第8話 とけない魔法
自由で奇妙な旅を、私の想像力が許す限り書きたいと思います。旅好き、魔法好き、冒険好きは是非、読んでいってください。
魔法の種類(4段階分類)
芽蘭魔法
…一切魔力を用いない魔法。元々魔力の籠っているものや、妖精、悪魔、神様等の力を借りて起こす。代償を用いることで、才能の有無に関わらず使える。
普狗魔法
…魔法学校の中等教育までに習う基本的な魔法。魔法の素質があればほとんど誰でも使える。中等教育修了証明書を取得するには、これを熟達せねばならない。
鳶切魔法
…基本を突き詰めることで生まれる、その魔法使いだけの特別な魔法。既存の魔法の強化、精度の上昇、はたまた全く新しいものなど、辿り着く先は十人十色。
断末魔法
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―――
ベノは、凍てつく刃に危うく喰われそうになった。
否、厳密には少し喰われた。右手の小指が突如として出現した氷塊を掠め、途轍もなく冷えきっている。反射で避けたベノでさえこれなのだから、対応できなかった部下は全員全部全力で完全に氷漬けだった。
ベノは驚きこそしたものの、混乱はしなかった。なぜなら、ユラを追っていた理由こそ、この氷にあったからである。
「まったく、なんて力だ。あの時と一緒だな」
先程より狭くなった地下空間で、ベノは小さく身震いした。
「芽蘭じゃあないな、どう見ても。商人の皮を被った、れっきとした魔法使いってわけだ」
ユラは氷の影から姿を現し、べノと対峙する。両の手のひらを見つめる顔は、静かな怒りに歪んでいる。
「二度と使う気はなかったよ。黄昏商としてやってく上で、あまりにもデメリットが多すぎたからね。
でも、」
ゆっくりと、手のひらをベノに向ける。
存在を拒否するように。相手を捕らえるように。
「約束があるんだ。最優先だ。君のポケットにあるそれを、さっさと渡してもらう」
「ハッ!それは、私のリベンジの理由究明を放棄するってことでいいのかな?」
「ああ、その通りだよ」
「了承した」
瞬間、
2人は動き出した。
同時に時計回りに空間を駆け回り、一定の距離を取り合っている。シェイルは薄れゆく意識の中で、左右から聞こえてくる足音を聞いていた。
探り合い。空間を2人が3週ほどした時、ユラの視界が突然ぼやけた。足元もおぼつかない。目の焦点が合わない。仁王立ちのような状態になり、必死で倒れまいとする。
―独特の甘い臭気。空気中になにかばら蒔いたか。ああ、できるだけ息をしない、よう、に、、―
立っているのがやっとのユラに、ベノは後ろ手を組んでじりじりと近づく。そして突然しゃがみこみ、地面に息をふきかけた。
息のかかったユラの足元はまたたく間にぐずぐずに崩れ、異臭のする落とし穴に、そのままはまってしまった。
「魔法はすさまじいが、体が少しなまっているようだな。その毒は様々な感覚器官を短時間だが鈍らせる。まだなにも聞こえんかもしれんが教えてやろう。私の鳶切魔法は『マウスビーカー』。口の中でありとあらゆる毒物を生成できる」
そう言って、ベノは長い舌を出しユラに見せた。段々と感覚が戻るユラは、穴から出ようと試みるも、身長と同程度の深さがあるため、なかなか脱出できない。
落とし穴の周りを歩きながら、解答用紙が空欄だった問題の答え合わせをする。
「あれは半年前だ。私が故郷に戻った時だ。小さな村で、貧しさこそあれど、愉快に暮らしてるいいところだ。そこが、凍ってた。
村丸ごとだ。人もまとめてだ。私は膝をついた。氷塊の前に涙した。私が留守の間に、一体何があったのかと。わずかに残っていた生き残りが教えてくれたよ。
『緑髪の商人だ』ってね」
