは言語道断」
「同意致します」
確かに、第三王子はよく下級生の教室を訪れていた。と、教師や在校生は納得した。
王族であり、後盾の強い第三王子殿下の訪いを避け、あるいは誘いを断る。そんなカレンを見た者は多い。
過去のカレンの行動ゆえに、糾弾は続く。
「何だ、その澄ました面はっ!」
「まるで自分は無関係とでも言いたげですね? ふっ、そのような態度だから婚約破棄という最悪の事態を招いたのです。貴女には自覚が無いのですか? 怠惰で愚鈍、救いようがない」
「左様。同情の余地無し」
「同意致します」
たった一人の淑女を多数の男が詰る。
緊急事態である。主に貴族の紳士協定違反の意味で。
「もう我慢なりません! 殿下、この女を捕らえましょうっ!」
「そうよっ、無関心を装って、ずっと殿下を縛り付けるなんて何様のつもり?」
「同意致します」
ついに、越権行為の提案である。
王子の側近とはえいえ、無官の貴族子弟に令嬢の逮捕権は無い。
「ちょとは反省しなさいよ! 何でっ、何でなの? アナタのせいで殿下はっ! うぅっ、っ……」
激昂、のちに泣き出す聖女。
情緒不安定である。
「よい。よいのだ皆。聖女も少し落ち着け」
暴走する側近達をなだめる第三王子。
「お前達の気持ちは嬉しく思うが、大勢で一人を責めるものでは無い。それに、私にも非はあるのだ……」
いや、本当それよ。
よりにもよって、何で卒業式で婚約破棄はじめっちゃたの?
「卒業を祝う式典の場を荒らし、貴女の逃げ場を奪うように婚約の破棄を行った。その点は申し訳なく思う。すまない」
目を伏せ、軽く頭を下げる第三王子に式場内は凍り付く。
例え舞台上からであっても、主君と崇める国王の子に謝罪されるなど、臣下の責任問題である。
だが、誰一人として第三王子に何かした心当たりは無い。
直前の在校生送辞だって例年通りの極めて平凡な内容であった。そもそも、卒業式の会場入りからして王族である第三王子は一般生徒と別ルートである。集団移動のどさくさに紛れてたトラブルも有り得ない。
ゆえに、責任の所在が迷子である。
「……初恋だったのだ」
淡々とした静かな声が、式場内に木魂した。
王族の謝罪で荒れる人々を置き去りに、言葉を紡ぐ第三王子。
生徒会長も務めた在校生の憧れ、優秀で模範的な第三王子は貴族学園の卒業確定後に消失したようだ。
「六歳の頃、王宮の園遊会で見かけた綿菓子のような少女に一目惚れをした」
子供の頃の園遊会。それは王子殿下の婚約者候補を選別する園遊会でもあった。参加した多くの同世代はそう記憶している。
「その、綿菓子のような少女を忘れられなかった……」
――ちょっと待たんか、王子殿下?
婚約破棄に続いて、初恋の告白。
送辞に応えるはずの答辞が、何故こうなった?
あ、ワシ?
ワシ学園長。
先ほどワシの出番である卒業証書授与が終わり、座席に戻って人心地。教師たちと手塩にかけて育てた若鳥達の旅立ちを、しみじみと見守る予定でおったんじゃ。よぉ?
それが一転!
第三王子であるユシャ殿下による婚約破棄じゃ。
ワンチャン卒業証書を渡す前であれば、生徒として学園長権限で実力行使可能じゃった。
けんども困った事に、卒業証書は手渡し済みじゃ?
貴族学園の生徒は卒業をもって成人とみなす、とデッカイド王国の法で定められておるけーのっ。
卒業後の成人王族の行動に割り入って、妨害や拘束しよると……、ワシ反逆で首チョンパじゃよ。
それでもワシは学園長。
Yes! 貴族学園の最高責任者。
王子の私事? で収拾のつかなくなった卒業式の主催で、現場責任者も兼ねておるでのっ、よう逃げられん。
ふぅ、ここは一つ、我らが女神様に神頼みと参ろう。
――女神様や、あんたの愛し子殿下、ご乱心じゃよ?
――警告神託を、ビビッと出して下さらんかのー?
