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姫に振られたら竜と仲良くなりました

作者: 星見守灯也
掲載日:2023/12/22

 とある王国、とある時代の話。王がひとつの布告を出した。


「竜を倒したものに姫を嫁がせる」


 最近、鉱山に竜が出たもので、鉱夫が怖がって逃げ、採掘が進まない。元手になる資源がなければ交易もストップしてしまう。これは鉱山だけでなく、この国の一大事! そういうわけで、王は竜討伐の募集をかけた。


 報酬はフォンテーネ姫との結婚! この布告に国中がざわめいた。姫は若く美しく優しいかただったから。


「え、本当に?」


 エルツは布告を聞き、しばらく頭が働かなかった。公示人にこづかれて、ようやく後ろの人の邪魔になっていたことに気づく。鉱夫のエルツは今年で二十三、そろそろ結婚を考える年の男である。もちろん独り身。


「姫さまと結婚……」


 十五から山にこもって仕事をしてきたエルツにとって、夢のような話だった。


「そうかあ……」


 エルツも鉱夫として竜をなんとかしたいと思っていた。実際、鉱山で同僚が竜と出くわして逃げてきたのも見ている。竜は恐ろしい声で吠え、その声が坑道に響き、まるで悪魔の呼び声のようで肝が冷えたと言っていた。


 事故ならともかく、竜に食われて死にたくはない。鉱夫としても収入がなくなるのは困るので、それでもと働く者も多かったのだが、こないだ採掘をはじめたばかりのところで竜のうなり声が聞こえた。そこにいた鉱夫たちはみんな縮み上がって戻ってきた。


 逃げたときに怪我をしたものもいて、これはさすがに我慢できなかった。なんとかしてくれと鉱山管理者に詰め寄ったが、彼だって竜をなんとかする手段は持っていない。


 坑道に入りたがらない鉱夫が増え、トロッコも止まり、管理者は頭を抱えて地方長官に泣きついた。地方としても重要な産業が止まるのは避けたく、かと言って鉱夫に行けとも言えない状況だ。こうなると鉱山街は仕事にならない。鉱夫や選別人だけでなく、そこで働く食堂や酒場、床屋、用品店だって、丸ごと困ってしまったのだった。


 羽振りがよかった街はいまやひっそりとしている。家族とともによそに移る鉱夫もいれば、節約しようと家にこもって内職をはじめた者もいる。ともかく、活気が消えた街を見ていると、エルツはなんとかしたいという気持ちになった。それは、なんとかしないと仕事がなくなるという危機感でもあった。鉱夫以外の仕事をできる気がしなかった。


 それに……エルツは体も丈夫で力も強いほうだ。竜を倒して、もしかしたら、なんて考えたりもする。


「姫さまかあ……」


 以前、鉱山に慰問に来たことがある。歓迎したエルツたちの手をとって……そう、傷や汚れの多い、このゴツい手をとって、「ありがとうございます、すてきな手ですね」と言ってくれたのだ。それ以来、この姫のことを好ましく思っていた。


 あのおきれいなフォンテーネ姫と俺が結婚。王には後継の王子がいるから、うちに連れてきたっていいだろう。鉱山から帰ってきたら、毎日「おかえりなさい」って迎えてくれて……。そんな日々が、もし叶うとすれば。


「行くか、竜退治」


 城に集まってきた腕自慢の男たち(と数人の女性)は、まず木剣で力比べをさせられた。こんなもの、ハンマーの重さに比べればたいしたことはないと、エルツは挑んできたやつらの腕をひょいひょいとひねり、放り投げた。


「勝者、エルツ!」


「次は誰だ!」


 やってきたのはエルツより三つばかり下の男だった。エルツより細いが、しっかりとした体格だ。彼は剣を腰に直し、深く礼をしてみせた。エルツも急いで剣先をおろし、礼を返す。


「どうも、おれ、ヴァイツです。よろしくお願いします」


「あ、これはどうもご丁寧に。俺はエルツです」


 むむ。いいやつだな、こいつ。顔も悪くない。姫もこんなイケメンと結婚したほうが……いや、だめだ。俺だって姫さんと結婚したいんだい! 相手が誰だろうと、手加減はなしだ。