ユラは必死に穴から出ようとするのをやめた。今の状態では不可能であることを理解したからだ。そして同時に、ベノの復讐の理由も理解した。俯き、記憶の海をかき分け、イメージを浮かべる。
「…ああ。渓谷にあった村か。霧がかかった、すこし暗い村だった」
「どんな魔法を使ったのか分からないが、あれは永久に溶けない氷だった。それだけ炎に当てたところで溶けなかった。あんたのそれは、呪われた魔法だな」
「なるほど。その復讐かい。奪われた仲間の弔いという大義のもと、僕を見つけて、こうして今に至るわけだ」
「ああ、その通りだよ」
ユラは、俯いていた。
震えた。
肩を震わせ、そして、
「あっはっはっはっはははは!!」
何を思ったか、高笑いを決め込んだ。
この状況で、一体何か可笑しいと言うのか。
ベノはもちろん、シェイルまでもが、その嘲笑とも言うべき何かを小馬鹿にしたような笑い方に、激しく動揺した。
「…何がおかしい」
当然のごとく、ベノは怒りを顕わにした。歯はギリギリと音を立て、こめかみに血管が浮かんだ。
状況が一転した訳では無い。ユラは穴の中で、べノがその上。そして、シェイルは死にかけている。
―こいつ、ついに気が狂ったか。トリガーはなんだ?復讐の理由を話したことか?―
「君はね、大きな勘違いをしている。今からそれを説明してあげるよ」
「貴様、自分が置かれている状況をわかっ
どん、
しゅるしゅるしゅる…
次に視界を奪われたのは、ベノの方だった。毒では無い。空間全てを覆い尽くすのは、眩いほどの煙だった。
「あなたの部下はみーんな眠っちゃったわよー!美味しい燻製になる前に助けてあげてねん!」
足音。土が削れる音。前後左右も分からぬまま、ベノは一瞬にして、シャンデリアの手中に堕ちた。
その穴に、ユラはもういない。
「はっきり言っておこう。あの村を、君の故郷を凍らせたのは紛れもない、この僕だ」
取り巻く煙のどこかから、事実を語る声がする。
「んじゃ君は、僕があの村を凍らせた理由を知っているのかい?」
「…知らない。気まぐれか、血も涙もない悪戯じゃないのか?」
「全く、僕をなんだと思っているのやら。
教えてあげよう。
強盗だよ」
渦巻く煙のどこかから、彼女を騙る声がする。
「いい村だと思ったんだけどね。どうやら村ぐるみで僕のある商品を狙ってたみたいで。気づいた時には一斉に飛びかかって来られたから、いっそ村ごと氷に埋めてやろうと思ったんだ」
「…信じられねえ。だし、それが仮に真実だとして、人の命を奪っていい理由にはならないだろうが!」
「そこが可笑しくて笑ってるんだよ」
ぱぱん、と手拍子の音が響き渡り、煙は跡形もなく消え去った。べノから少し離れたところにシャンデリア。その二人の間に、ユラが立っていた。
「シャンデ、助かったよ。続けてで悪いが、シェイルくんも助けてやってくれないかい?」
「了解!」
「そうはさせるか」
シェイルに向かうシャンデリアめがけて、ベノは息を吹きかけた。毒々しい色のもやはぼこぼこと危険な音を立てながらシャンデリアを襲う。
…もっとも、それは氷塊の中に消え去ったのだが。
「そうもさせるか」
無尽蔵に生まれる氷点下の牙。その向こうに映るのは、ニヒルに笑う魔法使い。
「君の勘違いは、この氷の中にあるよ。考えてご覧」
―何を今更。―
ベノは緑色の目玉を小刻みに動かし、
雑多に散らかっていたその氷の詳細を整理した。
―氷に干渉する魔法の進化には主に4つの種類があるはずだ。1つ目が生成速度の上昇。2つ目がより低音の操作。3つ目が生成の精密さ。4つ目が生成する氷の大きさの柔軟さ。奴なら掛け持ちも有りうると考えるなら概ね1つ目と4つ目の併合型か。
それに1つエッセンスを加えて、永遠に溶けない氷を作り出した。
ん?
