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冷徹令嬢の願いを知らない愚か者は因果の宴を開き、偽りの破滅を自ら招く②(※ディスカード視点)

 騎士達に取り囲まれ、戸惑ったトランスファー男爵家の者達に執行官は険しい顔つきで告げた。


「トランスファー公爵夫妻、そしてロウヒ嬢。ディスカードが犯した罪とは別件であなた達に話があります。と、いうのもあなた方には……」


「別件?まさか私が何かしたとでもいうのか!私は天下のトランスファー公爵だぞ!何も後ろ暗いことなどしていない!」


「そうですわ!私は天下のトランスファー公爵夫人なのよ!この私に逆らうつもり!?」


「そうよそうよ!私だって未来のトランスファー女公爵なのよ!」


「最後まで話を聞くように!……コホン。あなた方には脱税や不正取引や禁止品の輸出入等々の罪の疑いがかけられています。この件に関してもディスカードの件と同様、一ヶ月半前に特別捜査命令が王妃様から出ており、我々はずっとあなた達のことを捜査していました。そしてあなた達が卒業パーティーに出席して屋敷を出ている間に行った特別家宅捜査で証拠も見つけております。ですのでこれから騎士団までご同行願えればと」


「何だって!?そんなところには行かないぞ!……うぐっ!手を離せ!私を誰だと思っている!」


「何をするの!私は何もしていないってば!嫌よ、離しなさい!」


「嫌よ!助けて!ディスカード!」


 執行官の言葉にトランスファー家の者達は怒りで顔をどす黒くさせ、わめき暴れた。トランスファー家の皆が騎士に身柄を拘束されたのを見て、ディスカードは狼狽えた。


「ええっ!?これはどういうことですか、義父上!?」


 騎士達に拘束されたトランスファー公爵は、自身が乗せられようとしている馬車が囚人用の鉄柵付きの馬車だと知ると慌てふためいて言った。


「私じゃない!私はやっていない!やったのは……フォーチュンだ!きっとあいつがやったんだ!」


 トランスファー男爵の口から出た名前にその場にいた執行官や検察官や騎士達は呆れ顔になり、突然の出来事に呆気に取られていたディスカードもため息をつき、残念なものを見る目で義父に言った。


「ハァ……。何がなんだかよくわかりませんが、義父上はあの真面目なフォーチュンが犯罪を犯していたというのですか?冗談にしては下手すぎて笑えませんね。そんなこと天と地がひっくり返ってもありえないって誰もが知っていますよ」


「貴様っ!?何で貴様はあいつの味方をするんだ!貴様はあいつが嫌いなのだろうが!この十年間、ずっと嫌い続けた女の肩を持つなんてどうかしている!」


「……嫌ってなんかいない。この十年間、僕はずっと……」


「何だと?」


「……いいですか、義父上。フォーチュンはロウヒとは違って、僕と婚約していた十年もの間、宝石やドレスどころか、小さな髪飾りすら僕に欲しいと強請ったことは一度だってなかったんです。城に来ていたときも学園でも彼女はずっと真面目に勉強していたし、僕の代わりに公務にも出ていた。贅沢をしたり、我儘を言っているのを見たことも聞いたこともなかった。着飾った姿だって卒業パーティーで初めて見たくらいなんです。そんな真面目で謙虚で慎ましい彼女が犯罪?絶対にありえない!フォーチュンは絶対にそんなことしません!」


「う、煩い!私は何も悪くない!悪いのはフォーチュンだ!」


「は?フォーチュンが一体、何をしたというのですか?そもそも何故そんなにも実の娘を毛嫌いするんです?」


 ディスカードは素朴な疑問を口にしただけだったが、その質問はトランスファー男爵にとって禁句だったのか、彼は突然意味不明なことを喚き始めた。


「だって!彼女が……彼女がフォーチュンばかり可愛がったから……。私は美しい彼女の婿になれて本当に嬉しかったのに!彼女に愛される頼れる夫になりたいと真剣に願ったのに!彼女はトランスファー公爵家当主の仕事は特殊で、直系の者がすることになっているからって私に何の仕事をしているのか教えてくれなかった!手伝いを申し出ても、あなたは私の婚約者だった頃から後先考えずに突っ走るし、騙されやすくて詐欺に遭ってばかりだったから"表”の仕事にも関わらせられないって、わけのわからないことを言って!私と結婚したのは多産家系だったからって、まるで種馬のような扱いをされて!悔しくて態と不器量な愛人を作っても知らんぷりで!やっと彼女にそっくりなフォーチュン()が生まれたときは凄く嬉しかったけど!フォーチュンには物心付く前から彼女の後継者として徹底的に英才教育を施したくせに私には向いていないからと何一つ関わらせてくれなかった!彼女が病で倒れたときだって!けして仕事には関わるなって念押しされたし、死ぬときだってフォーチュンだけ傍において私は部屋にも入らせてくれなかった!だから私はフォーチュンが憎くて……。だからだから!全部フォーチュンが悪いんだ!」


