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愚か者は因果の宴を開き、傍観者はただ惑う(※招待客視点)

はじめまして。どうぞよろしくお願いします。

 誰もが始まる前から、その年に行われる学園の卒業パーティーが例年とは全く異なる特別なパーティーとなることがわかっていた。


 と、いうのも今年度の卒業生には王が溺愛している第一王子のディスカードがいるのだが、パーティー終了後に彼と彼の婚約者のフォーチュン=トランスファー公爵令嬢との婚姻調印式を行うと卒業パーティーの一ヶ月前に突然、王家から発表があったからだ。


 しかもディスカードの婚姻調印式を行うにあたり、学生だけではなく、全ての貴族も出席することになったため、学園の講堂で行われるはずだった卒業パーティーを城の大広間で行うという前代未聞の事態に、貴族達はこれはもしや、王の世代交代の発表もあるのではないかと噂し合っていたのだが、まさか……。


「フォーチュン!僕はお前のような、いついかなるときも冷静で感情を表に出さない冷徹な女が嫌いだ!冷徹な女の傍に一生一緒にいるなんて虫酸が走る!僕はロウヒの無邪気な愛らしさと、その天真爛漫な心にこそ僕の妃の資質があると確信したんだ!だから冷徹令嬢のお前とは婚約破棄し、僕はロウヒと結婚する!」


 まさかディスカードがフォーチュンの異母妹であるロウヒの手を取り、高らかに婚約破棄を宣言するなんて夢にも思わなかった貴族達はギョッと驚き、目を大きく見開いた。


 大勢がいる前でディスカードが婚約破棄を宣言しなければならないほどの失態をフォーチュンが犯したのだろうかと人々が固唾を飲む中、ロウヒはフォーチュンを視界に入れながらディスカードの胸に頬をすり寄せ、わざとらしく涙をこぼしてみせたが、つい笑んでしまうのを止められないのか、唇をピクピクと歪ませながら言った。


「お姉様、ごめんなさい。お姉様の婚約者を奪ってしまうなんて、いけないことをしたとわかっているわ。許してなんて言えないよね。でもディスカード殿下はお姉様よりも私の方がいいんですって。きっとディスカード殿下と私は運命の恋人なのよ!運命の赤い糸で結ばれている私達は冷徹令嬢になんか負けないわ!」


「ああっ、そうだよ、愛しのロウヒ!僕らは永遠の愛で結ばれているのさ!」


 ディスカードとロウヒは舞台俳優さながらの熱量で互いを強く抱きしめあったが、どうやらフォーチュンが失態を犯したのではなく、ディスカードが婚約者の妹に心変わりしたための宣言だったとわかった貴族達は二人を冷めた目で見つめた。


 そこへ野次馬と化した人々をかき分けて近寄ってくる者達が現れた。


「どこだ、私達の可愛いロウヒ!お父様とお母様が助けに来たぞ!」


 抱きしめ合う二人の元に駆け寄ったのはトランスファー公爵夫妻だった。フォーチュンとロウヒの父である公爵はロウヒを労しげに見つめた後、フォーチュンに冷たく言い放った。


「フォーチュン!ディスカード殿下の御心に寄り添えなかった役立たずの貴様には心底ガッカリした!今をもって貴様をトランスファー公爵家から除籍し、領地からも追放する!二度と我が公爵家の名前を名乗るな!」


「ロウヒがディスカード殿下の妃になるのでしたら、トランスファー公爵家は誰が相続するのですか?」


「我がトランスファー公爵家の次期当主は冷徹な貴様ではなく、愛らしいロウヒに相続してもらうつもりだったが、ロウヒはディスカード殿下と運命で結ばれ、この国の王妃になる身だから、ロウヒの生む子に相続してもらうことにする!けして冷徹令嬢と呼ばれるお前になど相続させるものか!」