でもそれじゃあおかしい。
どんなに熟練の魔法使いでも、同時に3つ以上、それも全く別の魔法の要素を掛け合わせるなんてのは無茶だ。加えて奴の今の本業は魔法使いじゃない。尚更不可能。
おかしい。
私の知らない魔法を、ユラは使える。―
この間約2秒。
ベノは頭が良い。
毒物を扱う魔法学は気の遠くなるほどの知識を要するため、所謂エリートの学ぶ分野だと相場が決まっている。口の中から毒物を生成するという御業も、その知識力、演算力ゆえのものだった。
よって、わかるものはすぐに理解し、
分からないものはすぐ分からないと理解出来る。
「気づいたかい?『教科書に載ってない』って。
それもそのはずさ。僕の鳶切魔法は前例が一切ないんだから」
「前例が、ない?」
「氷の魔法の5つ目の進化の形。
僕が魔法を使いたくない理由そのものだ。
僕の鳶切魔法は、“コットンウィンター”。
この氷は、ただただ、途方もなく、溶けない。」
「……持続時間の、展延、、」
―聞いたことがない。なんだそりゃあ…だが、
なるほど。氷魔法の進化の形の1つであるなら、3つ目の併合分とカウントすればどうにか使えはする。
しかし、それでも3つの併合型なんてのは―
「バケモンじゃねえかよ」
「化け物かどうかは問題じゃないと思うがね。今言ったことに君の勘違いの原因があるんだから」
氷越しにベノから見えるユラの顔は、歪んでいる。それは屈折の所為か、はたまた。
「君の動機は、君たちの動機は、故郷を永遠に解けない氷に覆われてしまったことだろう?
しかしながら、僕がそこで出したのは、かまどにくべても3日は無くならない極めて悪質な氷。でも、中の人間は仮死状態にあるから、自然解凍なら問題なく元に戻る。君たちはそれを待たずにここへ来た」
「……待てば、そのまま戻ったって言うのか…?」
「もちろん。
ここでひとつ、疑問が生まれるよね。
じゃあ君たちが、僕を追いかけてきた意味は、
一体何なのかな?」
動悸。
大きく欠けていた、何か。
夢中になっていて全く気づかなかった、重大な何か。
べノは手足が汗ばみ、たじろぐ。
「君たちが僕を探した半年は、一体なんだったんだろうね?きっと村の人達は今ごろ普通に生活をしているだろう。
もっと氷を、問題をとく努力をすれば、こんなことにはならなかったんじゃないかな?」
ユラは、笑っている。
嘲笑では無い。例えるなら、今日の晩御飯のあてを見つけた狩人のような、冷えた笑顔。
べノは、足が震える。
走馬灯のように駆け巡る、半年間のこと。情動に身を任せた、長い永い人探し。
「大義だと言っていたね。それはなかったことになっちゃうのかな?それとも、
人を蝕む理由が欲しかっただけ?
だから早々に村の人を見捨てたのかな?」
「ち、違う!!そんな、わけが、、!!」
「自分に言い訳してないかい?
自分を正義だと思っていたかい?
一時の感情に身を任せすぎだよ」
勘違いが産んだ正義。
それは何よりも痛く苦しい毒となって、べノの体を食い破る。よろけそうになる体を必死に立たせて、はっと思いついた。ポケットに手を突っ込む。
「お前が悪いんだ!結局お前のせいだ!!四の五の言ったところで、お前はこの解毒剤がないと、ないと…ない……?」
そのポケットには、何も入っていなかった。
そこにあるはずのものは、既にシャンデリアが手に入れていた。
「これをお探し?