 トランスファー男爵の喚く言葉は早口で聞き取れず、かろうじて最後のフォーチュンが悪いという部分だけ聞き取れたトランスファー男爵夫人は大声で無罪を叫び、ロウヒもそれに同調した。


「そうよ!悪いのはフォーチュンなの!きっと私達を罠にはめたのよ!私は何もしてないわ!」


「そうよそうよ!これは罠よ!全部お姉様が悪いのよ!」


 喚くトランスファー家の者達を呆れて見ていた執行官は肩をすくめて言った。


「言い訳は当局に着いてから、じっくり聞かせていただきますが、ディスカードの言うように、それだけは絶対にありえませんね。我々の調べによれば、あなた方がフォーチュン様を王都の屋敷に住まわせるのを拒んだせいで、彼女は学園に入る前までの数年間、王妃教育を受けるために領地と王都を往復する生活をしていました。学園の寮に入ってからも彼女は真面目に毎日の授業にも出ていたし、ディスカードが怠けた生徒会の仕事もしていましたし、二人分の公務のせいで休日すらなかったそうです。そんなふうにずっと多忙な暮らしをしてきた彼女があなた方を罠にはめるために犯罪を犯したなんて話を誰が信じますか。全く見苦しくてこれ以上見るに耐えませんね。煩いから猿轡をし、暴れないよう後ろ手に拘束して連れて行け。……ディスカード、期日は一週間後です。それまでにどちらかを選んでおくように」


 ディスカードを一人置いて、トランスファー家の皆は馬車で連れて行かれてしまった。茫然自失となったディスカードはトランスファー公爵家の屋敷の使用人達に詳細を求めたが、彼らは皆揃って、自分達は今日勤め始めたばかりの新人だといい、何を聞いても知らぬ存ぜぬと言うばかりで一向に要を得なかった。


 ロウヒの母が癇癪を起こすたびに使用人を首にする話は社交界でも有名であったため、これには検察官達も致し方無しと苦笑いだったようだが、ディスカードは一刻早く状況を知らなければならないのにと焦り、今まで勉強を疎かにしてきたせいで何をどうすれば状況を知ることが出来るのかさえ一向にわからない自分に苛立ちつつ、婿入り早々から途方に暮れることとなった。


 これは後日、執行官と騎士達による捜査と家宅捜査から出た証拠と事情聴取によってわかったことだが、どうやら十年前までトランスファー公爵家を切り盛りしていたのはトランスファー公爵ではなく、フォーチュンの実母である、前トランスファー女公爵だということがわかった。


 前トランスファー女公爵亡き後は彼女の補佐を務めていた者が管財の代理人となって一時期、帳簿をつけていた筆跡が白い表紙の帳簿に残っていたが、同年に後妻に収まったロウヒの母が日々の高額の買い物を慎むよう諌めた代理人の顔を壺で殴り深手の傷を追わせた挙げ句にクビにしてしまってからは帳簿をつける者はいなくなり、代理人の消息も10年前から不明で、これ以上の詳細はわからずじまいだった。


「どうしよう。これでは一体、今のトランスファー家にどれだけの金があるのか、わからない。国への返金には期限があるのに、もしも彼らの借金のせいで期限までに返せないなら僕は公金横領罪で逮捕されて鉱山に送られる!とにかく先に僕の返金分の金だけでもかき集めて返さねば!」


 ディスカードはトランスファー家の者達が逮捕されている間に返金を済ませてしまおうと執行官達に頭を下げ、トランスファー公爵家にいる使用人達の手も借りて、総掛かりでトランスファー公爵家の財産を確認することにした。


 すると消息不明となった管財人は相当な切れ者だったようで、十年前にトランスファー公爵領の運営資金をトランスファー公爵家の財産と分けて管理するよう顧問弁護士を通じて銀行に依頼していたことがわかった。


