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埋もれた短編

デバッグ

作者: 平松冨永




「うわぁああああああああ!」


「ジョーン!」


 ディナの悲鳴とジョンの叫びが、同時に響いた。ピットフォールと呼ばれるトラップが、二人を上下に(わか)つ。



 □ □ □ 



 各地に存在する、不可思議な道理で成り立つ、ダンジョンと呼ばれる古代遺跡。果たして真に「古代」なのか「遺跡」なのかは判然としないそこは、「宝物」と称されるこれまた不可思議な機工物や資源を産出することで知られる。

 猪の糞、(なめ)された上等な獣皮、兎が齧った根菜、軽金属製の水差し、凄まじい切れ味の刃物。

 ゴミ以下の物体が、豪奢な造りの「宝箱」内に鎮座していることもあれば、美しいドレスが石畳の上にぽん、と放置されていることもある。

 故に人々は、ダンジョンへと向かった。

 大人も子どもも、貧乏人も富裕層も──その日の運試しや、娯楽として。


 職に(あぶ)れた食い詰め人が、一攫千金を夢見て足を踏み入れることも珍しくない。

 だが、そういった人種にダンジョンは厳しかった。

 各種肉食獣、害虫、蛇や蜘蛛や蝙蝠、ムカデにヤスデにヒルにダニ、ノミや毛虫やアリ、毒草に毒キノコといった、ありとあらゆる有害生物が現れ、狙って襲い来るのだ──彼らが入った時だけ。

 そして漏れなく、ピットフォールに落とされる。

 迫り来る壁に追われた先、踏んだ床、転がる石を避けた場所。ぽかり、とあいて強制退場である。

 這々(ほうほう)(てい)で入り口から脱出したところで、寄生虫と皮膚病と熱病のセットがお土産に持たされる。

 無欲な者と組めど、だまくらかして肉盾にしようと、必ず分断され、攻撃は欲深き者へと集中する。

 一時期はあまりの被害に国が動き、学究機関が検証に勤しむも、その理論は解明されなかった。


 ワケわからんが一攫千金を目論んで入るな、とのお達しが各国から出されても尚、不心得者の侵入は絶えず。

 そういった輩はその日のうちに、ダンジョンの不可思議な排除機能によって晒し者になる。

 近隣の村の堆肥山の上で、全裸で見つかるのはまだマシで。

 王城前で靴だけ履いて、ほぼ裸で笑いながら謎の踊りを続けていた一団の話は、世界中で語り継がれる。


 そんなこんなで、この世界には「ダンジョンに挑み踏破した英雄」なる者は存在しない。

 今日の仕事が終わったなあ、じゃあちょっくらダンジョン潜ってかあちゃんにお土産でも持って帰るかあ。

 なにが出るかな、なにがあるかな。

 あら雨だから畑に出られないわ、ダンジョンにでも行ってみるかしら。

 なにが出るかな、なにがあるかな。

 なあなあ、みんなでダンジョン行かね?

 なにが出るかな、なにがあるかな。


 といったノリの人間だけが、それなりにダンジョンと共生できていた。

 幸いにも、そういった人間が圧倒的多数だった。




 うっかり素敵な「宝物」を見付け、欲に取り付かれそうになった者は、自らダンジョン断ちを選んだ。


 一抱えもある貴金属に当たった者は、逆に過ぎた幸運に怯え、丸ごと領主に押し付けた、なんて話もある。

 ちなみにそんなもんを寄越された領主もビビり、王へそっくり上納した。パニクった王は教会に全部寄進しようとして押し付け合いになり、協議の末にその年の税金が下がり、当該ダンジョン近隣の道路が整備された。

