……何故、ゴ存知ナンデスカネ……?
「ところでアンナ、ライナスとはどうなりたい?」
あれ、なんだろう、既視感を感じる。これ、昨日にもおんなじようなことがあったような……?
「……えーと」
思わず目を彷徨わせる。膝上に置いた手のひらがちょっと汗ばんだような気がする。
「家族の付き合いもこの際気にしなくて良いよ。君がどうしたいか、だ。正直ライナスを選べば大変な思いをするだろう。君が神に選ばれた聖女だったなら違っただろうが、例え『女神』と呼ばれたところでただの愛称でしか無い。君がやったことも、現場を見てない人間にしてみれば、年若い女性の行ったことを大げさに評価しているだけだと考えるだろうし、実際そう発言している者もいるようだ。そういう人物は得てして権力層に多い。自分の目で見ていないものなど事実かどうかわからない、と簡単に嘯く。そしてそういう方々ほどライナスの獲得に必死だ」
父は、いつもと変わらない優しい声音と笑顔で、サラリと毒を吐いた。
……あれ、これは表に見せて無かっただけで、実は今回の件に結構ご立腹なのでは?
「本来君の後見に値するはずの教会は、上層部ほど君ではない別の女性神官を推しているようだ。正直今後の君を任せたいとは思えない。治癒師を続けたいならば、教会を抜けて活動することも視野に入れるといい。その場合は商会で福祉事業を立ち上げるのも有りだね。今回敷いた流通経路があれば問題なく動ける。教会に渡す予定だった寄付金を事業立ち上げに回してしまえば良い。今ならやれるよ、なにせ教会より信頼度が上がっているからねぇ」
父の顔は相変わらず笑顔だし、声音も優しい。がよくよく見ると、目の奥が笑っていない。それに気がついて目線をそっと外した。
……これは結構どころじゃなかった。間違いなくかなりご立腹だ。
「昨日兄から聞いていると思うけれど、アンナが取れる選択肢はいくつかある。ひとつはライナスを選んで周りと徹底抗戦だ。ふたつめは今来ている釣り書の中から良い人を選んで早々に揉め事から離脱すること。みっつめはこれも早々に独身宣言でもして君の考えてる事業計画に邁進してしまうこと。なんなら王都から離脱してもいい。そして、よっつめがクローディオ公爵家の庇護をもぎ取って、君が選択した未来に起こる面倒事を退けて貰うこと。ただし、公爵家の要望を聞く必要があるだろうね」
父は利き手を私の方へと向けて、指をひとつひとつと折り曲げながら説明してくれる。……独身宣言もありなのか。ありがたいけど。
面倒事ってどの辺までをいうんだろう。クローディオ家であれば貴族関係だろうか。教会関係は流石に無理かな。それに付随してくる公爵家からの要望。今の私にはちょっと想像がつかない。
「……要望ってなんだと思います?」
私がそう聞くと、父は自分の顎を撫でながら、考えるように目を宙に彷徨わせた。
「そうだねぇ。考えられるとしたら、ひとつめはライナスとの婚姻、ふたつめはクローディオ家が斡旋してくる相手との婚約、みっつめは商会運営への口出し、よっつめは……そうだなぁ、君を直接治癒師として抱える、とかかな?」
考えながら答えたせいだろう、今度は自分の手元で指折り数えながら答えてくれた。
「それ、ひとつめとふたつめは、結局婚姻関係の面倒事に巻き込まれるお話ってことですよね」
しかも最大級と言っていいくらい断れない筋のお家なだけに、足を運んだら、ただただ自分の首を締めるだけなのでは。
それに商会運営に口出しされるのも正直困る。私事で家や商会に迷惑を掛けたいとは思わないのだ。
「その分君の希望とそぐえば、大きな後ろ盾を持って敵に挑める、ということでもある。特にライナスとの婚姻を考えるならね。まあ、向こうが君の希望と真逆の要望を持っていたとしたら、最大級の敵になりかねないが」
父は「そうなったらどうしようねぇ」などと笑みを浮かべながら言った。
それ、笑えない話じゃないですか、お父様。
正直どれもありそうな条件だ。
ひとつめは、強力な後ろ盾が出来ることになるから、ライナスにとってもマシな状況になるかもしれない。ふたつめは……正直受けたくない。それなら今来ている釣り書の中から選んだ方がまだ良い。みっつめは、自分の希望はなんであれ、商会へ口出しされるくらいなら正直断りたい。よっつめは……そんな要望あるかなぁ、どうだろう。
とは言え、どれを受けようが断ろうが相手が相手なだけに、目に見えないリスクが大きすぎて結局逃げたいの一手なんだけど。
ちらりと父の顔を見ると、「どうする?」と言わんばかりに、にこやかな笑顔を浮かべている。
この「どうする?」はクローディオ家に行くか行かないかではなく、どの選択肢を持ってクローディオ家に乗り込むのか?と言う事だろう。うん、逃げ場はしっかり父に塞がれている。
「……その。こちらの意思を尊重はしていただけると思います?」
「クローディオ家が評判通りであれば、ある程度交渉の余地はあると思うよ。あの家は貴族家の中でも貴族の義務に誠実だ。事実、祝勝会では君を助けてくれたんだろう?まあ、聖女様を回収ついでにアンナを見定めに来たのもあるだろうけどね。その結果名前まで許してくれたとなれば、結果は上々だったのだと思うよ」
「……です、かねぇ」
行きたくない一心ではあるものの、父にそうとは言えない。いや、まあ言外には言っちゃってるけど。
そもそも自分事なのだ、ライナスに巻き込まれた事だとしても、自分の婚姻話を全部親に丸投げしたいとは思っていない。それに、親が子どもの婚姻を決める事が普通にあるこの世界で、わざわざ私の気持ちを汲んで選択肢を与えてくれているのだ。家族にサポートは頼んでも、自分の戦いを人に任せるのはちょっと違うだろう、と言う気持ちが多分にある。……それに、もしも上手く行ったなら。
そんなことをつらつら心の中で考えていると、父は私の考えを後押しするように宣った。
「彼等には勿論下心があるだろう。でなければ貴族たり得ない。だからね、アンナ。君は商人の娘としてしっかり駆け引きしてきなさい。お茶会までに自分の要望をしっかり決めて挑むといい。君なら出来るよ。上手くすれば君の初恋は成就するだろうし、その選択をするなら勿論万全の態勢で協力するからね!」
父は最後の言葉を言うと同時に、本日初めて見せる満面の笑みを浮かべながら両手を挙げた。
……それはつまり。
「……ナゼ、オ父様マデ、私ノ初恋ガ、誰ナノカ、トカ、ゴ存知、ナンデスカネ……?」
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