 領民達に対する暮らしの支援や諸経費等の必要経費がトランスファー家の者達に奪われないようにと考えたのか、管財人が顧問弁護士を通じて依頼した銀行は、トランスファー家とは利害関係がない銀行で領民達の税が自動的に国に納税される契約も追加されていたため、納税を一度も怠っていない領民達は罪を犯したトランスファー公爵家とは無関係であると証明された。


 検察官達が捜査の際、領民達に領主不在での領地生活を不審に思わなかったのかと問うて回ったところ、管財人が領地経営の計画書なるものを領内に配っていたようで、領民達はその計画書に従って十年間、暮らしていたことがわかった。


 領民達は七年前までは月に二度、トランスファー公爵家の馬車が領内を通っていたし、この三年も不定期にだが馬車が何度も来ていたから、領主が視察に来ているのだと思っていたと答えたので、領民達はフォーチュンの乗る馬車を視察と誤解し、大半の者は領主が来ていないことに気づいていなかったことがわかった。


 だが領主が領地に訪れていないことを察知し、不服に思った領民も一定数はいたようで、いつの間にか数百十人もの領民が家財をまとめて領を出ていたようだが、領内を管理する代理人が不在だったこともあり、彼らがどこの誰で、どれだけの財を抱えて、いつどこに出ていってしまったのかを知る領民は一人もいなかった。


 その一方、十年前にあったはずのトランスファー家の私財は影も形も見つからず、代わりにトランスファー夫妻やロウヒのこしらえた借金の借用書が山のように見つかった。トランスファー公爵達は事情聴取でも頑として認めなかったが、それらの借金を返すために犯罪に手を染めたと結論づけられるような証拠が家宅捜査によって、いくつも見つかっていた。


 ちなみにトランスファー公爵がこしらえた借金は海外との先物取引や株や土地売買や投資等々といった、金儲けに関する借金ばかりだったが、そのいずれも詐欺であったことがわかった。詐欺だと知った彼は借金は無効だと裁判所に訴えたが、先の借金を返済するため借りた金貸しは正規の業者だったため、無効とはならないと申告は却下された。


 また、トランスファー公爵夫人は十年前に愛人から正妻に昇格したのをきっかけに贅沢を覚え、ツケで買い物を楽しむ毎日を続けて買い物依存症となって借金を重ねており、そんな両親を見て育ったロウヒもまた、父親以上に金儲けの話に弱く、母親以上に贅沢することが好きで、両親以上に金を散財して毎日を過ごしていたらしく、トランスファー家の私財を全て使った上に、更に彼らの借金が山のように増えたのも、なるべくしてなった結果だと検察官は上に報告した。


 トランスファー家の者達は最後までフォーチュンが我々を罠にはめたのだと主張していたが、家宅捜索で屋敷を捜査した検察官と騎士達によって、彼女は実母が亡くなった後、自室も持ち物も全て奪われて、学園の寮に入るまでの七年間もの間、最低限の家具しか置かれていない薄暗い屋根裏部屋に追いやられて暮らしていたことが発覚したことにより、彼らの主張は却下され、彼らに虐待の罪状がまた一つ加えられた。


 ディスカードが言っていた通り、フォーチュンは王妃教育を受ける傍ら、学園でも勉強し、ディスカードが投げ出した生徒会の仕事や公務を肩代わりして多忙な毎日を過ごしていたため、彼女には自由な時間というものがまるでなく、この捜査に関わった者達は皆、家族にも婚約者にも恵まれなかった彼女を気の毒がった。


 裁判が行われ、トランスファー家の者達がフォーチュンがやったと供述したと知れ渡ると、城の者達や学園の教師や生徒達や公務での慰問先の孤児院や病院関係者達といった彼女に一度でも世話になった者達が国中からこぞって集まって裁判所に詰めかけ、彼女が借金などするはずがない、何なら証人として出廷してもよい、と嘆願書の束を差し出してきたため、裁判所は本件と彼女は全くの無関係であると判決を下した。


 トランスファー公爵家は有罪となり、また彼らがこの十年間、脱税の他に領地経営もしていなかったことが発覚したこともあり、罰として男爵位に降爵となり、更に領地の半分が没収され、借金とは別に多額の罰金も支払うことになり、またもや裁判所から執行官が来たため、トランスファー公爵改めトランスファー男爵は自分が購入した商品や土地、妻と娘が購入した宝石や絵画やドレスなどを売り払い、支払いを済ませようとした。


