第15話「初陣と狂気と屍を」
ぎこちない動きで、振り下ろされる岩の塊をかろうじて避ける。
とりあえず、刀を持たないと。
手を柄にかける。背筋に悪寒が走った。覚悟を決めて、鞘から刀身を顕にさせる。
山に隠れていた半月が顔を出し、刀身を禍々しく輝かせる。赤黒く、艶やかな刃がこちらを見つめてくる。
これが、狂威咲……。思わず息をのむ。店長には申し訳ないが、使わせてもらおう。
……刀とか使ったことないんだけど。
「噂通り、気味が悪いね。先代の刀。」
銀ノ瀬さんがボソッと呟いた。
とりあえず、足の部分に向かって刀を振り下ろす。こんな岩斬れるわけないと思うけど。
シュッと、岩と刀が当たった音とは思えない音が鳴る。
斬れた……?
岩混はバランスを崩して逆の膝をついた。
さっきとはうって変わって、すぐには再生しない。しかし、近くの岩を持ち上げて足にくっつけてしまった。焦げ茶色の靄が、くっつけた部分からシューと音を立てて漏れ出る。
「レイちゃん、頭カチ割っちゃって!」
響さんが飛び上がり、強烈な一撃を叩き込む。岩混がまた仰向けに倒れる。
顔面に刀を振り下ろす。
今度は、斬れた感覚があった。途端に、岩混の全身から紫色の煙が噴き出した。
グォォォァ!!!!!
すさまじいうめき声が響き渡る。
岩の拳が迫ってきた。……さっきと比にならないくらい速い。
ぶつかる……!
「間一髪だぜ!」
新島さんが跳んできて、僕を抱えて、そのまま岩混の体を軽々登っていく。
「真っ二つにしちまえ!レイ!」
無我夢中で刀を脳天から叩きつける。一振りで、スルスルと地面へ向かって割れていく。
不格好に着地した。
割れた巨体の裂けめから、月が顔を出している。
ゴロゴロと、地面が揺れる音がする。……まだ生きてるのかよ!
岩混は辺りの岩だの石だのを吸い寄せるようにして、体を成形していくが、もうまとまりも無くなってきている。
ビュンと風切り音が耳元で聞こえた。
……さっきの狂人の赤黒い触手が飛んできた。
「遅、くなriま”したァ。」
「愛由か。もう操れるのか、その亡骸。」
「まダちョっ、と力が残っデるみtAいデス、ね。」
声は違うが、豊田さんが操っているのだろう。
無数の触手が岩混を貫く。豊田さんが操る狂人からも、シューと煙が上がる。だんだんと狂人の体を覆っていた物体も剝がれて行った。
じきに、吸い寄せられていた石たちの動きが止まった。
岩混は動かなくなり、狂人もパタリと倒れた。
「……疲れました。」
豊田さんの意識が戻ってきた。
2つの亡骸から、立ち込めていた煙も出なくなった。
そこにあったのは、もう狂人ではない、普通の人間の死体だった。優しそうな青年と、女性の死体だった。
そうか、元は人間だったんだもんな……
胸の奥がキュッと閉まる。
「……遺体が残ってるのがせめてもの救いだ。狂人になって時間がたってないからだろうな。」
銀ノ瀬さんがそう言ってタバコを吹かす。
「レイちゃんが俯く気持ちも分かるよ。私も最初はそうだった。」
胴体から下が無い、青年の死体を前に、呆然と立つ。
「しかたないさ。放っておけば、この何百倍もの人間が死ぬ。汚れ仕事も仕事の一つさ。誰かがやらなきゃいけないんだ。」
響さんが背中をさすってくれる。
「処理班は要請してる。帰るぞ。」
「……はい。」
力なく歩き出す。あぁ、もう違う世界に来てしまったんだな。
刀身を見つめながら思う。
そこには、べっとりと血がついていた。斬れた感触があった後についたのだろう。
でも、なぜか不思議と、血がついていたほうが、刀が輝いて見えた。
爽さんが横を歩きながら言う。
「僕も、流石になったばっかりの狂人を撃つのは応えるよ。」
「そうですね、かなり……。」
「でもレイ君は強いね。みんな初めて狂人を倒したとき、罪悪感で吐いちゃったり、泣いちゃったりするものだよ。」
爽さんは、優しく微笑みかけてくれた。
「まぁまぁ、辛気臭ぇことは忘れて、飲もうぜ。」
いつのまにか新島さんも隣に来ていた.
「もぉ~ワタクシ疲れました。班長運転変わってくださいよ。」
「一応本部に報告するからパスで。」
「じゃぁ、俺やろうか?」
「拳二さん、ありがとうです。」
バスに乗り、夜風に揺られる。
罪悪感……か。刀を拭きながら、思う。やはりこの刀は、血がついていたほうが綺麗だと感じてしまう。形容しがたい感情のモヤモヤが、胸に詰まって、息苦しい。
この感情は何処から湧いてくるのだろう。血の染みた布巾を見つめる。
「さぁ、今夜は飲むぞ~。」
響さんが拳を突き上げた。
「まけねぇっすよ?姉貴~。」
「ヒバリちゃんも来るよね~。」
「え?あ、いや……。まぁ、いいですよ。」
「班長も来るよね~?」
「あぁ、酒は飲まんがな。」
「やったー!班長の驕りだって~!」
「オイ、俺はそんなこと……」
「さぁ、レイちゃんの歓迎会だ~!」
響さんが頭をワシャワシャしてくる。あんまり、気分は上がらないな……。
ふと、月を眺める。すぐに山の奥に消えてしまった。