白猫は表の顔?裏の顔?を使い分ける
部屋から飛び出した私は、街に繰り出した。
そのまま、いつもの道を駆け抜けて、ある店の裏手に入り込む。
(誰もいないっと。よし!)
気配がないのを確認してから、集中してイメージ、イメージ。
時間はあまりかからない。一瞬の後には、私は少女の姿になっていた。
腰まであるシルバーのストレートヘアに、青い瞳。便利なことに、服もシンプルながら、白いワンピースを標準装備。
別に細かいところまでイメージしたわけではないのだけど、自分で言うのも何だがかなり可愛い。
しかも猫耳としっぽのおまけつき。
どうやら、私が転生したのは、猫ではなく獣人、らしいのだ。
「こんにちわー。」
「おう、アイリス!助かるよ。今、仕込みをしてるとこだ。しばらくいられるんだろ?」
「あー、たぶん。何しようか?」
「とりあえず野菜の皮むきと、…あんたなら、この材料でメニューどうする?」
「えーとねえ。今からなら…。」
数ヶ月前のこと。シリウスが仕事に行くと暇すぎて、ある日街に出てみたときに、
(猫もいいけど人間の方が色々しっくりくるわよね。ちょっと不便だな。)
と思った途端に人型になれてしまった。
たまたまその近くに店があり、入ってみたら、スカウトされてしまったのだが。
「おはよー。ねーえー。私、あれ食べたいんだけど。ほら、あの、オム、オム…。」
「オムライスですか?ご飯を卵で包んだやつ?」
「そう!オムライス!食べたいなあ。」
「今ある材料でいけそうだし、作りましょうか。」
「うれしい!アイリスだーいすき!」
そう言って、たわわな胸に惜しげもなくアイリスを沈めてくるこの女性。
店での名前はミルル。本名は知らない。
スカウトされたこのお店、「青い猫の店」は、娼館なのである。
「楽していい稼ぎになるよ!君ならすぐ人気がでる!」
そう言われて話だけでも聞こうかと中に入ってしまったのは、間違いなく街でやっちゃいけない失敗だった。
この店のオーナーがもう少し悪い人だったら、たぶんそのまま客をとらされていただろう。
「やだー。かわいい子!でもまだ、女じゃないわよ。うちの店はいつから子どもに客をとらす店になったのかしら?」
スカウトの男性に面接らしきものを受けかけたとき、通りかかったミルルが、いい笑顔で迫ってきて、アイリスは初めて自分が娼婦になりかけていたことを理解したのだ。
「私、男性のお相手は、無理です!!あの!まだ、子ども、ですし!」
記憶が戻った時点で猫だったし、自分でもいくつなのかよくわからないけど、見た目年齢は、ぎりぎり子どもで通せるか、くらいだった。少なくともミルルさんが漂わせている女の色香は、皆無だ。
言葉を選びながらそう言うと、スカウトの男性は、意外とすぐにひいてくれた。
「えーと。じゃあなんでこの店に?」
そりゃそうか。客としてではないのは確実だし、女の子が一人でここに来たら、働くためだと思われてもしょうがないかもしれない。
「いや、うーんと、食べ物やさんとかかと。」
嘘ではない。この世界の人間の食べ物にすごく興味があった。なにせ、このときのシリウスが出してくれていたのは、毎日毎日ミルクばっかりだったから。
「世間知らずすぎだろ。うちの店は分かりやすく娼館だぞ?」
聞けば『青』とか『猫』とかは、まんま娼館を表す言葉になるらしい。「青い猫の店」なのだから、疑いようがない、というわけだ。
「それにー、うちがレストランだったとして、お店で食べるご飯は高いわよー。あ、もしかして、料理の方で働きたかったのかしら??」
「お?君、料理できるのか?ならちょうど調理補助の求人中だが。」
調理補助と聞いて、気持ちが動く。
(料理は嫌いじゃない。補助なら、できるかな。それに、働けたらお金!!)
「どんなことをするんですか?」
「あー、まあ、野菜の下処理とか、火の番とか、かな。」
「教えてもらえるなら、ぜひ!」
…正直、こんなノリでいいのかと思わなくもないが、その場で採用が決まり、契約をしたのだ。
アイリス、という名前も、そのときになんとなくつけた名前。
料理人のマシューさんに紹介されて、とりあえず何か作ってみろと言われて作ったオムライスがなんだかミルルさんに大好評で、そこからあれよあれよと言う間に何故か気に入られ、今に至る。
あとから聞いた話、スカウトの男性、ジェイさんは、後に娼婦としても働けそうだからと思っていたらしいし、マシューさんは不満を言われ疲れていて、ミルルさんが気に入る料理が出せるだけで合格だったらしい。
この世界にはケチャップを始め、洋食向けのものが多いが調味料が結構揃っているのもありがたかった。
(何かのゲームの世界だったりするのかな。)
まさか自分がこんな形で来ることになるとは夢にも思わなかったが、そういう転生ものが流行っていたのは覚えがある。
残念ながら、ストーリーを知っているわけでもなければ、転生先でヒロインなわけでも、悪役令嬢なわけでもなさそうだけど。
何はともあれ、シリウスは、休日を除けば大変規則正しく仕事に行くので、その間こっそり毎日働きに出ているのである。
まあ、猫だから、気まぐれにいなくなっても余り騒がれないというのも楽だ。
料理は、基本的には娼婦のみなさんのため、たまに頼まれてお客様の分も作るといった感じで、私が作るものは柔らかい、食べやすいと概ね好評だった。
マシューも腕は悪くないし、おおらかで、いい職場なのだ。
(今日はあんまり長居できないけどね。)
「オムライスできました!どうぞ!マシューさん、今日はちょっと用事があるので、じゃがいもの皮むいたら失礼します。この材料ならシチューかグラタンかな?」
「おう。分かった。」
「わー。うれしい!いただきます!」
シリウスたちに不審に思われないように、早めに帰らなければ。
そう決めて、私は作業にとりかかった。