「いきます!」


「お、やるなあ……」


 手加減はなしだと言ったが、この男、なかなかやる。攻撃が的確で、ひとつひとつにちゃんと腰が入ってる。先ほどまで相手していたような、そこらの暴れ者とは雲泥の差があった。重いハンマーに慣れたエルツのほうが、軽い剣を扱いかねる場面もあり、勝負はなかなかつかなかった。


「強い!」


 ヴァイツが剣の腹で受け、ぎっと歯を食いしばる。エルツも剣を逃がし、脇を締めなおして横から殴りにいく。


「いくぞ!」


 渾身の振り下ろしを避けられ、逆に膝裏に蹴りがきた。エルツはたまらず体勢を崩す。そこに追撃がくる。くそ……俺の姫さまへの思いはこんなもんじゃ……! とっさに立ち直って、払いをさばいた。早い! だめだ、それ以上続かねえ。


「くっ……!」


「そこまで。ヴァイツ、エルツ、選抜突破だ。こちらへ」


 そこでの説明によると、技量十分の四人が選ばれて討伐に行くらしい。ヴァイツに押されたのは悔しいが、俺にもチャンスがあるということだ。よし、竜を倒して姫さまと結婚するぞ。


 玉座の間は、しんと静まり返って、エルツはいるだけでそわそわした。王の声だけが広い空間に響く。俺、こういう場、苦手なんだけどな。チラッと隣を見ると、ヴァイツは厳粛な面持ちでまっすぐ立っていた。そうだ、姫と結婚するのなら、このくらいできなくてどうする。エルツは腹に力をいれて、王の話を聞いた。


 王から直接命じられて討伐に行くという形をとったあとのこと。


「……道がわからない!」


 エルツはトイレに寄ったところ、城の中で迷ってしまった。坑道だと迷わないのになんでだろうなあ。城は鉱山くらい広く、しかも各代の王が増築を繰り返していると聞いた。大理石の白い壁が続き、あちこちに別れ、まるで迷路。城門前に集合しなければならないのに、今どこにいるのかもわからない。


「ん?」


 人の目から隠された、中庭らしき場所に出た。見覚えのある影。あれは……ヴァイツじゃないか? あいつも迷ったのか。エルツがその後ろ姿に声をかけようとしたとき、会話が聞こえてきた。誰かいる! 思わず植えこみに身を隠す。


「こんなことしなくても、おれは竜を倒してきます」


「私は、あなたに無事でいて欲しいのです。受け取ってください、竜殺しの剣を」


 この声は……フォンテーネ姫じゃないか! なんでヴァイツと……。


「昔の王が作った、竜の牙で鍛えた剣だといいます。あなたの助けになってくれるはずです」


 対するヴァイツは、なにかを、たぶん剣を受け取ったようだ。


「身分がつり合わないと反対されそうで、父には言えずにいます。けれど、竜を倒せば十分な実績になります」


「大丈夫です。おれは――竜を倒して、あなたのもとに戻ります」


 ヴァイツの声は、泣きそうなほどに切実だった。それに応える姫の声もまた。


「私はあなたと結婚したいのです。どうか、どうか……!」


 エルツはそっとその場を離れた。とぼとぼと白い廊下を引き返す。なんだよ……こんなの出来レースじゃないか……。


 エルツは道を聞きながら、なんとか城門にたどり着いた。よかった、まだ時間には余裕がある。少し経ってヴァイツも戻ってきた。ヴァイツの腰にはさっきまでなかった剣がある。つい、ちらちら見てしまう。気まずいのは、エルツだけだ。


「どうしました、エルツさん」


 ヴァイツは心配そうに聞いた。これじゃあ、俺ばかりが不審人物じゃないか。慌てて大きく手を振ってごまかす。


「ん、ええと……緊張しますね! そういえば、どうしたんです? その剣。先ほどは持ってなかったようですが」


 おい、俺! もっとましな聞きかたはないのか!