知っての通り、第三王子ユシャは『女神の愛し子』。
女神の愛し子は勇者と呼ばれ、現世における女神の代理人である。
それゆえ勇者は特別な使命を負う。
勇者の使命が重責である為、女神の愛し子には様々な優遇措置や特例が存在する。それは勇者個人の婚約や婚姻にも適応される。
王命すら覆えせる、強い権限を持つ勇者。
締結中の婚約を解除し、自己都合で新たな婚約者を据える事も許されている。
普通はそんな暴挙は起こさないし、細かい規定を無視して、勇者特例の大枠に沿って好意的に解釈すれば。というタラレバ話として有名な一節である。
「三年前、この貴族学園に入学した」
「当時の私は運命など信じておらず、愛し子として、また王族の一人として、与えられた役割を誠実に果たす心算であった」
訥々と、第三王子の自分語りは続く。
「そして……、そっ」
言葉に詰まり、徐々に俯く第三王子。
心配そうに聖女が寄り添う、王子の腕に手を重ね親密な気配を醸し出す。
「頑張って、ユシャ殿下っ」
「試練はこれからです。負けてはなりません殿下」
「そうです、我々もおりますっ!」
自身を鼓舞する側近の熱い応援に頷き、第三王子は再び心の内を述懐する。
「二年前、貴族学園の二年に進級した。在校生として後輩の手本となるべく心を新にした」
王族という環境ゆえか、原稿の無い高話であっても第三王子の言葉は整然としている。
しかし、多くの学生参加者にとっては他人事である。退屈な第三王子のお気持ち表明はまだ終わらない。
「転機は二度目の入学式だ。新一年生との対面した時、そこに成長した初恋の君が居た。自制できないほど愛おしく、心は丸ごと初恋の綿菓子の君に占められた。その時、私は、自覚したのだ。私の初恋は、まだっ、続いていたとっ!」
――苦くて甘い、初恋ですか。
――月並みでアレですが、初恋では仕方がございませんな。
卒業式に臨席の年配者は、自身の初恋を懐かしみながら、第三王子に共感した。
「運命的な再会! 正に女神の導き! そうだ、初恋の君こそ運命だ!」
声を張り上げる第三王子。うつむきがちに話していた顔を上げ、式場全体を視界に収める。
「もう迷いはしない。初恋のふわふわ、綿菓子の少女よ、君に、私は真実の愛を捧げようっ」
肝となる言葉を吐き出し、本懐を遂げた第三王子の瞳は燦々と輝いている。
「長くなったが、具体的な理由は初恋だ。すまないがカレン嬢、婚約を破棄してもらいたい」
「殿下のお気持ちは、理解致しました。……それが、女神の愛し子である殿下と、王家の決定であれば従います」
カレンの形のいい唇から、震えた声がまろび出る。
白薔薇のかんばせは、美白を通り過ぎて青白く、血の気が引いている。
それでも尚、萎れることなく凛と咲き誇り、王子と正対する姿は多くの者の同情を誘った。
「そうか、では早速、正式な神誓契約を! 別室に用意をしている」
待てが出来な駄犬のように、側近を待たず大股で舞台から駆け降りる第三王子。
カレンをエスコートしようと嬉しそうに手を差し出し、視線を式場の奥にある控の間へと向ける。
と、その時。
薄茶の髪の青年が進み出た。
「殿下、お待ちくださいっ」
声を上げたのは制服姿の在校生。デッカイド王国の南方を治める伯爵家の嫡男である。
「何だ貴様はっ!」
「クーケコン令息、控えなさい。無礼ですよ」
「左様」
「同意致します」
追従していた第三王子の側近達が一斉に牙を剥く。
王族であり、神の愛し子でもある第三王子の行動を遮るなど、常ならば即座に処断される行いである。
――いや、ちょっと待たんか側近ども?
――カレン嬢の婚約者は、そのクーケコン殿。当事者ぞ。
「しかし、カレン様はっ!」
「お止め下さい、セイリヤ様」
常に無い、強い声で制止を告げたのはカレンであった。
ひらり。
ひらり。
蝶が舞うように側近の間を潜り抜け、カレンは令息の真正面に立つ。
互いの息も熱も感じる、常ならぬ距離だ。
あと僅かで正式に破棄される婚約ではあるが、今はセイリヤの婚約者である。
「セイリヤ様、共に喜んでは頂けませんか? わたくし、神の愛し子に望まれましたのよ。これに勝る誉はございませんわ」
少し背伸びをしたカレンは、長年婚約者であった令息の耳元でささやく。
翠なる瞳から水が静かに溢れ出る。それは手折られた白薔薇の茎から流れる生命の輝き。傍に立つセイリヤに隠され、ただ一人だけの瞳に映る惜別の涙。
一歩、二歩と後ろへと下がると、俯くように、低く深く膝を折りるカレン。
「これまでの絆に、心より感謝いたしますわ。敬愛するセイリヤ・クーケコン伯爵令息の先行きに、幸多からんことを」
優雅な一礼。
顔を伏せ、自らの言葉で心に幕を下ろすカレン。
素早く直り、セイリヤに視線を合わせることなく踵を返すと、第三王子の下へと戻る。
カレンの手を取り丁寧に腕に導いた第三王子は、周囲に側近を引き連れて再び歩き出す。
パタリ。
パタリ。
控えの間の扉が、開かれ、閉ざされる。
卒業式場に静寂が訪れた。
作者:作中の乳兄弟君「同意致します」以外、台詞無かったね。
乳兄弟:同意致します
作者:…、いやだからそうじゃないくてさぁ。
三王子:これが噂に聞く作者はハラスメント。恐ろしい(ごくり)
乳兄弟:同意致します
騎団子:そうだ、横暴だっ! 改変を要求するっ。
乳兄弟:同意致します
魔団子:不遇を託つとは、このことなり
作者:誤解なのに。何で君たちまでアンチ作者かなぁ?
聖女:当然でしょ! アンタの考えた話のせいで、ヒロイン枠の聖女なのに逆ハー出来なかったんだから。
宰相子:聖女、君の過ぎたる欲望も程々にしないと、ざまぁされますよ。
乳兄弟:同意致します
三王子:…ゼン、もういいんだ。普通に話してくれ!
乳兄弟:同意致しました
聖女:そうじゃないでしょ! 時系列が変わっただけで、内容変わってないじゃない。何なのこの駄文はっ!
乳兄弟:同意致します
尚、本編に出なかったユシャ王子の乳兄弟の名前はゼン・コゥーティ。




