4.初めての錬金術
釜に薬草を放り込んで、蓋をする。
「で、本当の錬金術の呪文って、何?」
ホシに訊くと、今度は真剣な声で返事が来た。
「お主の心の中に浮かぶ言葉を言うがよい。人によって呪文が異なるのだ」
「えっ、本気?」
「これは本気で本当の話だ」
思わずホシを見たけど……くそう、今回は嘘をついている感じじゃないな。
何だかますます胡散臭さが増したけど……やるしかないのよね。
「心の中って……どうすればいいのさ?」
「釜の前で目を閉じて集中するがいい。自ずと呪文が解る」
「そんな曖昧な……やるけどさあ……」
私は言われた通りに釜の前に立ち、目を閉じる。
集中……釜の中の材料に対してなのか、釜自体に対してなのか、解らないな。材料の方なのかな?
それなら、多分――
「――我が供物は大地の恵み。癒しと成して還るもの。我が願いを念じ、我が願いに寄り、我が願う姿へ花開け――」
目を開けたらするっと出てきた言葉が終わると、釜が光ったと思ったら、ポンッと音がして、蓋が小さく揺れる。
「わあっ!?」
爆発したのかと思って叫んでしまった私の事を気にするでもなく、ホシは手を叩いて喜んだ。
「おお、成功かの。蓋を開いてみるがいい。多分薬になっているはずだ」
「薬に?」
私は恐る恐る蓋を開く。
その釜の中には……緑色の粉がたくさん詰まっていた。
「……粉薬?」
「そうだな……今回は粉薬になったな」
ホシの物言いに引っかかりを覚えて、私はホシを見る。
「今回は? 毎回違うの?」
「錬金術による成果物は、精度によって変化する。初めてにしては上手くいった方じゃないかの」
上手くいったのか……?
「これ、飲んでも良いやつなの? そもそも何の薬なの?」
思いっきり不安になってホシに訊くと、何の迷いもなくこう言い放った。
「回復の薬だ」
「回復でごまかすな! どういう症状に効いて、どういう副作用があるのか、それを訊きたいんだってば!」
私の指摘に、ホシは首を傾げた。
「ん? 回復ではいかんのか? ……ああ、お主の世界は、薬の種類が多岐に渡っておったな。それならば、この粉薬は、少し疲労を回復してくれるぞ。余程たくさん飲まない限りは、副作用のようなものは恐らくないはずだ」
「それって本当に安全なの……?」
「少なくともこの世界では安全だな」
「そんなフィクションな……」
私は重苦しい気持ちで粉薬を見る。何度かあっちこっち視線を彷徨わせながら、どうにか決意を固めて、私はホシに言った。
「とりあえず、私が飲んでみても良い?」
ホシは意外そうに私を見た。
「この粉薬をか? そんなに疲れておったのなら早く言うがよかったのにな。良いぞ、飲んでみるがよい」
「うん……ありがとう……」
流石に、この得体のしれない物を他人に売りつけるのは気が引ける。
棚には、適当に匙やコップがあるから、私はコップを取って、蛇口を探す。
まさか井戸水を組まなきゃいけないのかと思って、少し身構えたけど、流しと蛇口が完備されていたのを見てホッとした。
私……この家ならちゃんと住める気がする。
蛇口の水を出せば、透明で問題なさそうな水が出てくる。
私はコップに水を入れて、蛇口を閉めて、棚の匙を取って粉薬を掬った。
山盛りの一匙……意を決して、口の中に放り込んだ。
漢方並みにエグイ味がしたけど、この程度なら慣れている。
私は水で粉薬を流し込んで、しばらく待った。
森の中で溜まっていたように感じていた足の疲労感が、やや薄れたかのような気がした。
「どうだ? 少し元気が出て来ただろう?」
「うん……少しだけど、ちょっと元気出たかもしれない。確かに回復の薬なんだね」
感心して呟くと、ホシは嬉しそうに頷いた。
そして、こんなことを言う。
「では、これを売りに行くぞ」
私は吃驚してホシに尋ねた。
「えっ、待って。この粉薬のパッケージみたいなのはないの? 瓶とか、缶とか……」
ホシはスッと真顔になった。
「……忘れておったわ」
「えっ、ええええええっ!?」