「ええと……大事な、お守りです」


 言いにくそうにヴァイツは答えた。


「……竜に効くかはわかりませんが」


 そうかあ……。お守りかあ。この言いかたからして、姫からもらった剣を使うのは不本意なのだろうと思う。


「出発だぞ!」


 やってきた兵士が叫んだ。エルツはそれ以上、ヴァイツに何も聞けなかった。


 がたごとと荷馬車が揺れる。鉱山までの長い道のり、居心地悪そうにヴァイツが話しかけてきた。


「ええと、エルツさんは強かったですね。なんのお仕事を」


「鉱夫をやっていますが、竜のせいで仕事にならないんです。ヴァイツさんは?」


「ただの農民ですよ。毎日、(くわ)を振って……」


 まじめな仕事ぶりが手にとるようにわかる。自然に鍛えられるほど、体を使ってきたのだから。それどころか、身のこなしも的確で鋭く、相手の隙に飛び込む度胸もある。例えば、戦士になったとしても、存分に活躍することだろう。


「姫様がご病気をされたとき、おれの田舎が療養先になったんです。そこで知りあって……ご自身もつらいだろうに、まわりのことを気づかう姿を見て――いいかただなって思いました」


「……そうだな。俺が会ったときも、優しいかただった」


 ヴァイツにも、姫を好きになるきっかけがあったようだ。そうだよな、姫に惚れたのは、俺だけじゃない。それだけ、素晴らしいかたなのだ。でも、その姫自身はこのヴァイツを好いているようだ。そう思うと、胸が重くなる。


「……もし、もしですよ。おれなんかが竜を倒したとして、本当に……」


 言葉に詰まったヴァイツは、首を横に振った。


「いえ、実績があれば王様は認めるでしょう。賢明な王様です、いまさら、なかったことにはしないと思います」


 そうだなと思いながら、エルツはうなずいた。王は約束を違えることはしないだろう。でも、姫はそれでいいのか? エルツは声を落とし、前から恐れていたことを聞いた。


「……もし、姫さまが嫌なやつと結婚することになったら、どうする?」


「それは……」


 ヴァイツは言い淀んで、力いっぱい昼食の硬いパンを割る。


「あまり考えたくないですね。……どうぞ」


 丸一日後、例の鉱山についた。鉱山の入り口で馬車からおり、四人は進むことにした。すぐそこに大きな岩山がある。風に木々が揺れ、うめくような音が鳴り、これからの不安をかりたてる。しかし、さすがは選ばれた人たちだ。恐怖を腹の底に押し込め、入り口の前に立った。


 みんなで協力して倒せばいいのにとも思うが、姫さまが重婚するわけにも行くまい。当然、エルツも譲る気はなかった。もちろんヴァイツも。わざわざ足を引っ張る気はないが、協力もしていられないのだ。


「エルツさんは、ここの鉱夫ですよね。どこに竜が出るか知ってるんですか?」


「ん? この前、鳴き声が聞こえたのは、南の第二号坑道で……」


 エルツが言うなり、二人がそっちに走っていってしまった。ここに残ったのはエルツとヴァイツだけ。


「その前は西だったし、山全体を見回っている感じがするんだけどなあ……」


 坑道図を見ていたヴァイツは、多くの坑道とつながっている入り口を指した。


「エルツさん、おれはこっちから行きますよ。あなたは?」


「うーん、俺は……まあ、向こうから行ってみるかな」


 同じところを行ってもしかたない。こればかりは運もある。エルツはいつも使っている坑道を選ぶことにした。地の利があれば、見つけやすいし、万が一があっても逃げられるだろう。ヴァイツはなにを考えているのだろうか……?


「ねえ、エルツさん」


「うん?」


「竜が倒せて、姫様が幸せなら、おれじゃなくてもいいって思うんです」


「……そうか。そうだな」


 こいつはいいやつだ。姫と結婚させてやりたい。姫だって、こいつと結婚したいんだろう。でも、エルツだって姫と一緒になりたい。


「あ、でも、もちろん、竜に出会ったら倒しますよ。ちゃんと」


「ああ。俺もそうするよ」


 エルツにとっては慣れた坑道だが、鉱物をとるためではないというのはおかしな感覚だ。濡れた岩盤がツルツル滑るのを踏み締め、下へとおりていく。竜の気配に全身で耳を澄ませる。……奥で鳴き声がしたとかどうとか。岩盤に反響してそれはそれは恐ろしい音だったとか。


 カンテラが坑道を照らす。採掘されていない坑道は灯りが落とされていて真っ暗だ。自分の影だけがついてきている。どこまで行っても何も出てきそうにない。この道はハズレだったか?


