2081年度本予算編成・国防省整備計画局長折衝
現在の日本政府の予算案は、各省庁が提出した概算要求書や、各自治体の提出した陳情を財務省の主計官・主査が査定し、査定を行った主計官・主査の作成した査定案を財務省の主計局長が査定局議で確認して作成する財務省原案が元となっている。
この財務省原案が内示されると、各省庁の次官や局長、課長は主計官や主査と復活折衝という協議を行い、認可の降りなかった予算を政府案に盛り込んで貰う様に要求する事となる。
第三次世界大戦を超えた2080年でもそれは変わらず、12月の或る日に局長折衝として国防省整備計画局長と国防係担当主計官が協議を行っていた。
「ですから、対戦車ミサイルで上陸した無人地上車両に攻撃を行うのは可能とは言え3,4発命中しないと撃破出来ません。なので、106mmライフル砲が搭載された76式無人地上車両の更なる導入が必要なんです。」
「その主張は理解出来るのですが、主計局長が『FGM-240対戦車ミサイルが搭載されたビッグドッグLCS-8という四脚ロボットとかで良いじゃないか。』と仰っていまして…」
「ビッグドッグLCS-8もそれ以外の自律型致死兵器システムもあくまでも主目的は歩兵の代替です。対戦車ミサイルを発射する迄に撃破されますし発射出来ても迎撃される場合もあるので結局無人地上車両が必要なんです。」
西暦2080年、軍事のハイテク化による省人化の流れは無人戦車や無人戦闘機だけで無く歩兵の無人化をも齎し、陸上自衛隊も曹士級、特に陸士長以下の自衛官は殆ど姿を見なくなっていた。しかし、武装は電力の関係から海上自衛隊の護衛艦で一般的なレーザーやレールガンが装備される事も無かった為、現代の戦争は人がいない事を除けば2025年代と同じ様な様相を呈しており、結果として「UGVより対戦車ミサイルを揃えろ」と言う財務省側の意見と「対戦車ミサイルがUGVを撃破するのに何人犠牲になるんだ」と言う自衛隊側の意見が衝突する半世紀以上前に見られた光景が再び見られる事となった。
「まあまあ、私も貴方だけでなく他の局長や議員、地方公共団体との協議を行わなければなりませんし又明日来てください。」
「…分かりました。」
これ以上説得しても国防係担当主計官の納得は得られないと判断した国防省整備計画局長は、諦めて部屋を出て、出口に向かった。彼は途中廊下でとある人物と遭遇した。
「おや、お久しぶりです。整備計画局長。」
そう声を掛けるのは財政保安庁で各種兵器や装備の調達を担当する調達事業部の長、調達事業部長である。
「今日はどうして財務省に?」
「そちらの主計官との局長折衝でUGVの調達を頼みに…」
「ああ、そういえばもう12月でしたね。」
「財政保安庁さんは良いですよね、庁舎もここの近くですし、装備も要望通りやすそうですよね。」
「それがそうでもないんですよ。」
「おや、そうなんですか?」
整備計画局長が足を止めると、調達事業部長は周囲を一瞥し、声を落としながら話し始めた。
「そういえばあなたは今確か55歳だから…何歳の時に入省しました?」
「第三次世界大戦始まった1年後だったから…25歳の時ですね。国防省が防衛省だった頃です。」
「なるほど、なら知らなくてもおかしくないですよね。今の主計局長は田中華澄さんじゃないですか。」
「ああ、あの人は確か今57歳でしたね。」
「あの人は2022年に入省した後直ぐ軍務庁への出向扱いになって長官として戦車とか艦船の調達やってたんですけど2029年に始まった第三次世界大戦で戦争遂行特措法作られたじゃないですか。」
「令和十一年三月三十一日に西日本において発生した中華人民共和国による武力攻撃に…みたいな法律ですか。あの法律が制定されたおかげで開戦前の想定に比べると被害は少なかったと聞いています。」
「ええ、あの時の法律で調達手続は変わりましたし自衛隊に軍務庁と海保も統合されましたね。」
