6.初めての買い取り
ホシの後をついて森の中を歩いていくと、すぐに開けた草原に出た。
もう一キロメートルくらい先には、石や土や木を組み合わせてできた様な建物がいくつも並んでいる、町のようなものが見える。
「うわー、何か欧州っぽい……テレビでしか見たことないけど」
思わず呟いた私を、ホシが振り返る。
「お主のいた世界の話かの?」
「えっ、うん……何か似ているなあーって。あの町の万屋で薬を売り込みに行けばいいんだよね?」
「その通りだな」
「上手く売り込めればいいけど……」
ホシの返答に私はやや重苦しい気分で返事をする。
「私あんまりこういうの得意じゃないんだよね……上手くできるかな……」
「できなければ、お金が手に入らぬぞ」
「解っているから緊張しているんだってば!」
「そう邪険に扱われることもあるまい。ほら、まずは町に行くぞ」
「はいはい、今行きますー!」
投げやりになりそうになりながらも、どうにか歩いていく。
舗装されていない道を一キロメートル歩くのは、なかなかしんどいものだったけれど、さっき飲んだ回復薬が効いているのか、歩ききることはできた。
やっとたどり着いた町は……やっぱり何だか近世欧州のような雰囲気だ。
でも、どっちかと言えば、フィクションでよく使われるようなファンタジーな街の雰囲気に近いのかもしれない。
物珍しくてきょろきょろしまくる私の肩に、ふわっとホシが座って話しかけてくる。
「我の言うとおりに町中を歩くがよい。ボーっとするではないぞ」
「解っている……欧州でも油断したら荷物スられるって聞いたことあるし!」
「……用心深いのは良い事だの。では、行くぞ」
町の中を歩いていくと、色んな人が、物珍しそうに私をちらちらと見ている。
くそう、確かにこの街の人々の服装からして、とっても変に見えるわよね、この黒ジャージ上下……
「ホシ……今度、錬金術で服を作る方法を教えてね……」
小声の願い事に、ホシは「そうだな」と返事をする。
「材料集めが大変だが、追々教えてやろう。……さあ、この細い道を進んで行けば万屋だ」
言われた通りに進んでいくと、確かに店の入り口のような扉が、建物に張り付いているのが見えた。
「この扉を開ければいいの?」
「そうだな。入ったら、店員に用件を言うのだぞ」
「……解っているって」
緊張しながら扉を開けると、当然お店の様子が目に入る。
お店は、狭い路地からは想像できなかった広さで、私は少し吃驚してしまった。
所狭しと、色んなものが置いてある。
ふと、店の奥にいた栗毛の何だか綺麗な女性が、私に気が付いたみたいで、声をかけてくれた。多分、店員の人だ。
「おや、変わった服装の子だね。いらっしゃいませ。万屋の『ヘカトンキーリア』へ、ようこそ。何がご入用かね?」
「あっ……あの……く、薬を買い取ってもらいに来たんです。ここで薬を買い取ってもらえると聞いて来たのですが」
緊張しながらも私が言葉を出し終えると、店員の女性は納得したように頷いた。
「ああ、錬金術師の子かい? それにしちゃやっぱり変わった服装だけど……分かった、一先ず見せてもらおう」
「はい……」
籠を差し出して、店員さんが受け取ると、中身の見分を始めた。
「これは、粉薬だね。材料は何なんだい?」
「えっと、ハートハーブです」
私が素直に答えれば、店員さんは何だか嬉しそうに笑った。
「そうかい! ハートハーブの粉薬とは、なかなか良い腕前じゃないか。丁度切らしていたところだったし、助かるよ。買い取ってもらいに来たんだろう? 今計算するから待っていてね」
「……はい!」
ほ、本当に買い取ってもらえるんだ……!
ちょっと感動……あ、でもピンハネされる危険もあったりするのかな。
まあ、でも、この薬の相場なんて知らないけど、でも、とりあえず今日と明日のパンが買えればいいし、とりあえず大人しく待とう……
そうしてしばらく待って、出されたお金は、銀貨三枚。
「合わせてこれくらいだけど、どうだい?」
「えっと、これでこの街のパンは、いくつ買えますか?」
店員さんは、私の質問にちょっと意外そうにしたけど、多分正直に答えてくれた。
「物に寄るけど、四食分のパンは買えるんじゃないだろうかね」
「十分です! 買い取ってください!」
「あいよ、まいどあり!」
店員さんは笑顔で、銀貨三枚と空になった籠を渡してくれた。
「またよろしくね!」
「あっ、あの!」
思わず大きな声で呼び止めてしまった。
店員さんは不思議そうに私を見たけど、でも、ここで言っておかなくちゃいけないことがある。
「しばらくお世話になると思うんです。貴女のお名前を聞いても良いでしょうか?」
緊張で若干上擦った私の質問に、店員さんは笑顔で答えてくれた。
「おや、それなら、教えておこうかね。私はアリッサ。貴女は?」
「私はアイリと言います。今後もよろしくお願いします!」
「ええ、またよろしく頼むわね!」
「では、今日はこれで……」
私は店員さん……アリッサさんに小さくお辞儀をして、店を出る。
扉を閉めると、私の肩に座ったままだったホシに、私は話しかけた。
「ありがとう、ホシ……一先ずお金が手に入ったよ!」
興奮気味の私に、ホシは何だか照れくさそうに返事をした。
「大げさだの……まだパンを買ってないであろう。店が閉まる前に、パンを買いに行くのだ」
ホシの言葉に、空腹を思い出す。そうだ、パンを買って帰らないと、今までの意味がない。
「それもそうだね。ホシ、パン屋はどこ?」
「道を指示してやるから、一先ずその通りに向かうがよい」
「はーい」
私はとりあえず心を落ち着かせてから、パン屋へと歩き始めたのだった。