 夫の言葉を聞いて、トランスファー公爵夫人はフンと鼻を鳴らして、ニタリと笑んだが、周りにいる人々の視線を感じ、慌てて広げた扇で口元を隠しながら言った。


「ええ、そうですとも。我が家には可愛いロウヒがいるのですから、お前みたいな役立たずの冷徹令嬢なんて不要ですわ!これがお前との最後の別れになるだろうから言いますが、私は最初からお前が好きではなかったわ。役立たずのくせに正妻の子だからって、後妻になる前は妾だった私を冷たい目で見てきて、本当に気に食わなかったのよ!いい気味だわ。さっさと出ていきなさい!」





 黙ったままのフォーチュンは静まり返った会場の上座に視線を移し、ディスカードやトランスファー公爵家の者達と似たような勝ち誇った表情でフォーチュンを睨む王の隣で、黙ったまま微笑を浮かべている王妃と一瞬視線を絡ませた後、ふんぞり返るディスカードやロウヒや義母を順繰りに一瞥し、自分の父であるトランスファー公爵を真っ直ぐに見つめた。


「お父様は本当にそれでよろしいのですね?」


 それは静かな問いかけだった。たった今、婚約者からも家族からも不要だと断ぜられた者が発したとは思えない、感情のこもらない冷静な声はトランスファー公爵の神経を逆撫でさせた。


「いいに決まっている。早く、ここから立ち去れ!」


 トランスファー公爵の言葉にフォーチュンは目をキュッと固く閉じた。目を閉じた一瞬、彼女が何を思ったか、誰もわからない。周囲の人々が見つめる中、再び目を開けたフォーチュンは、キリリと前を見据えて静かに答えた。


「婚約破棄も除籍も追放も承知いたしました。ただし、一つ条件がございます」


 フォーチュンの言葉に会場にいた人々が大きくざわめく中、ディスカードとトランスファー公爵が揃って苛立ったように言った。


「図々しいぞ、冷徹令嬢!慰謝料なら払わないからな!」


「そうだそうだ!貴様ごときに条件などあるものか!」


「ございます」


 そう言ったフォーチュンはディスカードでもトランスファー公爵でもなく、会場の上座に顔を向けた。


「私は今この場で父の遺産相続に対する権利を放棄しますから、父にも私の遺産相続に対する権利を放棄してもらいたいのです」


「は?遺産の相続放棄?」


「慰謝料ではなく?」


「ええ。幸いといってはなんですが、ここは貴族の戸籍や相続権などを取り扱う部署がある城ですし、この場にはこれ以上に身元が確かな者がいないと誰もが認める両陛下がいらっしゃいます。お手数をおかけしますが、両陛下のどちらかに相続放棄の誓約書の証人になっていただきたいのです」


 その言葉に王妃は驚いて目を丸くさせたが、王とトランスファー公爵夫妻、そしてディスカードとロウヒは慰謝料の話ではなかったと安堵の表情を顔に浮かべた。王妃は不思議そうに尋ねた。


「どうしてあえて遺産相続放棄の手続きをしようと?除籍されれば、あなたは平民。公爵家を継ぐことも出来なくなったのだから、遺産も貰えないのではなくて?」


「確かに除籍されれば私は公爵家は継げません。しかしながら私は父の実子で、父は私の実親なのです。隣国出身の王妃様はご存じないかもしれませんが、この国では“親が亡くなった場合、例え親が離婚して実子が親の再婚相手と養子縁組したとしても、例え実子が親の戸籍から除籍したとしても、例え親と実子が離れて暮らして何十年経とうとも、戸籍謄本に実子として名前が載った者が相続放棄の手続きをしない限りは親の財産の相続権を失わない”と法律で定められているのです」


 フォーチュンは一旦、口を閉じ、チラリとトランスファー公爵を見た。


「父はとても元気ですし、父が亡くなるのは何十年も先のことになるでしょうが、ただの平民となった私では、その何十年も先の未来で父の途方もない財産を相続放棄するための手続き費用を用意することが出来なくて、父の遺産を相続することになってしまうでしょう。私はトランスファー公爵家にとって役立たずの冷徹令嬢ですから、父の遺産を貰う資格はないと自分では思いますが、法律でそう定められている以上、従わないわけにはいきません」