 が、しかし、自分の購入したものは全て詐欺で騙されただけの架空のものであったため売ることが出来ず、妻と娘の購入した物も大半が偽物であったり、粗悪なものばかりだったため、残った所持品を全て売り払ってしまっても、自分達が借金した金額の半分も金は回収できなかった。


 そこで彼らは仕方なく残った領地の更に半分と公爵家の屋敷を売り払い、何とか借金とディスカードとロウヒの返金分と罰金等を支払うことが出来たが、手元には僅かな金しか残らなかった。


 ……そして、これは余談だが、ディスカードはトランスファー男爵が僅かに残った金で買った中古の小さい家に入るなり、奇声を上げることとなった。


「何だ、この家は!?原色の赤青黄のマドラスチェック柄の壁紙に黄色と黒のストライプ柄の床。この二つを合わせるだけでも恐ろしい部屋になるのに、何で蛍光ピンクの下地にラメの入った紫色の水玉柄のカーテンまで組み合わせるんだ!どこを見ても色の洪水のようで目が休まらず、少しもくつろげないじゃないか!」


「ひっど〜い!何よ、そんな言い方して!折角、二人の思い出の内装が出来ると思って、わざわざ借金して買ってきたのに!学園にいた頃は褒めてくれたのに謝ってよね!そしてお詫びにドレス買ってよね!」


「え?また借金をしたのか!?……い、いくら金がかかったんだ?」


「うふふっ!私ね、運が良かったのよ!物はいいのだけど、前の購入者が自滅した愚か者だから縁起が悪いという理由で売れ残っていた新古品のまとめ売りだからって、おまけで端数は安くしてもらえたのよ!ほら、これが伝票!」


「っ!嘘だろっ?か、勘弁してくれ〜!」


 ロウヒが差し出した伝票には新品で購入した金額の三倍もの値段がつけられていて、ディスカードの声が更に大きくなったのは致し方ないことだった。


 それ以来、ディスカードとトランスファー男爵はロウヒがこしらえた借金を返し、家族を養うためにと次々と事業を興したが、勉強を怠けてばかりだったディスカードと、後先考えずに突っ走り、騙されやすいトランスファー男爵が興した事業は当然ながら全て失敗に終わり、毎日宝石やドレスを買い求めるのを止めようとしない妻達のせいもあって、借金だけが雪だるま式に増えていった。


 ディスカードは妻となったロウヒや義母が散財を繰り返すたび怒り、ロウヒや義父が詐欺に合うたび怒り、そして何より無知で役立たずの自分に一番激しく怒りを募らせる日々を送るようになっていった。楽をして生きていくつもりだったディスカードは自分が働かなければならない状況に追いこまれたことで、やっと今までの自分がいかに愚かだったかを痛感したのだ。


 当時は自分が王に誘拐された平民の子だと知らずにいたが、ただの平民の子が王子として最高の教育を受けられる環境で育ったというのにディスカードは怠けて拒んだ。勉強から逃げ回るディスカードに、フォーチュンは今から身につける知識はいずれ自身を守る武器になってくれるものだから逃げない方が良いといつも教えてくれていたというのに、そのときのディスカードはその言葉がどれだけ価値のあるものだったかを理解していなかった。


「ああ、フォーチュン。僕は本当に愚かだった。君はいつだって正しかったのに……」


 紛い物だった王子の身分は奪われても、王子として身につけた知識は奪われる心配のいらない一生の宝であり、これからの自分を守ってくれる最強の武器になってくれたはずだったのに、その武器を手に入れなかったのはフォーチュンの親切心を蔑ろにし続けた自分だと思い知り、ディスカードは項垂れたのだった。






 卒業パーティーから一年後。ディスカードはいつまで経ってもロウヒやトランスファー男爵夫人が散財するのを止めないことにも、ロウヒやトランスファー男爵が性懲りもなく怪しい儲け話にハマり、詐欺に合うのを繰り返すことにも頭を抱え、彼ら家族に不満を募らせ苛立つ毎日を過ごすようになっていた。


 そしてディスカードを婿にしたトランスファー男爵家の者達もディスカード以上に彼に対して不満を募らせる毎日を過ごしていた。元々、ロウヒは美人で頭が良くて皆に人気があって、しかも王子と婚約している異母姉のフォーチュンに嫉妬していた。だから自分の好みではないディスカードを全力で誘惑し、フォーチュンから婚約者の王子を奪って結婚し、将来は王妃となって贅沢三昧に暮らすつもりだったのだ。


