少女レイ
じゃり、じゃり。
コンクリートを,靴が踏む音。
ある場所に着き,視界が明るくなる。
急に日差しを強く感じて, 前を向くと ー 。
そこには不自然なほど白い入道雲が青い空に浮かんでいた 。
カンカンカン, 踏切の音。
その音を聞いて, 僕は此処きた理由を思い出す ー 。
4月, 桜の花が咲き乱れて。
風が吹いて, 桜の花吹雪が舞う 。
僕は新しく通う学校への 道を歩いていた。
僕がこの4月から通う高校 は,偏差値がとても高いわけではなく,
かといって勉強をある程度は頑張らないと入れないような , そんなところだった。
僕はまだ知らない, この先の未来への期待でほんの少しの高揚感を覚えていた 。
「 東雲 怜 です 。 」
しののめ , れい 。
脳裏で彼女の名前を復唱した 。
それから, 黒板の前に立っている女の子の姿を再び見る。
「 …。 」
クラスがざわざわと,する。
明るい口調, 低めの身長, 白い肌, 短い靴下,長いスカート
ー そして , ベリーショートの短い髪。
みんなが騒がしいのは,彼女の容姿の中で唯一女子らしくない,ベリーショートの髪に驚いたからだろう。
みんなが何かを口々に囁いているのにも構わず,
「宜しくお願いします!」
と明るく言ってのけた彼女に,僕はとても興味を惹かれたのだった。
じりじりと暑く照りつけてくる日光を手で遮りながら,蝉の声を聞きながら。
僕はあの時のことをどうしても思い出してしまう。
学校が始まり,一番最初に囲まれたのは彼女だった。
僕はあの明るい集団に入って行くことはできなかったけれど,机の上で寝ているふりをして。
聞いていれば,東雲怜 と名乗った少女のコミュ力の高さはすぐに分かった。
何処からか仕入れてきた面白い話題をみんなに提供したりしていたから,部活の先輩とも仲が良かったようで。
何よりも, 僕が思ったのは, 彼女が 『気遣い出来る人』 だったということ。
自分が話題を提供して,
他の人と話すときは必ずその人の方を見て反応したり,保健委員ーだったのかな。
誰かが調子悪かったり, 怪我したりしたら一番に気づいていた。
そう。
彼女,東雲怜は教室で一人机の上で頬杖をついている僕とは真逆の存在で,絶対に交わらない位置にいたのだー
あの日までは。
その日は6月なのにとても暑くて。
僕は学校の帰り道,珍しく寄り道をしていた。
学校の最寄駅の構内に,美味しいカフェがあると知っていたから。
そこでアイスクリームを注文しようか迷っていたら,
「あれ。」
と声をかけられた。
そう。声の主は東雲怜だった。
全く喋ったこともないくせに僕に名前まで知っていて。
「御一緒させてもらって良い ?」
だなんて聞いてきた。
勿論,僕は彼女に関心があったから,声をかけてもらえたことはとても嬉しかった。
でも,一つ気になって。
「僕なんかと一緒で良いの ? 」
彼女は僕の問いかけに
「君と喋ってみたかったの。」
と悪びれもなく答えた。
僕だって,喋ってみたかったからとても嬉しくて。
彼女がクラスメイトたちと一番美味しい,と話していたアイスを選んだ。
「あれ。君もこれにするんだ。」
「私もこのアイス大好き。」
うん。知ってる。
話しているところを聞いていたのだもの。
実際入ってみると,とてもお洒落な雰囲気だった。
一人で入らなくて良かったな。
一人で入っていたら注文したのも忘れて逃げてしまうかもしれなかったから。
「わあ,来た〜!」
しばらく待っていたらアイスがきて。
彼女は嬉しそうな歓声を上げてから,
「二人で写真撮らない?」
と聞いてきた。
「僕は,良いけど。東雲さん写真撮りたいの?」
嬉しかったくせに。
心臓は人生で最高に跳ねていたくせに。
自分でも意地悪な答えだったなと思ってしまう。
でも,その時の僕にはそうやって返すことしかできなかった。
「撮りたいから誘ってるんでしょ。後,東雲じゃなくて怜で良いから。」
怜,レイー。
「分かった。ありがとう。」
僕が納得したのをみて,東雲怜 じゃないー レイも満足そうな顔になる。
「はい,ピース ! 」
そうやって撮った思い出は,僕の中でまだ未だに鮮明で,でも写真のようにとても遠い。
褪せない記憶。
蘇る感情。
どくどく,と跳ね,勢いよく打つ心臓。
僕が彼女を好きになったのは ー とある物語を思い出す。
僕はクラスの中では浮いていた方だけれど,もっと浮いている人がいた。
浮いている人,っていうよりは本当にみんなと絡まない様な人。
友達と話しているところも,一度も見たことがなかった。
それが,御影さん。
フルネームは,忘れてしまったけれど。
みんなにそう呼ばれていたのは覚えている。
いや,みんなにじゃないな。
レイと僕に,だー。
御影さんは三つ編みで黒縁にメガネをかけている女子で,声が小さくて暗い感じだった。
だからか,みんな話しかけようとしなくて。
いつか,陽キャの男子がからかったのを節目として彼女はいじめの標的となった。
この高校に入っての初めて出来たいじめの標的は。
僕からみても酷いと感じるくらいの扱いを受けていた。
例えば,お弁当。
彼女は両親が出版社で朝早くから忙しいらしく,自分でお弁当を手作りしていたらしい。
その事を知って,彼女がトイレに行っている間に彼女のお弁当を何処かに投げ捨てたり。
グループ活動になると,あっという間に1人にされて可哀そ〜という囁きが教室中に充満したり。
とにかく酷くて。
でもー
ある日,体調が悪くて彼女は休んでしまった。
その日の放課後に,御影さんの住所を担任の先生から聞き出して一部のクラスメイトが
彼女にお見舞いという名で押しかけーとにかく酷い脅しをして,学校に来る様に言ったらしい。
今考えると彼らは相当暇で,いじめの標的を最高の暇つぶしとしていたのだろう。
上履きは隠されるわ,上着は泥だらけにされるわ,まるで机までー。
段々と暴力の手まで伸びてきたある時,授業中に御影さんは調子が悪くなってしまった。
その様子に一番早く気がついたレイは,御影さんを保健室まで連れて行って,いじめのこと全部を聞き出していたらしい。
担任の先生にバレぬよう初めはこそこそとやっていたが,最近は教室中にその雰囲気がいつもあり
なんだかおかしいと,レイは気になっていたらしい。
相当辛かっただろう,今まで耐え続けたのは本当にすごいよ。
レイはそんな言葉をかけたそうだ。
なんで知ってるかって?
それはー
その日の放課後に僕はレイにある場所に呼び出されていた。
その場所は,学校の屋上。
鍵が閉まっていると思っていて、一度も足を踏み入れたことがなかった僕はレイの行動力にとても驚き,同時にとても感心した。
僕には一人で屋上の鍵が壊れていて,屋上に行けるんじゃないかって考えて行動する勇気なんてないから。
「友達に,なりたい。」
「助けたい。」
梅雨が明けて,まだ雲がちらほらと見える空を見上げながら彼女は溜息を吐く。
「あんなことが起きているなんてーなんで気づかなかったのかなぁ。」