「おーい、竜、いるかー?」


 思わず大声で呼んでしまった。すると……。坑道の奥に、キラッと光るものが動いた。あれは……! エルツはカンテラの火を背に隠し、しゃがんだ。竜か? だとしたらまだこちらに気づいていない。このまま近づいて……。


 エルツは腰の剣に手を伸ばした。こんな剣、役に立つのか? 竜は硬い鱗に覆われている。しかし酒が好きで、喉には逆鱗があると言われている。ここは竜の弱点であり、剣で突けば一撃で死んでしまうのだ。もちろん、一撃で倒せなかった場合、竜の怒りに触れ、命はないそうだが。


 ズシン、と地面が揺れた。なにかが近づいてくる……! エルツは身をかがめ、それをまった。それは、エルツを見つけて叫んだ。


「やあ! 人間さん、どうしたんですか?」


 その声は、わああん……わああん……と反響した。耳が痛い! 坑道で叫ぶな、バカ! ……え?


 暗闇でもピカピカ光る赤い鱗。鼻や、鱗の隙間から噴き上がる熱い蒸気。金の目は大きく、これを掘り出したとすれば一生遊んで暮らせるだろう。カパッと開いた大きな口には、水晶のような牙が並んでいる。


「竜……いや、ええと……」


「エッセンといいます、どうも。で、どうしたんです、そんな怖い顔して」


 エルツは言葉が出てこなかった。あ、これだめだ、死ぬかも。体が凍ったように動かないエルツを見て、竜は首を傾げ、爪先でつんつんとつっついた。その爪は、ちょっと引っ掻いただけでミンチになりそうなほど鋭かった。


「ぎゃあああああああ!」


「あー、人間さんは私に驚いたんですか。それで倒しにきたんですね」


 坑道に丸まった竜の隙間に収まり、エルツは話を聞いていた。死ぬほど驚いたが、どうやら話の通じる竜らしい。爪だって先端を当てなかったから、怪我ひとつしなかったし。


「挨拶だったんですけどね。ほら、ばったり会うと、人はびっくりしちゃうでしょ?」


「そうだったんだな……。いや、エッセン、おまえは声だけでも怖いから」


 どうも人間側の勘違いだったらしい。とって食う気はないようだ。


「それでおまえを討伐すれば、姫さんと結婚できることになっててな」


「ふーん、ほうびに使われるなんてかわいそうですねえ。自分で相手さえ選べないなんて」


「……そうかもなあ。姫さまはさあ、ほんとにきれいで優しい人だからなあ」


「ほうほう。それで?」


 エッセンはふんふんと鼻を鳴らして聞いた。熱い鼻息でエルツは吹き飛ばされそうになる。おまえ、討伐されそうになってるのに気楽なやつだな。


「視察に来たとき、汚れた俺の手をとって『すごい仕事ですね』って言ってくれたんだ……」


「優しい姫さんなんでしょう? たぶん、誰にでも言ったと思いますよ」


「そうだろうけど! いや、でも、姫さまが好きなのは俺じゃねえもんなあ……」


「へえ? 恋ですか。それは誰です?」


 興味津々とばかりに首を突っ込んでくる。なんだか気が抜けるなあ……。


「姫さまは……ある男が好きなんだろうなあって。竜殺しの剣を渡してたんだ」


「ふむ? 竜殺し?」


「竜の牙で鍛えたとかいう……ほんとかなって思うけど」


 エッセンはふーんと考えたあと、気楽に言った。


「それ、私の牙かもしれませんね」


「なんて?」


「昔、虫歯で抜けた歯を人にあげたことがあるんです。そうかあ、竜殺しかあ、どんな伝わりかたしたんだろ」


「あれ、竜殺しじゃないの?」


 なんだか聞いていた話と違うぞ。


「まあ、殺せることには違いないですけど、急所を刺されれば、普通の剣でも死にますって」


 あっけらかんと言ったエッセン。そりゃあ、逆鱗を刺せば死ぬとは聞いてたけど! もっとこう、すごい不思議パワーでやっつけるとか、そういうものと思ったのに! どうやら普通の剣とたいして変わらないらしい。


