第10話「狂威咲」
地下へ続く道は階段になっていて、薄暗い。足音が反響するくらい静かな通路で、お洒落な反面ちょっと心細くなりそうだ。
「着いたぞ。俺はちょっとボスと話してくる。」
openと書かれた小さな看板がかかった木の扉がある。銀ノ瀬さんはそそくさと帰ってしまった。
コンコンコンと軽快にノックする。
「お…お邪魔します…?」
「邪魔すんねやったら帰って―。」
扉の奥から若い女性の声が聞こえた。……入っていいってことかな。
「ボスから話聞いてんで。店長まだ帰って来うへんからちょいと待っといてや。」
茶髪でショートカットの女性がカウンターに座って肘をついている。
「うちは火蓋茜いうねん。覚えてってや。」
とりあえずカウンターの丸椅子に腰かける。カウンターの奥の壁にでっかい銃とか刀とかがびっしりと掛けられている。
「ええやろ。ここ。もともとバーやったところを改造して武器屋にしてもうてん。洒落乙やんなぁ。」
「ですね……。」
「自分レイ君いうんやっけ。今店長とっておきを用意してはるから、楽しみにしときや。」
「とっておき?」
「まぁまぁ、楽しみはとっときや。それにしても自分相当ボスから気に入られてはるんやなぁ。まさかアレを持ってくる羽目になるなんて店長もびっくりやろ。レイ君見かけによらず凄いんやなぁ。」
アレって何なんだろう。気になるなぁ。
「お、もう来てたのかい。」
笠帽子で顔を隠した男が大きな古い箱のようなものを持ってきた。
「あれが話してたとっておきやで。」
一体何が入っているんだろうか。
「いやー久々だったよ。あの部屋入ったの。触れるのも憚られる代物ばっかりだけどこれは最たる例だねぇ。」
透き通った爽やかな声だ。顔は見えないけど多分イケメンだろう。
「店長はよしてぇや。まさか拝めるなんて夢にもおもっとらんやったで。」
カウンターから身を乗り出している火蓋さんは少年のように目を輝かせていた。
「まぁまぁ、茜ちゃん落ち着いて。間違っても僕らが生身で触れたりしたらとんでもないことになるからね。特別分厚い手袋と防護服を持ってくるさ。茜ちゃんも着替えてきな。」
「言われんでも準備万端やでぇ~。」
そういうと火蓋さんは徐にゴツいマスクを取り出した。
「レイ君は大丈夫なんやっけ?」
「うん。桜咲さんと同じ特殊体質らしいね。はぁ~全く。重装備とはいえ、流石に怖いね……。」
防護服を着た店長は大きく伸びをして地面に置かれた長方形の古い箱の前にしゃがんだ。
明らかに箱の中から禍々しような神々しいような只ならぬオーラを感じる。箱にはたくさんのお札だの鎖だのがびっしりと張り付いている。
店長が大きく深呼吸した。
「……開けるよ。」
しばらくの間三人でそれを前にして立ちすくんでしまった。
……中に入っていたものは、赤紫色の刃をもつ刀だった。
「先々代が残したとんでもない妖刀だよこりゃぁ。流石にここまで着込めば大丈夫なんだろうけど、どこかに穴が空いてたらお陀仏だね。」
今度はため息を吐いた。
「開けちゃってもケロッとしてるのを見ると本当にレイ君は桜咲さんと一緒なんだね。普通の人だったらもう耐えられないだろうから。君の分のマスクもあるんだけど、いらなかったね。」
「そうみたいですね……。」
「全くこんな物を少年に託すなんてどうかしちゃってるよ桜咲さん……。」
「これがホンマもんの狂威咲かぁ。実際見てみるといかついわぁ。」
火蓋さんだけ刀の周りを興味津々に観察している。
「良くそんなに元気でいられるね……僕は心臓バックバクだよ。茜ちゃんみたいに力持ってるわけじゃないからね。一般人だよ一般人。」
「でも店長私より強いやんか。ハンデやハンデ。うちが能力使うても平気な顔していなしてくるくせに何が一般人やねん。」
「まぁまぁ、茜ちゃんは太刀筋が真っすぐだからね。そこがいい所でもあるんだけどさ。」
「いつかは一本取ったるから首洗って待っときや。」
「まぁ、そんなことは後でいい。まずは狂威咲だね。」
店長が恐る恐る刀の柄を持って、天井の電灯に向かって掲げた。
