7.異世界のパン屋
ホシの言う通りに進んでいけば、まだ開いているらしいパン屋が見えてきた。
そこで、ふと疑問に湧いたことを、小声でホシに訊いてみる。
「そういえば、何でかこの世界の人と言葉が通じるし、文字も何か読めるけど……なんで?」
「お主、変なところで目聡いの。理由は我の加護だ。我が傍に居なければ、お主はこの世界の者と言葉が通じないし、文字も読めん」
ホシの答えに、私は一先ず納得する。
忘れがちだけど、ホシは精霊だ。
多分、なんかこう、日本で言うところの「神様」みたいな能力があるんだろう。
「……何か、アンタが居ないと、私この世界で詰みそうな気がするわね」
「そうだな。責任感の強い我に感謝するがよい」
「あー、うん、そうだね……何か腹立つけど!」
いちいち偉そうにしていなければ、こんなにイラつかないんだけどなあ!
ちょっとイラっとした途端に、グーと私のお腹の音が鳴る。
……怒ったり泣いたりすると、お腹は減るものだ。
ちょっと恥ずかしいけど……
「腹が減っておるのか、アイリ。早くパン屋に入るがよい」
「はいはい、言われなくても」
パン屋は、さっきの万屋より見た目は大きい店のように見えた。
見上げたパン屋の看板には、大きく文字が書いてある。
クリーテーピューロス……何だろう、ギリシャ語っぽい?
ちょっと首を傾げつつ、私はパン屋の中に入った。
見た目通りの広さだけれど、店内の広さは、さっきの万屋よりは狭いかもしれない。
店員らしき男の人が、私に気が付いて話しかけてきた。
「いらっしゃいませ。見ない顔だな。この辺じゃ見ない服装でもあるし、旅人かい?」
「あっ、えっと……そんな感じです。しばらく滞在するので、腹ごしらえにパンを買いに来ました」
「旅人さんに選んでもらえるとは光栄だね。うちのおすすめは、胡桃パンだ! ……っと、今は売り切れているな。まあ、どれも美味しいはずだから、好きなものを選ぶといいよ!」
店員さんが気さくな人で助かった……気兼ねなくパンを選ぼう。
確かに、色々なパンがある。
こう、見慣れないものが入ってそうなものもあるけど、どれもきちんと美味しそうだ。
うう、お腹が空いていると、あれもこれ持ってなっちゃういなあ……銀貨三枚がどれだけの価値か解らないし……こういう時は!
「あの……今日は様子見で、一番安いパンを四つ買いたいのですが、どれが良いですか?」
直球過ぎて気分を悪くされたらどうしようかと少しひやひやしたけど、店員さんは気を悪くした様子もなく、すぐに答えてくれた。
「お、旅の路銀は節約する必要があるもんなあ。一番安い大麦パンは売れちまったけど、今ならオリーブのパンがあるから、それが良いと思うよ」
「手持ちが銀貨三枚なんですが、最大でいくつ買えますか?」
「それなら、少しおまけして、銀貨二枚でオリーブのパンを四つ売ってあげよう。旅人さんへのサービスさ」
「えっ、良いんですか?」
びっくりして聞き返すと、店主は笑って答えた。
「夜が更けるとあまり売れないし、しばらく滞在する旅人さんに贔屓にしてもらいたいからな! また買いに来てくれよ?」
ウインクした店員さんに、私は心からお礼を言った。
「はい、ありがとうございます!」
「じゃあ、パンは、その籠に入れればいいかな?」
「お願いします!」
私は緊張しながらも空の籠を渡した。
籠の中にはオリーブのパンが四つ入って、蓋がされる。
銀貨二枚を渡せば、店員さんは笑ってパンの入った籠を渡してくれた。
「まいどあり! 帰り道は気を付けてな!」
「ありがとうございました!」
パン屋を出て、私はホシに小さく話しかける。
「パンが買えたよ! ありがとう、ホシ!」
「問題なく買えたようだの。だが、できれば今度からはパンも錬金術で作りたいところだな」
ホシの言葉に、私は首を傾げる。
「そうなの?」
「少々物価が変化しておる。それに、できれば、お金は素材集めに当てたいところだしの」
「それは……そうだね」
私の目的は、ドールさんを返してもらうために、代わりの物を作ることだ。
確かに、いつまでも長居するべきではないはず。
私は息を吐きながら空を見上げた。
私のいた世界と変わらない太陽があって、でも、私のいた世界よりも高い空が、赤く染まっていく。
「それにしても日が傾いて来たなあ……」
思わず呟いた私の言葉に、ホシが返事をする。
「そうだな。早く帰るがよい。夜道は危険だからの」
「そうだね……早く帰ろう」
私は、一先ず、あの家に戻るための道を歩き始めたのだった。