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短編

コロン様の下駄の音

 島根県松江市にやって来た。


 宍道湖と中海を結ぶ大橋川には四本の橋が架かっている。くにびき大橋、宍道湖大橋、新大橋、そして松江大橋だ。


 広大な宍道湖が見渡せて一番景色がいいのは宍道湖大橋だが、もっとも風情があるといえば松江大橋だろう。四本の中で一番短い橋なのだがもっとも古く、柳並木が古都の雰囲気をたっぷりと演出してくれる。


『耳なし芳一』や『雪女』で有名な小泉八雲もこの橋を愛し、よく歩いて渡ったという。


 そんな由緒ある橋のたもとで屋外焼肉バイキングを見つけた。あたしが一人でカルビをキャホーと声をあげながら七輪で焼いていると──


「お姉さん、一人旅?」


 声をかけられた。

 ナンパかと思ったら見知らぬおばあさんだった。


 あたしはペロッと焼肉色の舌を出しながら、答えた。

「うん、一人旅。はるばる鳥取県からね!」


「それはそれは遠いところから……」


 見た目は気味の悪いおばあさんだった。


「……って、お隣だがな! 山陰道使ったら30分で来れるがなビシッ!」


 でもボケにはちゃんとノリツッコミしてくれる、いいひとだった。


「鳥取県のどのへんから来なさったね?」


 おばあさんが聞くのであたしは恥ずかしげもなく、答えた。


「倉吉だよー。ど田舎」


 おばあさんの目がきらりんと光った。

 どうやらあたしのような田舎者を捕まえて、その話がしたくて仕方がなかったようだ。


「コロン様に気をつけな」

「コロン様?」


「妖怪だよ。ど田舎の人間が大橋の上を歩いちょったら出ると言われちょる」

「何なに? 田舎モンが好きな妖怪?」


「コロン様は都会モンだ。でも、それを鼻にかけたくないらしくて、田舎モンを見つけると友達になりにやって来る」

「友達になってくれるならいーじゃん?」


「下駄を履いてるんだよ、コロン様は」

「何の話!?」


「ふつうの下駄の音は『カラン、コロン』だろ?」

「うーん……。『カツッ、カツッ』じゃね?」


「そげだね。真面目に歩けばそげだ。でも不真面目にひっかけて歩いたら『カラン、コロン』になるだろ?」

「子どもがふざけて歩いたり、チョイ悪気取ったオヤジがつっかけて歩いたりしたらそんな音になるね。あと、鬼○郎とか」


「それがコロン様の下駄の音は、『コロン、コロン』なんだよ」

「『カラン』がないの!?」


「あぁ……。だけん、出会ったらすぐにわかる。それがコロン様だと。下駄の音でね」

「ふーん。わかった、ありがとう、おばあちゃん」


「気をつけな!」

「いや気をつけないよ。友達になりたい」


 おばあさんは気さくだったけど、やっぱり不気味で、あたしをギロリと睨みつけながら去っていった。少し砂かけばばあに似てる気がした。


 これを食べたら大橋を渡ってみようと思いながら、あたしはまたカルビに取りかかった。キャホー!



○ ○ ○ ○



 満腹のおなかを抱えながら、あたしが大橋を渡りはじめるなり雰囲気が一変した。


「おや?」


 車通りが途絶えた。

 さっきまでアスファルトで舗装された橋だったはずだ。急に木橋に姿を変え、周りの景色もなんだか明治時代っぽい。


 橋の上にピンク色の霧がかかりはじめた。


「おやおや……?」


 あたしは楽しくなってきた。前から下駄の音が聞こえてくる。


 カラン……コロン……カランカラン……コロン


 ○太郎だった。お前は鳥取県境港発祥のはずだろ。なぜここにいる? おばけのポストに手紙を入れた記憶もない。



 また誰かが下駄を鳴らしてやって来た。


 カツン、カツーン


 真面目な音を立ててやってきたのはイギリス紳士っぽいひとだった。小泉八雲だったかもしれない。



 あたしが鬼太○と小泉八雲を見送ると、また、下駄を鳴らして誰かがやって来た。

 

 コロン、コロン、コロン……


 来たー!


 出たー!


 コロン様!


 ピンク色の霧をくぐって現れたのは、本体よりもデカい下駄の上に乗った女の子だった。でもそんなものを履いていても、あたしより背は低い。頭のてっぺんのお団子を含めても、ちっちゃい。

 意地悪そうな笑いを浮かべながら歩いてくる。


 コロン、コロン、コテン──


 あっ、コケた。ころんだ。


 ムクッ……。コロン、コテッ、コテッ──


 霧が邪魔でよくは見えないが、もしかして2回連続でコケたのか? それともコテッ……ちゃん、と続くのか? と思っていると、コロン様がようやくあたしの前へ来て、立ち止まった。


「やぁやぁ、我こそは妖怪コロン様なりよ!」


 小動物みたいな声でそう言った。


 かわいい!


 持って帰りたい!


 思わずバッグに入れて、持って帰った。



○ ○ ○ ○



 今、鳥取県にあるあたしのアパートで、白猫のミッちゃんと一緒にケージの中でコロン様を飼っている。

 とてもかわいい。でも、まだ彼女について知らないことが多い。

 大好物は何なのかな? とか。とりあえずミッちゃんの大好物のバニラアイスは好きなようで、与えるとキャホー! と声をあげてペロペロする。


「なー、飼い主」

 ケージの中からコロン様が言う。

「コロン様、また島根県松江市に行ってみたいぞ」


 確かに鳥取県には山と砂漠とパープルタウンぐらいしかない。

 比べてあの町にはおいしい焼肉バイキングもあるし、古風な町並みもあるし、しじみも採れるし、ブスどころの鳥取県と違ってかわいい女の子も多い。


「おしおし。また連れてっちゃーけん、楽しみに待っちょけや」


 あたしが方言きつく喋るとコロン様がきゃっきゃと喜んだ。

 本当に田舎モンが好きなんだなぁ。





挿絵(By みてみん)






イラストはコロンさまよりいただきました


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― 新着の感想 ―
 コロンさまが可愛いです。  ○太郎とラフカディオ・ハーン、良いなぁ……!  鳥取県、二十世紀梨はまだ健在ですか……?
 コロンさまが可愛いです。  ○太郎とラフカディオ・ハーン、良いなぁ……!  鳥取県、二十世紀梨はまだ健在ですか……?
妖怪をバッグに入れてお持ち帰りするとは何ともアグレッシブですね。 そして猫と一緒に飼われているのも、何とも凄いです。
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