「でも人間は大事にとっておいたんですねえ。ちょっと嬉しいかも」


 ご機嫌なエッセンとは反対に、ぼんやりと期待していたエルツががっくりと肩を落とす。竜はそんなことは知らないとばかりに、話題を変えた。


「しかし、エルツはずるいと思わないんですか。ひとりだけひいきとは」


「姫さまだって好きな人と結婚したいだろうしな。でも、農民だから、王……親父さんには言い出せなかったんだろうさ」


「あー、そういうあれですか。人間には身分がありますからね」


 わかったようにエッセンがうなずく。


「ああ。でも、あいつはいいやつだからなあ……」


「そうなんですか?」


 エルツは道中を思い出した。強いけれど丁寧で、優しい男だと思った。


「城からここまで来るとき、いろいろしゃべったんだけどさあ……あいつ、いつもパンを俺たちのほうに多く分けてくれるんだよな」


「そりゃあ、いいやつですね!」


「だろ? んで、竜殺しの剣は……使うつもりないんだと思う。自分の力だけで結婚したいんだ」


 姫が好きになるのも納得の好青年だと、エルツはため息をついた。俺だって自信がなかったわけじゃない。でも、彼なら姫と結婚するにふさわしいと思えた。


「……エルツは私を倒さず、ここでぐだってていいんですか?」


「まあ、エッセンは危険というわけでもないし……」


 確かに「挨拶する」と怖いけれど、人に危害を加えるわけではない。人間が勝手に怖がっていただけだ。


「エッセンはどうする? ここから逃げるか?」


「……エルツは困らないんですか?」


「ん?」


「姫さんと結婚したくないんですか?」


 エルツは彼と打ち合った木刀の重さを思い出した。竜殺しの剣を受け取ったときの思い詰めた声も、馬車の中で分け合ったパンの硬さも、「姫が幸せであればいい」と笑った顔も。――そうだ、姫が幸せなのが、一番いいじゃないか。そして、そのためにこの竜が痛い目見るのも違うと思う。


「竜を倒せば英雄になれる。でも、俺は嫌だ」


 エッセンを倒さなくてもなんとかなりそうな気がする。問題はどうやって他の人にそれを伝えるかだが……。


「竜だ!」


「竜が出たぞ!」


 のっしのっしとエッセンが近づいていくと、討伐にきた男たちは、ようやく気づいたようで騒ぎだした。どうやら坑道がつながっているところで、他のやつと合流していたらしい。慌てふためき逃げ出す中、ひとりで竜に立ち向かう男がいた。


 逃げるやつらをかばうように、剣を構え、まっすぐに立ち、竜を威圧する。それは殺気といっていい。竜を前に臆しない、ヴァイツは本当に強い男なのだ。姫を守るだけの力があることは十分にわかる。竜を倒すだけの力があることも。


「姫さんが惚れるのもわかりますねえ」


「だろー?」


 ヴァイツは竜に剣を向けているが、攻撃はしない。じっと様子を伺っている。そりゃそうだ。エルツがエッセンの手に乗っている。人質だと思っているのだろう。ここでもろとも切るようでは姫は渡せない(エルツにそんな権限はないが)。