解毒剤がどれかわかんないかもと思ったけど、ポケットに瓶はひとつしか無かったから助かったわ」
シャンデリアはとっくに、それをシェイルに飲ませていた。拘束も解かれ、ぐったりとした様子で、シャンデリアの膝の上で寝ている。
「解毒剤を用意していたのが、正義の上で行動を起こしていた何よりの証拠だね。まあそれでも、シェイルくんを巻き込んだのは許せないけど」
緩やかに、ベノへと近づくユラ。1歩ユラが近づくごとに、1歩ベノは後ずさりする。
「早計の至り、この上ない。
誠に遺憾だよ」
「やめろ、」
「やめないね」
「こっちへくるな、、」
「君に言われた通り、僕は僕の主義を貫くさ」
「僕は君にアドバイスをしたいだけさ」
「……やめろおおおおおお!!!」
窮鼠は猫に飛びかかる。
しかし予想通りの結末。
「そこでしばらく頭を冷やすといい、とね」
残念な復讐者は、沈黙の季節に埋没した。
綿でできた雪が降るような、
溶けない冬の中に。
―――
その後の問題は、解決編ほど上手くはいかなかった。
「ユラ!シェイルくんの容態が安定しないわ…!」
「…解毒剤は飲んだはずなのに。まさか、偽物?」
「いや、効き目は出ているわ。でもなにかほかの、神経毒とは違う症状の…」
「別の毒を盛ったのか、なんて悪質…いや、まてよ。違う!シャンデ!ポケットから“シロネコダケ”をだしてくれ!」
シャンデリアは言われた通りに、シェイルの服のポケットに入っていた“シロネコダケ”を取り出した。続けざまにユラはポケットがあったあたりの服をめくる。その部分のシェイルの腹は、白くかぶれていた。
「シロネコダケの胞子は微弱だけど毒素を持っている。それが別の毒と混ざるとどういう作用を起こすかわからない。
要は、新たに生まれた未知の毒が解毒剤じゃ拭えなくて、今それを解毒する方法も材料もないってことだ……」
ユラは頭を抱えた。
やっと救えたと思った、約束を、シェイルくんを守ることができた、そう思った矢先、この有様だ、と。
「下手すれば命も危険だわ。判断は早くしないと」
「言ったってどうしようも…」
「ユラさん、シャンデリアさん、助けて、くれて、ありがとう、」
2人の視線は、ぱっとシェイルの顔に集まった。
薄く目を開き、ユラを見つめながら、消えてしまいそうな声で続ける。
「僕を、凍らせて、ください」
「な、何を言うんだ!君は生きるか死ぬかの瀬戸際にいるんだ、なのに、」
「だから、です、一旦、時を、止めるん、です」
「………時を、止める、」
生物は例外無く、超低温の中では全ての生命活動が停止する。それは毒も生物から生成されたのなら同じ。
シェイルは自分を凍らせることで、解毒剤ができるまでそのままでいられると、そう言ったのだった。
理解すると同時に、ユラは今際の際のシェイルの判断力に圧倒された。いかれてる、と、そうも思った。
「なるほど、名案、というかそれしか無さそうだね」
「少し、お荷物が、増えますが、助けて、貰え、ますか…?」
「ああ。言う通りにしてみよう。必ず助ける。
だから、
それまでしばらく、
おやすみ。」
冷えた空気の土の空洞。
優しい言葉を優しく投げかけたユラは、決心した。
そして、シェイルに手をかざし、
あたたかな透明で、体を包んだ。
―――
…
―からだがかたまっている
はんだんりょくもかけている
でもかんがえることはできている
ああ
助かったのか。―
ゆっくりとまぶたを開く。
知らない部屋の、浴槽にシェイルはいた。
蛇口から出しっぱなしの体温とほぼ同じ温度のお湯。
溢れる水が流れる先に、洗面台に寄りかかる誰か。
「おはよう。良かった。元通りみたいだね。鉱物やらキノコやら、君はなにかと蝕まれてばかりだ」
ほかでもない、ユラだった。
意識を取り戻し、まだ内蔵は冷えている感触がするが、体も動くようになってきた。
―成功、したんだ。―
体にヒビが入らないよう、慎重に体を起こす。
「おはよう、ございます。ええ、元気ですとも
って
うわああああああ!!!」
入浴のマナー、いろはのい。
当然ながらシェイルは、素っ裸だった。