12.タダより高いもの
今朝の事、風の精霊であるアネモスが、森の中を散歩中に、私の作ったぬいぐるみの中に入り込んだ。
そのぬいぐるみの居心地が良かったから、嬉しさのあまり主人であるベネットの元に飛んで行ってしまった。
昼の事、アネモスが勝手にぬいぐるみを持ち去っていることが分かったベネットが、慌てて謝罪と交渉のために、私の元を訪れた。
そして、疲労が祟って私が倒れた。
慌てたベネットはアネモスやホシの手を借りで私をベッドに運び込み、町医者である兄のベンジャミンを呼びに行った。
「で、今に至るんですね……とりあえず、急に倒れてすみませんでした……」
私は何とか状況を整理すると、とりあえず謝った。
なんか迷惑かけてしまったみたいだし、とりあえず謝れば角は立たない……多分。
「いやいや、何ていうか、まさかアネモスが勝手に持ってきちゃうとは思ってなかったし、そもそも悪いのは勝手に持って行ったアネモスだし。謝るのはこっちの方だよ! ごめんなさい!」
「ぐぬぬ、確かにアタシのせいですね……すみませんでした!」
茶髪の男の子――ベネットくんが謝ると、ぬいぐるみ――アネモスちゃんも謝る。
うーん、このままだと謝ってばっかりで終わりそうだ。
私は困ったように小さく笑ってみせて、一つ提案をした。
「そのぬいぐるみなんですけど、実はもう私たちには必要のないものなんです。もし気に入っているのなら、アネモスさんに差し上げますよ」
「えっ、良いんですか?」
「ホシが気に入らなかったみたいなんでね!」
ベネットくんの言葉に対して、私はジト目でホシを見たけど、ホシはどこ吹く風という風に涼しい顔をしている。
でもそんな私たちの様子なんて気にならないくらいに、アネモスちゃんとベネットくんは手放しで喜び始めた。
「良かった……良かったですよ、ベネット! これで私たち、いつでも一緒にお話しできますね!」
「そうだね、アネモス! 奇跡みたいなことだけど、夢じゃないんだ!」
私は違和感を覚えて首を傾げる。
「奇跡? ってどういうことですか?」
「ああ、それは……説明しておきましょうかね」
茶髪で眼鏡の男の人――ベンジャミンさんが、ここでようやく口を開いた。
「私たち精霊使いは、いつでも精霊と共にありますが、いつでも意思疎通ができるわけではないんです。儀式を通して意思疎通をすることができますが、やや手間がかかる。こうして物体に憑依することで精霊が自由に話せるようになった話は聞いたことがありませんでしたが、精霊使いにとっては……とても待ち望んでいた機会です」
話がよく解らないけど、とりあえず、この世界でも精霊が一般的ではなくて、そして精霊とお話しできるのはとっても難しい事なのか……それなら精霊が勝手に入り込んでくるのも少しわかるような気がする。
仲の良い相手がいるなら、おしゃべりしたいのは当然だもの。
考え込む私に、ベンジャミンさんは話を続ける。
「だから、貴女の作ったぬいぐるみは、この世界では物凄く貴重な物なんです。精霊と自由に話ができるなんて、本当に……」
ベンジャミンさんは、私に向き直ると、眼鏡のブリッジを押して一息吐いて、改まった様子で口を開いた。
「そこでアイリさん、私と契約する精霊のために、一つまた、そのぬいぐるみの様なものを作っていただけませんか?」
「へっ!?」
素っ頓狂な声をあげた私に、ベンジャミンさんはなおも懇願してくる。
「タダでとは言いません! アネモスに与えたぬいぐるみの分を合わせて、貴女があの町に来れば診療代と治療代を無料にするという心づもりです! それくらい貴重なことをお願いしている訳なのですからね!」
無料――その言葉に私はグッと来てしまった。
外国なんて、基本的に医療には高額な治療費がかかるという。
それが、無料――
「微力ながら、申し出を受けます! 頑張って器を作りますね!」
「決断が早いな、お主!」
ホシが少し呆れて私を見ているけど、でも、そんなの構うもんか。
こっちは愛しのドールさんと治療代がかかっているんだから!