「こんにちは! わたしはエッセンです」


「竜がしゃべ……!」


 ヴァイツは剣を取り落とすところだった。そうだよな、信じられないよな。


「おお、あなたはあんまり驚かないんですね」


「ヴァイツ。ちょっと話を聞いてくれるか?」


 ヴァイツは剣から手を離さず、竜の手の上にいるエルツを見た。


「……おれは竜を倒しにきたわけだが」


「人間だって鉱物資源が必要でしょう? わたしは鉱物が好物でして……あ、ここ笑うところです」


 ヴァイツは笑わない。そのかわり、きょとんとした表情になる。


「鉱物を食べて魔力を取り入れて、残りを精錬して外に出す。その……うんこです。人間が掘ってる鉱脈はわたしのうんこなんですね!」


「うんこ……」


 ヴァイツは目を丸くして、それから考えこんだ。竜が鉱物の純度を高めていたのか。それが時間をかけて鉱脈となり、人間が掘り出し、国を潤していたらしい。


「そうか、人間のうんことは違うが、そうなのか……」


「そういうことなんで、倒したら困ると思うんだ」


 エルツが言い添えると、ヴァイツはますます悩んでしまう。竜を倒すためにここに来たというのに、竜は国の資源を作っている存在だという。


「じゃあ、あの恐ろしい声というのは……」


「挨拶です。たまに人間に鉢合わせしてしまうことがあって、みんな驚いてしまうんで」


「そ、そうか」


 毒気を抜かれたように、ヴァイツは剣をおろした。エルツは、彼はもう戦う気はないのだとわかった。


「だから、そういうことを王様に報告できないかな」


「うん。そうだな」


 いや、納得が早い。よかった、頭もいい男だ。


「だって、人を襲ったわけじゃないんだろう?」


「そうですね」


「王には危険性はないと報告します。お騒がせしてすみません」


 ヴァイツは礼儀正しく頭を下げてみせた。焦ったのはエッセンのほうだった。


「で、でも、姫さんとケッコンできなくなるんじゃないんですか?」


「倒して欲しいのか、欲しくないのかどっちだよ、エッセン」


「倒して欲しくはないですね」


 エッセンが言うと、ヴァイツは困ったように顔を歪めた。


「なら、いいです。姫さまは……うん、それは……」


 おまえはそれでいいのか。そんな簡単に諦められるほどの思いだったのか。エルツは腹がかあっと熱くなるのを感じた。


「諦めんなよ!」


「うおっ!」


 エルツは思わず叫んだ。


「姫さんのこと好きなんだろう? 諦めてんなよ!」


「う、うん……いや、でも、エルツさんだって」


 諦める悔しさはエルツにもある。本当に、苦しい。俺だって、姫の柔らかい手を握りたかった。それでもエルツは、一番いい決着の方法を知っている。


「バカやろう! 『自分が幸せにする』くらい言え! 俺だって姫さまに幸せになって欲しいんだよおおおおお……!」


 坑道に、エルツの泣き声が響き渡った。


「ほう、竜は特に害がないと……被害は多くが竜におびえて逃げたときのものか」


 ヴァイツが代表して報告すると、王はふむとうなずいた。


「そうです。竜は山々を巡り、鉱石や宝石を精錬して排出しています。竜のおかげでこの国は潤っているのです」


 そう言いながら、石の欠片を見せた。竜は鉱物を食べ、体内で純度が高くなった鉱石を出す。これが積み重なることで、長い年月をかけて鉱脈となる。王はふむとヒゲをなでた。石を見ながら、若者の言うことはもっともだとうなずく。


「さらに、王家に伝わる『竜殺しの剣』に使われた牙も、この竜のものだそうです。つまり、王家に縁のある竜であるということになります」


「ふむ……」


「とはいえ、竜のそばでは人も落ち着かないでしょう。竜も同じことです。鉱山と竜の間に仲介者を置くのがいいと思います」


「なるほど」


「それで、竜とも話したことがあり、鉱山にも顔がきく、ちょうどよい人材に心当たりがあるのですが」


 こうして……竜は山を歩くとき、首に大きな鈴をつけることになった。竜の鈴が鳴れば人は採掘を止め、休憩に入る。エルツは竜との折衝役として山の近くに暮らしはじめた。優しい気質の竜ではあるが、人とばったり出会ってしまわないように。


 これ以来、この山で、竜の声に人が驚き、慌てふためくことはなくなった。竜はたまにエルツを訪ね、酒を飲むそうだ。


 そして、姫はというと。


「この剣、お返しします。竜を倒したわけではないので、結婚の話はなしになりました」


 さっとフォンテーネ姫の顔が曇った。ヴァイツはそれを引き止めるように、急いで言葉を続ける。


「でも、おれは一介の農民ですが、立派な男だと示せたと思います。だから、一生をかけて、姫をお守りしたい」


 姫は息を飲む。震える姫の手をとり、ヴァイツは力強く握った。姫からも期待するように握り返す。


「王様には……すぎた願いですが、自分から申し上げます。ですので竜とは関係なく……失礼ながら、俺と……その……」


 ヴァイツが絞り出すように言うと、姫の頬に真珠のような涙がこぼれた。せつなげな声で答える。


「大切な人がいると、父に言えなかった私が臆病だったのです。どうか、私とともに、父を説得してください……!」


「それでは、俺と……付き合ってもらえますか?」


 返事は当然OKだった。


 それからしばらくして、姫の婚約が発表された。国は喜びにわく。


「チックショー、ふられたぜ!」


「コクッてもいないクセにぃー!」


 鉱山から少し離れたエルツの家は、エッセンがはいれるように大きく建てかえたばかりだ。このでかい竜はもとの家の入り口につっかえ、破壊してしまった。そういうわけで、竜と人間の窓口として、新たに家を建てたのだった。


 エルツは奥から酒樽を持ってきた。このめでたい日のための、とっておきのビールだ。ジョッキをあわせて姫の婚約を祝う。


「二人とも、お幸せにな!」


「飲みましょ、飲みましょ。人間さんの酒は美味しいので」



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