調達事業部長は廊下の窓際に身を寄せて更に声を潜めた。
「あの法律が制定された結果、確かに総力戦はやり易くなりました。でもそれで軍務庁が統合された結果、確か陸上部隊の5000名ぐらいの職員が第1旅団戦闘団に改組されました。」
「そういえば戦後に防衛省が国防省に変わる時の手続で関わった覚えが有ります。彼らは、確か後方警備と占領地行政支援を主任務としてたんですっけ?」
「最初は、ですね。自衛隊とは装備が違いますから補給だとか整備だとかの観点からそもそも前線に行けなかったそうです。ですが、戦況が悪化するにつれて話が変わった。」
調達事業部長は一度言葉を切り、窓の外に視線を投げた。
「米軍に韓国軍、ASEANやら豪州やら様々な国が参戦してましたけど自衛官の定数は変わりませんからね、5000人規模の諸兵科連合部隊を遊ばせて置く気も無かったんでしょう。ですが当時の軍務庁の陸上戦力といえば最も火力の強いものでも対戦車ミサイルを搭載した25式戦車A型。実態としては対戦車車両ですね。」
「当時の自衛隊だと中距離多目的誘導弾みたいなものですね。100式相手に活躍したと聞いています。」
「ええ、実際25式A型は活躍したそうです。ただ当時のA型の生産数は30両程度で5000人規模の部隊を編成するには、足りませんでした。」
「そういえば、残りは民生改修車両や旧式装備を急造で武装化したとか……」
「ええ。民間人の避難時に置いてかれた車両にブローニングM2を載せたり、保管されてた74式を引っ張り出したり。今から見れば無茶苦茶ですよ。」
「でもその頃って確かドローンが主流だった頃じゃないですか?」
「確かに主流でしたがそのうち対ドローン防御技術が確立されるだろうと考えて25式戦車の亀戦車への改造とかはしたけどドローン自体は民生品の偵察用ドローンしか持って無かった筈ですよ?実際戦中にドローン迎撃に優れた地上車両用機関銃架(遠隔操作型)の配備も始まりましたからね。」
「なるほど、それでその第1旅団戦闘団はどうなったんですか?」
調達事業部長は、少しだけ表情を硬くしながら言った。
「あまり明確な事は分かりませんが確かアメリカの海兵隊に混じって中国に揚陸したんじゃ無かったかな。」
「第1旅団戦闘団が戦地に行ったのは日本の反抗作戦が始まってからなんですね。」
「ええ、西日本に上陸してきた中国軍を全滅させた時点で旧自衛隊も兵力的に厳しくなったんでしょうね。当時の中国共産党もウクライナ紛争の時のウクライナみたいに塹壕を掘って長期戦に備えてたみたいですし。」
「それで彼らはどうなったんですか…?」
「装備は微妙でも一応機械化歩兵の類ではありますからね、先程の25式戦車が旧自衛隊に配備されてなかったFGM-148を搭載してた事もあってアメリカ主導の攻撃に参加してたそうです。」
「装備の互換性を考えて米軍と戦う事になったんですかね。」
「後は正面装備の調達は進んでたものの戦争遂行特措法で急造された統合陸上戦力でしたから指揮系統も補給体系も自衛隊ではなく余裕のある米軍頼りになったんじゃないですかね?」
「まあ今の国防軍でもいきなり1個師団増えたとしてそこへの指揮とか補給関連のシステムの整備には時間がかかるでしょうね。」
「財政保安庁も似たようたものでしょうね。さて、中国側は100式を前面に出しつつ、無人車両や中国民兵による攻撃で進出してきた部隊を迎撃してました。第1旅団戦闘団は、最初の一週間で対戦車弾をほぼ撃ち尽くしたそうです。」
「それで、どうやって戦ったんですか?」
「撃てるものを全部使ったとか、M2、携行式無反動砲、鹵獲した99式…ただそれでも現代のUGVの設計思想の系譜の最初に位置する戦車が相手ですからやはり戦車じゃないときつかったようで結局、彼らが担った役割はドローン攻撃に耐え塹壕を乗り越えてやってきた米軍と旧自衛隊の機甲部隊が到着する迄の時間を稼ぎにしかなりませんでした。」