「何だと!?遺産はロウヒのものだ!貴様には渡さん!」


「ええ。お父様のお気持ちは、わかっています。だからこそ私は今ここでお父様の遺産相続放棄の手続きをしておこうと思っているのです。そしてお父様に私の遺産相続を放棄してもらうのも、お父様に迷惑をかけないためなのです」


「?どういうことだ?」


「実は遺産相続関連の法律には他に、“子が親よりも先に亡くなり、その子が未婚だった場合、その子の財産は実親に相続権がある”と定められているものがあるのです。公爵家を追い出された私が平民の暮らしに苦しみ、借金を作って父よりも先に亡くなった場合、借金も財産という扱いになりますから、父は私の遺産を相続するための相続税を国に支払って、私の借金を相続することになってしまうのです」


「なんだって!?何故わざわざ金を払って、貴様の借金を相続せねばならんのだ!いくらトランスファー公爵家が貴族の中で一番裕福だろうと、貴様の借金を肩代わりするわけがないだろうが!」


「ええ。それも重々わかっています。だからこそ、今ここでお父様には私の遺産相続放棄の手続きをしてもらいたいのです。そうすればお父様はもう二度と私のことで煩わしい思いをすることはないでしょうから」


 フォーチュンはそう言った後、王妃に視線を戻し、深く頭を下げた。


「ですので、どうかお願い致します、王妃様。婚約者にも家族にも捨てられる哀れな私に最後の慈悲をお恵みください」


「頭をお上げなさい、フォーチュン嬢。あなたがディスカードの婚約者として、憎らしいほど真っ当に勤め上げていたこと、私は誰よりも知っています。このような公の場でディスカードが婚約破棄など告げなければ……、私の息子であるアライが隣国の公女と婚約さえしていなかったら……、きっと私はあなたをアライの婚約者にしていたでしょう。しかし、そうすることが出来ない以上、私はあなたの願いを、しかと叶えたいと思います。慰謝料代わりといってはささやか過ぎるものですが、私があなたの身元保証人となり、あなた達親子の互いの遺産相続放棄の証人として立ち会いましょう。いいですね、トランスファー公爵?」


「ハッ!ありがたき幸せ!王妃様ありがとうございます!いや、こいつの借金を背負うなんて冗談じゃないから助かります!……おい、喜べ!王妃様は我々に味方してくれるぞ!」


 トランスファー公爵は王妃に早口で感謝を述べてから、妻やロウヒに笑顔を向けた。彼女らも目をキラキラと輝かせ、明るい笑顔になった。


「ありがたいことだわ!まさか戸籍から抜けても実子に相続権があるだなんて知らなかったのだもの。やっと追い出せるのに、夫が死んだ後に財産を渡さなきゃいけないだなんて冗談じゃないわ!」


「そうね、お母様!家を追い出されるお姉様に遺産を渡さずに済むし、お父様もお姉様の借金なんて背負わなくて済んで本当に良かったですわ!ですよね、ディスカード殿下?」


「あっ、ああ……。そ、そうだな……」


 フォーチュンとは違い、法律に明るくないだろうことが見て取れるトランスファー公爵家の者達にとって、フォーチュンは邪魔な存在にしか過ぎず、トランスファー公爵が亡くなった後に彼女が相続権を主張すれば面倒なことになっていたはずだった。財産分与せずに厄介払いできるなら、これほど都合の良い話はないとの思いが先立ち、彼らは王妃の言葉に違和感を感じることが出来なかった。


 一方、傍観者にしか過ぎない周囲の者達や、今回の騒動の当事者であるディスカードや王は、王妃の言葉に違和感を感じ、戸惑いの表情を浮かべたが、王妃の有無を言わせぬ佇まいに揃って黙り込み、浮かれきった様子のトランスファー公爵が王妃が用意させた除籍届と互いの相続放棄の書類に迷うことなく署名するのをただ見ていることしか出来なかった。


 フォーチュンは無事に自身の除籍と、父と互いの相続放棄の手続きが無事に済んだことを確かめた後、深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。これで心置きなく家を出ていけます。それでは皆々様、ごきげんよう」