「全く、先々代も無茶するんだから。異光石を削って刀にするなんて頭のネジ何本か外れてるよ。そんなんだから、竹葉の藤原は妖刀しか作れないなんて言われるんだよ。迷惑な話だよほんとに。」
「ええやん。店長の打つ刀うちは好きやで。誰よりも魂がこもってるもん。」
「こんな馬鹿げた刀を打つような輩のいる一族に生まれたくはなかったんだけどなぁ。はは。」
少しの間静寂が走る。
「……ごめんね、レイ君、ちょっと昔のコト思い出してて。これは僕のおじいちゃんが先代の桜咲さんのために作った刀。狂威咲さ。見た通り、異光石で作られてる。それも飛び切り純度が高いやつ。」
店長はコト、と刀を置いた。
「ずっと木の箱に入れてたから、石から漏れ出たヤバい空気が溜まっててこんな大掛かりな開封してるけど、常にこんな危険なわけじゃないから安心してね。鞘にしまっとけば害はないから。普通の人を斬る分には特に代わり映えはないんだけどね、狂者だったり、石の力を持ってる人間に対してだと話が変わってくるんだ。狂者だったら、たぶん豆腐みたいにスパスパ切れるよ。異光石は他の場所の異光石に対して拒否反応を起こすから、それを取り込んだ狂者なんてこの刀にとってはカモだね。後者は浸食率が上がってしまって、最悪狂っちゃうこともあるから、間違っても味方の能力者斬らないでね。」
成程。そんな刀なのか。とはいっても狂者も石の力を持ってる人間もまだいまいち分からないんですけど。
「まぁでも一般人が長時間持ってたら狂っちゃうから、君みたいな特殊体質の人じゃないと使えないんだろうけど。桜咲さんが自分で使えばいいと思うけど、先代の刀だし、あんまり気分が良くないんだろうね。その刀で殺されかけてるし。だとしてもレイ君みたいな未来ある少年にこんな劇物もたせるのには賛成できかねるかな。こんな先々代負の遺産ここで叩き割ってやりたいくらいなんだけどなぁ。藤原の刀大っ嫌いだし。」
「うちは藤原の刀おもろくて好きやけど、店長の刀の方がやっぱすっきゃねんな。」
「ありがと、茜ちゃん。……さて。そういうわけで、その刀めっちゃ危険だから、対狂者以外で使わないでね。なるべく狂者相手でも使ってほしくないけど。何せ異光石なんていう未知すぎる素材でできてるから。いいね?」
店長、目は見えないけど、圧がすごいです……。
「あとは、普段は絶対鞘から出さないように。もし刀身が傷ついたりしたら持ってきて。一応研いであげれないこともないよ。家から飛び出た時に先々代の記録を盗ってきたからね。今から別室で研いでくるからカウンターで茜ちゃんとでも喋って待っててよ。なかなか骨が折れる作業になりそうだから。」
そういうと店長は刀と鞘をもって奥へ行ってしまった。
「やっぱ店長優しいんやなぁ。うちやったらあんなにおもろい刀やさかいガンガン使ってや。っていってまうわ。それにしてもレイ君羨ましいわぁ、あんな刀幹部でも持ってへんで。どんな事情があるんや?」
「いやぁ、それが何が何だか自分でもわかってなくて……。なんせ桜花組に入ったのが昨日なもんで。」
「てことは前の募集で入りはったんか?本部でも歓迎会みたいなんやっとったで。」
「まぁ、そんなところです。」
実際は誘拐、監禁まがいのことされて強制的に入れられただけなんだけどね……。
「ボス、お仲間見つけて相当嬉しかったんやろなぁ。そもそもで、異光石を全く受け付けない体質なんてボスだけやと思てたんやけど……レイ君ってもしかしてボスの隠し子?」
「違いますよ……多分。」
「多分?」
「物心ついたときには両親なんていなかったもんで……。」
「……」
「……」
「…………ごめんな、飴ちゃんあげるから許してや。オレンジジュースもあるで……。」
「頂きます……。」
いまだかつてないくらい味がしない。僕があのひとの隠し子……は流石にないか。だとしたら相当なお母さん似だろう。骨格から違うし、だとしたらもっと身長伸びてもいいよな。
「できたよ~。」
汗で髪を湿らせた店長がピカピカに光った狂威咲を持ってきた。
「ご武運を。」
そういうと店長は刀を鞘にしまって僕に使って差し出した。
「ありがとうございます。」
「おおきに~」
扉の奥から火蓋さんの声が聞こえた。