整備計画局長は無意識に拳を握っていたが、ふと疑問が出てきた。
「あれ、でもそれなら今の田中主計局長は何故76式無人地上車両の導入に反対するんですか?その時に戦車の与える影響力を考えたのならば賛成してくれると思うのですが…」
「うーん、多分本心から反対してる訳じゃ無いと思いますよ。」
調達事業部長はそう言って、軽く肩をすくめた。
「じゃあ、何故あんな言い方を……」
「反対しているように見せている…とかですかね?」
「見せている?」
「ええ。田中主計局長は、あの第1旅団戦闘団の末路を成功例だとは思っていない。」
「そりゃあそうですよ。だからその時も戦車が有れば良かった。」
「そうじゃない、ある程度消耗する前提で投入された事ですよ。」
「確かに人が死ぬのは避けたいですが今では無人化が進んでいます。」
「無人化が進んだからこそ、指揮官は人が死なないと考えて、消耗する前提で投入されてしまう。壊れて良いと考えてしまう。田中主計局長は、あの時に見たんでしょうね、今の財政保安庁にも国防軍にも無い消耗する前提で前に出される部隊というものを。」
「……」
「第1旅団戦闘団は、戦力としては決して十分ではなかった。でも政治的には使いやすかった。正規の自衛隊ではなく、急造の統合部隊。戦死者が出ても『やむを得ない』と言いやすい存在だった。」
「冷静に考えるとあまりにも非人道的ですね…」
「それ以上に金がかかる。UGVがあるから前に出す。UGVが消耗しても問題にならないから前に出す。UGVが足りなくなったら、また予算を要求する。第三次世界大戦時の兵器の調達費どれだけかかったか知ってますか?戦中に戦争遂行特措法による製造メーカーの所有物の借入という形が取られた物も有ったせいで戦勝国になった日本側ですら今も支払が続いています。」
「それは…本来の使い方ではありません。」
「分かっています。あなたも、私も。」
調達事業部長は振り返り、整備計画局長の目をまっすぐ見た。
「だから主計局長は反対しているように見せている。」
「もしかして、主計局長が求めようとしてるのは76式無人地上車両をどう使うかという条件ですか?」
「ええ、主計官や主計局長が、最初から『分かりました、認めます』と言う時は、大抵まともな条件が付かない。霞ヶ関の魑魅魍魎共は本当に警戒している案件ほど、一度突き放して要求側に譲歩させようとする。」
「つまり、こちらがUGVをどう使うかを示さなければ、先に進まない……」
「ええ。人が死なないから使うのではなく人の代わりになるから使う事を示さなければならない。」
2030年 東シナ海洋上
この日、田中はアメリカ海軍のドック型揚陸艦グリーン・ベイの艦橋から、白波を立てて進んでいく艦尾のLCACを見ていた。近くを航行するドック型揚陸艦のアシュランドやジャーマンタウン、ニューオーリンズからは同じようにLCACが発進していく。
令和十一年三月三十一日に西日本において発生した中華人民共和国による武力攻撃に対応して行われる対処措置の円滑化に関する日本国と日本国民の行動に関する特別措置法第21条の規定に基づく臨時編成部隊への通達
手元には長ったらしい題名とは裏腹に主要な事は「次により、合衆国軍隊との指揮に従い揚陸作戦を実施せよ。」としか書かれて無いA4サイズの紙が置かれていた。この紙一枚が眼前で灰色の都市迷彩に身を包んだ兵士5000名を戦地に向かわせたのである。
思えば自分はここに至るまでに、どれだけ軍事という物を理解しようとしただろうか。金融が得意分野である自分の特性を活かして社会全体の役に立つ仕事をしようと思い入省したは良いものの入省後直ぐに大臣官房、軍務庁へ出向となり財務大臣の言うままに兵器を揃えていた。
「財務省職員は、国民全体の奉仕者として公共の利益のために必要であれば、自ら前線に赴き、敵戦車との戦闘を行う覚悟である。」