 だというのにディスカードは王子ではなく、ただの平民の男だった。しかも顔も身体も凡庸で頭もよくないし、金も持っていないどころか、交際費や卒業パーティーの費用の不正使い込みをし、ロウヒまで共犯に仕立て上げた極悪非道な犯罪者だった。そのせいでロウヒまで国に返金する羽目になり、おまけに王妃命令でディスカードを婿としなければならなくなった。


 仕方なく夫にしたディスカードは口煩くて金に細かい嫌な男だった。ロウヒの楽しみである買い物を毎日のように咎めてくるし、ロウヒが家計の足しになればと苦労して、飲むだけで痩せられる水の専売契約や、首にかけているだけで美人になれるネックレスの特許を格安で譲ってくれる話等などの、明らかに絶対に損はしないはずの金儲け話を探してきてやっているというのに、お前は絶対に商売には手を出すなと怒鳴るのだから溜まったものではなかった。


 それに卒業パーティーがあった日以降、ディスカードはまるで汚いものを見るような目つきでロウヒを見、キスどころか全く触れてこなくなり、またロウヒから触れられるのも激しく拒否するようになったことにも苛立って、新婚だと言うのにロウヒはあらゆる点で役立たずの夫だとディスカードのことを所構わず罵るようになっていった。


 ロウヒの両親もロウヒと似たような理由でディスカードを嫌い、お互いに不満を爆発させて事あるごとに喧嘩するようになり、トランスファー男爵家は家族仲がとてつもなく悪いと人々に噂され、ディスカードは心安らかな生活とは無縁の日常を送るようになっていた。




 そして卒業パーティーから三年後。トランスファー男爵家は没落し、爵位も売却され、トランスファー家は滅亡した。何故ならトランスファー男爵夫妻が借金苦による衰弱でそれぞれ悶死した後に、ロウヒがトランスファー男爵家の遺産を相続することになったのだが、その遺産は借金だったからだ。


 ディスカードは婿入りしてからの三年間、金勘定のことばかり考えて生きていたのが功を奏したのか、トランスファー男爵の死後、ロウヒが遺産を相続するのは身の破滅を招くだけだと考えを巡らせられるくらいには賢くなっていた。


 だからディスカードはロウヒにトランスファー家の財産は借金だけだと話して、これを相続するということは、つまり相続の税金を払って借金を背負うということになるから、必ず期限までに相続を放棄するよう繰り返し説明し、きちんと彼女が期限までに相続放棄の手続きが済ませられるようにと弁護士を手配しておいたのだ。


 ところがディスカードから説明を受けていたにも関わらず、ロウヒは手続きにかかる弁護士費用を惜しみ、自分で手続きすれば安上がりに済むと考えてしまった。後先考えない父に似たロウヒは、ディスカードに無断で弁護士を解雇した帰りに、持っているだけで金持ちになれるかもしれない壺を買ったおかげで金持ちになれたという老婦人と知り合った。


 知り合った記念にあなたにだけ特別に安く譲ってもよいと言われたロウヒは手元に戻った弁護士費用を全額渡し、壺を買って安心してしまったからか、解雇した弁護士の代わりに自分が相続放棄の手続きをしなければならないのを面倒に思ってしまい、勉強を怠けたように手続きするのを怠けたせいで、相続放棄が出来る期限までに手続きを済ませることが出来なかった。


 期限が過ぎ、相続することが決まったロウヒは多額の借金という財産を相続し、更にそれを相続するための税金まで払うことになってしまった。ロウヒはようやく現実に気がつき、ディスカードに泣きつき、事態を知って慌てた彼に連れられて裁判所に相続放棄を申し出たが、既に期限切れで手遅れだったため、 借金を放棄することは出来なかった。


 借金を相続することになったと知ったディスカードとロウヒは夜逃げし、国外逃亡を謀ったが、裁判所の命を受けた騎士達の執拗な捜査によって、あっけなく捕まり、入れられた牢屋で口論となった。


