8.眠れぬ夜
帰宅して食べたパンは美味しかったし、家の蛇口をひねって出る水も美味しかった。
もう少し何か、こう、スープとかが欲しい気もしたけど、それは贅沢だろうから、今日は我慢することにした。
ホシは、食べ物は要らないらしいけど、睡眠はとても必要らしくて、律儀にトランクの中に入って眠り始めた。
「睡眠は命の源だぞ。お主も早よ眠るが良い」
そんな言葉を残して眠ったホシの入ったトランクは、二階の私の部屋の机の上にある。
多分、そうそう起きないはず……多分……
「はあ……」
思わず、大きな溜息が出た。
私は、とんでもないことになったと、今更ながら思い返す。
元の世界はどうなっているのだろうか。
私はいなくなったことになっているのか、それともこれは夢の続きで、私は覚めない夢の中にいるのだろうか。
多分、ホシの言い草からして、ドールさんを渡せば私を元の世界に帰してくれるのかもしれない。
思っていたよりも不便さはないが、それでも元の世界の便利な生活は恋しい。
でもここで、あのドールさんを諦めたら、私は立ち直れない様な気もするのだ。
それに、あの「愛しの子」は、私にとっての特別な人形……諦めるという選択肢は、元から無い。
そうなると、やっぱり、ホシに代わりの物を用意する必要がある。
私はぐるぐると眠れぬ夜の中、ベッドの中で横になりながら思案する。
私に代わりの人形が作れるのかどうか……自信がない。
でも、多分、方法はある。
流石に、今すぐあのドールさんと同じ球体関節人形の体を用意するのは難しい。
でも、何も、人形とは、球体関節人形だけではない。
布でも、土でも、木でも、人形の形は作れる。
何なら、「ぬいぐるみ」だって人形の一種だ。
ぬいぐるみならば、多分、今すぐできるかもしれない。
そう考えたら、私はいてもたってもいられなくなって、ベッドから起き上がる。
「リュックにないかな……」
リュックの中身が買い物してからのままなら、恐らく、裁縫道具と布が入っているはず。
ごそごそと中身を探れば、裁縫道具一式と、糸と、沢山の布が出てきた。
「……あれ?」
思わず声が出る。
布が、思っていたよりも多い。何て言うか、使いさしだったり何だか使わないままだったりした、家に置いていた布も糸も混じっている気がする。気がするって言うか、多分そうだ。
ホシは「必要最低限なら向こうの世界のものも持って来られる」みたいなことを言っていたけど、それなら、向こうにある余りの材料も持ってきてもらえるのかもしれない?
って言うか、何か……大体あるなあ。
私が向こうの世界で使っていた道具も材料も大体あるなあ!?
何、このやけくそ感。
「……まあ、でも、今はありがたいか」
多分、一からこの世界で素材を探していたら、きっと材料を探すにしても、とても時間がかかるんだろう。
それなら、余りの材料でさっさと代用品を作ってしまうに限る。
「ご丁寧にノートも鉛筆も消しゴムも定規もコンパスもあるわね……」
じゃあ、もう、さっさとぬいぐるみを作ってしまおう。
ジンジャーマンクッキーみたいな形でいいかな?
型紙を起こして、ぬいぐるみを作ればいいんだ。
向こうではミシンばっかりだったけど、今回は手縫いで作らなきゃいけない。
思い出さなきゃ……多分これは、徹夜になってしまうんだろう。
そうは思っても、今のままじゃ眠れる気もしなかったから、私は机のランプに手をかざして明かりを点ける。
……これは電灯なのか魔法なのか、解らないなあ。
そんなことを思いながらも、私は作業を始めた。