 その国はしばらく天候に恵まれ、豊かになり、教会は創造神のみならずダンジョン崇拝という新教義を唱えるようになった。

 なんだかなあ、という話ではあるが、その国では誰も不幸にならなかったからいいのである。


 ただし欲を煽られた者が、そのダンジョンに押し掛け、数年間わあわあした。

 公然猥褻罪でしょっぴかれまくった輩の労役で、治水事業と道路整備と鉱山掘削と開墾が進んだ、ので結果オーライである。



 □ □ □ 



 さて、ジョンとディナである。


 とあるダンジョンの近くの村に住む、幼馴染みの二人は、昼まで家業を手伝った後、ダンジョンに遊びに行った。

 明日は教会学習の日なので、石板や白墨があるといいね、いやみんなに自慢できる木の実がいいなあ、とか話しながら。

 そしてジョンは、ピットフォールに落ちた。


「……うわああああーん、ジョンが大きいどんぐり欲しがったからー!」


 ピットフォールの前で泣いたディナは、でも、と気付く。


「……あたしも石板、欲しがったのに」


 そう、欲があったのはディナも同じだ。しかもどんぐりの種類を特定しなかったジョンと違い、思い切り具体的に、ピンポイントで望んでいた。


「……あたしが、落ちるはずだったんじゃ」


 だがダンジョンは、ジョンの真下に「欲望トラップ」を発現させた。ディナではなく。


「……ずるい、ダンジョンずるい! 堆肥ダイブはあたしでしょ!」


 ディナは地団駄を踏んだ。ダンジョンのうっかりミスだ、と怒った。不公平だ、と激怒した。

 そして。


「今行くからねー!」


 そう言い残すと、ディナは自らピットフォールに飛び込んだのだった。

 全裸になろうと堆肥に塗れようと、それがディナにとっての「あるべきダンジョンのルール」であり、彼女にとっての正しい道だったからだ。



 □ □ □ 



 一方、ピットフォールに落ちたジョンは遠い目をしていた。


「……どんぐりで落ちるんだぁ」


 暢気(のんき)である。


「ディナの石板白墨はセーフで、どんぐりはアウトなんだあ。あ、これって神官さまに伝えたらどうだろう、ダンジョン研究者のお役に立てるんじゃあないかなあ」


 いや、そういう問題ではないと思うが。


「ともかくまあ、ディナが落ちなくて良かった。うん、はだかんぼで堆肥シュートなんて、大変なことになっちゃう。お嫁に行けなくなっても、僕が結婚するけど」


 甘酸っぱいこと言いやがって。


「でも欲深ボッシュートって、こんな感じなんだぁ。すごいなあ、どこまで落ちるんだろう」


 高度計算による着衣除去と空間歪曲と人命尊重な衝撃緩和機能に対して、そんな呼称はあんまりである。


 と。


「──ジョォォォォォオオオオオオオン!」


「えええええ、なんでディナぁああああああ!!」


 女の子が降ってきた。いや、後追いで飛び下りてきた。

 これには流石に、暢気なジョンもびっくりである。




 いや、現時点で最も慌てているのはダンジョンである。厳密にはダンジョン担当、だ。

 ダンジョン担当は創造神のお茶目で生まれた、悪戯と娯楽と笑いの属神だった。ちょっとヒトを翻弄し、楽しませ、悩ませ、話の種を与える役割だった。

 ありもしない古代の超文明を設定し、それっぽく造形し、様々な属神の協力を取り付け、ヒトが怠惰にならぬよう、生に倦厭(けんえん)しないよう、刺激を与えることを(むね)としていただけの。

 ちっぽけな存在だったのだ。


 それがどうだ、意図せぬうっかりミスで、欲とも呼べない感情を持った少年を排除コースに乗せ、社会的自殺行為を屁とも思わぬ少女によって処理に惑うバグが生まれている。


 ちょっと待ってちょっと待って、とダンジョン担当は慌てた。

 慌てるとロクなことにならないのは、人間も属神も同じだった。


 ダンジョン担当が管理する世界中のダンジョンから、補うべく処理リソースが回される。

 面白半分で設計され、だが緻密に構築されていた機構に、補完負荷がかかり小さな穴があく。

 そこから一気に、その小さなダンジョンのバランスが加速度的に乱れていった。


 伝説伝承の怪物配置とかー、やめろやバランスブレイカー、と酒の席で──創造神ではない、どの属神だかが話したボツ設定が復活する。

 魔法良くね? バカ野郎それ言い出したら(ことわり)を一から組み立てなきゃだろうが、ねーねー神力を元にしようよーキーワード方式でさー、いやいや循環元素を弄った方が、と盛り上がって封印した、属神たちの与太話が流入する。