とまで言った議員が内閣総辞職と組閣で財務大臣を離れるとその言葉だけが都合よく残り、財務省の防衛への理解を深めようとする与党と政権批判に繋げようとする野党の板挟みになって特に目的もなく現状を維持するだけだった。いざ戦争になると解体され自衛隊に組み込まれ、自分にも臨時陸将補の地位が与えられたが艦上に置かれた司令部で形式上行われる米海兵隊の指揮官からの要請を受諾する事が仕事になった。戦争が始まると同時に自分の出来る範囲で軍事への理解を深めようとしたがそれも意味は無かったのだ。それでも、田中の胸の奥が、僅かに軋んだ。
「…勿体無い、か」
口に出した瞬間、自分でも驚いたがその言葉の意味を理解すると強い嫌悪が込み上げてきた。この状況だと彼らは間違い無く戦死するだろう。本来ならもっとしっかりとした兵器を揃えるべきだったとか、そもそも彼らを戦地に送る事自体への後悔だとか、そう言った事を考えるのが少なくとも人としては正しいだろうに、それ以上に損失自体を考えてしまう。
自分への嫌悪感に包まれる田中の耳には、LCACの進む海の波音だけが響いていた。
「白昼夢か…」
「何かおっしゃいましたか?」
「いいえ、なんでもありません。今回は国防大臣から私への…所謂閣僚折衝ですが何故整備計画局長の貴方が同席しているのでしょうか?」
訝しむ主計局長の田中に対し整備計画局長は落ち着いた顔で説明を始める。
「今回の話の専門性を鑑み、閣僚折衝ですが私が説明する事になりました。何か問題が有るのでしょうか?」
「いえ、問題は有りませんが正直な所予算案は次官折衝迄で決まっていると言うか…」
「承知しております。ただその上で敢えて結論から申し上げます。76式無人地上車両は消耗を前提とした戦力ではありません。」
暗に「この場で説明を行う意味は無いぞ」と伝える主計局長の言葉を意に介さず当たり前の事を話し始める整備計画局長に対し主計局長は諦めたかの様な口調で
「続けてください。」
と言った。
「確かに単価でも維持費でもビッグドッグLCS-8の方が安価ですしどちらも無人、どちらも対装甲攻撃を行える。」
「ええ。ですから財務省としてはビッグドッグLCS-8の導入を提案しています。」
「ですがLCS-8は回避、あるいは撃破される前に撃つ事を前提としているのに対して76式は被弾する前提です」
田中の眉が、わずかに動いたが構わずに続ける。
「だから76式の装甲はLCS-8の約6倍、初弾を耐えて、反撃する事を目的としています。壊れる前提の装備を増やすより、残る前提の装備を増やす方が、財政的軍事的両面で合理的だからこそ、76式を採用するべきです。」
「…良いでしょう。主計局長として当該予算要求項目の復活を認めます。」
これまでとは違ってあっさりと認めた主計局長に対し整備計画局長は驚きながらもお礼を言いつつ、国防大臣と共に退出した。
「なんか思ったより簡単に認められましたね。」
「ああ、あれか。」
国防大臣は少し間を置き、淡々と続ける。
「昨日の時点で、もう復活は決まってたんだ。」
「え?」
「君が主計官との折衝が行った夜に、国防省の事務次官と主計局次長を通じて話を付いていたんだ。」
「じゃあ、今日の説明では何故私を参加させてくれたんですか…?」
「責任を負わせる為だ。正直な所、兵器の導入とかの国民の目が集まる項目は主計局長がどう思おうと内閣の話し合いでどうにでもなる。今日、君がやったのは、責任を持たせる作業だよ。」
「責任、ですか。」
「ああ、この装備を導入する責任を誰が持つかを、財務省に示したんだ。」
「つまり、私は……」
「保険だ。確かにLCS-8に比べると76式の方が優秀に見えるがそれでも何かあった時に責任を取れる人間が必要になる。私が取ろうとしても大臣だからいくら長くても総理の任期が終わる迄しか責任を取れないしな。」
「…随分と重いですね。」
二人は無言のまま歩き出した。市ヶ谷の国防省庁舎に向かおうとする整備計画局長は大臣と分かれた途端
「何だったんだ…」
と小声で呟いた。




