第9話 真意は森の番だけが知る
自由で奇妙な旅を、私の想像力が許す限り書きたいと思います。旅好き、魔法好き、冒険好きは是非、読んでいってください。
No.4『コットンウィンター』
氷の鳶切魔法。生成速度の大幅上昇、生成物の大型化に加え、持続時間の展延により、限りなく溶けない氷を作り出す。
形式的な能力値試験の結果、森1つ程度なら30分程で氷漬けにし、焚き火に投入した氷の一欠片は3日3晩残留し、生物を一時的に仮死状態にできることが判明した。
能力の希少さ強力さ故、████████████████████████████████████(???:????)
―――
「さて、さっきので冷えきった体内は温まったかな?」
体にバスタオルを巻いた少年は顔を赤らめ、
「ええ、ほかほかですよ全く…」
と小さく呟いた。
洗面所の扉越しに商人は鼻を鳴らす。
着替え終わったシェイルは、初めて見る部屋に落ち着かないまま、暖炉の前の椅子に座った。
白を基調とした少し狭い部屋だった。柄がある訳でも無く、他の色がある訳でもない。木目の床以外はどこも真っ白だった。かといって、壁には絵のひとつも飾られていない。がらんとしたデザインの部屋に、シェイルは物寂しさを感じた。
窓の外は暗い。夜も深まった時間。響き渡るのは暖炉のぱちぱちという木の弾ける音と、ユラがキッチンで何かをぐつぐつと調理している音だけ。
ふいっと、ユラがシェイルの方を向いた。
「お腹すいただろう。シャンデが作ってくれたシチューを温め直しているから、少し待ってておくれ」
「え、そうだ、シャンデリアさんは!」
「ああ、彼女はね、緑都に帰ったよ」
悲しげな顔をして、ユラは鍋に視線を戻す。
「そんな、まだお礼を言えてないのに…」
「いんや、君は凍る直前に言っていたよ。それに、、きっとまた会えるさ」
―
――
―――
「いいのかい?本当に?」
「ええ、もちろん!ここはアタシの別荘だからね、お部屋は狭いけど、お庭は広いのよ〜!」
「…ほんと、迷惑をかけてばっかりだ、すまないね」
「ありがとうっていいなさいな。暗い顔は幸運を遠ざけちゃうわよ」
身長はユラのふた周り程大きかろうか。沈み込んで下を見つめる頭を、シャンデリアはぽんぽんと優しく叩いた。
「さて、あのカルトの後始末をしないといけないから、私は戻るわよん!ユラはこの子にアタシ特製のシチューを振舞ってあげて!骨折からうつ病までなんでも治しちゃうから!でも〜
「恋の病は治せないってか?」
「あんら、調子戻ってきたじゃない!それでこそよ!」
玄関の扉を開けるシャンデリアの背中を、ユラ名残惜しそうに見つめた。
「それじゃ、森の番は職務に戻るわね!」
「なあ、シャンデ。
…僕は、この先、この子を守れるんだろうか。
この子の番人が務まるかな」
革製の靴は、かかとがかつんと音を立てる。勢いよく振り向いた魔法使いは、絵本を読んで聞かせるような
、小さな声で囁いた。
「宝石の価値を、もう一度確かめてみなさいな。全霊を賭して守る大切なものってのを、商人ならよく分かっているでしょう?」
「…なるほど。そうか。そうだね、…ん、ありがとう」
“ごめんね”を飲み込んだユラの体は、確かに暖かかくなっていた。
「ま、ひとまずは火の番よ!それじゃ、近いうちにまた会いましょ!」
「うん、またね!」
シャンデリアが最後にかました年齢にそぐわないウィンクは、されど彼女のアクセサリーに相応しかった。
―
――
―――
「…火の番ねえ」
「ん?」
「シェイルくん」
鍋の火を消す。
「今回の件でわかった通り、僕には職業柄、敵が多い。たまにああやって魔法を使ったりしてたけど、巻き込んじゃいけない人が隣にいると、それも使う訳にはいかない。だし、そもそも僕はあまり魔法を使いたくない。それは君が悪いんじゃなく、トラブルメーカーな僕が悪いんだ。だから、
ここで、雇用契約を終了させないかい?