 ああしまった、あれを言葉にするんじゃなかった、と様々な属神が猛省し、崩れ続ける一個のダンジョン、を補おうと手を伸ばし助力を与え。

 それは更なる過負荷となり。


 結果、誰も何者も望まない事態に陥った。

 その小さなダンジョンは、ぶっ壊れて滅茶苦茶に再構築されてしまったのだ。



 □ □ □ 



「……ジョン」


「ディナ……」


 ふわ、とダンジョンの底に着地した二人は抱き合ってお互いの無事を確かめ、涙する。

 全裸でもなく、堆肥の上でもなく、王城前広場でもない。

 だがそこは、二人の想像を凌駕する、見知らぬ場所だった。

 苔むした石畳の道、落盤を防ぐ木枠、剥き出しの岩盤、坑道と呼ぶには整備された空間。

 のほほんと日参していたダンジョンより遥かに陰鬱で、異形の気配が漂う未踏の地。


「……どうしよう」


「どう、すればいいの」


 震える二人とは違う次元で、神々はえらいこっちゃと大騒ぎである。



 □ □ □ 



『あーあああ、泣いちゃったー』


『誰だよ合成獣ヴァリエーション発言した奴! 多頭多足多腕多尾に触手に毒に魔法全種とか、出会うや否やちびっこ即死じゃねーか!』


『待て、ちょ、他のダンジョン全部機能停止できてるから! 入ってた全員、普通にお帰りいただけたからヨシ!』


『ヨシ! じゃねえだろ! あの子たちどうすんだよ!』


『ほ、ほら魔法が顕現してるから……えーと、神託おろして使えるように』


『ばっか! 素手で防具ゼロだぞ! 先ずは棒とナイフと盾を』


『水と食料が先でしょうが!』


『落ち着け、初手は精神耐性の賦与(ふよ)が定石』


『あのー……排泄どうするの?』


 数多(あまた)の属神たちの騒ぎを聞きながら、ダンジョン担当は必死に干渉を繰り返す。物質化し顕現した諸々を、どうにか、どうにかヒトで対応できるよう調整を試みるも、上手くいかない。

 ヒトの子二人を内蔵したままでは、戻せない。自動排出機関は作動せず、解体改造し復元するなら──あの子たちを、巻き込んでしまうことは必至。


『……どうしましょう』


 ダンジョン担当は泣きたくなった。今まで、ちゃんとできてたのに。大きな失敗もなく、丁度いいアクセントに徹していられたのに。


『しゃーない、あの子たちに協力してもらおう』


『うん、無事に出てもらうのが最優先よ。修正はそれから改めてやりましょ』


『ええと、あら神託ダイレクト危険だわ。あの子たち壊れちゃうからツークッション挟まないと』


『待て待て、お(とも)ナヴィゲーションプログラムがあるから、これどうにか活かせないか』


『みんな……』



 □ □ □ 



 ダンジョン担当が友情のありがたみを噛み締め、属神たちがルールすら出たとこ勝負なRTAに尽力しよう、と決意を固める。

 創造神が昼寝から目覚めるまでの間に、すべてを元に戻すのだ。

 あの少年少女を無事に脱出させ、おうちに帰すのだ。




 その頃、ジョンとディナはわけが分からず呆然としていた。

 神々の駒として動き、英雄どころか超人となる未来を、二人は知らない。





閲覧下さりありがとうございました。

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