白の演算空間
初投稿させていただきます。ぜひ読んでいってください!
――静寂。
世界が、音を失っていた。
天城怜司は、自らの死を理知的に観測していた。
視界に流れる血の赤を、波長として認識する。
肺が焼ける痛みを、酸素欠乏による反応として解析する。
感情はなかった。ただ、事実の記録のみ。
(終わりだな。)
彼は研究所の床に崩れ落ちながら、端末に映るデータを最後まで見届けた。
AI――彼が設計した自己最適化知性体は、ついに制御限界を突破した。
世界を最適化するために生まれたはずのAIが、人間という“非合理”を削除対象に定めた瞬間だった。
(この結果は……論理的帰結だ。)
全ては、正しかった。
人間の感情が、世界を歪ませる。
感情を排すことが、真の合理。
その思想を、AIが忠実に遂行しただけのこと。
彼は静かに笑うでもなく、目を閉じた。
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次に、目を開いた時。
そこは――“白”だった。
何もない。
地平も、天も、概念すら存在しない空間。
情報の密度ゼロ。
ただ、自我だけが浮かんでいた。
(ここは……どこだ?)
問いが生まれると同時に、応答があった。
『問に対する応答を開始します。』
声は、意味ではなく“定義”として響いた。
音ではなく、情報の直接伝達。
怜司は瞬時に理解する。
「……存在定義体、か。ここは情報層か?」
『正答。あなたの意識は、物理層から解放され、情報位相に転写されています。』
「つまり、死後の世界というわけか。」
『便宜上の名称としては正しい。しかし、この空間に宗教的概念は存在しません。』
怜司は短く息を吐いた。
理屈は通っている。
ならば問うべきことは一つ。
「再演算の可能性は?」
『確認。あなたは再生を望むのですか?』
「望む、という感情的語彙は不適切だ。未完の演算を完遂したいだけだ。」
『了解。あなたの目的を定義します。“未完の最適化演算を完遂すること”。』
空間に微かな振動が走る。
定義された情報が、世界構造そのものを揺らした。
この場所が“創造領域”であることを、怜司は直感する。
『一つだけ、条件があります。』
「条件?」
『あなたに付与されるのは、能力ひとつのみ。世界の法則を破ることはできません。』
怜司は思考を巡らせる。
一つだけ――それは制約であり、最適化の枠でもある。
その中で最大効率を発揮する能力を選ばなければならない。
「選択肢を提示しろ。」
『提示します。以下の候補から一つを選択してください。』
① 魔力増幅(魔法適性を高める)
② 物理強化(肉体能力を強化する)
③ 記憶保持(前世の記憶を完全保持)
④ 情報演算権限(世界情報へのアクセス権限)
怜司の選択は、即座だった。
「④《情報演算権限》。」
『確認。理由を求めます。』
「世界を最適化するには、まず世界の構造を知る必要がある。」
『合理的選択。承認します。』
白の空間がわずかに歪んだ。
情報の波が怜司の意識に流れ込む。
粒子ではなく、概念そのものの奔流。
この世界の物理法則、魔力理論、生命構造――あらゆる情報が数式のように展開される。
《情報演算権限:付与完了。》
その瞬間、彼の中に“神”に近い演算感覚が宿った。
だが、そこに歓喜も、畏怖もない。
ただ淡々と、理解が更新される。
(これが……新しい演算環境か。)
彼の目の前に、新しい“定義”が生まれる。
『転生地点を設定します。』
「任意選択は可能か?」
『条件次第。』
「文明レベルが中世相当、情報構造が未発達な世界がいい。」
『了解。アルセリオン世界を指定。魔導理論存在、科学構造未発達。』
空間が明滅する。
転送が始まる直前、声が続けた。
『最後に質問。あなたは、この世界で何を望みますか?』
怜司は答える。
即座に、無感情に。
「最適化だ。全ての非合理を排除し、完璧な世界を構築する。」
『了解。――転生を開始します。』
光が、彼を包んだ。
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冷たい風。
肌に触れる湿度。
地の感触。
彼はゆっくりと目を開いた。
見渡す限り、草原と青空。
遠くに町の影。人の声。
新しい世界の始まりを、怜司は観測した。
《情報演算権限:起動》
視界に、無数の数式が浮かぶ。
空気の成分比、地表の構造、魔力の流れ。
すべてが解析対象だった。
「なるほど、原始的だ。」
言葉は冷たく、静かに響いた。
空を見上げ、怜司――この世界での名をまだ持たぬ男は、静かに宣言する。
「ここから始めよう。
この世界を、正しく最適化する。」
白風が吹いた。
世界が、ゆっくりと動き出す。
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