 彼女は最初から最後まで冷静で、来たときと同じぐらい静かに会場を後にした。パーティーに出席していた貴族達は気遣わしげに見送りながら誰もがこう思った。


 『今この場で婚約者と家族に捨てられたことで、冷徹令嬢は全てを失い不幸になった』……と。





 パーティーの始まり早々に騒動があったものの、学園の卒業生を祝うパーティーは徐々に例年のような賑わいを見せ、パーティーの終盤の頃には何とか無事にディスカードが新しい婚約者の披露挨拶に移れそうな雰囲気にまで落ち着きを取り戻しかけていた。だが、そんなときだった。


「大変です、王様!ディスカード殿下の母君が!()()様が逃げました!!」


 大広間に駆け込んできた騎士がディスカードの母の脱走を告げたのだ。そして騎士が手にしていたディスカードの母の書き置きが、パーティー序盤に起きた騒動を忘れさせるくらいの大騒動を引き起こすこととなった。


 ディスカードは王に溺愛されている第一王子として生まれたが、実はディスカードを生んだのは王妃ではなく、王が離宮で囲っている寵妃で、彼女は平民だった。


 王には政略結婚した隣国の王女だった王妃の他に何人もの側妃がいたが、子どもは一人もいなかった。このままでは弟が継ぐことになると思った王は焦った。何故なら王は幼い頃に熱病を患い、背も伸びず、痩せぎすに育った卑屈な自分とは違い、背が高くて美丈夫で勤勉で優しい性格に育ち、民にも人気がある弟に激しく嫉妬していたからだ。


 弟に王位を譲るのだけは嫌だと自分の子を跡継ぎにすることに執着していた王は、子ができないことに苛立ち、自棄になって城下に出かけるようになり、そこで出会って恋に落ちた平民の女を寵妃にして離宮を与え、彼女の生んだ男児を第一王子として王の籍に入れてしまったのだ。


 この国では王族の相続継承も貴族と同じで、“罪を侵さぬ限り、戸籍謄本に実子として名を載せられた長子優先”と法で定められている。だからディスカードが生まれた一年後に王妃が男児を生み、その第二王子が正しく王族の血を引き、王族特有の金髪碧眼の麗しい容姿を持ち、賢妃と名高い王妃に似て頭脳明晰に育とうとも、平民の女から生まれ、王とは全く似ていない凡庸な容姿のディスカードがこの国を継ぐと決まってしまった。


 王は自分よりも王族の血が濃く現れた弟にどことなく似ている第二王子よりも、王族の外見を全く持たないディスカードを夢中になって可愛がった。ディスカードが勉強をしなくても笑って許したし、十年前にディスカードがフォーチュンに一目惚れしたときには王妃の反対を押し切って婚約者にしてやった。


 そして王はディスカードがフォーチュンの異母姉妹であるロウヒと親しくなって婚約者に対する交際費を使い込んだと知ったときは王妃に内緒で金を渡し、大勢のいる場で破棄を告げればいいと助言するほど溺愛していたのだが……。


 “ディスカードは王の子ではなく、王によって引き離された恋人の子です”と書かれたディスカードの母の書き置きは、その場にいた王とディスカードの全てをひっくり返すものだった。




 ディスカードの母が書いた手紙によれば、彼女が王に出会ったのは、ディスカードが生まれる二ヶ月前のことだったという。当時、お忍びで城下に出る際、いつも歓楽街で浴びるように酒を飲んでいた王はディスカードの母と出会ったときも泥酔していたせいか、彼女を妊婦と気づかず、無理やり手籠めにして、そのまま攫ってきて離宮に監禁したらしい。


 手籠めにされて二ヶ月で王の子が生まれるわけがない。おまけにディスカードは王家の色を持っていなかった。だからディスカードの母は生まれた子を見て王が間違いに気づいて家に戻してくれるだろうと思っていた。