「なんだって親の借金を背負わされるのに、背負うための金まで税金として払わないといけないのよ!意味わかんない!」


「だから、あれほど期限までに相続放棄しろって言ったじゃないか!」


「煩いなっ!なんで私だけが損しないといけないのよ!……そうだ、お姉様!お姉様は?そうよ、お姉様がいるじゃない!お姉様は正真正銘お父様の子なのよ!そうよそうよ!お姉様はお父様の実子なんだから借金を肩代わりしてくれたっていいじゃない!むしろ、お姉様が払うべきよ!それがいいわ!だって本当は私にはお父様の血なんて一滴も入っていないんだもの!お姉様に借金を相続させて税金も払わせればいいのよ!ディスカード!お姉様を連れてきてよ!」


「は?何をわけのわからないことを言っているんだ!ロウヒは義父上の実子として戸籍に名前が載っているじゃないか!それに真面目で何も非もなかったフォーチュンを婚約破棄し、除籍させて追放までしたのは僕達だろっ!あのとき彼女は父に迷惑はかけられないからと相続放棄をしていたのを忘れたのか?手続きを済ませている彼女にはトランスファー家の相続税を払う義務なんてないんだよ!せっかく僕が借金を背負わなくて済むよう手配してやったのに、何で勝手に弁護士を解雇してるんだよ!?費用は何に使ったんだ!」


「煩い煩いっ!親切なお婆さんが持っているだけで金持ちになれるかもしれない壺を安く譲ってくれるっていうから使ったの!今に見てなさい!大金持ちになって、あんたなんて捨ててやるんだから!」


「また詐欺に遭ったのか!何だよ、かもしれない壺って!?お前が愚かなせいで大金持ちどころか借金まみれになったじゃないか!もうお前とは離婚だ!別れてくれ!」


「嫌よ!私達は王妃様の命令で結婚した夫婦なのよ!そう簡単に別れられるわけがないでしょ!それにね、あんたが使い込んだ十年分の交際費の返金と罰金を私のお父様が代わりに支払ったのよ!だから今度はあんたが私の代わりに借金を払うべきでしょ!」


「お前だって使ったじゃないかっ!」


 ディスカードはロウヒの借金を理由に何とか別れさせくれないかと王宮に助けを求めた。この三年で王妃は王と離婚し、第二王子が王に即位してから王弟と再婚していたのだが、彼らの誰もが、もう関係がないとディスカードを門前払いしたため、ロウヒとは別れることが出来なかった。


 仕方なくディスカードは残っていた僅かな領地と屋敷と細々と続いていた事業と爵位さえも売り払い、何とかロウヒが背負った借金と相続税を支払うことは出来たが、そのせいでディスカード達の手元には何も残らなかった。


 そんな頃だった。ディスカードの元に一通の封筒が届けられた。差出人の名前はなかったが、中身を見てディスカードは母からの手紙だとわかった。母は王に攫われた母を取り戻すため十年かけて離宮に護衛騎士として潜り込んだ恋人と駆け落ちした後は、田舎で平穏に暮らしていると綴られていた。


 人伝でディスカードが想い人と結ばれ、ディスカードが不正使い込みの罪を償ったことを知ったらしく、それを喜んでいることや、息子の幸福を遠くからいつも祈っているから運命で結ばれた愛する妻をいつまでも大切にするようにと書かれているのを読んだ後、ディスカードは手紙を握りしめて嗚咽した。





 更に数年後。荷担ぎをして暮らすようになっていたディスカードは、洗濯場で働くようになったロウヒと夕食の買い出しに出かけた街角で遠くからきらびやかで豪奢な八頭立ての馬車がやってきて、花屋の前で止まったのを見かけた。


 その馬車に富国の紋章がついているのに気がついたディスカードは羨望の表情を浮かべて馬車を見つめた。と、いうのも、富国は五年前までは発展途上の国であったが、王が妻に迎えた、とても聡明で美しい女性のお陰で富国となって、今や飛ぶ鳥を落とす勢いで栄えているらしいと風の噂を聞いていたからだ。


 八頭立ての馬車に乗れるのは王族のみと定められていたので、五年前に幸運から見放されて落ちぶれていったディスカードとは反対に、五年前に幸運を掴んだ富国の王が羨ましいと思いながら見ていると、隣にいたロウヒが耳障りな歓声を上げだした。


「キャー!素敵ー!なんていい男だろう!お金持ちで背も高くて顔もいい男なんて最高だわ。しかも国王なんて最強すぎだわ!あ〜あ、私もあんな男が良かったなぁ。お姉様の婚約者なんて奪わなければよかった。こいつなんて王子でもなかったし、金もないし、顔も体も平々凡々だし、卒業パーティー以来、触ってもくれないし、ホント失敗だったわ」


