私の『守護女神』評価は色んな人に影響を及ぼしていたようです。
「ちなみにね、これもお前には伝えてなかったから、ついでに伝えておくけれども」
と、兄は前置きを言ってこう続けた。
「お前相手に、めっちゃ釣り書が来てるぞ」
「……は?ライナスから?」
「いや、なんでライナスから何通も来るんだよ。そうじゃなくて、子爵家以下騎士爵やら他の商家から山程来てる」
「……なんで?」
またあり得ない不可思議な言葉が聞こえた気がして、曲がる極限まで首を傾ける。……正直今日はおかしなことばかり耳に入ってくる。
その様子を見た兄は、ソファの背にぐったりと凭れ掛かりながら、呆れた顔を私に向けた。
「お前さっき自分で聞いてきたろ?自分に対する噂」
そう言われて、私は自分が『ブロンテの守護女神』と呼ばれている噂を思い出した。顔の中心に思わず力が入る。正直忘れていたかった。
「あれでお前の評価めちゃくちゃ高まってるの。現場で助けて貰ったっていう騎士からだとか、戦場になった領地を治めてた領主家とか、噂を聞いた取引先の貴族家からだとか、ついでにウチの事業拡大に乗りたい同業者から、お前にしたらわんさか釣り書が来てるわけ」
「私以外にも戦場に出て頑張っていた治癒師なんてわんさか居たのに……?」
今回各地で起こった魔獣討伐に合わせて活動した治癒師の数は、常時三百人以上いたはずだ。内、八割以上が女性であり、更にその大半が未婚者だったはずである。まあ年齢は、下が十歳、上が五十歳と幅は広いが。
特に戦場付近で活動していた治癒師の殆どは平民だったが、少数ではあったものの貴族家出身の人たちもいた。当然平民も貴族も妙齢の女性がそれなりの人数参加していて、ぶっちゃけ騎士様方が鼻の下を伸ばして治療して貰っていたのを覚えている。
彼女たちが戦場近くに派遣される治癒師として活動した理由は様々だったが、共通していたのは、それまでの人生で荒事に直接関わりようがなかったこと、魔獣自体を初めて目にした人たちばかりだった。安全を確保された、王都やその周辺の街で暮らしていれば当然の事だと思う。
当然、初めての経験に泣いたり怯えたりしていたし、足を竦ませてもいた。それでもなんとか自分を叱咤して、治癒師として努力を重ねていき、怪我した騎士や兵士、傭兵たちに直接触れ、励まし、治療のために奔走していた。
そんな可憐で健気な行動に胸を打たれた騎士も多く、三年間の間に起こったラブロマンスをいくつか見聞きしたし、なんなら恋愛相談にも乗った。
実際私の目から見ても、彼女たちは健気で可愛かったし、治癒師として努力し成長した姿は凛々しく、美しく見えた。彼女たちを選んだ男性は見る目があると私は思う。
ラブロマンスまでに至らなかった治癒師たちの中にも、騎士たちの中では評価も高く、憧れの人扱いされていたお嬢さん方は何人もいた。その中には未婚の貴族家ご令嬢も数人いたので、私よりもむしろ彼女たちの方が騎士や貴族家の花嫁に最適ではなかろうか。勿論、ライナスにとっても。
「わんさかいたんだろ、治癒師。それじゃ多少見目が良かったとしても他に突出したところの無い、沢山いるうちの見分けがつかない誰かだ。まあ、その中に好みのタイプがいた奴はそっちに釣り書送ってるだろうけど。あとまあ、アンナが間違いなく好みから外れているって奴は、さすがに送ってこないだろうけどな」
……私が好みじゃない、と言う奴はそれこそ山程いたのでは?
好み云々を無視して考えるならば――、実家が王都でも有数の商会だということ。そして今回の討伐で商会自体が成果をあげていること。今後の事業展開にも期待が持てることだろう。確かに私を嫁にすれば持参金を期待できるし、商会への太いパイプができる。何かしら融通が効くと思えば、恋愛感情と関係のないところでする結婚としては最適か。そういう理由で来る釣り書が大半と思えばまあ分かる。
そんなことをブツブツと呟きながら考えていると、
「それだけじゃないだろう。てか、お前ホント自分が『守護女神』て呼ばれてる事実を見たくないのな。治癒師の中で『守護女神』なんて特別な愛称つけられて呼ばれてんのお前だけだぞ。めちゃくちゃ目立ってたってことだぞ?」
と、兄は私をジト目で見てくる。
「……そんなのさっき初めて知ったし……救援物資運んだり補給品運んだりしたのは商会のお仕事だし、そんな特別なことしてないはず……」
私は思わず顔を背けた。
「いや、お前護身用に持たせたはずの短剣で魔獣をぶっ倒して、騎士の窮地救ったって俺は聞いたけど?九死に一生を得たって感動している騎士様方からの釣り書が結構来てるし、領主館に立て籠もって魔獣からの攻撃に耐えていた領主夫人と領民に、救援物資をひとりで送り届けた挙げ句、侵入しかけていた魔獣を倒して結界張って救助チームがたどり着くまで持ちこたえたって話も聞いたぞ?ぶっちゃけ治癒師としても商人の娘としても桁外れなことをやっといて、特別なことはしてませんなんて言っても、誰も頷くわけ無いだろ」
そう言ってソファから身を起こした兄は、「ちなみにその時のご領主様の甥御さんからも釣り書が届いてるぞ」と渋い顔をしながら付け加えた。
「お偉いさんからしても、民衆からしても、聖女様よかお前の方がなにげに評価も評判も良いんだよ。その上、ライナスは教会付属の聖騎士だけどただの騎士爵だろ?下手に高位貴族のご令嬢充てがうよりも、教会付属の治癒師で上流階級出身とは言え一般庶民の娘を充てがう方が、大衆ウケも良い。幼馴染だから民衆を納得させる事ができるラブロマンスネタもバッチリ。その上二人をくっつけて爵位を与えてしまえば、この三年間で抜きん出た成果をあげてる二人を纏めて確保できるいい機会だ。更に二人の慶事を周知するタイミングを上手く図ることができれば、王太子殿下の醜聞と聖女様の倫理観のなさに煙幕を張れる」
そこまで続けざまに言ってから、兄は膝に肩肘をつくと、大きなため息を挟んだ。
「そーゆー思惑まで見え隠れしてるもんだから、親父が事実確認を含めた状況確認に奔走してんの。迂闊な行動も発言も、下手したら後々余計なしわ寄せがぐっと来そうでなぁ。まさか聖女様が直接お前に変な絡み方してくるとは思ってもみなかったから。てか、――本っ当に倫理観欠落してるのなぁ、今代の聖女様」
最後の言葉は本当に残念そうな声音だった。
ここまでお読みくださいましてありがとうございます。
ブックマークをしてお待ちいただけると幸いです。
評価とリアクションもいただけると嬉しいです。
ーーーーー
公開していない分を含めてそろそろ10万文字に突入しそうです。
なろうにUPしている連載作品でも現状最長。
アンナが幸せになるところまで頑張って書きたいです。




