異変
自分の名前を知っていた少年。
その少年に人でないことを否定されたアイナ。
その夢を境に、アイナの歯車が大きく狂い出す。
「・・・きろ、起きろアイナ」
研究員のマルコムの声で、目を開ける。
さっきまでの漆黒の世界とは違う。
「夢・・・か」
久しぶりに見た。人間だった時以来だ。
私は、夢の中の少年に言われたように、人ではない。
人造人間。
人を元に作られた。
人ならぬヒト。
人間だった頃の記憶はない。
感情もない。
ただ、人間だったこと、感情があったこと。
それだけは知っている。
朽ちぬ変わらぬ体を得た。
歓喜、悲哀、憤怒、快楽、困惑、嫉妬、欲情・・・
その全てを捨てた。
人ではなくなった今、夢を見ることはめずらしい。
「今日はイタリエルとの国境に向かう」
そうとだけ残し、マルコムは部屋を出た。
しっかりと閉められなかったドアが、キーキーと音を立てて揺れた。
天窓を見る。空は青い。
雲が穏やかに流れるのがわかった。
「・・・」
戦争が終わったら、自分は人になれるのだろうか。
いや、もしかしたら人造人間のままなのかもしれない。
それ以前に、戦争に終わりは来ないのかもしれない。
ズキンッ・・・
「??」
今まで感じたことのなかった痛みが、胸の奥に走った。
これは・・・
唐突に、けれど理由もなく悟った。
これが心だ、と。
「ゼフィル中将!人造人間01号アイナ、只今国境付近に到達したようです」
「そうか。リーズ大佐、無線機を!」
「はい。ここに」
国境を悠々と見渡せる丘の上。
今回の国境線の全指揮を任された女将軍のゼフィルはいた。
艶やかな金髪は風になびき、心地よい日の光はゼフィルの襟元に光る記章を照らす。
「01号、ゼフィルだ。今より国境付近のイタリエル兵を殲滅せよ」
「拝命致します」
無線機から聞こえる声は、いつも通りに落ち着いていた。
アイナは武器を構え、跳んだ。
敵は約1万。何秒で終わるだろうか・・・
背丈の2倍ほどの長さの槍を地面と水平に持ち、敵を見る。
・・・来た。
1秒。
槍を一振りし、斜め上に跳躍。
2秒。
槍を振り回しながら着地。
正面に構え、高速で突っ走る。
3秒。
足を止め、槍を横に投げ、再び跳躍。
4秒。
手榴弾をいくつか、等間隔に投げる。
5秒。
爆発音と共に、炎と砂塵と煙が舞う。
「・・・終わったか」
「秒殺とはまさにこのこと」
アメリアの兵たちが次々と歓声を上げる中、マルコムだけが苦い表情をしていた。
気づいていたのだ。
アイナの中に心が戻ったことを。
「こんなに早いとは・・・」
全てが戻ってしまったら、アイナはきっとこの国を捨てるだろう。
アイナを使い、大規模な世界侵攻を進めている、このアメリア国を。
「どうにかしなければ・・・」
俺たちが動かなければいけないのかもしれない。
遠くにアイナの姿が見えた。