 だが、一向に戻される様子がなかったため、彼女は王に子どもは彼女の恋人の子どもだと話そうとしたが、子の誕生を喜ぶ王の狂気を帯びた顔つきを見て、我が子ではないとわかると母子ともに殺されるのではないかと恐怖し、生まれた子を王の子だと偽ることにしたという。


 そうして怯えながら暮らしていたのだが、ディスカードの母は二ヶ月前に偶然ディスカードが婚約者の妹と浮気をしていたことや、ディスカードが婚約者に対する交際費を使い込んでいたことや、王がディスカードが使い込んだ交際費を補填するために、国庫に手を出していたことを知ってしまった。


 ディスカードの出生の秘密だけでも恐ろしいのに息子の犯した罪や息子のために王が犯した罪の重さに耐えられなくなったディスカードの母は自死を選んだが護衛騎士に助け出されたことで、全ての元凶は王と息子だと考え直し、卒業パーティーで警備が手薄となる離宮から逃げることにしたと綴られていた。





 書き置きを読み終えた王は王冠を投げ捨て、毛髪のない頭をかきむしり、声にならないうめき声を上げ、その場に崩れ落ちた。王は王妃の命令で騎士達に連れ出され、パーティー会場を退出したが、一度もディスカードを見ようとしなかった。


 その後、王は裁判を受けて有罪となり、王位剥奪後、王妃と離婚。国外れに建てられた塔に幽閉され、失意したまま半年も経たない内に病死した。


 ディスカードの母も本人不在のまま裁判で偽証罪に問われたが、王がディスカードの母を攫ってきたことや、ただの平民にすぎないディスカードの母が自分と我が子の命を守るため、王の子だと言わざるを得ない状況だったことが考慮され、不問となった。


 ディスカードも王の被害者であったことが考慮され、王家の籍から名前を削除されて平民となったが、賠償代わりに貴族であるロウヒと結婚し、婿入りすることを王妃が許した。ただし、王子だったときの交際費や卒業パーティーの準備金の不正使い込みは、れっきとした公費横領罪に当たるため、トランスフォー公爵家は罰として領地の半分を没収、ディスカードとロウヒが使い込んだ分はトランスファー家と協力して国に返還するよう王妃は命じた。


 王家に娘を嫁がせて縁戚関係になる機会を失ったどころか、領地を半分没収された上、平民の男を婿入りさせ、国に大金を支払わねばならなくなったトランスファー家の者達は怒り心頭で裁判所に異議申し立てを行ったが、第一王子の婚約者に対する交際費の内訳を城の事務官が詳細に記録していたため、学園在学中にディスカードが使い込んだ交際費の殆どがロウヒに使われ、また卒業パーティーの準備金の大半もロウヒが使い込んだと裁判で認められ、王妃の命令に従わない場合は公費横領罪に問うと異議申し立ては却下された。


 十年前、トランスファー公爵家の娘であるフォーチュンが第一王子の妃に選ばれたのは、ディスカードが一目惚れしたのが主な理由だったが、その他の理由としてトランスファー公爵家に潤沢な財産があることと、それを得た経営手腕を買われてのことだったから、トランスファー公爵は婿入りしたディスカードと愛娘のロウヒが犯したことに頭を抱えつつも、少なくはない金額を国に返還しても何も問題はないだろうし、領地を半分没収されたとて、数年で失った財は取り戻すだろうと貴族達は噂し合った。


 ところが卒業パーティーが終わった後、トランスファー家は脱税やら不正取引やらその他諸々の罪を犯していたことが発覚し、罰として男爵位まで降爵となり、多くの罰金を支払うことになった。どうやら十年前にあったはずの財産は、トランスファー家の者達の幾多の借金のせいで影も形もなくなっていたらしい。その後も優れた経営手腕を持っていたはずのトランスファー家が手掛ける事業は全て失敗に終わり、一年も経たない内にトランスファー家はみるみる内に衰退していった。


 そして卒業パーティーから三年経った後にはトランスファー男爵夫妻は亡くなり、男爵位も没収されてトランスファー家は滅亡してしまった。貴族達は何故そのようになってしまったのかと訝しんだが、それを知っているはずのディスカードとロウヒも行方知らずとなっていたので、真相はわからずじまいだった。





