アドリアーナ様からの手紙は瀟洒で花の香を纏っていました。
「お前の初恋、ライナスだろ?」
と、ニヤついた顔の兄に言われたものの、何故知っているのかと問うことも出来ず、とりあえず兄の顔に一発入れて「デリカシーがない!」と叫んで部屋に籠もったその翌日。……別に、敵前逃亡したわけではない。
私は父の執務室へと呼び出された。
流石に兄妹喧嘩を説教されるとは思っていないが、昨日の兄との話から、積み重なったあれやこれやがあると認識していたので、戦々恐々としながら執務室へと足を運んでみると、どうやらそういうことではないらしい。
既に執事の手で設えられた、テーブル上のお茶セットの合間に、封筒の束が積まれてあるのが見える。
父は、「良く来たね」とにこやかな笑みを浮かべながら手招きをし、自分が座っているソファの向かいに私を座らせた。
「これはまぁ、私が後手に廻ってしまったと言うか、迷ってしまったことも敗因ではあるのかな、と思うんだけれどね」
情報戦は無敗続きに見えていた父が、珍しくそう言って苦笑いを浮かべながら、釣り書が入っていると思しき封筒の束の横に置かれた、明らかに他と質の違う、瀟洒で繊細な仕上がりの封筒を一通手に取った。
「まあ、昨日の件は正直予想も出来なかったから、仕方がないかもしれない。……アンナの前にできる限り情報を積んでから選択肢を与えてやりたかったんだが、事態の方が先に動いてしまったようだ」
そう言って、私にその封筒を手渡してきた。
……そりゃね、父だって聖女様があそこまでオカシイとは思ってなかったに違いない。
受け取った封筒からは、上品な花の香りがふんわりと漂ってくる。封蝋の色は筆頭公爵家が使っている葡萄色。印璽は勿論クローディオ公爵家のもの。署名はアドリアーナ・テレーズ・メディナ・クローディオ。
祝勝会でお話させていただいた、アドリアーナ様からの正式な招待状だった。
丁寧に封を開けると、先程まで香っていた花の匂いが少しだけ強くなる。そう言えばこれ、昨日お会いしたアドリアーナ様が付けていた香水と同じ香りなのでは、と気がついた。
手紙の文字数はそう多くなく、すぐに読み終えられる程度のものだった。
「……要約すると、筆頭公爵令嬢とサシでのお茶会に招待されたみたいです」
「口が悪いよ、アンナ」
「……すみません、動揺して思わず。……これは今日届いたのですか?」
私が手紙をテーブルに置きながらそう聞くと、父は両足にそれぞれの腕を載せ、体の前で指を組んだ。
「朝一でね。実は昨日あの後、私の方にクローディオ家の従僕がひとりやってきて、このことを予告はされていたんだよ」
成る程、昨日の時点で父の方に接触があったらしい。
上品な薄紫色を纏った上質な便箋。それに似合う青紫色のインク。そしてふわりと香る花の香。文字の美しさも何もかもが、手紙をしたためた方の知性を表現していた。この完璧で優雅な佇まいを見せる一通の手紙に、公爵家は如何程の財力を注ぎ込んだのだろう。それはそのまま筆頭公爵家の力を見せつけるものでもあった。
「使われているものはすべて最上級の品質。随所に仕込まれた偽造防止の技術。そして防犯用の魔術式。ついでにアドリアーナ様の芸術的な筆力。怖いですね」
「事態がどれ程重いのかが伺えるよね。私的なご招待ではなくて公式のご招待。お断りは難しいだろうね」
私の及び腰に気がついている父は、先回りをして私の逃げ道を塞いできた。
「……服が、ありません」
「朝イチでメリィが仕立て屋に連絡を入れてくれたよ。元々ね、君が当分こっちにいるとは聞いていたから、どうせ必要になるだろうと、こないだ測ったサイズでいくつかドレスや普段着の注文していたらしい。祝勝会も終わったしね、仕立て屋の予定には余裕があるらしいよ」
「……靴が」
「最近になって、靴も既製品が出回るようになってきたからね。なに、ダンスを踊るわけじゃないんだ。道程も魔導車で移動する。多少窮屈でも問題ないんじゃないかな。仕立て屋が服に合わせて持ってきてくれると請け負ってくれたらしいよ」
「……マナーが」
「準男爵家としてのマナーはこないだ覚えただろう?馴染んでいないことくらいあちらもご理解くださっていると思うよ。最大のマナー違反……というよりも不敬はお断りすることだろうね、この場合」
私が悪あがきで言った逃げ道を、父は困った様な笑顔を浮かべながら、次々と塞いでいった。
「アンナはアドリアーナ様にお会いしたのだろう?そして名前を呼ぶことを許していただいた」
「……まあ、はい。そうですね」
父の言葉に渋々頷く。
祝勝会であったアドリアーナ様との邂逅後、別れ際に「今後は堅苦しく呼ばなくても大丈夫よ。これからは名前で呼んで頂戴な」と笑顔でお許しをいただいた。お断りできる立場でも無いので感謝の意を示したが、つまり今後絡むことがあるから宜しくね、と言外に言われた様なものだった。そして実際こう機会が巡ってきている。まさか翌日とは思わなかったが。
「今回の件は恐らくだが、クローディオ家に庇護を求めるのが一番最善手だろうと思うんだ」
「庇護ですか。……昨日兄さんはアークレイド伯爵がお勧め、とか言ってましたが」
貴族の庇護、しかも筆頭公爵家なんて身分的に遠すぎてどうにも恐れ多い。そしてその分デメリットも多そうな気がするのだが。
「昨日まではね。それもライナスとは結婚をせずに安全策をとるならば、という前提での話だ」
そう言うと、にこりと微笑みを浮かべて私に質問してきた。
「ところでアンナ、ライナスとはどうしたい?」
あれ、なんだろう、既視感を感じる。これ、昨日にもおんなじようなことがあったような……?
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