きっとそれが楽なんじゃないかって。さ。
退職金も出そう。1年なにもしなくても食べ飲み泊まりできる額だよ。
…どう、だい?」
これは、ユラの本音でもあった。しかし、口に出すのが怖かった。“言われてみれば”を聞くのが怖かった。
自分でもめんどくさいとは思っている。真っ直ぐ伝えて、当たって砕ければいいと。だが、
自分に自信が無いゆえの、マイナスなアプローチ。保険とも言えた。ユラの性格故の、力無い問いかけ。
でも、
それでも、
答えを聞くのは怖かった。
「えーやだ」
「ん?」
その返答が耳に届くまで、時間を要した。
それは、なんの重みもなく、
あまりにも軽い響きでユラに届いた。
「あ、それじゃあ足りないって?いいさ、君のためなら、2、いや、3倍なら用意してあげよう」
「まだ、全然足りないです」
「よ、欲張りだなあ!時間をくれるのであればお金は…
「冒険が!!!ですよ!!!」
がたん、とシェイルは立ち上がった。
病み上がりの声量とは思えない怒号に、ユラは眉をひそめる。
「まだ黄昏商のいろはのいも教わってない!まだほんのちょっとしか旅してない!まだこれぽっちしかユラさんのことを知らない!
でも、なにも知らないわけじゃない!
1度知ってしまった!!この道の楽しさを!」
暖炉の炎がぼうと揺れる。
「私はもう、一生食べ物に困らない生活も、本が無数にある生活も、きっと物足りない。
これはそう、ユラさんのせいで、
ユラさんのおかげです。
だから!」
ぱしっと、シェイルはユラの手を握る。
少し冷たい手を握る。
ユラはさらに動揺する。
「…だ、だから?」
「私、もっと強くなります。ユラさんが魔法なんか使わなくていいくらいに。
仕事も覚えます。ユラさんに一人前って言われるくらいに。
だからだから!もう一度!
“いらっしゃいませ”と言わせてください」
ユラが何度も見た、この目。
誰にもねじ曲げられない、鋼の意志。
―あはは、ほんと。この目は卑怯だな。でも、
今回は、負けたなんて言っちゃダメだな。―
ユラは、覚悟した。
その目を、見つめ返した。
「…わかった。
お言葉に甘えるし、期待にも応えよう。
改めて、これからもよろしくね」
鑑定の結果、その宝石の価値は案の定素晴らしいものだった。そして、もうひとつ商人が発見したのは、
それを守らんとする自分の決意。
にこっと笑ったふたりは、なんとなく、大きなハイタッチをした。
どこかで、森の番がくすっと笑った。
―――
食べ盛りの腹ぺこ少年が特製シチューの鍋を空っぽにしたのは言うまでもない。氷漬けとはいえ三日三晩食べ物を口に含まなかったのだ。“ごちそうさま”を唱えた少年は、すっかり元気を取り戻していた。
「ユラさん、何度も言いますが、ありがとうございます。危うく木の下で永遠に眠ってしまうところでした。って、にしてもあの魔法はなんですか!きちんとした魔法は初めて見ましたけど、あの威力!あの鋭さ!すごく綺麗でした…」
「どういたしまして。ん?そうかい?これからも何度か見ることになると思うよ、僕の、じゃなくて、旅先の人々の、をね」
晩餐会もおわり、外は少しずつ明るくなってきていた。鳥はもうちゅんちゅんと鳴き始める。
「そだ、ここは隣の都にあるシャンデの別荘なんだけど、都の名前、わかるかい?」
「そう!気になってたんですよ!えと、んーこの部屋の情報だけじゃちょっと…」
「まあそうだね。日の出になって、外を見ればわかると思うよ。ちょうど次の目的地だったんで、都合が良かったね。
お、噂をすれば、朝陽のおでましだ」
その部屋に一つだけある窓は、まだ起きたばかりの朝陽の、鋭い光を通す。それは幅を大きくし、窓を埋め尽くす。その頃には、庭が綺麗に見えるほどに明るくなっていた。
「う、わあああ!!!すごい!綺麗!!」
窓から外を見た少年は、いてもたってもいられず玄関を飛び出した。
そこは、辺り一面の、花、花、花。
柵が設けられていないため、どこまでが庭でどこからがそれ以外かさえ分からないほどの、満杯の花が目の前にひろがっていた。
色も様々で、赤や橙や蒼や茈。色鉛筆なら使い切れないほどの色だった。それらは統一された並びで、どこまでも続き、みな揃ってそよ風に首を傾ける。
「風の形がわかるみたいだ…」
シェイルは自分が居る都を理解した。
と同時に興奮した。
「大界で1番有名な花の都。知らぬ人はいない観光の名所。年中満開の花が至る所に咲き乱れるここは、」
「華都フロウィーラ!!」
「そのとおーり!」
旅行誌等で行ってみたい都特集があると必ず上位に食い込む、言わずと知れた絶景の都。仕事とはいえ、ここに来れたことにシェイルは感激だった。
「今すぐ見て回りたいところですが、ユラさん、まずは一旦寝ましょうか」
「あら、おねむだったかい?」
「ユラさんが、ですよ。
目の下にそんな大きなクマまで作って…ろくに寝てないんでしょう」
「えへ、ばれちったか」
「もう!ありがとうですけどね!
