白猫は愛人?!になりかける
ざわっ
夢中で皮むきをして、グラタンにも転用できるようにとクリームシチューをつくることしたマシューに合わせて野菜を切り分ける。
この世界ではさすがにコンソメのもととかはないので、野菜の切れ端で出汁をとっておく。
この一手間で美味しさは変わる。一回味わったマシューが野菜クズを捨てなくなったのがその証拠だ。
ざわざわっ
なんだかいつもと様子が違うな?
と気がついたのは、まさに作業が一段落して、そろそろ今日は帰ろうかと思った時。
(まだ昼過ぎだし、寝てるお姉さんもいるはずだけど、お客様かな?)
耳をぴんとたてて音を拾う。獣人、便利。
「猫の女の子?源氏名は?」
「…」
「え?ホントに猫耳?そんな子はうちには…」
「ちらっと見かけた?」
「あ、お客様!?」
…ちょっと聞き捨てならないフレーズだ。
(探されている?)
店の娼婦のお姉さんたちに、猫の獣人はいない。
「っ!アイリスー!」
作業場の戸が開いて、ミルルさんがするりと入ってきた。小声で呼ぶ。
「今、多分あなたを探して騎士団長と騎士が一人きたの。でも、様子が変で。どうする?」
(騎士団長って、えっと、ラグザさんでは?じゃあ、騎士は…)
「騎士団長さんは私のお得意様だし、怖い感じじゃないのよ?でも、もうひとりが…。」
カシャーン、カシャーン。
その時、聞き慣れない金属音と共に、作業場の戸が再び開いた。
そこにいたのは。
「あー、いきなりすまない。…あ、この子だ。な?」
困ったような笑顔のラグザが私をみつけて肘で後ろの人物をつついた。
(ああ、だからミルルさんが正常なのね。)
私は妙なところで納得する。
間違いない。後ろにいたのはシリウス。
ただし、戦場さながらに、鎧を完全装備している。
たしか、この鎧のおかげで、自身の魅了が外に流れずに訓練や戦場での活躍ができているのよね。
だけど、今はそれよりも、シリウスの様子の方が問題だった。
(ちょ、シリウス、なんで震えてるの? というか、私のこと、分かっちゃったのかな?)
駄目なことをしているわけじゃない。
法律はよく分からないけど、未成年がしちゃいけないことは特にしてないし!
いや、事実、私、自分の年齢とかもよくわからないけど。
「な?絶対そうだろ?」
「そんな…僕は、僕というやつは!!」
ますますおかしい。
ミルルさんが私を抱きしめながら、警戒している。
いい匂いだし、あったかいし、特に不満はないのだが、目の前の二人の、なんだかショックを受けている感じがよくわからない。
「あの…私に何か?」
おずおずと聞くと、少し迷う様子を見せたシリウスが、
その場に膝をついた。
「不誠実極まりないのだが、僕には君との記憶がない。その…僕との間にあったことは、できればなかったことに…。」
「おい、こら、やめろ。俺まで出禁になる!」
なにやら言っているシリウスと、いきなり青褪めるラグザ。
「いや、あなた奥さんいるでしょ。」
シリウスの言葉に、ラグザは「いや、それは」と歯切れが悪い。
(えーと。ラグザさんはミルルさんのお客様で、シリウスの態度は不誠実だからまとめて出禁…なんで?)
「ねーえ?ラグザさん。要するに、この鎧の男性が、うちのアイリスちゃんに何かしたってことかしらー?」
いつも通りのゆったりした話し方ながら、ミルルからは圧を感じる。
「あー、いや、この子…アイリスちゃん?から、シリウスの魔力を感じたもんで、まさかとは思ったんだが…。」
「まあ!魔力って、それは…!」
ミルルさんが、驚いている。
「えーと、それってどういう…?」
ミルルさんに聞いてみると、言葉を選びながら、ミルルさんが教えてくれる。
「えーと。男性とね、肌を合わせて触れ合う時間と面積が増えることでね、魔力がうつるというか…。女の子が特定の男性の魔力に染まるというのは、男性の執着の現れというか…。」
「あー、だから、多分アイリスちゃんは、シリウスと割と濃い関係だとしか考えられない染まり方してて、なのにシリウスには記憶がないという…。」
理解。
あー、シリウスが萎んでいってるな…。
つまり、私はシリウスと、そういう大人の関係だとみんな思ってるってことだ。
「シリウス、ここは、もう、アイリスちゃんを囲うしかないんじゃないかな?ほら、お姉さんの一人や二人、充分養える財力あるし?」
ラグザさんがシリウスの肩を叩く。
(囲う、囲うって…つまり…)
「愛人?」
「あ、あいじん…!」
なんとなく記憶にある言葉を口にすると、シリウスがビクっと反応した。
鎧で見えないけど、多分顎ががくーんとなってる。
(魔力がうつってる原因は分かるんだよね。)
身に覚えがある。体を洗ってもらったこともあるし、何よりシリウスの大きな手に撫でてもらうのは、毎日の日課だし。
「ねえ?さっきから、鎧のままだけど、あなたは結局だれなのかしら?」
最もの疑問を口にするミルルさんだが、外せない事情は分かるのでそちらはラグザさんに任せて。
(あんまり正体見せるのもなあ。)
猫と獣人を使い分けてる人を他に見たことがないし、ここで猫になるのが得策かわからない。
「あの!とりあえず今日は、時間がないので帰ります!」
逃げるが勝ち。
私は、手早く片付けをして、外に飛び出した。
ドアを閉めてから、一瞬で猫の姿へ。
(面倒なことになっちゃった。)
その時の私は、周りへの警戒をもっとすべきだったのだ。
「へえ。猫になれる女の子、ねえ。」
目撃者は、思わぬ場所で現れてしまうのだから。