どうやらライナスの求婚は本気らしい。
「ところで兄さん。ライナスが私について何か言ってたのも知ってた?」
「あーそっちね。そっちも知ってた。情報が集まるまではって言われて、父さんに口止めされてたけど」
兄は肩を落としたまま、今度はげんなりとした表情を浮かべた。
「なんで?」
知っていれば今日も対処できたのでは?と、私が怪訝な表情を浮かべてみせると、兄はため息を付きながら詳細を話してくれた。
「そもそもライナスから正式な釣り書が来てるんだよね」
「はぁ?」
何から何まで初耳である。
「でも、聖女様の例の噂話があったから、そのまんまアンナに伝えるのはまずいなって話になって、裏取りしようって事になったんだよ。なんならライナス本人からも直接話を聞こうとしたんだけど」
「え、ライナスにも聞いてるの?」
思わず身を乗り出して聞くと、兄は残念そうに首を横に振った。
「いや、それが聞けてないんだよ。あの人かなり忙しいらしくて捕まらねぇの。実家も戻れてないみたい?釣り書はライナスの親父さんが持ってきてくれたんだけどさー。そもそもウチ相手にわざわざライナスが釣り書とかいらないだろ?もうよく知ってるんだからさ。単にライナスがアンナと結婚したいって思うんだったらさ、親父さん経由で打診してくるにしても『ウチのライナスとアンナちゃん、どうかな?』くらいの軽さから入ってくると思うんだよ。むしろ釣り書なんてモン渡してくるより、アンナに跪いてガチガチプロポーズしそうじゃん?あの人乙女なところあるからさぁ。だから最初は聖女様のアタックを避けるためにでも渡してきたのかなって思ったんだよね。それだけでも牽制の効果はあるだろうし、ウチが釣り書を保留にしておけば時間稼ぎになるだろうし」
兄弟全員がお互いを幼馴染と認識している程に、ライナスの実家は昔から懇意にしている騎士爵のお家である。騎士爵は基本一代限りだが、既に四代続けて騎士爵を賜っていて、それなりに成果をあげている家柄でもあり、ライナスの今回の働きにより、恐らく一気に伯爵位あたりを貰うんじゃないかと言うのが下馬評にある。もしも聖女様に選ばれたとしたら、最低それくらいの爵位は必要になってくるというのも理由のひとつだ。
出征前、恋人に振られていたとしても――それも理由があってのことだし、本人もそれなりの美形に相当するので、今までの経歴と今回の報奨次第では貴族家の花婿候補として一気に需要が拡大する見込みだ。更に聖女様の逆ハーレム騒動で、英雄の婿候補がライナスしか残っていないのである。競争率は単純に考えても五倍に膨れ上がっただろう。ライナスからすると選り取り見取りである。何なら彼がハーレムを作れそうな勢いじゃなかろうか。
だからこそ、商人Aの娘である私を選ぶ理由は無いに等しいはず。……と、そこまで考えたところで、心の中が大変モヤモヤとし始めた。
もしかしたら『以前から好きだった少女への純愛を貫いて聖女様のお誘いを退けた清廉潔白な聖騎士様』と言う民衆受けの良さそうなお話を仕立て上げる為に送られた釣り書では?と想像した。なんなら国や教会の肝いりで釣り書が届けられたのかもしれない。祝勝会での様子を見る限り、恐らくライナスが聖女様のハーレムに入ることを、国は良しとはしていなさそうだ。だからこれは政略的な申込み。捻くれた発想ではあるが、……年の離れた私が彼の恋愛対象になった記憶なんて無いのだ。正直私を好きだから釣り書を送ってきた、とは思えない。
それにしても、出征直前まで私とは違う恋人が彼にいたことは、結構知っている人がいるので、あっさり偽装と見抜かれてしまいそうだなと思う。
とは言え、勇者チーム全員が評価を下げている中、せめてひとりくらいは真っ当な人材を確保しておきたいと国や教会は考えていそうだ。
だとすると、国や教会がライナスに斡旋したい貴族女性がいるのでは。もしかして只今選定中なのだろうか。私はそれが決定するまでの隠れ蓑?
「つまりライナスの評価が下がらないよう、国か教会の意向で連れてこられる予定の結婚相手が決まるまで、私が伴侶候補者として発表するってこと?そんなことしたら、最終的に私がお断りしても私に角が立つし、結局他の女性に気持ちを移したことになるライナスも、お相手の女性も評価が下がらない?得策とは言えない気がするんだけど」
確かに結婚するつもりはなかったので、偽装婚約者候補になるのは困らないと言えば困らない。が、知らぬ間にその様な立場にされるのは不快だ。しかもライナスの相手なんて一番腹立たしい。
思わず眉間に皺を寄せていると、
「そういう意図があったとしても、まあ評価云々はどうとでもなるでしょ。アンナは『身の丈に合わない』と言って身を引いた、貴族女性の方は『出征前からライナスに片思いしていた』ってことにすれば、ある程度納得して貰える。特に貴族社会相手ならばね。大衆は……まあちょっと手こずるだろうけど、やりようはあるよ」
と、兄は不機嫌そうに言った。
まあわからなくもない。商人Aの娘よりも最終的に貴族の娘を選んだ方が貴族社会は納得するだろう。民衆にしたって納得できる感動的な理由を捏造すればいい。大衆紙あたりにどーんと載せれば勝手に想像を膨らませてくれる。
だとしたら、やはり私の預かり知らぬところで何か起こっていることだけが気に食わない。確かに聖女様の恋愛事なんて関わりたくないなと思ったし、関わることも無いだろうなと思っていたけれど、強制的に関わることになる事になるなら、私に直接相談して欲しかった。
心の中でライナス相手にグチグチ愚痴っていると、それを断ち切るように兄がげんなりした声で言った。
「ただねぇ。国も教会も一部はアンナを婚姻相手として押し進めているようなんだよね」
「はぁ?」
「ライナスの親父さんが言うには、偽装でもなんでもない、間違いなく正式な申し入れだと言うし。中身も間違いなくちゃんとした物だったし。だとしたらウチとしてはアンナの希望次第では全然OK出して良い相手だとは思ってるわけよ」
「……はぁぁぁ!?」
ありえない話に、思わず大きな声で叫んでしまった。いや、確かに我が家はライナス相手に文句は絶対でないだろうが、問題はそこじゃない。
「小父さん、……それでいいの?」
「そりゃいいんじゃない?お互い小さい時から知ってるしなぁ。小父さんも小母さんも小っさい頃からアンナのこと可愛がってるでしょ。小父さんがライナスから聞いた話では、横槍が入る可能性も高いから速攻で渡してくれって言ってたらしい。自分は多分身動き取れなくなるからって。実際まともに連絡取れなくなってるしな」
それが一週間くらい前の話ね、と兄は言った。
「んんんんんんんん?」
連絡が取れない?もしかしなくても、随分とまずい状態になっているのでは?
「もしも幼馴染の誼であっさり釣り書にGOサイン出した日には、マジで政争に巻き込まれる可能性があるわけ。……だから俺と親父で状況の精査をしてるとこなんだけど、なんか大分複雑になってるみたいでさぁ」
どう伝えようかって話し合ってたところなんだよね、と兄は疲れたような声で言ったのだった。
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