さ、満足するまで寝ますよー!」
「そうだね、見て回るのは寝てからでも全然間に合うし。いいよ!朝陽に逆らおうじゃないか。
ありがとね」
ユラは少し疲れた顔で笑って、まるでキャンバスのように白い、小さな家に2人で戻っていった。
―――
「うふ」
「あの」
「うふふ」
「ユラさん?」
「イルくんちょっと、こっちを向かないでおくれ、会話できないから、って、あっはっはっは!!」
深めのおねんねをした後、昼過ぎから2人は街に出向いた。ユラはその大通りで、人の行き交う中、腹を抱えて笑っていた。原因はシェイルにあった。
「はあ…直んなかったんだからしょうがないでしょ!」
「ぷ、そうだね、いや、にしてもその綺麗な三日月型のは…耐えられないものがあるね、ぷは!」
ユラと幾らかの通行人の目は、シェイルの頭頂部に釘付けだった。いつも通り、寝て起きたはずだと思っていた彼の頭には、見事な三日月型の寝癖がついていた。しかも、それは水で濡らしても、お湯のシャワーを浴びせても直ることは無かった。無敵の毛根にシェイルは惨敗、今に至る。
「ぷぷ、イルくんそれ危ないからあんまり振り回さないことだよ?」
「そーゆーときだけイルくんって言うのやめてください!全く…元気になったようで何よりですよ!」
口を膨らますシェイルを尻目に涙目のユラは都の紹介して歩く。
「都の面積に大して人口は1万9千人と多くは無いが、観光客でいつも賑わっているから多く感じるね」
「そうですね、あ、確か白い家で統一されてるのは花たちを際立たせるためでしたよね?」
「そ!都の面積の約95%を占めているあのお花畑は、ここでは何よりも大切にされているからね」
「ん?私の記憶が正しければ閉本記には65%と記載されていたような…」
「あ、ああそれはね、…やー話すと長いし暗い話だから後だ後!」
「ふーん…」
人通りの多い道を歩くと、開けた広間に着いた。大きな噴水とそれを囲むようにして作られた花壇に、見慣れない花びらの花が咲いている。
「ここが都の中心地“ズンデルト街”の大噴水だ。年に一度のパレードはここから始まるんだ」
「え!かの有名な!ズンデルトの花祭り!」
シェイルの寝癖がぴょんと跳ねる。
「気候が1年を通して穏やかな華都でも1番花が咲き乱れる時期に1週間かけて行われるフラワーパレード!壮観の花畑から圧倒のフラワーアートまで、使われる花の数は億を超えるそうで!もしかして我々がここにいるうちにあるんですか!開催されるんですか!」
「お、落ち着きなって。もちろんさ。それを狙ってここに来たんだからね!
イベント事には商いがつきものさ。
祭りで商売といったら、もちろんわかるよね?」
「ままままさか!」
「出しますか、露店!」
「いええええいいい!」
「ぷっは!」
その日は一日中、ユラはシェイルの間抜けな寝癖が揺れる度に笑っていた。
…
んまあ、ただ祭りに出て、楽しく商売をして終わりなんて、そんな簡単な話なわけがない。
だってそれでは、冒険が足りない。
トラブル体質な商人と少々いかれた愛弟子は、これから一体どんなことに巻き込まれていくのか。
真っ白に塗られた壁でさえ、その答えを映し出すことはなかった。