 かつての可愛い口調はどこへやら。平気で夫に悪態をつくようになってしまったロウヒは馬車から降りてきた若き王の姿に歓声を上げ、隣にいるディスカードをこき下ろした。


「フン!こっちだってお前なんか選ぶんじゃなかった。失敗だったのはこっちの方さ。今直ぐ別れてやるよ、ってか早く別れてくれ。人のことをどうこう言う前に鏡を見てみろってんだ。……ハァ」


 ロウヒは元々不器量だったが、この数年で彼女の心が具現化したかのように更に醜くさに拍車がかかっていた。ロウヒの悪態に慣れていたディスカードはいつものように悪態で返し、往来で言い争う自分達にふと我に返り、ため息をついた。


「嫌よ!絶対に別れてなんかやらないから!」


 疾うの昔に……あの卒業パーティーがあった日以来、ディスカードはロウヒに手を出す気もなくなり、別れたかったが、金もなく、姿も醜くなったロウヒは誰からも相手にされず、ディスカードに執着したまま一向に別れてくれなかった。


 うんざりして、気持ちが塞ぎかけたディスカードは、富国の王にエスコートされて馬車から降りてきた女性を見て、あまりの美しさに感嘆の声を上げた。


「ああっ!なんて麗しい人なんだろう!あれが富国の王妃か。流石は富国の王が王妃にと選んだ女性だな。容姿も素晴らしいが何よりも風格が……」


 若い王にエスコートされて馬車から出てきた高貴な王妃の顔をうっとりと見つめていたディスカードは、王妃の正体に気づき固まった。


「フォーチュン……?」


 ディスカードの婚約者だったフォーチュン。ディスカードには冷徹な表情しか浮かべなかった彼女の顔は、隣にいる若き国王に向かって優しく微笑みかけていて、そんな彼女に送る国王の視線も、フォーチュンへの深い愛情に満ちていた。二人が仲良く花屋に入っていくのをディスカードは呆然と眺めていた。


「なんでよ。どうしてお姉様が……。意味わかんない。お姉様だけ狡いわよ」


 そう言ったロウヒの声があまりにも恐ろしい声音だったから、ディスカードが隣にいたロウヒに目を向けると、激しすぎる嫉妬によるものか、顔が赤黒くなるほど紅潮させたロウヒは右親指の爪を噛みながら、フォーチュンを睨めつけた。


「狡くなんてない。フォーチュンはロウヒよりも何百倍も何千倍も素晴らしい女性だし、富国の王は僕と違って彼女の素晴らしさを正しく理解していたってだけのことさ。……わかっているとは思うけど、もうフォーチュンを敵視するのは止めるんだな。ロウヒは永遠にフォーチュンには勝ってこないんだから」


「何よ!……ぐぅ゙!」


 以前のロウヒなら迷わず駆け寄り、フォーチュンに食って掛かっていただろう。だが、しかし。今のロウヒはただの庶民。昔は容姿が不器量でも身なりに金をかけていたおかげで、それなりに身綺麗であったが、食べるための金を稼ぐだけで精一杯の生活を送っている今、顔も手足も日焼けによるシミやそばかすだらけで、髪は手入れに金はかけられないからと短く切り、薄っぺらい古着をまとっている姿は彼女を実年齢よりも十も二十も上の年齢に見せていた。


 この五年で辛酸を舐め続け、傲慢だった鼻を散々へし折られていたロウヒには、沢山の護衛に囲まれて神々しいまでに美しくなっていたフォーチュンの元に駆け寄る気概はなかったようで、異母姉の幸福そうな様子を見続けることが耐えられなかったのか、現実から目を背けるようにして、その場から駆け出して、どこかへ行ってしまった。


 一人取り残され、呆然と眺めるしか出来ないディスカードだったが、ディスカードの視線をまだどこかで覚えていたのだろうか?それともただ、ディスカードにはわからない何かがフォーチュンの気を引いただけだったのだろうか?花屋から白いカスミソウとピンクの薔薇の花束を抱えて出てきた彼女は馬車に乗る前に一瞬、足を止めてディスカードのいる方角に振り返った。


 フォーチュンがみすぼらしい様相に変わっていたディスカードに気づいたかはわからない。ただ彼女が見せた表情はかつてディスカードがよく見た、冷たいものではなく、愛情あふれる穏やかな笑みだったことにディスカードは衝撃を受け、いつまでも忘れることが出来なかった。

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