 卒業パーティーから五年後。城の大広間で王となっていたアライの婚姻調印式が開かれることになり、国中の貴族達が大広間に集まっていた。


 アライは以前、隣国の公爵令嬢と婚約していたが、王とディスカードがあのようなことになり、急遽の即位が決まった為、当時まだ二歳だった公爵令嬢を王妃にするのは無理があるだろうと婚約は白紙となり、海を跨いだところにある富国の王の妹姫と婚約を結び直していて、富国の王夫妻も彼女の付き添いとして婚姻調印式に来ることになっていた。


 その富国は五年前までは開発途上の国だったのだが、王が妻にした聡明で美しい女性のお陰で、僅か五年で国が富み、今も飛ぶ鳥を落とす勢いで栄え続けていると周辺諸国で大注目の国であった。


 本当かどうか定かではないが風の噂では、まだ富国の王が王太子だった頃、貧しい自国を救う手立てを求め、身分を隠して諸国を放浪していた彼は他国で詐欺に遭い、身ぐるみ剥がされ、あわや命までもが奪われそうになったときに助けてくれた平民の美しい女性に一目惚れしたという。


 それだけだったのなら国の行く末を憂う彼は己の恋を諦めただろうが、彼女には悪党どもと冷静に渡り合う度胸と頭脳があるだけでなく、機転が利き、商才もあり、そして何より優しい上に情に厚い心の持ち主で、王妃となる資質も兼ね備えた素晴らしい女性だった。


 彼は一人の男としても、一国を背負う王子としても、彼女に一目惚れどころか、二目惚れし、三目惚れし……と、彼女のことを知るたびに惚れてしまうのが止まらなくなり、口説き落として自国に連れ帰って王妃にしたのだと、もっぱらの噂だったから、人々は皆、才気あふれるという富国の王妃をひと目見ようと、彼らの登場を今か今かと待ちわびていた。


 使いによって富国の王夫妻と妹姫の登場を知らされた貴族達は大広間の両端に控え、並び始めた。正面には王が立ち、その斜め後ろには、五年前に国庫を使い込むという重罪を犯した王と離婚し、第二王子が王に即位した後に王太后となって王弟殿下と再婚した王妃が夫と並んで立っていた。


「登場されます。皆様盛大な拍手でお出迎えください」


 割れんばかりの拍手喝采の中を優雅に歩き進める美男美女達の登場に、貴族達はうっとりと見惚れた。


「うわぁ、なんて美しい人達だろう!」


「あの御方が噂の富国の王妃か。流石は富国の王が王妃に選んだ女性だな。容姿も素晴らしいが何よりも風格が桁違いだ……。あれ?あの麗しさ、どこかで見覚えが……」


 貴族達はまばゆいドレスを身につけた高貴な王妃を羨望の表情で見つめていたが、近づく王妃の姿に既視感を感じ、彼女の正体に気づいて固まった。


「フォーチュン様……?」


 ディスカードの婚約者だったフォーチュン。冷徹な表情しか浮かべなかった彼女の顔はほころび、隣にいる富国の若き国王に優しく微笑みかけていて、そんな彼女を熱く見つめる富国の国王の視線も、フォーチュンへの深い愛情に満ち溢れていた。


 両国の王が挨拶を交わし、フォーチュンが愛情あふれる穏やかな笑みを浮かべ、和やかに談笑する姿を呆然と眺めるしか出来ない貴族達は、彼女の表情がかつて彼らがよく見た、冷たいものではなくなっていたことに衝撃を受けつつ、こう思った。


『昔この場で婚約者と家族を捨てたことで、冷徹令嬢は全てを得て幸せになった』……と。



ここまで読んでくれてありがとうございました。第二話は卒業パーティーが始まる前の学園での様子を、第三話と四話はディスカード視点で、第五話と六話はフォーチュン視点で書いていますので、どうぞよろしくお願いします。

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